ブレイズは本を閉じた。目を通し終えたそれを図書館の返却棚に置きながら考えていたことは、あの場所までいかにして辿り着くか。
このところブレイズは図書館通いが続いていた、がそれも今日までだ。
ここは調べ尽くしてしまい、これ以上の手がかりはきっと期待できない。


残す手段は現地調査だけ、彼女はそう考えていた。


ブレイズは当初から現地へ自らが赴き探索するのを望んでいた。この目で、この手で、実際に確かめたい。
しかし一国の皇女である彼女は自由に動けない。国務や守護を任せられる身、私用でそれらを投げ出し遠出などはできない。

この頃彼女が一体何を考え行動しているか、臣下の者に説明したところできっと賛同は得られないだろう。
彼らはきっと皇女がそんなことをするのを望まない。
向かい風を受けては余計に動き辛くなる。
無理に押し進めようものならば阻止され、国の外に出たことが知れたら即刻連れ戻されるだろう。
そして後に説教されるのだ。自分の立場を弁(わきま)えなされ、変な思いつきで行動してはいかん。
口やかましい大臣の顔が頭に浮かぶ。

それか逆に、支援するという名目宜しく勝手に調査団なんかを結成し代行するなどと言い出すかもしれない。
皇女の手を煩わすまいとか何とか言って騒ぎ立てつつ。彼らは意外とお節介で気のいいやつらだから。
とにかくはっきり言えることは、彼女が何をしているかを知った途端に彼らは何かしらの形で彼女を活動から遠ざけてしまうという事。
皇女の事が心配で堪らない連中だから。老婆心さながら手を出さずにはいられないのだ。

こういった理由で彼女は内に秘める思いも、図書館通いの本当の理由も誰にも口外していない。

ブレイズは自らの地位に甘んじる気は全くない。常に自らを律し強くあろうとしてきた。これもまた自らに課した試練である。
変に助成されるも嫌だが、余計な心配も周りに掛けたくない。だからできるだけ悟られないように事を進めてきた。
もう暫くで、ここでの作業を終えられる。

インクと古紙の匂いに満ち、静寂に包まれた空気に別れを告げた。




譲れない思いが彼女を突き動かした。
ソルエメラルドの守護者としてのプライド。

ソニックに教えられるまで使い方なんて知らなかった。いや、それ以前に使おうとしなかった。
無限の可能性を秘めていることは認識していたのだが、守護を任されるにあたって得た知識、それだけでしかない。
エッグマン達に奪われてからは自分の想像力が如何に貧しいのか思い知らされた。

世界をも脅かす力があった。事実ブレイズとソニックの二世界は一度消滅の危機に陥った。
そして食い止める力も内包している。二人はそれを引き出した。

互いの世界を飛び越えることも今はできるのだ。ただ未だに若干の歪みが残る。
エメラルド自体にもまだまだ未知の部分があり、全てを知り尽くしているとは言い難い。
このとき引き出した能力もほんの一部でしかなく、良くも悪くも使い道に限りはない。

要は使う者の心次第。
だから、守護の任に就く自分が最もソルエメラルドの事を深く理解しなくてはならないと思いを巡らせていた。




ソルエメラルドは今でこそこの国の下で管理されているが、かつてはその性質上世界各地に散在して、古来より多々伝説を残してきた。
その伝承一つ一つで呼称は様々だ。
神からの授かり物、奇跡の石、力の源、エクスタシー、天へ昇る手形、しかしどれも未知数の力を言い換えただけにすぎない。
探しているのはもっと別なもの。力を崇めるのではなくもっと具体的に使い方を記したものが欲しい。

そして数ある記述の中から一つ、ようやくそれなりに掠ったものを見つけた。



「対世の鏡器」



唯一、ソルエメラルド関連で世界がもう一つ別に存在すると言及した言い伝え。
ソニックの世界――はたまた更に別のもの――を確かに認識した、ブレイズにとって重要な説話。

エメラルドの扱い方を歴史から学ぼうという魂胆で古い時代の文献を漁っていたのだ。
これはその意に最も沿った内容。特に一番の課題としている二世界間の往来に関して。

これを見つけた日からは今までの資料探しに加え、繙読(はんどく)とその役に立つ材料収集を並行して続けていた。
そして本日図書館の本の中でめぼしいものには全て目を通し終えた。結局当てになるのはこの一つ、これを読み進めるだけとなった。


