ソルエメラルドが登場するのはこの民族が栄えた時代の末期に入ってから。
彼らが消息を絶った後はエメラルドの行く末も共に知れぬまま、後の時代にエメラルドだけがまた別の地域で伝説を残した。
そのエメラルドの移動に関して一切手がかりはない。しかしこれは記録を残す者が消失してしまった為と考えられている。
それは彼らが何の前触れもなく消えてしまったという事を意味する。彼らはとある時期にソルエメラルドの捜索に着手しだした。
移住もせず外との交流もほとんど持たない彼らが一体何の目的で捜索を始めたのかは記述がない。
誰も理由を知りえず証拠も、また仮説を立てることもままならない位不明な点だらけだ。
これは流石にブレイズも分かりかねる。ただソルエメラルドが登場した後の事なら推察できる。
彼らはどうにかしてエメラルドを手にしその恩恵に与ったのだが、ほどなくしてその力を手に余らせてしまった。
力の暴走。それが何らかの形で彼らに終止符を打ったのだ。

この仮定の裏付けと更なる詳細の手がかりを求めたのだった。それも今となっては叶わぬこと。


結局遺跡の調査は国主導のものとなった。ブレイズは宮殿へ連れ戻され、探索に関しては報告を待つのみ。
小さな隣国相手とはいえ、一連の動きが早すぎる。我が国と共同調査という建前で、実質こちらだけが手をつける発掘。
きっと来る前に根回しをしていたのだ。検討を付けた段階ですでに交渉を始め、国富で劣るあちら側が調査が進むならと受け入れた。
あの湖探索はそう、あれほど地味でも、あちらにおいては国家公務員の仕事だったのだ。
それを奪ってしまうのだろうか、あの連中のことが気がかりでならない。

でも、今の自分にはチームを気に掛けることすら許されるのか。
彼らの大切なものを、台無しにした。心配をするほど、距離が離れていく心地がする。
罪の意識が膨らむせいなんだ。

この国の動向は何もかも事前に予期した通り、事は自分とはおよそ関わりなく運んでゆく。

「しかしあの遺跡に一体何の御用が御有りで?」

家臣からの質問に対しわざと押し黙る。不機嫌をこれでもかと露にする。
重苦しい空気に耐えかね、発掘には全力を尽くします、と言い残し彼は引き下がった。

失意のまま三日が過ぎた。
国内はいたって平和で、それは望まれたものなのだが、遺跡の事を忘却してくれる事象が何もないために感覚的には酷く長すぎるのだ。
自問に現地で自ら答えを見つける。その目的が阻まれた今は心に空白が生じている。
それを埋めるものがあるとすれば罪悪感、国が動くほどにそれが膨らみ募る。
もう一度脱走を試みようと考えたが、当然廷内の者全員が厳重に警戒し阻止に掛る。今も二人が後ろに付いている。

迂闊だった。メモや自作資料は自らの手で焼却処分したから痕跡を辿れまいと安心しきっていた。
だが図書館の貸出記録はそのままで、しかも応対した司書の証言と照合すれば足跡を辿ることは可能だったのだ。
いい加減ストレスが溜まる。右手の中では常時火がくすぶり続けている。気が狂いそうだ。
ほんの少しの切っ掛けで爆発的に燃え広がる可能性を秘めたそれはぶつけるあてを失い燃え上がるタイミングすら持たないままだ。

「彼女は鍵じゃなかったのか」ソットの言葉はまだ耳に残っている。彼女というのは自分のことなのだろうか、そして鍵とは。
いくら考えようともこんな場所では答えは導きだせない。ヒントが与えられない謎かけ、解けない問題に頭は堂々巡りだ。
そう言えば宮殿に戻ってからは「あの女性」の夢を見ない。このことが逆に遺跡との関連性を疑わせる。
同じくそのメッセージも、まるでピースが欠けたパズルだ。
またストレスが溜まる。今の自分の目つきは末恐ろしいものに変貌していよう。思考は一向にくぐもった湖底の雪に覆われていた。

鬱蒼とした日々を過ごしていたが、現状を打開するきっかけはやってきた。
聞く名前は忌むべき対象であり、更に眉根の皺を深くする他なかったが。


「皇女様、大変です!あの水没遺跡にエッグマンネガが現れまして・・・」





知らせを聞き一目散に国を発った。一刻の猶予もない。
まさかヤツも目を付けていたとは、どうして今あの場に居ない!
相手が相手、状況が状況なだけに手放しで喜べないが、またあの地へ行ける理由を得られたことで心に平穏が幾ばくか戻った。

以前は隠密行動故に徒歩のみでかなり時間を掛けてたどり着いた。しかし今回は有事であり緊急事態である。
大臣は既に高速飛行船を用意してくれていた。

報告は他にもあった。村への被害が確認されている。また湖の水かさにも大きな変化があったらしい。
きっと、ネガは水を根こそぎ吸い出して遺跡を暴く気だ。奴はそれだけ大がかりなこともやって退ける人間なのだ。

