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 月夜の王国3  驟雨と霊廟

 3
 果たして、この神聖な場所でシュウの言いなりになる事と、国王たる彼に力の限り抵抗する事の、どちらがより無礼なのだろうか……。
 混乱した頭でそんな事を考えていたランは、足の付け根に当てられたシュウの手に気付いて声を上げた。
「えっ、や……!」
 驚きからとっさに立ち上がろうとしたものの、腹に回された腕にきつく押さえられ叶わない。後ろから抱きかかえられているせいで、敏感な場所を這う彼の手指を視界に入れてしまったランは、羞恥からぎゅっと目を瞑った。
 衣服の上からとはいえ、強く押されれば甘い感覚が身体を駆け抜ける。
 中指を押し付け動かし始めたシュウは、ランの耳朶を舐めながら低く笑った。
「ね、ラン。どう? 良い?」
「いや、やめ……お止め、下さい……こんな所で……」
 背筋を這い上がる痺れを振り切るように、強く唇を噛む。シュウは声を我慢するなとでも言うように、押さえつけていた手を離し、ランの唇に指を当てた。
 顔を背ける訳にもいかず、為すがまま人差し指を口に含んだランは、その冷たさにびくりと震えた。
「こんな所、だから良いんだけどね」
「っ!」
 意地悪いシュウの声に、ランは目を見開く。
(まさか……わざと……?)
 一瞬、作為的な匂いを感じたが、今も降り続く雨は紛れも無い偶然だ。いくらシュウが精霊族の末裔で魔法が使えるとしても、天候を変える術など聞いた事が無い。
 僅かでも彼を疑った事を恥じていると、口腔内の指がランの舌を撫でた。そのまま残りの指に顎を掴まれ、後ろを向かされる。必然的に首を反らしたランは、斜め後ろにいるシュウを見上げた。
「ランの口、熱い。そのまま舐めて、俺の手温めてよ」
「ふ、ぅん……」
 聖域でこんな事をしていい訳がないと判っているのに、ランの舌はシュウの指を捉え離さない。臣下としての条件反射なのか、拒みたい意思に反して、身体は従ってしまっていた。
 こちらを覗き込むシュウの視線に耐え切れず、ランは目を閉じる。そのまま氷のように冷たい彼の指を舌で撫で擦った。
「ああ、いいね。ランの顔、凄い、やらしくて綺麗」
 平常時に聞いたら、眉をひそめるような台詞も、浮かされたランには欲望を煽る材料でしかない。
 直接的な快感が薄いにも関わらず、意識がぼんやりとしてきたランは、いつの間にか緩められたパンツの穿き口から、もう一方の手が進入した事に気付いて仰け反った。恥丘を下り、下着の隙間から差し入れられた指の冷たさに息を呑む。
「く、あぁっ……つめ、た……っ」
 含んでいた指を離し、声を上げた。
 それも計算の内なのか、まるで悪びれていないシュウは耳元でくつくつと笑う。
「こっちの手も、温めて?」
 淡い快感と期待に熱くなった身体には、冷えた指先は苦痛にも感じられた。無遠慮に秘所を撫でられたランは、痛みと紙一重の感覚に大きく震える。
 触れる冷たさに反して、内側の熱がどんどん高まっていく。挿し入れられた指と触れる掌はいつもより硬く、その温度と相まって、人のものでないような気さえした。
 雨音の激しさに、行為そのものの音は聞こえないが、何の抵抗も無く抜き挿しされる手指に自身の状態を知る。快感に慣らされてしまったとはいえ、場所もわきまえず反応している事に、ランは赤面し眉を寄せた。
 自然に荒くなる吐息。絶え間なく与えられる感覚に、がくがくと太腿が痙攣する。
 やがて、熱が伝わり温められたシュウの指先が、敏感な芽を弾いた。そのまま強く押し付けるようにして転がされる。身を襲う激しい快楽に、ランは首を反らして喘いだ。
「いっ、やあぁ……っは、あぁ、んん……!」
「そんなに良いの? ……でも、ちょっと声抑えて。人気は無いけど、ここ、外だから」
 楽しそうな響きを含んだ言葉にハッとする。
 傍若無人を体現したようなシュウが人目を気にするとは思えないし、そもそも、こんな森の奥に誰かが通りかかるはずも無い。しかしそれでも、ここは屋外だった。しかも王族の霊場だ。
 改めて意識してしまえば、もう忘れる事などできない。天界に通ずるという聖域で痴態を晒す事は、ここに眠る人が見ているのと同じ。
 許容しきれない恥辱を覚えたランは混乱した。どうしたら良いのか判らず、真っ白になった思考の中で、燃えるように熱い身体と快感だけが残った。
 抵抗する意思すら無くし、何も考えられないまま甘い感覚を飲み込んでいく。ランは、いつの間にか荒っぽくなっていた彼の指使いに強く身体をわななかせると、甲高い悲鳴をあげて硬直し、次の瞬間にはぐったりと脱力していた。