必要以外なるべく研究に時間を使いたい。今度は部屋に籠りがちになった。
外の連中には、皇女として更に高い教養を得るべく勉学に勤しむことにした、と建前の説明を付けた。
それならば学者を家庭教師に呼びましょう、と提案された。思った通りお節介だ。
これも言い訳して取り下げる。出まかせだったのだが、ほとんど本心みたいなものだ。

「私自ら学ぶから意味があるんだ。」

正直部屋には今誰も入れたくない。入れることができない。資料が散らかっているからだ。地図なんかも無造作に机に広がっている。
それにはたくさん書き込みをしていて、特定の地域を意識しているのは一目瞭然。
何をしているかまではわかるまい、しかしここの者たちにできるだけ手がかりを残さないためだ。

いずれバレる。世の中隠し事は必ず明るみに出ることになっているのだ。もう既にここ暫くの彼女の態度に疑問を抱いている者も多い。
ただ目的のためにはできるだけ発覚を遅らせたいのだ。

臣下の者たちらはブレイズが姿を消したと気づけば直ちに捜索に出る。
その足をできるだけ手間取らせ遅延させなければ、何も得られないうちにすぐに見つかってしまってはこれまでの苦労が水の泡だ。
秘密裏に進めた上でかなりの時間見つからないことが求められる。時間稼ぎは可能な限りしておきたい。



何といっても、自ら遺跡発掘に行くのだから。
どのくらい時間を掛ければ成果が得られるのか、とんと見当がつかない。



図書館へ行かなくなってから数日、もうかなり怪しまれているのが空気からひしひしと伝わる。
廊下に出る度、気配の残り香がするし、すれ違う者たちも横目でチラチラ見ている。
そしていつ何時だろうと必ず背後に視線を受けるのだ。

限界が近い。だが研究もあと一歩のところまできている。早急にだが、見落としがないように細心の注意を払いつつ作業する。

「かなりお疲れとお見えしますが。」
「大したことはない。」
「無礼を承知で申し上げます。皇女には休息が必要です。」
「大丈夫だ。」
「部屋へ按摩師を遣わしましょう。加えて楽団を召集し音楽を聴きながら精神も休められるように手配致します。」
「わかった、わかった、休憩はしっかり取るように心掛けるから、何もしないでくれ。」

表面上は日常のやり取り、心内では腹の探り合いという毎日が少し続いた。
これだって一体何に体力を使っているのか探りを入れている、あるいは良からぬ気配のする「勉学」を少しでも食い止めようという試みなのだ。
そして向こうが呼び寄せたニンゲンは按摩師であろうが、身分を問わず一人として入れられない。
部屋の中を探りに来るスパイの可能性が非常に高い。
まるで騙し合い、水面下の攻防が常に繰り広げられる。
なぜこんなことを皆とせねばならないのだ、だが自分が選んだ道なのだからと葛藤をすぐに払う。


ついに研究は大成した。紙に残すことはあまり出来ないからそのほとんどを頭に詰め込まなくてはならず、辛苦した。
最小限のメモだけ作りそれを記憶の目次とした。

研究しながらも荷造りの段取りも忘れずに進めてきた。メモを鞄に忍ばせ、これで全ての準備は整った。
手荷物は最小限に留め、身軽さを優先した。必要なものはすべて向こうに辿り着いてから調達するつもりだ。

今一度部屋を振り返る。
ここにに残していく物のうち今回の事につながるものは全て破棄したし、ついでに偽の資料や全く関係のない書き込みをした地図を、大事そうにしまっておい た。
見つけてくれれば好都合、時間稼ぎになる。

夜、皆が寝静まる頃に宮殿を脱出してブレイズは旅立った。この日の為に警備の動きも把握に努めてきた。
思えばこれまで夜に外出することはなかった。邸内の風は酷く冷たい。まるで引き返せと言わんばかりに頬をちりちりさせた。









































一覧へ  次へ
ブレイズの世界という事で異国情緒が出せたらいいなぁと思いつつ、旅立ちです。

語尾がアで揃うと音の響きがすごくいいなぁ。