村がある辺りからは遠くからでも見えるほどの真っ黒い煙が立ち昇っていた。奴の悪事は許すまじ!
もうほとんど上空に来た頃、居てもたってもいられず、着陸を待たずに飛び降りた。早く皆の所へ、皆は無事なのだろうか。
その思いが思考を占拠し、高所に対する恐怖心など入り込む余地が無かった。



村は土くれと材木を焼く乾いた熱に包まれていた。炎を操る能力、それは建物を飲み込む火炎を沈めるのには役立ってはくれない。
燃え残りの中に見慣れたものを見つけた。ここはかつて寝泊まりしていた建物だ。平たい板は毎朝、晩に食事をしたテーブルの一部。
ちょうど自身が座っていた部位だ。音楽記号と同じ四本線の交差する傷だけ焼けずにそのまま残っていた。

皆は逃げ遂(おお)せただろうか。まだ遅れたものが残ってはいないだろうか。
何もできないのは重々承知で、しかし何かやらなくてはという思いが押し寄せるので辺りを駆けずり回るのだ。

「ソット!」

村の中央に人影が見え、熱で浮かされた輪郭ではあったが彼だと断定した。
とにかく住人は無事なのか、せめて彼一人だけでも生存を確認出来れば心強く思う。
燃える瓦礫を険しい表情で見つめていた彼だったが、こちらの存在を認めると目を見開いた。

「ブレイズ!?」

呼びかけに驚きをもって返す。無理もない、本来国に戻っているはずと考えていたからだ。
再開を喜ぶ場合ではない。この惨事と、その前の国の関与については本来ならば合わせる顔などない。
それでもソットはどこか安心した表情を見せてくれた。それで、心が少しだけ軽くなった。

「大丈夫だ、みんな既に避難し終えている。今逃げ遅れがいないか確認していたんだ。誰もいない。」

ソットの返答に胸をなでおろす。こちらの懸案を察知してくれたのだ。お陰でもう一つの事に集中できそうだ。

ネガ。
奴の行いは決して許されない。必ずこの報いは受けてもらう。

「湖にも異変があったと聞いた。現状はどうなっている?」
「信じられないだろうが、もうほとんど水がない。」

水抜きはほぼ完了したということか。ならあまり時間は残されていない。
遺跡には重大な秘密が隠されている。
自己の調査では不確かで徒労に終わることも考慮していたが、奴が動き出したことはとてつもないものが眠っている裏付けともなる。
そしてそれをむざむざ渡してしまうのは危険だ。
ここだけでない、世界全体が危機に晒される。それも時空を超えたものになる可能性を孕んで。
古代人が認めた「異世界」をモノにするつもりだ。

「あの男は遺跡の秘密を奪うつもりなんだ。私はそれを阻止しに行く。」

ヤツに目を付けられていたが為、結果村に被害をもたらしてしまったのだ。
せめて最低でも思惑を食い止めなくてはならない。科せられた責務とせめてもの償いを果たしたい。
駆けだそうとした背中にソットが言う。

「俺も行こう。」
「危険だ。ヤツの兵器は並大抵ではない。」

村の惨状を見れば嫌と言うほど感じるだろう。桁外れの科学力、それを暴力に使用すればこれだけの惨事につながる。
だが、チームリーダーを務めてきた男の責任感を押し留めるには到底至らない。むしろその思いを煽ったようだ。

「湖底に向かうのなら、必ず『バディ』がつくだろう?」

命を預ける、暗に示されては軽々しく断れない。
信を置かれたら、信を以て返さなくてはならない。

意を決し、二名のダイバーはククルー湖の底へ向かう。


湖は、本当に水が無かった。あまりの景観の変化に愕然とした。
廃れた美しい町並みが眼下に広がる。水底に沈む前の太古の姿を留めた市街地。
潤った乾燥の街。素材はククルー村の建物と同じだと遠目にもわかる、土くれと岩石の建造物群。

場所によって汚泥でぬかるむが、かつての道が浮かびあがり神殿までの案内をしてくれていた。

急いで駆けるさなか、
多くの人々がこの大通りを通ったのか、
路上で遊ぶ子供たちがいただろう、
作物を抱え帰路に就く住民がいただろう、
それを待つ家々の人々、
生活の情景がありありと浮かび上がってくる。
山裾まで伸びる田畑、遠くに寄り集まる家屋、それを結ぶ小径。景色があった。ダイビングでは絶対に見通せないかつてと相違ない景色。
セピアの写真を見る気分だ。完全な姿までは留めていない、それでも記憶や想像が及ぶには十分な姿を留めている。

