Title9-3.GIF (2758 バイト) 前燕 . . . . . . . . . . . . . . . .

 

開祖 武宣帝 慕容[广鬼] 支配民族  鮮卑族 慕容氏
興亡 307年〜370年 首都  [業(オオザト)]−洛陽

建国

 慕容[广鬼]は慕容部の勢力を拡大し、夫餘、高句麗など周囲を圧迫し、307年鮮卑大単于と称した。拓跋部の猗盧などと通好し、勢力の安定を図りながら、319年宇文部を破り、遼東を奪取した。

中興

 慕容部は同じ鮮卑族の段部、宇文部および高句麗の同盟により包囲されていた。333年慕容[广鬼]の後を継いだ慕容[皇光]は、同じ年に即位した 後趙 の石虎と謀り、337年段部征討を行なった。 結果として慕容部の領域までに攻め込んできた後趙を撃退し、段部の領土を獲得、数年後には宇文部を併合することになる。慕容儁は後趙に代わった冉閔を殺して魏を滅ぼし、また段部を滅ぼして斉を平定、[業(オオザト)]を首都とし、358年には東晋の北伐軍を撃退し、河南の地を取った。

滅亡

 次の慕容[日韋]は362年東晋の洛陽を攻略、さらに東晋の許昌、女南、陳郡なども攻略する。しかし、東晋の北伐攻勢も激しくなってくることになる。この頃内乱により前秦に走った慕容垂は後に後燕を興すことになるが、前燕も慕容垂なきあと衰えた。369年慕容[日韋]は、前秦の符堅に虎牢以西の地を代償として救援を請うが、この約束を実行せず、これに前秦の符堅が怒り、出兵して洛陽を攻略され前燕は滅亡した。

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資料 陳舜臣『小説十八史略』(182)