| 
      お人好しな彼と彼女
  
  おまけ の その後
  
「しゅーんーたー?」 
 石みたいに固まってしまった駿太を、もう一度呼んでみる。けど、完全に無反応。横から見る限り、瞬きもしていないように思えた。 
 相変わらず耳まで真っ赤だし、倒れずにしゃがんだ姿勢を維持しているから、ショックでどうにかなっちゃったって事は無さそうだ。でも、軽く意識が飛んでいるかも知れない。 
 さすがにからかい過ぎたかと少し反省した私は、駿太が落ち着くまで放っておこうと決めた。 
 肩が触れそうなほど近くから、駿太の横顔を見つめる。 
 ……あ、まつげ結構長い。鼻の形も真っ直ぐだし。 
 全体的に見ると地味なのに、凄く目立ちにくい所が整っているらしい。見た目も性格も、良い所がいまいち活かしきれていないと改めて思った。 
 ようやく夢の国から帰ってきたらしい駿太が、ぴくっと肩を震わせる。 
 気付いて見上げると、こっちを向いた瞳と視線がぶつかった。 
「うああっ!」 
 情けない声を上げて、駿太が部屋の隅まで飛び退いた。 
 なーんか嫌な感じ。 
 普通、好きな子に迫られたら「ラッキー、いただきまーす」て感じじゃないの? 据え膳食わぬは何とやらって言葉もあるんだし。 
「ちょっとー、その反応何よ。駿太、本当に私の事好きなの?」 
 ムッとして睨むと、また俯いた駿太は肩を落としてしょげた。 
「ご、ごめん。好き」 
「なら、何で逃げるのよ」 
 冗談交じりで迫った私も悪いんだけど、ここまであからさまに拒否されるとは思っていなかった。腹が立った私は、言い逃れできないように次々と疑問をぶつけてやる。 
「大体、駿太は私のどこが好きなの? 触られるのは嫌って事? それともさっきの冗談?」 
「違う! 瑠璃の事は好きだ、本当に。ただ……嘘みたいで、怖いって言うか……どうしたらいいか、判んなくて」 
「……」 
「瑠璃は本当に優しいから。今までずっと傍にいてくれて、気に掛けてくれて。付き合ってもいいって言われて、嬉しいけど、俺には勿体無いって思うし。付き合ってみて、やっぱ無理とか言われたらって考えると、すげー怖いし」 
 自分でも訳が判っていないのか、駿太は気持ちをだらだらと吐き出した。 
 ふっと、高校の頃を思い出す。純情な駿太は、好きな相手を一途に想い続けていた。相手の幸せだけを願う程に。 
 思っていたよりもずっと深い想いに感動しつつ、余計な事まで考え過ぎだと少し呆れた。 
「もう、しょうがないなぁ、駿太は」 
「え?」 
 思わず苦笑いが漏れる。 
 追いかけるように擦り寄ると、身を固くしたものの、今度は逃げないでいてくれた。 
「私が優しくするのは、駿太がいい人だからだよ。高校の頃から尊敬してて、駿太みたいになりたいと思ってた」 
「いや、俺はただ気が弱いだけで……」 
 驚く駿太に、首を振って見せる。 
「確かにちょっと気弱なところはあるけど、優しくするのって意外に勇気が要るものなんだよ。駿太は気付いてないだけで」 
 元から優しい性格の駿太には、自分が傷つく事を厭わない強さが、どれだけ尊いものか理解できないのだろう。眉を寄せ、判ったような判らないような、どっちつかずの表情をしていた。 
「だからね、私には駿太が必要なの。まぁ、付き合ってみないと上手くいくか判らないけど、ダメなら友達に戻ればいいじゃない」 
 説き伏せるように言いながら、自分の口から出た言葉に驚く。 
 実は今の今まで、元カレ元カノと友達を続けていくなんて有り得ないと思っていた。実際、前に付き合っていた人とも別れて以来、会っていない。 
 なのに何故か、駿太となら可能な気がする。私の中での彼もまた「特別」なんだと気付いた。 
「瑠璃……」 
 どこか熱っぽい囁き。誘われるように身を寄せて、そっと唇を重ねた。 
 おずおずと背中に回された腕に嬉しくなる。さっきのやけくそみたいな抱擁とは違う覚悟が、そこにはあった。 
 僅かに顔を引いて、見つめ合う。私が微笑んだのにつられて、駿太もはにかんだ。 
「じゃ、私ちょっとドラッグストアに行って来るね」 
「へっ?!」 
 目を見開いて、ぽかんとした駿太に構わず立ち上がった。そのまま自分のバッグを掴んで、財布の中身を確認する。 
 確か、多めに持って来たはず……。 
「え、あの……瑠璃? 何で急に」 
「んー? だってゴムなきゃ、できないじゃない。泊まるなら下着とかも欲しいし。駅前のドラッグストア、確か0時まで営業でしょ?」 
 比較的大きな店だから、下着か、その代わりになる物があるだろう。もし無かったら、ちょっと高いけどコンビニで買っても良いし。 
 手早く財布を閉めて、またバッグに戻す。持ち手を肩に掛けたところで、目の端に映った影が、がばっと立ち上がった。 
「瑠璃っ!!」 
 耳どころか、首まで真っ赤にした駿太の怒鳴り声が、部屋に響いた。
  
