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 猫かぶり御曹司とニセモノ令嬢  ジュエル・キャンディ

後編

「汐里、手貸して」
 明かりにかざしていたキャンディを下ろした啓也が、私へ向けて右手を伸べる。ごく自然に左手を重ねると、キャンディのリングの部分を中指に通した。
 フリーサイズっぽく輪の下部分が切れてはいるけれど、基本的に子供用だから、第二関節で止まってしまう。啓也はその不恰好な着け方を全く気にせずに、別のキャンディを人差し指にはめた。
 赤と青の大きなジュエルが並んだ指を見下ろす。選んで買って来た本人の啓也が苦笑した。
「凄く派手だね」
「うん。綺麗だけど重い」
 二人で見つめ合って笑う。ちょっと下らないけれど、楽しい。
 妙に乗り気な啓也が、残りのキャンディを手に取った。
「どうせなら全部着けてみてよ。って、親指は入らないか」
 親指の分は、人差し指と親指の先で摘まむ。最後の一つは小指に。薬指はどうするのかと思っていると、右手に着けていた指輪を抜き取られた。
 去年の夏に彼から貰ったサファイアのデザインリング。啓也はそのリングをキュッと握ると、そのまま腕を下ろしてしまった。テーブルクロスの下に手が隠れ、見えなくなる。
「啓也?」
 不思議に思い、首をかしげた。
 テーブルの下で、わざとらしく、もぞもぞと手を動かした啓也は、ニッと口の端を上げた。
「種も仕掛けも……あるけど」
 クロスから出てきた彼の手には、見たことのない指輪があった。驚く間も与えられず、左の薬指に通される。淡い緑と透明の石があしらわれたリングは、キャンディとは違い、根元にピタリとおさまった。
「え……?」
「でーきた。完成」
 キャンディと指輪に彩られた左手を、下から持ち上げられる。薬指のリングは、大きなキャンディよりも輝いていた。
「啓也、これは?」
「売約済み証明書」
 いつものように彼がおどけて答える。意味がわからずに瞳をまたたかせた。
「どういうこと?」
「まあ……一般的には婚約指輪とも言うかな」
「ええっ!?」
 驚きすぎて、思わず声が出てしまった。
 私の反応にびっくりしたらしい啓也が、不安そうな顔でこちらを覗き込む。
「嫌?」
「嫌じゃない! でも……いいの?」
 確かに、この前、夜の川原でプロポーズされ、応えた。でもそれは期限のない曖昧なもの。まだ具体的な結論が出せない状態で、指輪を受け取っていいのかとまどう。
 啓也はふっと優しく微笑んで、薬指を撫でる。私の表情から困惑しているのを悟ったんだろう。
「貰ってほしいっていうか、俺の自己満足と心の安定のために着けてよ。あ、もちろん、結婚をせかしてる訳じゃないから」
 慌てて付け足された言葉にうなずく。
「それはわかってるけど」
 心の安定って何だろう?
 私の疑問を先まわりするように、啓也は淡く苦笑いした。
「右手でもいいけど、左手の薬指につけてたら、本気の恋人がいるんだなって思われるでしょ。汐里は売約済みで俺のものだって、みんなに宣言しておきたいんだよ」
「みんなって?」
「汐里に関係してる人、全員。主に男。プライベートでも、仕事上でも、なんでもね」
 きっぱりと言い切った啓也に、唖然とする。盲目というか、なんというか。そこまで想われることを嬉しいと思いつつ、いいかげん、私がモテる方じゃないことを理解してほしい。
「そんなに心配しなくても大丈夫だけど……」
「ダメ。汐里がよくても、俺が不安なの。本当は毎晩毎朝、目立つところにキスマークをつけたいくらい」
「それは嫌」
 今でも、かなりきわどいのに、これ以上ごまかしようのない場所につけられたら困る。焦る私を見た彼がクスクスと笑った。