この遺跡はまだ生きているような心地がした。
封印された鼓動が、今回の事でまた胎動を始めたような、言い知れぬ予感を抱えながらネガを追う。
はやる気持ちと裏腹に遺跡の姿は以前小さいまま、しかしようやく遺跡群まで――船で何分もかかる場所にあるのだ――近づいてきた。
今で言う教会の様な役割を持っていた、一番大きくまた形状も他との差異が見られる、あの神殿がここからでも見える。

「おやおや、ようやくお嬢さんのお出ましですか。遅かったですね。」

上空から、位置的な優位に浸る、表面的な品を備えた声が振り掛かる。
ネガがあの球状のモービルに乗って現れた。

「村を破壊しておいてよくもノウノウと出てこられるな!貴様はただでは済まさない!」

空に向けて咆哮した。今まで駆けてきたのに、いやそれが怒りに拍車をかける。
自分でもこれほどの大声はなかなか出ないだろうという声量でネガを威嚇する。
だが怯む様子はなかった。淡々と話しかけてくる。

「彼らが悪いのですよ。あまりにチマチマ、作業がはかどらないようなのでワタクシめが代行させて頂こうと思いましてね。
 そうしたら彼らはワタクシを拒んだのです。あなたのことはすぐ受け入れたクセに。」

ちなみに水はポンプ施設を設置させて頂きました。この方が効率的でしょう?

言い足したそれを聞くよりも先に衝撃を受けた。
あなたのことはすぐに受け入れたのに、もうそんなところからつけられていたのか。
一部始終を観察されておきながら気付けなかったとは、失態だ。
心に感じた枷の重量が、先ほど軽くなったと思ったそれは、まだきつく絡みついたままだ。

「ブレイズは一目見て信用できると感じたからな。」

俺は直感で物事を決める。そう主張したソットの言葉は今感じた束縛を緩めてくれた。
付け焼刃の言葉だろうが、思いの籠ったそれを聞けて安堵した。まだ完全に疎まれてはいないのだ。
落ち度はこちらにあると言うのに、それも理解の上で視線を合わせてくれる。

「わかっていませんね。早いところ掘り出してしまうのがお互いの益に繋がるというのに。
 いいですか、ここにはあなた方が思い描いている以上に素晴らしい“ロマン”が眠っているのですよ。」
「貴様のロマンなど知ったことか。それに一切の利を渡す気など無い。」

交渉など破綻に終わると目に見えていましたが。そう語るネガは大仰に両の手を広げてみせた。
次には物陰に用意した外部パーツを持ちだしてきた。機体は人型の手足が備わったロボへと変貌した。

「貴様には手加減は無用だな・・・!」

敵意の塊、無機質の指には破壊の意思が見え隠れしている。
それだけに、心置きなく相手を出来るというものだ。

「おっと、そう怖いお顔をせずに、ホントに恐ろしいですね。」

奴が言及した顔つきも、日ごろの成果が如実に表れたからだろう。ひどい皮肉のツラだ。
恐れ戦く真似ごとの後に、胴体からミサイルを放つ。恐ろしいものは近寄りがたいですね、耳障りなミサイルだ。

心の中に沸き立つ感情とは裏腹にブレイズは冷静に周りの状況を掴んでいた。
自らが回避することで遺跡にダメージを与えてしまう、また怒りの情動に任せた攻撃は同じくこの建造物を傷めてしまう恐れがある。
その意識が強い抑制と広い視野を彼女に提供していた。

ミサイルは素手で一つ一つ掴む。掌の炎で起爆させ、火力で風圧を跳ね返す。
同時に衝撃を全て包み込み、炎を瞬時に鎮火させその煽りで以て全てを飲み込み消し去る。
誰もいないのに、それは重々承知なのに、そこに人々がいる気配がして、それを守らなくてはならない使命感のようなものを感じていた。
遺跡には傷一つ付けさせない。
一つたりとも、逸れたミサイルであろうと、炎を飛ばし誘爆させ空中で消滅させた。ブレイズの手は依然燻り高い熱を持っている。

「スキあり!」

ロボの両手がブレイズを掴む。必要以上にミサイル処理に拘った為無防備だった。掌の中へと全身に覆い被さる。そして圧力を加える。
命を握られた彼女へソットが懸命に呼びかける。バディの危機に実際にできることなど、微々たるものだ。
無理に手を出した場合二人揃って危機に晒されることもある。確実に救助できる時以外助けに入ることはできない。

時間を掛けゆっくり絞め殺している、ネガはそう思っていただろう。まざまざと見せつけてくる。
しかしソットは全く表情を変えず、睨むとも見つめるとも付かない強い眼差しを、そのロボの手に向けていた。
少しでも取り乱してくれればなと、興醒めと言いたげな態度を見せる。
それにも動じることがなかったのは、彼がブレイズのバディだったからだ。

