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BC330年 gya_l_bg.gif (1060 バイト)  gya_r_bg.gif (1063 バイト) BC311年

アレクサンドロス、インダスへ至る

EurasiaBC4C  ホーム   アレクサンドロスの東方遠征 テーマ史《INDEX》  年表

概略

アケメネス朝を倒したアレクサンドロスは、マケドニア、ペルシアの軍を率いて、東方を目指した。ついにインダス川を渡り、広大な領域を征服するに至った。また、アレクサンドロスはスサで、マケドニア人とペルシア人の合同結婚式を行うなど、人種宥和政策をとる。ギリシアでは反マケドニア論の中心人物デモステネスが召還されて帰国。その後、ギリシア同盟軍は反マケドニア戦争(ラミア戦争)を起こした。一方、アレクサンドロスはバビロンに到着するが、そこで病没した。この後、アレクサンドロスの部将により、その遺領の争奪戦〜ディアドコイ戦争がはじまる。
アレクサンドロス大王の遠征
BC323年 デモステネス、召還されて帰国
ギリシア同盟軍、反マケドニア戦争(ラミア戦争〜BC322年)を起こし、ラミアでマケドニア軍を包囲
アレクサンドロス、バビロンに帰る。6月病没。
アレクサンドロスの遺領をめぐって、部将間で後継者(ディアドコイ)戦争がはじまる。
ペルディッカス、摂政となり、アジアを統治。
BC322年 アモルゴスの海戦;アテネ艦隊敗北。 夏−クランノンの戦い;マケドニア、ギリシアを破りラミア戦争終結。アテネの無条件降伏と国政改革。デモステネス自殺。
ペルディッカス、カッパドキア、ビチニアに侵入。
第一ディアドコイ戦争(〜BC319年);アンティゴノス、アンティパトロス、クラテロス、プトレマイオス、リュシマコスら、反ペルディッカス同盟を結び、対立。
BC321年 ペルディッカス、エジプト遠征中に、部下セレウコスに暗殺される。
将軍エウメネス、クラテロスを敗死させる。
シリアのトリパラディソスの軍会で、帝国再編成;摂政にアンティパトロス(〜BC319年)、バビロン総督にセレウコス。
アンティゴノス、エウメネスをノラで包囲。
BC319年 第二ディアドコイ戦争;アンティパトロス没後ポリュペルコンが摂政となり、部将間の対立起こる。
プトレマイオス、シリアを占領;帝国事実上崩壊。
BC318年 ポリュペルコン、ギリシアの自由を布告;民主政を復活させ、反民主派フォキオンを処刑。
エウメネス、バビロンを占領
BC317年 カッサンドロス、アテネに侵入し、ファレロンのデメトリオスを指揮官に置く。アテネの寡頭政。
この頃、インドでマウルヤ朝起こる(アレクサンドロスが征服したインダス川流域を回復)
BC316年 エウメネス、メディアでアンティゴノスに敗死。アンティゴノス、バクトリアを支配。
BC315年 第三ディアドコイ戦争;カサンドロス、リュシマコス、プトレマイオス、セレウコスら、対アンティゴノス同盟を結成して戦う(〜BC311年)
BC314年 アンティゴノス、ギリシア都市の自由を宣言。
BC312年 ガザの戦い;プトレマイオス、デメトリオスを破り、シリア占領
セレウコス、バビロンをプトレマイオスから奪回し、セレウコス1世として即位。セレウコス朝創始。(〜BC63年)

 

資料  『アレクサンドロス大戦記』ヴァレリオ・マッシモ・マンフレディ(徳間書店)
 『世界史大年表』石橋秀雄 他(山川出版社)
 『ギリシア人の物語』塩野七生(新潮社)