P394 マルクスは、ヘーゲルが唱えた絶対精神が世界を動かす、のではなく、歴史を動かすのは具体的な生産力だ、という思想を確立した。これが唯物史観である。
P441
今でも「日本人の本質は、独創にあるのではなく改良にあるのですよ」とか、「日本人の本質は、完全を求めて真面目に仕事に取り組むことです」などと語る人がいます。レヴィ=ストロースは、それとは真逆に日本人の本質を否定したのです。それぞれの時代の構造が、それぞれの時代の日本人を創っただけであって、どの時代にも通底する日本人の本質のようなものは一切ないですよ、と。
自由な人間も人間の主体的な行動も実は存在しない。人間は社会の構造の中で、そこに染まって生きるのであると、彼は考えました。常に進歩があるわけではない。先進国ばかりではなく、未開の社会もあるし、人間は社会に合わせて生きていくことしかできないという考え方です。このような思想は、「構造主義」と呼ばれています。ちなみに、構造主義の本質は方法論にあって、研究対象の構造、すなわち構成要素を取り出し、その要素間の関係を整理統合することで研究対象を総合的に理解しようというものです。
「社会の構造が人間の意識をつくる。完全に自由な人間なんていない。」このような構造主義の考え方は、今では正解に近いとされています。・・・
レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』に次のような言葉が出てきます。「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」
世界の存在は人間の意志や認識によって認められたものではない。世界は勝手に始まり勝手に終わるものだ。レヴィ=ストロースはそのように考えました。自然の摂理の前で人間はもっと謙虚にならなければならないと。地球の生命は星のかけらから誕生し、やがて地球の水が涸れたときに絶滅することがすでに解明されています。レヴィ=ストロースの考え方は、自然科学的にも正しかったのです。
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自然科学が発達し脳の学問も進歩した結果、人間の世界から未知の分野は激減しました。哲学や神学そして宗教が果たしてきた役割は、どんどん小さくなっていることは現在の世界の趨勢であるようにも思われます。
P448
哲学者と呼ばれた人たちは、さまざまな歴史の局面に登場して、世界とは何か、人間の認識とは何か、人間とは何か、生きるとは何かなどを懸命に考えては、その果実を論理化してきました。
それに対して、次世代の哲学者は反論したり修正したりしながら、巨人の肩に乗って遠方を見るように、一歩一歩と哲学の道を深め、人智を高めてきました。
また、その一方で自然科学の発達が宇宙や地球の人間について、多くのことを解明しました。さらに脳の科学的な分析や心理学の発達が、人間の脳の働きや認識する能力についても、多くの科学的な解答を導き出してきました。
P450
世界とは?人間とは?そのようなことを一所懸命に考えていた時代に、天国と地獄が生まれました。でも今は天国と地獄の代わりに、星のかけらから生まれ、地球の水が涸れた果てたときに人類は必ず絶滅する、という知見があります。どちらの方が楽しいか、と問うのはほとんど無意味なことです。
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ニーチェの哲学とストア派の哲学に共通していることは、自らの運命を受け入れ、そのうえで積極的に力強く生きるという姿勢です。・・・
振り返ってみると、神の存在を考え出した人間が、やがて神に支配されるようになり、次に神の手からもう一度人間の自由を取り戻したところ、その次には自ら進歩させた科学に左右される時代を迎えています。それでもこの時代に、人間が招き入れた科学的で冷厳な運命を受け止め、それを受け入れてなおかつ「積極的にがんばるぞ」と考える人たちが少なからず存在しているのです。
そのような意志や意欲のある人間の存在が、巨人の肩の上に21世紀の新しい時代を見通せる哲学や思想を生み出してくれるのかもしれません。
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