「じゃ、受け取って。指輪で妥協しておくから」
 相変わらずの強引っぷり。でも、私の気持ちを軽くするために、わざと言ってるのはわかる。
「ありがとう」
 ……それから、ごめんなさい。
 私のワガママで待たせて、気を遣わせていることを申し訳なく思った。
 啓也は私の指からキャンディを全て抜き取り、宝箱へ戻す。指輪だけになった左手に、彼の唇がそっと触れた。
「驚かせて、ごめん。思いついたことを全部やったから、うっとうしかったかも。指輪だけの方がよかったかな」
 自嘲めいた彼の言葉に首を振る。
「ううん。全部嬉しかった」
 啓也も嬉しそうに笑みを返してくれた。
「よかった。まあ、あと一つ案が残ってるけど、そっちは我慢しておくよ」
「ん?」
「忘れちゃった? 俺を襲う権利三倍返し」
 バレンタインの時の冗談がパッと蘇る。変に焦ってしまい、期待とは違うドキドキを感じた。
「ほ、本気だったの?」
「んー、半分は。ほら俺、汐里に振りまわされると興奮するからさー」
 基本がドSのくせによく言う。半ば呆れて目を向けると、啓也はニヤリと口の端を上げ、立ち上がった。
「本当は襲ってほしいけど、汐里がその気になるまで待ってるよ。なーんてね。今から風呂の用意してくるから」
 どくんと胸の奥が震える。バスルームへ行こうとした彼の手を、とっさにつかんだ。
 啓也の顔を見る勇気がなくて、深くうつむく。落とした視線の先、左手に煌く指輪が見えた。
「……本当に?」
「え?」
「ひ、啓也がしてほしいって言うなら……しても、いい。その……どうするか、知らないけど」
 言っているうちに、どんどん顔が熱くなってくる。恥ずかしすぎて言葉が途切れ途切れになった。
 わざわざ確認しなくても、啓也の視線が向けられていることは、はっきりわかる。しんとした室内で、互いに息を詰めた気配がした。

 私の意図に気づいた啓也の行動は、実に素早かった。
 ほとんど抱えられるようにしてバスルームへ連れて行かれ、ぼーっとしているうちに、あわただしく洗われた。バスタオルで簀巻き状態にされたあと、今度は寝室へ。お互い髪も乾かさないまま、ベッドにもつれ込んだ。
 仰向けに寝転がった彼の上へ、強引に乗せられる。上半身を起こした私は、やけに嬉しそうな彼を覗き込んだ。
 熱の篭もった瞳がキラキラしてる。過大な期待に、興奮よりも申し訳なくなった。
「あの……どうしたらいいか、わからない」
「大丈夫。俺がいつも汐里にしてることを、すればいいんだよ」
 嫌でも記憶に残っている、あれやこれやが思い出され、赤面した。爽やかに言われたけれど、彼が言う「大丈夫」は信用ならない。
 内側に溜まった熱を出すように、息を吐いた。
 そうっと身体を倒して啓也の唇にキスを落とす。最初は触れるだけ。それから少し舌を入れてみる。
「んん……」
 いつもしていることなのに、自分がする側になっただけで物凄い違和感を覚えた。
 啓也は受け身に徹しているのか、自分から舌を絡めることはせず、私に任せている。かすむ頭で今までのキスを必死に思い出しながら、彼の口を吸った。
 しばらくキスを続けて、息苦しくなったところで顔を離した。
 見下ろした先の啓也は私をからかうように、ニヤニヤしている。彼の言葉通りなら、襲っているのは私の方なのに、恥ずかしくて目の前がにじんだ。
「汐里、次は?」
「あ……」
 促され、首に口付けた。そのまま肌を舐めながら顔を下げ、鎖骨に吸いつく。いつも彼がつけるのと同じ場所に痕ができた。
「おそろいだ」
 自分の鎖骨を撫でた啓也が嬉しそうにつぶやく。羞恥で声の出せない私は頬を染め、ただうなずいた。
 ……あと、どうするんだっけ?
