2 ←  R18小説  index

 TRY ME !

 3
全身を汗で濡らし、真っ赤な顔で息も絶え絶えな更紗を見下ろした数登は、口元を手で拭うと、きつく唇を噛み締め痛いほどぎゅっと目をつぶる。そのまま倒れ込むように彼女を抱き締めた。
……更紗が、欲しい。
とうに熱くなっている下半身は、心臓が下に移動したのかと思うほど強く脈打っていた。早く早く、と急かすように鈍い痛みを訴えている。
数登はたぎる心を冷ますように、深く息を吐いた。
このまま更紗と繋がる事は、実にたやすい。彼女は快楽に呑まれてぼうっとしているし、抵抗されたところで押さえつけてしまえばどうとでもできる。それに元々は彼女自身が望んだ事だ。
だが、誘われるまま勢いだけで事に及んだ数登は、相応の準備をしていなかった。元来、女性と無縁だった男の部屋に、避妊具などあるはずもない。
「数登……?」
いつの間にか気が付いていた更紗が、腕の中で身じろぎをする。可愛らしい声は、酷く喘いだせいですっかり掠れてしまっていた。
「更紗、良かったか?」
「えっ! あ……うん……良かった、よ?」
先ほどまでの痴態を思い出したのか、顔を隠すように俯いた彼女は瞳を彷徨わせる。
「そっか」
淫靡な雰囲気を払うようにわざと明るく言い切った数登は、除けていた肌掛けを引き寄せ更紗を包み、有無を言わせずに明かりをつけた。
「ちょ、数登。まぶし……っ」
闇に慣れた目には強すぎる光が、部屋を照らし出す。
眩しさに顔をしかめた数登が何度か瞬きをすると、当たり前だがそこはいつも通りの自分の部屋だった。
ベッドに横たわる彼女を見ないようにして、素早く離れる。本当ならすぐにでもトイレに駆け込みたかったが、さすがにみっともなさ過ぎるので自重した。
熱い身体を落ち着かせるために、水でも飲もうと立ち上がりかけた数登は、張り詰めたままの自身に気付いて閉口する。明るい中、そこを押さえて歩くところを更紗に見られたくは無い。しばらくはどうにもならなそうだと判断した数登は、しぶしぶベッドのへりに腰掛けた。
前のめりに背中を丸め、見られないように隠す。下着を脱がずにいたのは良かったが、一目見れば更紗にも判るほど不自然に隆起していた。
僅かな布の擦れる音の後、背中を軽くつつかれた。平静に戻りつつある更紗の仕業だというのは判っていた。
「ねぇ、数登」
「ん」
「何で止めたの?」
聞かれるだろうとは思っていたが、いざ聞かれると言葉に詰まる。真実を告げるのが恥ずかしくても、ごまかしや、はぐらかしが通用するとは思えない。
数登はぐっと眉尻を下げて、疲れた溜息を吐いた。
「ここまでやっといて何だけど……アレ、無いから」
「え?」
「子供できたら困るだろ。お互い学生なんだし、俺は就職先も決まってないし……」
すっと訪れる静寂。
更紗がどんな反応をするかと身構えた数登は、いきなり背中に抱きついた柔らかい温もりにぎょっとした。
思わず背筋がぴんと伸びる。さっきまで苛んでいた膨らみが、肩甲骨の上で押し潰されているのを感じ震えた。
「やっぱり……数登で良かった」
「?」
耳元に届いた嬉しそうな更紗の呟きに、数登は首を捻った。振り向くと、優しく微笑んだ彼女の唇が頬に触れた。
「私の事ちゃんと考えてくれて、ありがとう。嬉しい」
「いや、それは……」
止まったのは結局のところ、自分の為だと言っても過言じゃない。子供を産み育てられる状況に無い、というのもただの言い訳で、自分の子供ができるかもしれない事実が漠然と恐ろしかっただけだった。
本当の理由を告げる為に数登が顔を上げると、更紗は全てを判っているかのような透き通った瞳で、ゆっくり首を振った。
「ごめんね。どこで言い出していいか判らなくて黙ってたんだけど……私、持ってきたの」
「……え」
呆気に取られた数登が見つめる先で、更紗はベッドから降り、自分のトートバッグを取り上げる。中から煙草ほどの小箱を出すと、覚束ない足取りで数登の前に戻ってきた。
「来る途中、コンビニで買って……」
赤面し小声で囁いた彼女の手には、通り過ぎざまに横目で見た事のあるパッケージの箱が載せられていた。
