星は一つ、またひとつ落ちていく。あれも友達?と聞くと彼はうん、と頷く。さすがにここからでは誰なのかは分からないそうだけど。
そうして上を向く彼の表情は決して楽しそうなものではなかった。何と例えたらいいんだろう、卒業した学校を遠くから眺めるときの顔?
ただ光が筋を残すたびに瞳に嬉しさが映った。それも私たちが同じものを見た時に抱く歓喜とは別色の。








しばらくそうして空を眺めていた。願い事もお話もしなくなった。ただ彼と二人居る。
周りに音はない。さっきの、彼の表情の理由を尋ねてみたかったけど、薄明かりの静寂(しじま)の中声を出すこともためらってしまう。
動くことも出来なくて、私は彼を見つめたままだ。




「ねぇ」




フィラストロが話しかけてきた。でも私を見ないで斜面の下を見るでもなく見ている。風が凪いでいる中久しぶりの音に少々驚きを感じた。
彼の声は、今までより低いトーンだった。

「なに?」

出来るだけ普通に返事をした。彼は緊張している。緊張が伝わってくるから、かえってこちらはしてはいけない気がしていた。




きっと空気が一気に沈むだろうから、彼が言い出し辛くなるから、さっきまでの流れのようにできるだけ自然に話しだせるようにしてあげる。

でも次の台詞で、他愛のないことと思えたから一気にほぐれた。




「流れ星のほうがお願いしちゃダメかな?」

それはとてもささやかなことと思えた。だから別に構わないんじゃないかな。

「そんなことないわよ。」

答えたのに彼はまた自信がなさそうな表情を浮かべ、そっと一言漏らす。





「そうかな・・」

そうしてまた俯いた。私にはどうしてそこまで思いつめるのかわからなくて、次になんて声を掛けようかと懸命になった。
言葉を探すほどになぜか、伝えたいものとかけ離れていく。

願掛けをためらったことがないからか、理解してあげられないんだ。結局彼がまた話し出すのを待った。









「僕は今までにもたくさんの人の願い事を聞いてきたんだ。この星だけでなく、近くを通る星々それぞれからの願い事を。」




そっか。考えてみれば願いを託される立場のヒトが願掛けするのは本末転倒かも知れない。彼にはそれが引っ掛かっていた。でも私には、



「それは気にしなくてもいいのよ。お願いするだけならだれにでも許されることだもの。」


心の在り方は人それぞれ自由でいいと思えたから。何も他人の願いばかり聞き入れることも無い。そんな感じで答えた。
そもそも彼らに願いを叶える力があると決まっているわけじゃない。地上の人が言い出した迷信だ。


「それなら僕の願い、聞いてくれる?」
「うん。どんなお願い?」


でもフィラストロは顔を伏せてしまった。
こういう場面でいつも男のヒトは本当に口べただと思う。こういう大事なことはいざ言い出そうとすると、とたんに恥ずかしがって口にしようとしない。





そういう言葉に限って伝えて欲しいのに。





彼もそうなのだと知っててわざと覗き込むように顔を見た。すると案の定、彼は磁石のように背け離れようとする。

恥ずかしがらないで、となだめる。じゃあ笑わない、というので、大丈夫よ、と言ってあげた。
怒ったりも、うん、絶対だよ、わかったわよ、そんなやり取りの後更に沈黙を挟み、ようやく彼は言った。


「エミーがいつも笑顔でいられますように。」
















虚を突かれるとニンゲン行動が止まるとは言われてるけど、確かに笑うとか怒るとかはできなかった。
たぶん私の顔は口を開けて間抜けだったと思う。


彼はうっすら頬を赤らめたけど、言葉を止める気はなかった。

「空を眺めているエミーは寂しそうだった。僕はそれがとっても悲しいんだ。」












でも、なんで、私。止まりかけた思考の中薄っすら湧いた疑問。お願い事の中身が私の事だなんて。






「エミーにはいつでも笑顔でいて欲しい。それが僕の願い。」







何か言おうとして彼の目を再度見据えたら、フィラストロの顔が全体的にかすんでいた。
目を擦ってまた確かめるが、顔だけではなく身体中が透けるように見えにくくなっていった。





「そろそろ時間みたい。」
「時間?」




彼が自身の体を見てそう告げた。言葉を返すまま尋ねたが、その異変からなんとなく彼とはもうお別れなんだと理解した。






「星は太陽が昇ってきたら消えてしまうんだ。」

それは星の定め。東の空はかすかに白色を帯びつつあり、暁の到来を予感させた。


「でも明日の夜にはまた降ってくるんでしょ?今日みたいに。」





流れ星はあと二、三日見られる。流星群はまだ過ぎ去っていないから。彼が消えてしまう訳なんてない。


「普通ならね。でも僕は落ちてきた星だから・・」





でもそれは一個の星がもう一度見られるのと違った。普通のお星さまならずっとそこに留まっているけど。






「そうなることわかってて、なんでそこまでしてここに・・」


落ちてこないで、また次の機会に姿を見せてくれればいいのに。








見る間に彼の体は透明度を増していった。光を浴びるほどにどんどん薄くなってゆく。
まるで夢の世界から追放されるように、覚めた現実が元の世界へと引き戻すように。




「僕はエミーが大好きだから、ずっと笑顔でいて欲しい。でも僕にできることはやっぱり一つだけだったから。」

彼は願った。星の願いを。それを私に叶えて欲しくて。







私は願いを託されることが、こんなにも重く遣り切れないものだと初めて知った。
さっきの彼の話を聞いたせい。
たくさんの人の願いを知りながら、その結果もわかっているくせにこんなことするなんて。




「じゃあね。」




フィラストロは消えた。後ろの緑の斜面が朝露で輝いている。その手前の空中を見つめ続けたけど、もう何もない。
手を伸ばしたその時に、彼の温もりを知らない事に気が付いた。とたんに未練が心を締め付ける。悔しさに途方に暮れた。






流れ星が消えるまでに願い事を三回言うことが出来れば、その願い事は聞き入れられる。
そんなこと不可能だから出来た迷信なんでしょ。



そして流れ星のほうにはそんな力なんて無いこと、あなたならそんなこと百も承知なのに。
私の願いを知ってておいて、でも結局実現しないじゃないの。だったらなんで、私に願うのよ。

そんなこと、叶うわけ、ないじゃない。




























今の私、悲しい顔してるよ・・・































夜が明けた。東の空へと何となく顔を向ける。
ああ、あの太陽がフィラストロを消しちゃったのね、眩いまでの光を恨めしいと思うのはこれが初めて。







その下に影が見えた。涙目に揺れるシルエットが、段々と形を作っていく。
トゲトゲした輪郭が特徴的だ。そんなの思い当たる人物は一人しかいなくて。



















憧れの彼だ。





















走って行って、勢いに任せて抱きつき、温もりを確かめながら思った。


彼は、流れ星が、消える前に三度唱えるのを成功させたんだ。

























































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無事描き上がりやした。ヨカター

分割するほど長くなかったかな。でも更新ネタを一つでも増やしとかんと(ぇ
ホント遅筆ですんm(ry