 パターン化してないのは良いことなのかもしれないけど、ここから先は色々で、コレというかたちがない。私は少し躊躇してから、彼の胸へ手を伸ばした。
 両手で全体を撫でてみる。女性と違って膨らみがないから、気持ちいいのかがわからない。
 何度かくり返すと、真ん中の尖りが硬くなった。こういう反応は男女共通らしい。指先で転がすように押すと、啓也の身体がブルッと震えた。
「啓也、気持ちいいの?」
「ん。いい……」
 少しとろんとした瞳と、悩ましげな吐息。
 ギュッと押し潰されたように胸が苦しくなって、次に愛おしさが込み上げた。
 人指し指の腹で右側を優しく刺激しながら、左の先端に口付ける。舌先で突いた瞬間、彼がわずかに仰け反り、息をのんだ。
 こんなこと言えないけど、凄く可愛くて愛おしい。私のすることで啓也が良くなっていると思うと、嬉しくて堪らなくなった。
 ぐっと存在感を増した彼の興奮の証が、私のお腹を突く。無意識に目を向けると、それは小刻みに震えていた。
 彼の太腿を跨ぐように両足を置き、左手で上半身を支える。胸元にキスしながら、右手で震える彼を包み込んだ。
 そのままゆっくり右手を動かすと、途端に啓也の呼吸が荒くなった。
 私の手の中で、彼の一部がヒクヒクと痙攣する。目元をほんのりと染め、少しつらそうに眉を寄せている啓也は、直視するのをためらうほど色っぽい。
 彼が感じているところをもっと見たい……
 けれど、続けているうちに、身体を支えている左腕が痛くなってきた。自分の身を持ち上げるには、けっこう筋力が必要らしい。
 筋肉をほぐすために一旦、身体を起こして、左手をプルプルと振る。
 私の様子に気づいた啓也が苦笑いした。
「もういいよ、汐里。凄く良かった、ありがとう」
 まだまだ余裕のありそうな声。私の負けん気が、むくむくと頭をもたげた。
 いつもしつこくイカされまくってるんだから、私だってしてやる。
「よくない。まだ、する」
 止める啓也を無視して、更に足の方へ下がった。膝の上に座り、続けるためにまた彼のものを握ると、ごく自然に視線が手の中へ向かう。
 手でしたことはあっても、まじまじと見たことはない。もちろん全然ないとも言わないけど、真正面から見つめるのは初めてだった。
 脈打つそれは、はっきり言ってグロテスクだけど、啓也の一部だと思うだけで何故か可愛く見える。触れ合う肌が、彼につられてドキドキした。
 啓也が私の秘部を見て「綺麗だ」「可愛い」と言うのが少しわかった。好きな人の身体に汚い場所なんてないって思えるのは、相手を丸ごと愛しているからなんだ。
 愛情を再確認したことで、身体の内の熱が上がる。
 もっといっぱい啓也を気持ちよくしてあげたい……
 未知への恐怖におののく心を抑えて、顔を近づけた。
 舌を伸ばして、ちょっとだけ舐めてみる。ほんの少しだったのに、何をされているのか気づいたらしい啓也は、ビクッと太腿を大きく震わせた。
「し、汐里……?」
 急に焦りだした彼に気持ちが上向く。抵抗感の薄らいだ私は、舌全体を使って撫で上げた。
 啓也は小さく呻いて、眉間の皺を深くする。
「あ、痛い?」
 何も知らないまま想像だけでやってみたから、失敗したかもしれない。慌てて離れようとすると、伸びた腕に止められた。
「違う。良すぎただけ」
 顔をしかめた理由がわかって、ほっとする。もう一度、おずおずと舌を這わせた。
 行為を促すように、啓也の手が私の頭を撫でる。その温もりと激しくなる彼の吐息に後押しされ、先端を咥えた。
 自分からしたことだけど、彼を口に受け入れている事実に、倒錯的な興奮が沸き上がった。
「ん、んん……」
 思わず漏れた声が鼻から抜ける。
 震え続ける彼を鋭敏な粘膜で感じながら、そえている手を動かした。
「……汐里、そのまま……舐めたり、吸ったり、してみて」
 熱に浮かされたような啓也の言葉に従う。先を口の中でなぶり、手を上下に動かした瞬間、彼の肌がわっと粟立った。
 ふと視線を感じて上目遣いで見つめれば、薄く瞼を上げた啓也と目が合う。今の私を見られていると思うだけで、また鼓動が速くなった。
 ギュッと目をつぶり、手と舌を動かす。無心で続けていると、膨らみに何かが触れたのを感じた。
 下から持ち上げるように、ふわふわとゆらされる。間違いなく彼の指だ。目を開け確認すれば、啓也は身体を起こし、私の腋から手を入れていた。
 彼のを咥えているだけでもドキドキするのに、他までいじられるのはつらい。止めてほしいという気持ちを込めて首を振った。
「ん、んっ」
「嫌? でも身体はいいみたいだよ。腰ゆれてるし……」