見た事はあっても手にした事の無い数登は、どうしたらいいのか判らずに、ただぼんやりと更紗を見上げる。互いに無言でしばらく見つめ合った後、受け取ってくれない数登に業を煮やしたらしい彼女が箱を開け、説明書を取り出した。
「おい、更……」
「着けてあげる」
「えっ?!」
積極的な提案に飛び上がる。
更紗は、驚いて仰け反った数登に構わず屈み込むと、下着のウエストに手をかけた。
「数登も脱いで。全部」
「うっ……うん……」
うろたえたままの数登は、きっぱりとした物言いに気圧されて、素直に頷く。部屋着にしているシャツを脱ぎながら、明るい事に恥らった更紗の気持ちが少し判る気がした。
下着まで全て取り去り、元のようにベッドに腰掛けた数登は、彼女がひゅっと息を呑むのを聞いた。
自分で見てもグロテスクだと思うのだから、更紗の衝撃は相当なものに違いない。初めて彼女の秘部を見た時と同じ気持ちを、更紗も今感じているのだろうと数登は思った。
「えっと……なんか、変な風になってるけど……」
「いや、多分、これで普通」
「そ、そうなんだ……」
更紗はこくっと喉を鳴らすと、とっさに逸らした視線を恐々戻す。それから、指先をそっと触れさせた。
「っ!」
いきなり触られると思っていなかった数登は、冷たい彼女の指先に驚いて震えた。
「あ、ご、ごめん。痛かった?!」
「違う。ちょっと驚いた、だけ」
首を振る数登に安堵したらしい更紗は、ほうっと息を吐いた。
「触ってみてもいい?」
素肌に薄い寝具を巻きつけただけの、あられもない格好の更紗が膝の間からこちらを見上げている。この上なく扇情的な光景に眩暈を感じた数登は、欲求に逆らう事無く頷いた。
数登の了解を得た更紗は、嬉しそうに微笑む。そのまま息のかかる距離まで近づくと、両手でそうっと包み込んだ。
待ち侘びた快楽を与えられた事で、身体が喜びに震える。撫でられている部分から広がる甘い痺れに、息を吐いた。
「ん……」
「痛くない?」
「ああ、気持ちいい」
初めての更紗の手つきは、もちろん至らないところも多いが、触れてくれているというだけで嬉しい。直接的な刺激よりも、心から生じる快楽を強く感じている自分に、数登は驚いていた。
ベッドに突いていた手を離して、更紗の頭を撫でる。優しく何度か繰り返すと、首をすくめた彼女が嬉しそうに笑った。
……ああ、この顔、好きだな。
ぞくぞくと震える身体と、溶けていく思考の中で数登は正直にそう思った。
いつの間にか大胆になっていた更紗の手が、少し強めに動かされる。びりっとした刺激を感じた数登は、眉間に皺を寄せて息を詰めた。うるさいくらいの鼓動と、浅くなる呼吸。最後の時を見出した数登は、とっさに彼女の手を止めた。
「数登?」
急に制止された更紗が不思議そうに見上げる。
「それ以上はダメだ。出そう」
「なにが?」
自ら迫っておきながら、とことん疎い更紗に少し苛立つ。数登は苦い顔で口を尖らせた。
「何がって……保健で習っただろ」
「あ……」
数登の言わんとする事が理解できた更紗は、ぱっと手を離して恥ずかしそうに目を伏せた。
僅かに引いてしまった更紗の顎を捕まえた数登は、強く引き寄せて唇を奪う。驚く彼女に構わず、口の中に舌を挿し入れた。
「ん、ふっ……!」
固まって震える彼女の口腔を舌先で撫でていく。触れ合う粘膜と響く水音が酷く卑猥で、鼓動を更に加速させた。
名残惜しい思いで絡めた舌を離すと、数登は更紗の耳にキスをして囁いた。
「更紗が欲しい。入れたい」
直接的な言葉に、彼女が一度大きく震えた。耳元に口を寄せた体勢では、どんな表情をしているかが判らないが、面と向かって言うには恥ずかし過ぎる。
静かなアパートの一室に聞こえる二人の呼吸。肌掛けを巻いているとはいえ、それぞれ裸で、抱き合うように身を寄せていた。
やがて……小さな了承の囁きと共に、更紗の頭が縦に揺れた。
触れ合う肌の熱さが、互いの心を伝えていた。

また常夜灯だけになった室内で、数登は抱き寄せた更紗にまとわりついていた肌掛けを、剥がして捨てた。
さっきとは逆に自分がベッドに仰向けになり、彼女を上に座らせる。不安からか、そわそわしだした更紗は困惑した視線をこちらに向けた。
「ねえ、数登……」
