引力がこの地上に何かしらの影響を与えるとしたら、まさに今夜が最大値の能力を発揮するのだろう。引き寄せあう力は新たな巡り合いをもたらし、
絡み合う運命が一本の新しい物語を紡ぐ。

見上げれば遥か高くに望む満月の夜。ソニック・ザ・ヘッジホッグは夜の散歩を楽しんでいた。真っ直ぐに伸びる高速道路は彼の格好の走行トラックであり、
狭い都市内で唯一彼が気持ちよく走れる場所。この時間に車が少ないのはある理由からだ。

物流の要所として有名なこの街、ランドポートシティは大陸中の高速路が集まり、複雑に絡み合う道路の都市だ。
またその道路を走る車両の運転手を迎え入れるべく数多くのモーテルが立ち並ぶ街でもある。ソニックは今夜その中の一室に宿泊することにした。
そして夜風に当たりたいと思って今走り回っているところだ。

ものの行き交いの激しい街。人、車、それにつられて金、物資、情報が流れ込む。これらを獲物とする無法者の集団が後を絶たないから、
また流れ者が一度必ず行き着く街であるが為、治安が一向によくならない。襲撃を恐れて深夜には交通量はめっきり減る。

旅人であったソニックも例外なくここへ辿り着いた。全ては自然な流れ、だと思っていた。

帰り道のことだ。主要道路から離れると周りは背の高い建物ばかり、非常に暗い。公安の保たれていない地域では夜中に一人で外出しないことが鉄則。
闇に紛れて暗躍するものたちの餌食となるからだ。だが鉄則を守らない者が、他にもいたようだ。獲物に集る蠢く声は黒いヴェールの向こうからこだました。

足はもうその方向へ向かっていた。興味本位だったのか、正義感から来る本能的行動だったかは定かではない。顔を覗かせたら、そこだった。

空がおちょぼ口しているような、そんな建物との隙間にある狭い空き地は真上からの月光が差し込みほんのり明るかった。
話し声が聞こえたその場所に何人も潜んでいたようだ。幾つもの気配が、呼吸が感じられる。

だれか二人が話していた。その語気は次第にいがみ合いの様相を帯びていった。
はっきり聞き取れたのは次からだった。

「知らないなら用はない」

女性の声だ。暗闇で人数が確認できないが、複数人いる中ただ一人、月のスポットライトを受け輝く人物がいた。暗い路地に淡く浮かび上がる、
真っ白で長い髪。こちらに向けている背中全体を覆い隠すほどの長さで、それがわずかな光をも反射するのだ。長髪から女性をイメージし、
直感的に声の人物と結びつける。

「知ったこっちゃねぇってのはなぁ、テメェの話なんざどうだっていいってことだ。」

集団の中の誰かが言った。これは野太い男の声。すると人影はその淡い光を取り囲んだ。ここにいるのはほとんどがこの声の男の仲間で、
そしてこの声が頭のようだ。柄の悪い品の無い口調だった。

「貴様らの相手をしている暇はない」
「失礼な口利いといて、ただで帰れると思うな。」
「ただでないなら、どうするって。」

ソニックがこの状況で何もしないわけがない。いつものように考えるより先に体が動く。一対多数、しかも女一人。
この場合手を貸すのが当然のことだと彼は感じるのである。
姿こそわからないが全員こちらに向き直ったのが分かった。視線を集めている感触がある。ただ彼女は身じろぎひとつしない。

「Hey Lady,ひとりでお困りでないかい?」
「な、だれだ!」

男のほうが狼狽した声を上げる。彼女から答えが返って来そうにないので男のほうに言葉を向ける。

「誰だっていいだろ。そんなことよりお前ら女一人に大勢でかかって、カッコ悪くないのか。」
「うるせぇ、俺はなぁ、新参者にここの礼儀ってもんを教えてやろうとしただけなんだよ。」

わかりやすいくらい悪者らしかった。こういった輩に限って礼儀礼儀と好んで口にする。
あきれ返って諸手を挙げて見せたのだが、暗くて見えなかったようだ。やれやれ。

「おめぇも流れ者だな。このスタン様の名を聞いて振るえあがらねぇやつはいねぇはずだからな。」

ソニックの関心はまた彼女に戻っていた。雑音が遮断される。
目が慣れ姿が段々はっきりしてきて、今の彼女は腰に手を当てていて苛立ち加減なのがわかった。

そしてその腕、曲げている左肘全体が黒く見えた。でもそれは塗りつぶした真っ黒でなく、チラつくように所々白い。
目を凝らして、紋様が施されていたために黒く見えたことだけはわかった。それ以上は暗さで限界だ。