 彼の指摘にぎくりと身を強張らせた。いつの間にか、じっとしていられないほど、お腹の奥が痺れている。理性とは裏腹に、身体はもっと強い刺激を求めていた。
「舐めてるだけで良くなっちゃったんだ。可愛いなあ」
 からかい混じりの言葉にブルブル震える。否定したくても、感じてしまっているのは事実だった。
 膨らみから離れた啓也の手が更に伸ばされ、背中から腰を這う。むず痒い感覚が、また快感を呼んだ。
 ついに耐えきれなくなった私は、顔を上げ思い切り首を振った。
「あんっ、やぁ、やめて。おかしくなる……っ」
「いいよ。なってみせて?」
 優しげで残酷な言葉が上から降ってくる。
 啓也は私の両腋に手を入れ、問答無用で身体を抱え上げた。無理に引かれ、ぐらっと視界がゆれる。浮遊感に目をつぶり開けた時には、互いの位置が入れ替わっていた。
 仰向けにベッドへ沈む私と、覆いかぶさる彼。見下ろす彼の瞳がいつもより、ギラギラしていることに息をのんだ。
「お返ししてあげたいけど、汐里が嬉しいことしてくれるから、我慢利かない。悪いけど後まわしね」
 何のお返しか聞く間もなく片足を持ち上げられる。手早く避妊具を着けた彼に、身体を開かれた。
 一度も触られていないのに、じっとりと湿ったそこは、すんなり彼を受け入れていく。口だけで濡らした事実に打ちのめされた私は、快感と羞恥で喉を震わせた。
「は、ああぁ……!」
 熱い楔が、狭い内側を何度も穿うがつ。いつもは余裕を持って始める啓也が、今日は最初から、がむしゃらに身体をぶつけていた。
 あまりの勢いに頭までゆさぶられ、くらくらしてくる。
 貫かれているところ、強くつかまれた足。飛ぶ汗も、首にかかる吐息も、何もかもが気持ちよくて、涙をこぼし喘ぐことしかできなかった。
「あぁっ、あ、あっ……ひろ、ダメ……もうダメぇっ」
 容赦のない責めに腰と太腿がガクガクと痙攣する。最後へ近づいたせいで内壁が勝手に強張り、彼をきつく締め上げた。
 啓也が苦しそうに奥歯を噛み締める。
「ああ俺も、イク……汐里、汐里っ」
「やぁ啓也っ、あ、あぁーっ!!」
 仰け反り、ピンと足を突っ張った瞬間、最奥を叩くように中の彼が跳ねた。
 互いにぴったり張りついて、逃しきれない快感の余韻に震える。彼の首にまわしていたはずの腕が弛緩し、外れたと気づいた刹那、意識が闇にのみ込まれた。

 かすかな水音と、内腿のくすぐったさを感じて、重い瞼を上げた。
 ナイトランプの淡い明かりのなかで寝室の天井を見つめた私は、イッたあと少し眠っていたと気づいた。
 啓也……?
 まだぼんやりしている目を動かして、彼を探すけれど、見えるところにはいなかった。
 それにしても太腿のあたりがムズムズして気持ち悪い。なんだろう、湿疹でも出たかな?
 とりあえず掻いて鎮めようと伸ばした手が、何かに押し止められる。ハッとして目を向ければ、そこには私の足のきわどいところに唇を寄せる啓也がいた。
「って、何してるの!?」
「あ。気がついた?」
 私に向かって、彼がへらりと笑う。
 偶然か、わざとか、開いた足の間から顔を覗かせている。ひどい見た目に眩暈がした。
「な、なにを……」
 軽くパニックを起こし、唇がわななく。
 啓也は私の混乱に気づいていないのか、また顔を伏せ、足の付け根へチュッと口付けた。
「さっき言ったでしょ。お返しはあとでって」
「え、なっ……やだ、ちょっと!」
 背中で這いずって逃れようとすると、上から強く押さえつけられた。
「あんなに一生懸命してくれたから、俺も汐里に同じことをして返そうと思って。とりあえず濡れたところを舐めて綺麗にしてあげるね」
 嬉しそうに弾む声。うっすらと恐怖を感じる。
「い、いらないぃっ」
 更に寄ってくる頭を両手で押し返した。無理にしたら首を痛めるかも知れないとか、考える余裕さえない。
 大体、バレンタインのお返しのお返しなんて、おかしすぎる。
 力の限り抵抗する手首を、パシッと捕まえられた。驚いて見つめた先で彼はゆっくりと顔を上げ、パーフェクトな笑みを浮かべた。
「逆にもっと濡れちゃっても平気だよ。何度でも綺麗にするし、朝までは、たーっぷり時間あるから」
「何言っ……あっ、やめ、やあぁ!」
 言いかけた文句は、止めようのない嬌声で潰される。
 心の中で荒れ狂う罵詈雑言が、結局、啓也の耳に届くことはなかった。

                                             END

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