ロボの手から汗が滴り始めた。
無生物のそれが掻くはずはない、その正体を見た瞬間。
手の形をしていたものが一瞬で液体となり地面に振り注ぐ。
赤々と輝き、きっと今の形に生まれる前にはそうであっただろう姿に戻っている。
ブレイズの炎で溶解したのだ。掌は熱も全て包み込み受け取り、ついに融解する温度に達したのだ。

二人の視線が交わった。言葉を超えたコミュニケーションは水中の必須で重要な項目だった。
一朝一夕で得難いそれを二人は既に可能としていたのだ。
信頼で繋がっているから強い気持ちを保てる。

「なんと!?」

熱による手の破壊は同時に精神への攻撃も果たした。逡巡したネガへ、足裏から炎を噴出させ宙を舞い接近した。
慌てふためくその様もコマ送りに見える。左手がキーを三つ、右がボタンを押し終える前に、

「今回は私のストレス発散に役立ってもらうぞ!」

胴体奥深くに右腕を突き刺す。その掌にエネルギーを集中させる。限界まで押さえつけ凝縮させたその力を


一気に放つ!!


爆発の規模は大したものではない。それは敢えてコントロールしたからだ。
バンとだけ衝撃はしたが固い装甲を弾くことはなく、対照的に中は金属が歪み、
熱せられたチョコレートのようにとろけ、装甲の隙間から樹液が滴るように染み出していた。
金属が流動するほどの高熱が機体の内部で渦巻き、外に発散されることなく中だけを巡っていた。
熱で完全に回路が切れた機械は座り込むように脱力した。

ネガが最後に叩いたキーは緊急脱出用のボタンであった。最小限の機体――丸型のモービル――がパーツから離脱した。

「次はこうはいきませんからね!」

負け惜しみを吐いて逃走するネガ。やがて機体は彼方へと消え、音も去る。

これで贖罪も済んだだろうか。ブレイズの心の重しが外れた。
だが浮上するのもまだ早いのである。枷を外しこそすれ緊張は繋いだまま。
油断して浮上すれば、減圧症が待っている。

ソットも理解している。無言で見つめられ、そして指差す先はかの遺跡群。
更に更に深く潜るのだ。合意し片手でサインを送る。話す必要はない。

一度見た神殿、一度見た入口、変わらずそこにあり変らず、吸い込まれそうだ。
湖底は息が詰まる。水はなくとも荘厳な建造物からの圧力が息苦しい。

もうここまで来たのだ、遺跡の謎、そしてソルエメラルドの手がかりを探るため、奥へ踏みこむ。
仮にもネガに目を付けられた土地、ヤツが言うロマンを期待するわけではないが、胸に高揚感が宿る。

掌から炎を灯し、暗がりの廊下を進む。
外からの光は一切入らない闇の回廊。バディは明かりを持たない、これだけを頼りに進む。

階段を上がり、ここが初めてきた時の場所だと思い当たる。
ここまでは水に浸かっていた、ここから先は全く太古のままの空気を留めていた。
その証に一定の高さから上は濡れていない。そこがちょうど時間を分ける境界なのだろう。

「ここは浸水していなかったんだ。以前、ここに留まっていたのだ。」

自らが身勝手を行ったとき。ボンベの残圧を超えた潜水時間を可能にした理由がこれだ。
彼らが水中で抱いていた疑問を解消させる意味で話し出したが、単なる蒸し返しだったと言いながら気付いてしまった。
別れる原因、ネガが攻め込むきっかけ。治りかけのキズは油断して再度、思わず傷めがちである。

だが彼はそれに無関心であるかのように先を急いだ。明かりを持つ自分を急かすように先へ先へ。
まるで内部を知りつくしているかのような迷いのない歩み。

長く長く続く回廊へ来た。
そこへの出入り口には彫り物が成されていたのを幽かに見たが、素早く進んでしまう彼を追ってゆっくり眺めることはできなかった。
暗く、どこよりも暗い。それが明かり取りの窓すらない密閉空間であることを教えてくれている。
巨大な柱が二列に並び続ける道。一糸乱れぬ姿が威圧的な雰囲気を醸し出す。

ここは一段と湿気が酷い。足元の汚泥も、水で満たされていたころの沈殿にしてはかなりの深さだ。
不安定な足場、自身が揺らぐと共に炎も揺らいだ。しかし彼は一切構わず先へ進み続ける。

そして果ての見えない回廊を延々進み、ようやく彼が足を止めた。
そこには何もない。壁が控えていて照らし出してから認めたのに彼はその手前で気付き停止したのだ。

目に付くようなものはない。汚泥が溜まっている他手掛かりや発見はない。
それでも彼はこう言った。



確かに、ここにあったはずだ。









































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信頼の置けるバディ。深く深く潜れるのはその存在のお陰。