 ひとりで果てたランは、朦朧とする意識の中で後ろのシュウにしなだれかかり、荒い息をついている。寒さなど微塵も感じないほどに身体が火照り、うっすら汗をかいていた。
 シュウは弛緩したままのランを抱え直すと、霊廟の外壁に寄り掛かって座っていた自分との位置を入れ替えた。
 うっすらと意思の戻り始めたランだったが、達したの後のだるさから抵抗もできずに、促されるままうつ伏せるように石壁に手を突く。彼の意図をはかりきれずに後ろを向くと、覆い被さるように包まれキスをされた。
 首は苦しいが、触れる唇の優しさに瞳を閉じる。外気と湿気に晒された彼の唇や舌が、冷たくて気持ちが良かった。
 口付けに酔っているうちに腰へ回された両手が、ゆるやかに下身を後ろへ誘う。自然に身体が低くなり、臀部を突き出すような形になったランは、離れていくシュウの顔をぼんやりと見つめた。
 普段見る事の出来ない、張り詰めた厳しい顔に胸が高鳴る。
 少しの間、見惚れていると、いつの間にか腰紐の外されていたパンツと下着が膝上までずり下ろされた。湿り気を帯びた冷気が、肌を撫でていく。冷たさに一瞬、我に返ったランは驚いたものの、抵抗する間も無く抱き締められた。
「ラン、好きだ。愛してる」
 低いが強い囁き。秘所に自分のものでは無い熱を感じた瞬間、それはランの身体を掻き分け一気に奥まで挿し入れられた。
「ああぁっ!!」
 押し出されるように声がこぼれる。触れた部分から突き抜けた快感は、ランの脳を痺れさせた。
 一度達していたおかげか痛みは感じないものの、身体を縮めているせいで、より強く彼の存在を感じる。シュウもまた同じ状態らしく、苦しげに長い溜息をついた。
「すご……きつい……」
「あつ……」
 冷え切っていた手指に反して、ランを貫いている場所は驚くほど熱い。ただ触れ合っているだけなのに、熱に煽られた内側がじくじくと震えた。
 背後からこぼれる艶めいた吐息や、時々ひくりと跳ねる彼自身に、シュウの高ぶりは理解できる。だが何故か彼は一向に動こうとしない。  しばらくそのまま身体を重ね、じっとしていたが、雲を掴むようなもどかしい感覚に耐えられなくなってきた。
 関係を持つようになって半年。嫌というほど快楽を覚え込まされたランの身体は、半端な触れ合いでは満足できなくなっていた。
 いつものように強く嬲って欲しいと願う。しかし恥ずかし過ぎて、口にはできなかった。
 我慢しなければと思うのに、快楽を求める身体が勝手に動く。ねだるように腰を揺らしてしまったランは、自分が気付くよりも早く、シュウの手によって押さえつけられた。
「ダメ。動いて欲しいなら、そう言わなきゃ」
「そ、んな、の……」
 息を呑んだランは、ぶるぶると首を振る。
 欲望と理性の狭間で揺れているランを見つめたシュウは、無言で口の端を上げると、腰を押さえていた手を繋がっている場所へと移動させた。
「……簡単だよ。ただ、動いてって言えばいい」
 触れ合っている事を確認するように周囲をくるりとなぞった指先は、すぐ傍にある突起に辿り着くと、優しく先端を掠めた。快感までいかない微妙な力加減で、何度も何度も擦られる。
 期待と渇望に身体を震わせ喘いだランは、悪酔いした時のような眩暈と鼓動を感じた。閉じた瞳の奥の闇が、ぐにゃりと歪む。耳の奥にこだまするのは、強く打つ心臓の音だけで、雨音も風も聞こえなくなっていた。
 判るのは、自分を穿つ熱と、同じくらい熱い身体。蠢く指先。煩い鼓動。溶解した意識の中で、ランは自分の口が言葉を紡ぐのを聞いた。
「あ……動い、て。シュウ……動いて」
「ん。ここ外だし、霊廟だけど、いいの?」
 意地悪いシュウの声が響く。ランは石壁に手をついたまま振り返り、情欲に濁った瞳を向けた。
「いい、から、動いて。気持ちよくして……私、もう……!」
 顔をゆがめたランの瞳から、一筋涙が伝い落ちる。
 一瞬、ぐっと言葉を詰めたシュウは、またランに覆い被さると、噛み付くように口を合わせた。
「ああ。俺も、限界……!」
 食い縛った口元から漏れた言葉の後、シュウは腰を引き、強くランに打ち付けた。そのまま勢い任せに抜き差しをする。突然の激しい抽送に、ランは硬い壁に爪を立て、声を上げた。
「あ、あぁ! んっ、あ、ああっ!」
 声に重なって、自分から溢れているのだろう水音が響く。
 待ち望んでいた快楽を与えられた身体は、無意識に更なる高みを目指し、シュウの動きに合わせて腰を揺らした。
「っく……ラン……ランっ」
「ああ、シュウ! あっ、くぅ……あぁっ」
 どくりと身体の奥が蠢く。迫る波に気付いたランは、ぐっと背中を仰け反らせた。
 先ほどと同じように、ランの腰に当てていた手を前に回したシュウは、硬く膨らんだ芽を指先で強く捻り上げた。
「いっ! ああぁっー……!!」
「っ!」
 痛みと混ざり合った激しい快感にさらわれたランは、ほとんど絶叫とも言える嬌声を上げ、果てた。
 石床に寝そべるように脱力した身体の奥、まだ繋がっているその場所に熱く迸るものを感じたランは、ぼんやりとした意識の中で、彼もまた達したのだと知った。