 ゆでだこみたいになりながら「展開早すぎる」とか何とかぶちぶち言う駿太を、宥めてすかして、最終的に脅して、ドラッグストアへ向かった。 
 私は一人で行くつもりだったのだけど、夜道が危ないのと、女性に買いに行かせる訳にはいかないという駿太の主張により、結局一緒に行った。 
 連れ立って行く方が「まさに、これから」って感じがして恥ずかしいと思うんだけど、駿太のなけなしの男気が見れたので、まあいい。
  
 恋愛に奥手な駿太は、えっちな事にも相当奥手だったようで、何度か鼻血出しそうになったりしていた。私はといえば、その度に笑いがこみ上げるのを必死で我慢した。 
 お世辞にも情熱的とは言えなかったけど、変な遠慮が無い分、駿太とするのは楽しくて、結構良かった。 
 それから……最後に嬉し泣きっぽい涙目の駿太を見れたのが、凄く嬉しかった。
  
 狭いベッドの上で寝返りを打とうとした私は、隣にある大きな物体に気付いて目を覚ました。 
 カーテンの引かれた薄暗い部屋の中を、ぐるりと見渡す。 
 ああ、ここ、駿太の……。 
 何度も来ていてよく知っている場所なのに、視点が変わると判らないものなんだな、と寝転がったまま思った。 
 すぐ横に、むき出しの肩と肩甲骨が見える。今まで気にしていなかっただけで、実は結構がっしりしていた駿太の背中をそっと撫でた。 
 ほとんどなし崩しにこういう事になったのに、不思議と不安や後悔は沸いて来ない。関係がどう変化しても、変わらないものがあるって判ったからかな、と思う。 
 信頼とか、自信とか……多分広い意味での愛情に近いもの。 
 これが運命ってやつ? 
 いい歳して何を言ってるんだろうと、自分で可笑しくなった。 
「ん……」 
 背中を触られたのに気付いた駿太が、かすかに呻く。 
 身を起こして覗き込むと、仰向けになって薄く目を開けた。 
「駿太? おはよ」 
「瑠璃」 
 まだ寝惚けているらしい駿太は嬉しそうにふわっと笑って、私を抱き締めた。 
 触れ合う人肌が気持ちいい。胸の上に乗ってうっとりしていると、我に返ったらしい駿太が変な声を上げた。 
「あ……る、瑠璃? ん、えと……え?」 
「何?」 
 まぁ、目が覚めて驚いたのは判る。私も一瞬、ここがどこだか判らなかったくらいだし。それにしても、ちょっとは冷静な風に装うとかできないんだろうか。 
「あ、夕べ、俺……」 
 ぼつぼつ単語を並べた駿太が、ぼわっと赤面した。二日酔い明けとはいえ素面だったのだから、当然だけど、ちゃんと覚えていたらしい。 
 恥ずかしいからって逃げたり、忘れた振りをしないだけマシかと思いつつ、昨日と全く変わらないうろたえっぷりに少しむかついた。 
 私はわざと駿太の胸に顔を埋め、小さく震えて見せた。 
「……駿太、もしかして、覚えていないの?」 
 できるだけ声も弱々しく。 
「いや、違う。ちゃんと判って……あっ!」 
 言い訳の途中で、胸を舐めてやった。狙い通りに感じちゃったらしい駿太は、首を反らせてぶるぶるっと震えた。 
 駿太のお腹の上に跨る。ベッドヘッドと枕の間に放置されていた小箱を取り上げ、目の前で振って見せた。 
「忘れないように、もっとしとこっか? せっかくの休みだし、これもたーっぷり残ってるし」 
「瑠璃っ」 
 もう何度も聞いた、ちょっと怒ってるっぽい駿太の声。 
 思わず笑うと、駿太は懲りない私に呆れたのか、横を向いて溜息をついた。 
「瑠璃がこんなにえっちだなんて知らなかった」 
「えー、人聞きの悪い」 
 ……えっちなんじゃなくて、駿太があわあわするのを見るのが面白いんだよ。 
 内心で、ぺろりと舌を出す。 
 私は身体を倒すと、顔を赤くしたまま拗ねているらしい駿太の頬に、キスをした。 
「付き合ってる事に早く慣れたいな、と思って」 
 それも、本音の一つ。 
 純情で初々しいのも悪くないけど、放って置いたらずっとこのままになりそうだし、何より駿太にはもうちょっと自信を持って欲しかった。 
 それに私も、早くあやふやな気持ちをはっきりさせて想いを返したい。私の場合、身体と心は別物じゃないから、どっちが先行したって同じだと思う。 
 考えが伝わった訳じゃないんだろうけど、駿太は私の首に腕をまわして引き寄せた。胸と腕にぴったりと包まれる。 
「好きだよ」 
 優しい言葉に頷く。 
 触れ合う部分から伝わる鼓動を感じながら、私も同じ言葉を返したいと思った……合わせただけとか、つられたとかじゃなく、本当の気持ちで。 
 こうやって一緒にいる事が、早く当たり前になればいい。 
 目の端に映るカーテンの隙間が、オレンジ色に光ってる。 
 駿太の胸に頭を乗せた私は、朝焼けも夕焼けと同じ色なんだと、改めて気付いたりした。
  
                                          おしまい 
 
    
     |