「これ以上相手していたくない。止める気なら腕尽くでも通させてもらう」

彼女の言葉が耳障りな戯言を続けるスタンを止めた。

「そうそう、屁理屈ばかり言ってるとモテないぜ。」

自分の演説を邪魔されて、そして二人の舐めた態度にスタンはいきり立った。
来る。ソニックは重心を落とす。

「テメェラまとめてやっちまえ!」

影が一斉に動き出す。ソニックには男二人が掛かってきた。
どちらとも大した実力ではなく、ソニックは右から来た男にパンチ、左にキックをお見舞いし簡単にのした。
そうしてから女の方を手伝おうと顔を向けたのだが、予想しない光景に戸惑った。
立っていたのはあの女だけ。頭の男と他にあと五、六人はいたと思われるのだが、全員闇の中に伏していた。
自分が二人相手するわずかな時間に全員を倒したというのだろうか。

「てめぇ、一体・・何しやがった・」

スタンが呻く。しかし立ち上がってくることはなかった。やられた側もわからない一瞬の出来事だったのだろう、彼女の攻撃は。
手下達も同様、彼女の前にひれ伏していた。
女神の降臨図。彼女を中心に囲い倒れている光景がまるで祈りを捧げているかのよう。
普段神様とか宗教を自由の妨げぐらいにしか思わないくせに、この時の構図はそれだけ神々しかった。

ともかく無事にいざこざが片付いたので、ソニックは彼女に声を掛けようと歩み寄った。

「Wow、やるじゃん。俺が手を出す必要もな・・うわっ!」

振り返り際右から裏拳、いや、ナイフを繰り出してきた。咄嗟に身を引きギリギリのところで避けれた。ナイフは喉元を掠めた。
ソニックは更に一歩後ろへステップし間を取り身構えた。

向かい合って対峙する。そのとき初めて彼女の顔を見た。

美しいと思ってしまった。今さっき命を狙われたばかりだというのに、鳥肌が立つほどに。
透き通る白い肌と整った顔立ち。中でも吊り上がり気味な目が印象的だった。

と見惚れている場合ではなくここは怒るところだ。

「何しやがる!」

彼女は答えない。じっとその鋭い視線を送ってくる。
勘違いでの攻撃だった、なんて到底思えない。左にある逆手持ちのナイフはまだ妖しい光りを放っている。
睨み返しながら返答を待つ時間は全てが静止した。時間そのものまでも、と思えた。

「お前も私の邪魔をするか」
「邪魔だと?折角手伝ってやったのに、その言い方はないだろ。」

言いながらも視線は外さない。彼女は今自分を敵視している。理由はわからないが、警戒されて緊張が伝わってくる。

「それが邪魔だと言っている」
「何っ・・」

心無い言葉が返ってきて、返答を詰まらせる。
意地っ張りな人間が言うそれとは全く別物の、強く冷たく低く放たれた一言がソニックの喉元に封をするようだった。

「私は誰の力も借りない。自分の手で、自身の力で全てに決着をつけてみせる」

まるで決意表明かのような言い方だった。しゃべり口の変化からソニックは何かを感じとった。
この女は大きなものを背負っている。
それがどんなものかはソニックにはどうでもよかった。ただ一人で背負い込もうとする姿勢が気に掛かる。前にもそんなやつがいた。

「つれないこと言うなって。困ってるんなら手伝ってやる。」

彼女は沈黙した。眼だけが物語っていた。眼だけ嫌な光を放っていて、ソニックを捕らえていた。対するソニックは屈することなく見詰め返した。
そうすることで言葉を紡ぐ為に唇が緩むのがよく解った。

「私はひとりで十分だ」

そして目元の微妙な変化も。この一言を言うときだけ、彼女は悲しい目をした。
仏頂面から唯一覗いた表情、それは言葉とは裏腹の何かをソニックに告げていた。だからソニックはそれ以上何もいえなくなった。

「私に関わらないでくれ」

その言葉を最後に、彼女は暗闇の中へ消えて行った。向き直る際に金物が落ちる音がしたが、彼女は気付かずそのまま行ってしまった。
ソニックは見えもしないのに闇の向こう側をじっと見つめた。ふと靴に、こん、と何かがぶつかった。下を向くと地面に光るものがあるのが分かった。
今彼女が落としたものが足元に転がってきたようだ。

ソニックはそれを拾った。



































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   長編物語「Mellow Amber」第一話、ここにお送りします。
   好きな歌手のお気に入りの一曲よりタイトルをこっそり拝借。
   きっかけは本当に些細で構わない。大事なのはこれから。
   ラムネ様ここの場面を描いて頂きました!


   見切り発車;なんとか完結にこぎ付けなくては;;;