「このまま、更紗が乗るみたいにして、しよう」
数登の提案に、更紗は目を見開く。
「む、無理だよっ!」
「無理じゃないって。俺も手伝うから」
「そんな……恥ずかしいよ……」
急に泣きそうな顔をした更紗が、ぶるぶると首を振った。
男の本能から言えば、羞恥に震える彼女を見るのも興奮を煽る材料では、ある。が、今回に限っては更紗を上にした理由が別にあった。
数登は、更紗を揺り落としてしまわないように気をつけながら身を起こす。それから、太腿の上に跨る彼女をじっと見つめ、抱き締めた。
「……俺もよく知らないけど、最初って凄く痛いんだろ? だったら、更紗が自分のいいようにした方が良いと思う。俺は……余裕無いから、無理しそうだし」
もし数登が主導した場合、更紗が痛がったとしても、途中で止めて欲しいと泣かれたとしても、情けない話、止まれないと思った。そうなれば、自分本位の欲求をぶつけて酷い事になるのは目に見えている。初めてを大切にしたいと言った更紗の為にも、それだけは避けたかった。
おずおずと背中に回された腕に力が篭もる。
それを了承と取った数登は、向かい合ったまま彼女の身体に手を這わせ始めた。
「あ……は……っ」
先ほど二度も達したせいで感度の良い更紗は、どこを触られても感じるらしい。背中、肩口、腕、腹、臀部、太腿と順に撫で下ろしていくだけで、ふるふると震えた。わざと感じやすいところを外したというのに、欲情した瞳を切なげに揺らしている。
「更紗、気持ちいいのか?」
「ん……いい。なんか凄く、変なの。身体が熱くて……」
数登は、太腿にあてがっていた手を足の間に移動させた。二度目の絶頂から、それなりに時間が経っているというのに、そこは熱く熟れ、待ち切れないと言わんばかりにひくついていた。
更紗の反応に、期待が膨らむ。たまらなくなった数登はごくりと喉を鳴らした。
「凄い、ひくひくしてる。どう、しようか……もう一度、いっとくか?」
本音としては、すぐにでも繋がりたい。が、数登は精一杯、虚勢を張った。
「……ううん、いい」
こちらの真意などお見通しなのか、更紗はかすかに微笑むと静かに首を振る。それから、薄い膜に包まれたものに手を伸ばした。
間に隔てるものがあるせいで、先ほどのような刺激は無い。しかし、次に訪れるであろう状況を思い描いた数登は、息を呑んだ。
「更紗。支えてるから、そのままキスして」
濡れた瞳を上げて頷いた更紗は、腰に回された数登の両手に体重を預け、膝立ちで伸び上がると唇を重ねた。
さっき初めてしたばかりだというのに、何の抵抗も無くキスできてしまう自分達に、数登は違和感を覚える。だが、それ以上に恥ずかしい事をしているせいで感覚が麻痺しているのだと思い至った。
彼女の腰を掴んでいた手の力を、ほんの少し弱くする。ぴったりと触れ合っている更紗の身体が、わずかに下がった。
それが何を意味しているのか、言わなくても更紗には判ったらしい。薄く目を開けて、艶かしい吐息をこぼした。
「数登……」
「離れないで。このまま……」
キスし続ける事に何か考えがあった訳では無い。ただ、可能な限り彼女に触れていたかった。
更紗は恐れを振り切るように、きゅっと目をつぶり、自分の意思でそろそろと腰を落とす。やがて、入り口に触れた事に気付いて、小さく呻いた。
ゆっくりゆっくり、彼女の最も秘なる場所が暴かれていく。初めて味わう熱く締め付ける力。圧倒的な快感に慄いた数登はとっさに顔を引いて、歯を食い縛った。
「あっ、か、ずとぉ……入って、くる……っ」
痛みのせいか、眉を寄せ顔を歪めた更紗が、熱に浮かされたように言葉を紡ぐ。
僅かでも快楽の片鱗を知ってしまった数登は、もはや自分を抑える事ができずに、彼女の背中を掻き抱くと前のめりに体重をかけた。結果、更紗の身体はぐっと沈んだ。
「ひぐっ! やっ、痛い!!」
「ごめ……、更紗、ごめんっ!」
ほとんど強制的に、仰け反った更紗の身体を自分に押し付ける。一気に開かれた事で身を強張らせた彼女を、数登はきつく抱き締めた。
しばらくそのまま動かず、甘い締め付けに酔っていると、いくらか落ち着いたらしい彼女が苦しそうに息を吐く。
「うー……痛いよぅ……」
