米軍佐世保基地司令部の前の掲揚ポールの1つに国連旗がかかっている。朝鮮戦争がいまだ終結せず、米軍は「朝鮮国連軍」でありつづけているからだ。
朝鮮国連軍は、朝鮮戦争勃発により国連安全保障理事会の決議(ソ連欠席の下で採択)にもとづき、1950年7月に創設され、東京に司令部が置かれた。53年7月に休戦協定が成立し、57年7月に在韓米軍司令部がソウルの龍山基地に創設され、朝鮮国連軍司令部も東京から龍山基地に移された。国連軍司令官は在韓米軍司令官が兼務している。
その結果、日本には朝鮮国連軍後方司令部が設立された。当初は神奈川県のキャンプ座間に置かれたが,2007年11月に横田飛行場に移転した。現在、ウィリアムズ司令官(豪空軍大佐)他3名が常駐しているほか,9か国(オーストラリア,イギリス,カナダ,フランス,イタリア,トルコ,ニュージーランド,フィリピン,タイ)の駐在武官が朝鮮国連軍連絡将校として在京各国大使館に常駐している(外務省18年4月27日)。
1954年に締結された国連軍地位協定に基づいて国内7か所の在日米軍施設・区域(横田飛行場、キャンプ座間、横須賀海軍施設、佐世保海軍施設、嘉手納飛行場、普天間飛行場、ホワイトビーチ地区)が国連軍の基地に指定され、派兵国が使用できることになっている。
米朝の緊張が高まる中、今年1月16日、北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐり朝鮮国連軍の派遣国など20か国が参加する外相会合がカナダで開かれた。米国の呼びかけによるもので北朝鮮への圧力維持と強化で一致した。第二次朝鮮戦争も辞さないとの威嚇ともみられる。
今年4月には、北朝鮮が洋上で違法に物資を積み替える「瀬取り」を監視するため、国連軍地位協定に基づいてオーストラリア軍とカナダ軍の哨戒機が嘉手納飛行場を拠点に警戒監視活動を行った。
事態は悪化する一方の米朝関係だったが平昌オリンピックを機に情勢は急展開した。4月27日の南北首脳会談で「年内の終戦宣言」「休戦協定の平和協定への転換」が合意された。6月12日には史上初の米朝会談も実現した。内容に乏しいとの指摘もあるが、半年前は米朝首脳が「ロケットマン」「精神が錯乱したアメリカの老いぼれ」と罵りあっていたことを考えれば大きな前進であり、少しではあるが成果も出始めている。1985年10月に米ソ首脳がジュネーブで会談して核兵器の削減と冷戦の終結の議論を始めた。レイキャビック、ワシントン、モスクワと会談は続けられ、冷戦が終結したのは4年後のマルタ会談だった。
佐世保基地の国連旗が下ろされる時、北東アジアの安全保障環境は本当に激変する。
【追記】
2018年6月29日、在韓米軍司令部は龍山基地からキャンプ・ハンフリーズに移転した。これにともない、国連軍司令部もキャンプ・ハンフリーズに移転となった。
(2018年6月20日)