お祭りまで残すところあと三日。村中、準備に明け暮れていて大忙しである。テイルスも手伝いに加わった。
客人だからしなくていいと遠慮されたがテイルスにしてみれば、もうすっかりみんなの一員であると感じていたから一緒がよかった。
そんなテイルスを見てみんなも強く言わなかった。やぐらを建てる木を切り出し運び、それを他に運んできたものと組み合わせて建てる。
全ての作業がみんなと力を合わせてするものだった。掛け声に合わせて、精一杯、一斉に、力強く、引っ張った。
準備はそれ以外にも当日用の特別な料理や食材の調達と新しい器、食卓、椅子や飾り物の製作にと大わらわだ。
どれも仕込みや細工に時間が掛かる作業ばかりで忙しい。ただお酒のみ先に着手していたので、あとは発酵を待つだけ。











「一口いってみるか?」
「それはさすがにダメでしょ。」












酒蔵の番からこんなことを言われた。
この島では飲酒に年齢は関係ないとのことだが、テイルスは自分の住んでいるところの年齢基準と照らし合わせて、拒んだ。
単なる固定観念かもしれないが、もし飲んでしまったら取り返しのつかない事になりそうな不安が心のどこかにあって、口にするのが怖かった。
さっきのやり取りも、「当日より先に飲んでは」ダメと思われたのかもしれない。そうなると後々飲まなくてはならない場面が来るかもしれない。
不安は拭い切れないままだった。




酒蔵を出てみんなの手伝いに行こうとしたら、中央広場の隅にレナルドとアトラージがいるのが見えた。二人とも真剣な表情をして話し合っている。
祭りのことについてだろうか。入っていきにくい雰囲気だったので遠巻きに見ていた。
しばらくするとアトラージがレナルドに一礼してから去っていった。話が終わったのをみてテイルスは声を掛けた。







「レナルド。」
「テイルス、どうしたの。」

レナルドはいつもの明るい表情に戻った。さっきの顔との切り替えが早すぎて、かえってこっちが驚いてしまった。














「アトラージと話しているところが見えて、それで声を掛けたの。」
「そう・・」






また顔が真剣なものに、いや曇った表情を浮かべていた。あまり聞かせたくない内容だったのか。
隠し事。でももう疑うのは止めにした。また前みたいなことにはなりたくなかった。今度はこちらから信用する番。




「話の内容は聞こえた?」

「ううん、遠くにいたから声まではわからなかった。でも何か大切なことを話していたんだよね。」





二人とも怖い顔していたから。言った後にレナルドは考えるような素振りを見せてから、その怖い顔、真剣な眼差しをテイルスに向けていた。














「ちょうどいいや。テイルス、キミに聞いて欲しいことがあるんだ。」















普段とは違う調子を落とした言い方にテイルスは緊張した。




「僕は今度の祭りで大役を任されることになったんだよ。」








相槌を打ったほうがいいのだろうか。でもその先を聞くのが怖い。重々しい口調によって嫌な予感がもたらされる。



「その役っていうのが、」



一度言葉を区切り息を吸う。同時にテイルスは生唾を飲み込む。








「儀式の捧げ物になることなんだ。」
「それってつまり・・生贄?」










なんとなく予想できた。原始的な儀式によくある話だ。そしてこの辺境にある部族なら、文明からかけ離れたこの地なら、十分考えられることだった。










「そういう言い方もあるかもしれない。僕はそれに選ばれた。」









そんなことを告げられて一体どんな顔をしていただろう。対するレナルドはいたって平気そうだ。むしろ若干、先ほどより明るい。
戸惑いを隠せないテイルス。表情は見る見る曇り、言葉はどもりがちになり、目線は泳いでいる。





「じゃ、じゃあ、お祭りの・・日に、死ん・・じゃう・の・・・?」





レナルドはただ微笑む。その笑顔が痛すぎて、泣いてしまいそうだ。彼は直接答えず、遠まわしな言い方をする。
それは真綿で締め付ける行為に等しい。一言ひとこと、心を。















「キミと出会えてよかったよ。一緒に過ごせた時間は本当に楽しかった。」















彼はもう受け入れてしまっている。でも、でも。








「こちらに居られた間のいい思い出になったよ。」









僕は。






「短い間だったけど、キミに感謝するよ。」
「そんなのダメだよ!信じられないっ!」








テイルスは目の前にいる友に向かって叫んだ。







「嘘だよ、ねぇ冗談だって、言ってよ!」
「残念だけどどっちでもないんだ。もうすでに決まっていることなんだよ。僕は選ばれた存在。仕来りに従って儀式を行わなきゃいけない。」
「そんな・・・」





落ち着いた調子で答える友に対して、テイルスは肩を落とした。彼の様子に悲壮感が感じられず、一体何を考えているのかがわからない。
むしろ何かを期待するような高揚感を秘めているようで、輝いている眼差しがこちらに引け目を感じさせる。









「悲しまないで。確かにキミと同じところに居られなくなるけど、全て無くなるわけじゃないんだよ。ううん、そうじゃない。
僕は精霊となって永遠に存在し続けるんだ。だから見えなくても、ちゃんとキミの側にいるから。ずっと。」



「だからって・・・」




続 ける言葉が見つからない。どんな理由があろうとも友を失うのに納得できるはずがない。
文化や宗教、物の感じ方や考え方の違いは多かれ少なかれ必ずある。
ま してや孤島の見知らぬ部族だ、理解し難いことの方が多いに決まっている。それでもヒトが死ぬのに信仰もなにもない。やっちゃダメだ。
命を簡単に奪うような ことはどんな理由をつけようともあってはならないのだ。
ましてや大事な友ならば。








「僕も少し寂しいよ。でもこれは光栄なことなんだ。だからさテイルス、そんな顔しないでよ。」








悲痛な表情は顔に張り付いたまま、離れない。引きつりそうなくらい歪んで、こんな顔見せられないとレナルドから背けた。













「・・・一つ聞いていい?」
「なに?」








本当はたくさんあった。でも上手くまとまらないから、一つと断った。
































「そこに神様はいるの?」

































答えを待たずにこの場を去った。つらい。一緒にいるのがつらい。大事な友だからつらい。何も出来なくてつらい。


時はゆっくり虚ろに、確実に、残酷に過ぎてゆき、そして儀式の日がやってきた。









































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不安に駆られる。不条理がまかり通る。
心の支えに信じているもの。

物語も折り返しです。