「ご、ごめん。ほんと、悪かった」
更紗のペースでできるように、この体位を選んだのに、結局、無理強いしてしまった。初めての事とはいえ、欲望に弱い自分が恨めしい。数登はやわやわと蠢く彼女の内側の事は気付かない振りをして、頭を下げた。
「いいよ」
「え?」
てっきり烈火のごとく怒られるだろうと身構えていた数登は、更紗の囁きに耳を疑った。
「初めてはどうやっても痛いんだって」
「そ、そうか……」
女ではなく、経験も無い数登にはよく判らない。納得できたような、できないような心持で頷いた。
離れていた更紗の腕がそっと背中に回された。
「数登は痛くない? 良かった?」
「う、うん。いい」
仕方ないとはいえ、痛みも無く快楽ばかりを得ている事に、淡い罪悪感が芽生える。更紗にこれ以上の苦痛を強いるのに、居たたまれなさを感じた数登は、このまま終わりにしようかと思い始めた。しかし、本能はそうそう治まってくれない。かすかに身じろぎした彼女の動きを、ダイレクトに感じた数登は、びくっと身体を震わせた。
数登のおかしな反応に驚いた更紗が、ぱちぱちと瞳を瞬いた。
「あの……よく判らないから聞くけど……数登、最後まで、できた、の?」
今まさに彼女と繋がっている部分が、未だ熱を持ち続けている事が答えなのだが、男の生理現象に疎いらしい彼女には判らないのだろう。
「いや、まだ……」
思わず本音をこぼしてしまった数登は、はっとした。嘘でも満足したと言うべきだったかも知れない。
無理はさせてしまったが、とりあえず更紗の希望は叶えたのだし、これでお終いにする事もできる。しかし、腕の中の柔らかな温もりと、繋がった場所から広がるもどかしい快感を手放したくないと思ってしまった。
進むべきか、退くべきか、せめぎ合う気持ちを持て余す数登の首に、細くしなやかな腕がするりと巻きつく。そして、そのまま強く前に引かれた。
「え、更紗?」
「このまま、横になろ」
「?」
更紗の意図が読めないまま、数登は彼女が倒れないように背中を支え、膝をついて重なるようにベッドに倒れ込んだ。
動いたせいで中が擦れ、更紗は僅かに顔をしかめる。対照的に快感を覚えた数登は、深い息を吐いた。
「今度は、数登の番」
「俺?」
「うん。数登が良くなるようにして?」
驚きに目を見張った数登が見下ろすと、更紗は口元に微笑を湛え、まっすぐにこちらを見つめていた。
嬉しくない訳が無い……でも……。
「だって、痛いんだろう?」
「痛いけど、して欲しいの。数登が私で気持ちよくなってくれたら、嬉しい。その為なら、全然平気」
更紗は数登の首に絡めていた腕を外すと、そっと胸元に手をあてた。
「ココがね、ぞくぞくする。数登としてるんだって思うと、ドキドキして嬉しくなるの。だから……最後まで、して」
ぎりぎりまで我慢していた欲望が、堰を切ったように溢れ出す。自分の中の最後のタガが弾け飛ぶ音を聞いた数登は、更紗の腕をベッドに押し付け、きつく指を絡めた。
「もう、止まらないからな……っ」
宣言を言い終えないうちに、浅く腰を引き、また挿し入れた。余りの良さに、軽い眩暈を覚える。
口では平気だと言うものの、やはり痛むらしい更紗は、息を詰め身を硬くした。
「っ!」
激しく打つ鼓動と、呼吸。快楽に呑まれ、はっきりしない意識の中で数登は、思うがままに彼女を穿つ。我慢に我慢を重ねたせいで、内側の熱は急速に高まっていった。
「あっ、あ! かず……かずと、んっ、う、くうっ!!」
悲鳴とも、嬌声ともつかない更紗の声に合わせて、ベッドが軋み、繋がる場所からは絶え間なく水音が響いている。しっかりと濡れているはずなのに、彼女の内側は痛いほど数登を締め付けていた。
食い縛った歯の間から、低く声が漏れる。数登は、さっき更紗に触れられた時に逃した、最後の瞬間が間近に迫っているのを感じた。
「くっ、更紗……更紗……!」
「あんっ! あ、あぁ、あっ!」
規則的な更紗の声に促されるように、動きは大胆に荒く、速くなっていく。痛みにも似た快感に震えながら、数登は一度大きく身を引き、思い切り打ち込んだ。
「ひっ!!」
衝撃に大きく仰け反った更紗の身体を押さえつけるように圧し掛かる。身体の全てをぴったりと重ねた数登は、彼女の中で自身を解き放った。