 行為の激しさに少しの間、意識を飛ばしていたランは、後始末をしようとするシュウの手を拒みきれず、甘んじて受けてしまっていた。ぐったりと壁に寄り掛かったまま、簡単にだが身を清められ、服を整えられた。
「服着たまましちゃったから、穿くの嫌だろうけど、少し我慢して」
 一瞬、シュウの言う意味が理解できず困惑したものの、触れた下着がじっとりと湿っているのに気付いたランは、ぱっと赤面した。
 腰紐を外し下げたとはいえ、膝当てにブーツを履いていたせいで、パンツも下着も膝上に留まっていたはずだ。その状態で事に及んだのだから、溢れた雫で服が汚れるのは当たり前だろう。
 屋外の、しかも霊場で、交わる為だけに服を脱ぎ、獣のような格好で繋がりを持ったのだと思い至り愕然とする。そして、欲望に屈服し自ら望んで彼を受け入れた事に恥じ入った。
 ランが辛そうに眉を寄せた事に気付いたシュウがこちらを覗き込む。無礼を承知で逃げるように顔を背けると、膝の裏を掬われ抱え上げられてしまった。
「あっ」
 何度されても慣れない浮遊感。突然のお姫様抱っこに驚いたランは、シュウの首に腕を回し、しがみついた。
 近づいた額に口付けを落とされる。見上げたランは、優しく微笑むシュウに気付き頬を染め俯いた。
「こんな大事な場所で、しかも外なのに、あんな事しちゃうなんてはしたない。どうしよう?! て、思ってるでしょ」
「……っ」
 まるで心の内を見透かしたようなシュウの指摘に、ぎくりと身体を強張らせる。図星過ぎて認める事すらできないランが黙していると、シュウは楽しげにくつくつと笑った。
「ま。ランのせいじゃないから、気にしなくていいよ」
「し、しかし……」
 快楽に呑まれたとはいえ、止めもせず自ら望んだのは事実。言いよどんだランが唇を噛むと、シュウは喉の奥で低く笑い耳元へ口を寄せた。
「だって、俺がこうなるように仕向けたんだもん」
「えっ」
 事の最中に浮かんだ疑念が、思い返される。驚き、彼を見つめたランは、人を食ったような笑顔に呆然とした。
「まぁ、メインは墓参りだったけど。今日の午後に雨が降るのは判ってたし、たまには外でするのも楽しいかと思ってさ」
「……判ってたって、どういう……」
 驚愕に震えるランは自分の立場も忘れ、疑問を口にした。
「んー、天気を予測できるって言うか。精霊の動きと、空と雲と風の観察を合わせると大体判るんだよね」
「で、では。やはり、わざと……」
「もちろん。俺が偶然で動くと思う? ちなみに持って来たぶどう酒もね、少し強い奴なんだ。ランは酔ってた方が素直だからね。気付いてた?」
 全く悪びれず、すらすらと説明していくシュウに愕然とする。自分の事も何もかも知らなかったランは、首を振りながら目の前が暗転したように感じた。
 シュウはランを抱えたまましゃがみ込むと、手の先だけで器用にバスケットを拾い上げる。それから身動きできないランに構わず霊廟を半周し、施錠されている扉を蹴破った。
「陛下っ?!」
 これには、ぼんやりしていたランもぎょっとした。
 付けられていた鍵は衝撃で弾き飛ばされたようだが、頑丈な造りの扉は歪む事も無く開く。倉庫特有の湿気た空気に包まれたランは、敬意どころか頭を垂れる事もできないまま、中へ誘われた。
 円筒形の壁に沿うように棚が造り付けられている。そこに、埃を被ってはいるが豪華な飾りのついた箱がいくつも収められていた。
「もうここに用無いし、とっとと帰って部屋でゆっくりしよう」
「え……?」
 帰る方向とは真逆の室内で、首を捻る。シュウの行動が理解できないランは、見上げた視線の先から微笑みを返された。
「一度でも訪れて魔方陣を描いておけば、転送魔法で飛べるって前に言わなかったっけ?」
 ぽかんと口を開けたランの顔から、色が抜けていく。本当に何もかもが仕組まれていたのだと知り、眩暈と共に思考が停止した。
 いつか、デュトイ家の自室で耳にした事のある古代言語を聞きながら、強い光と吹き上がる風に目を閉じる。呪文を唱え終えたらしいシュウが、抱き上げたのランの耳に口付けた。
「外でするのも良いけど、次から鎧は却下。胸弄れないとつまらないし……ま、足りなかった分は後でしてあげるからね」
「……!!」
 至極楽しそうなシュウに、もう充分だと叫んだランの声は、魔法の発動によって掻き消された。
 結局その後、いつも通りの休日を過ごす事になったのは、言うまでも無い。

                                             END
   

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