快楽にのぼせる身体と同じように、心もまた熱く震えていた。

しばらくそのまま達した余韻に浸っていた数登は、更紗に「重いよ」と言われた事で我に返り飛び退いた。
快感の反動とも言える、排他的なだるさをごまかし身を清め、汚れてしまったシーツを取り替えた数登は、貸した自分のシャツを羽織っただけの更紗を抱き締め、ベッドに寝転がった。
泊まる事に遠慮をした彼女を押し止めたは良いが、やはり気になるのか、腕の中でもじもじと身じろぎをしている。数登にすれば、あんな事をしておいて今更何が恥ずかしいのかと思うのだが、一緒に眠るのは別問題のようだった。
「あの……私、邪魔じゃない?」
「全然」
「でも、数登、狭いでしょ」
確かに、シングルサイズのベッドに大人二人は狭いが、更紗を抱き締めて眠れるのなら苦ではない。数登は回した腕に力を込めると、彼女のこめかみに唇を寄せた。
「んー、あんまり気にならないけど……更紗が嫌なら、少し広いのに変えるか」
質を問わなければ、多少バイトの日数を増やしただけでも、セミダブルのベッドくらいは買える。いらなくなるこのベッドは、後輩にでも売り付ければいい。あえて難をつけるなら、更に部屋が狭くなるのが問題だが、どのみちいつも散らかしているのだから大した差は無いような気がした。
「数登? 何を言ってるの?」
「何って、ベッドの」
「そうじゃなくて……私、またここに来ても、いいの?」
うっすらと気付いてはいたが、更紗はこれきりにするつもりだったらしい。数登は静かに溜息をつくと、間近の彼女を覗き込んだ。
「いいよ、というか。来て下さい、お願いします」
「え」
きょとんとした更紗をじっと見つめる。
「……未来は判らないし、今日を嫌な思い出にしないって断言もできない。でも、ちゃんと付き合ってみないか、俺たち。気持ちがはっきりしないってのは聞いたし、俺もよく判らないけど、身体だけなんてのは、虚しいだろ」
もともとくりっとした瞳を、更に真ん丸にした更紗の顔が、みるみる赤くなっていく。女性への告白などした事の無い数登は、彼女につられて赤面し、羞恥から目を逸らした。
「も、もちろん、嫌ならいいけど」
「嫌じゃ、無いよ」
小さな、でもきっぱりとした囁き。断られるかも知れないとどこかで怯えていた数登は、安堵からほうっと肩を落とした。
腕の中の更紗が、密着するようにすり寄る。下着にシャツだけという格好のせいで、素足の艶かしい感触が伝わってきた。
「数登……キスして?」
見上げる彼女の喉元から胸へのラインに気付いた数登は、思わず仰け反った。
「い、今はダメ」
「なんで?」
間髪入れず聞き返され、ぐっと言葉に詰まる。事の最中から気付いてはいたが、やはり彼女は男の気持ちに疎いらしい。
「ねぇ、なんで?」
重ねて聞かれた数登は、答えない限り何度でも聞かれそうだと項垂れた。
「……また、したくなるから」
「なっ! か、数登のえっち!」
……って、それを更紗が言うかなぁ……。
つい数時間前に、えっちをしようと押しかけ迫った彼女には言われたくないと数登は思った。が、言わないで置いた。
順番がまるきり逆だが、恋愛経験ゼロな事に変わりない彼女と自分。数登は一抹の不安を覚えたものの「はじめて」が何とかなったのを思い出し、気楽に構える事にした。
……とりあえず、近況報告からだな。
二年ぶりに会った人間として、普通するべき事を何一つしていないのに気付いた数登は苦笑した。
「なぁ、更紗、進路とか決まった?」
「ええっ?!」
唐突な話題に、更紗がすっとんきょうな声を上げる。
上手くいく確証なんて無い。だが、彼女と過ごす日々は楽しそうだと密かに思った。そして、その楽しみが、この先ずっと続いていくような気がした。
                                             END

   

2 ←  → あとがき    Copyright (C) chihiro sasa all rights reserved  R18小説  index
    お気に召しましたら、押していただけると嬉しいです →