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 猫かぶり御曹司とニセモノ令嬢  チョコレート・フレーバー

後編

 触れ合う唇の感触でぼうっとしているうちに、ソファへ押しつけられていた。
 背もたれへ身体を預けた私に、啓也が覆いかぶさっている。彼のなすがまま、キスを受け止めていた。
「ん、はあ……」
 少しだけ顔をずらして、大きく息を吐く。足りない酸素を必死で取り込んでいると、啓也が胸元へ顔を埋めた。
 着ていたカットソーの襟は、いつの間にかはだけられている。カウンターとソファのちょうど中間に落ちているエプロンが見えた。
 私の鎖骨に鼻をこすりつけた彼が、嬉しそうにふふっと笑った。
「甘い匂いがする」
「あ……クレープ焼いてた、から」
 何枚か失敗して午後のほとんどをお菓子作りに費やしたから、匂いが染みついたのだろう。当たり前のことなのに、恥ずかしくて震えた。
 胸を包む下着の少し上を吸い上げられる。チクッとした痛みを感じて首を反らした。
「あっ、ダメ。啓也」
「ここなら見えないよ?」
 啓也は止められたことを何か勘違いしたらしい。私は静かに頭を振った。
「そうじゃなくて。私まだ、お風呂入ってないから」
 冬だし、今日はずっと家の中にいたから汗をかいてはいないけれど、やっぱり色々と気になる。離してほしいという思いを込めて見つめると、少し意地悪い笑顔を返された。
 ……嫌な予感。
「別にいいよ、かまわない。むしろ汐里の香りを堪能したいし」
「や、やだってば」
 なんとか逃れたくて、身をよじる。胸を押し返そうとして出した腕を取られ、片手で戒められた。
 ふいに湧き上がる記憶。
 啓也も私と同じことに気づいたのか、表情を消し、瞳をまたたかせた。
「これ。最初の時みたいだ」
 まだ彼を苗字で呼んでいた頃、あの別荘で触れられた時と状況が似ていた。
 啓也の瞳がサッと陰る。
 夏の旅行で全てを告白された時にきちんと謝られたし、私も彼の行為を許した。けれど、無理矢理同然に手を出したことを、啓也はまだ気にしているのかも知れない……
 束の間、見つめ合ったあと、私はわざとらしく口の端を上げた。
「痴漢っぽい?」
 私の言葉にハッとした啓也は、困ったように微笑んだ。
「うん。燃えるでしょ」
 緩んだ戒めを外して、彼の首に腕をまわす。
「……今は、触るだけなんて嫌。キスして、抱き締めて、ちゃんと愛して」
 頭を抱えるように抱き締めると、耳元に吐息を感じた。
「もちろん。愛してるよ」
「私も愛してる」
 だから、もう後悔はしないで。
 また唇が触れる瞬間、キスで想いが伝わるように強く願った。

 ソファに背中を預け、啓也を見つめる。向かい合う形で床に膝立ちした彼は、最後に残ったショーツを私の左足から抜き取り、後ろへ放った。
 お風呂に入りたいという私の希望は問答無用で却下され、服を剥ぎ取られた。ついている明かりがダイニングの照明だけとはいえ、はっきり見える場所で裸になるのは恥ずかしいし慣れない。
 何も身に着けていないことに震えていると、両足首をつかまれ座面に乗せられた。そのまま、強い力で左右に開かれる。
 足の付け根をさらしてしまう姿勢に驚き、閉じようとしたけれど、前屈みになった啓也の腰に阻まれた。
「は、恥ずかしい」
「今さら? もう数えきれないくらい見られてるのに」
 少しからかいを含んだ声で、啓也がクスクス笑う。
「そういう問題じゃなくて」
 実際ほぼ毎日、見られたり触られたり、それ以上のこともされているけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 顔を背けて目をつぶる。耳が熱く脈打っていた。
 啓也は伸び上がって私の髪に口付け、息を吸い込む。
「本当に甘い香りがする……チョコレートの」
「や、やめ……」
 いちいち確認しないでほしい。首をすくめて逃れようとすると、髪をどけられ、露わになった項にキスされた。
「ひぅ」
 ぞわりと鳥肌が立つ。驚きで塞がった喉から変な声が出た。
 項から首の根元へかけて彼の舌が這っていく。気持ちいいような、悪いような、不思議な感覚に背中が震えた。
「うん、美味しい。いつもの汐里の味だけどね」
「やだぁ」
 縮めていた首を伸ばして啓也から逃れようとすると、自然に背中が仰け反り、胸を張る格好になってしまった。
「やだって言いながら、積極的だなあ」
「ちがっ」
 嬉しそうな啓也に焦る。そういうつもりじゃなかったと言う前に、彼の手で膨らみを掬い上げられた。
 慣れた動きで、快感が暴かれていく。それこそ回数なんて覚えていられないくらい何度もいじられているから、私の気持ちいいポイントは全て知られていた。
 赤く尖った頂を、三本の指先で転がすようにひねられる。一番てっぺんの敏感な部分がこすられるたびに、身体がビクッと跳ねた。
「ん、んん。あぁっ」
 甘く痺れる感覚が、お腹の奥へ流れて溜まっていく。下腹に感じる熱に耐えきれず、腰をゆらした。
「汐里、気持ちいい?」
 彼の唇が首筋から離れ、耳たぶを舐める。快感にぼんやりとしてきた私は、小さくうなずいた。
「あ、ん。気持ちい……ぁ」
 身体を離した啓也が、先端をこすりながら下を覗き込む。どこを見られているのか気づいて、頬がカッと熱くなった。
「濡れて、キラキラ光ってるよ。凄く綺麗だ」
「見ないで」
 痛いぐらいきつく目をつぶり、首を振る。
 何も聞こえなかったかのように私の願いを無視した彼は、足元に屈み、付け根に息を吹きかけた。
 濡れたそこが風を受けヒヤリとする。冷たさに驚いて目を向ければ、ほくそえんで口を寄せる啓也の姿が見えた。
「やっ!」
 とっさに閉じようとした足を両手でつかまれ、押さえ込まれた。恐怖なのか期待なのかわからない感情で、内腿がブルッと震える。
 敏感な場所に彼の唇が触れた瞬間、思わず声をあげていた。
「ああぁ……やめて、啓也ぁ」
「どうして?」
 ピタリと口を触れさせたまま、啓也が訊き返す。唇の動きと間近から当たる吐息に、また身体が跳ねた。
「……ダメ、汚い」
「汐里に汚いところなんてないって、前も言ったよ。信じてないの?」
 信じるとか、信じないとかじゃなく、身を清めていない状態でそこへキスされるのは抵抗があった。
 ぼうっとする頭を必死に動かし、どう言えばいいのか考えたものの、続く口付けと快感に思考が散っていく。答えられないまま身体を震わせていると、足から離れた彼の指先が、割れ目の更に後ろをサッとかすめた。  本当にほんの少し触れただけなのに、反射的に仰け反った。
「ひっ!」
「証明するために、こっちもしてあげようか?」
 キュッと鳩尾の辺りが縮んで、怖気が走る。想像しただけで怖くて、ブルブル首を振った。
「い、いや。それだけは嫌!」
「そう? じゃ、このまま続けるね」
 どこか嬉しそうに宣言してから、啓也はわざと音を立てて吸いつく。怯えた私はそれ以上止めることができないまま、彼のいいように翻弄された。
 いつの間にか関節が痛むくらい両足を広げられ、中に指が埋められていた。擬似的に抜き挿しされ、腰が痙攣する。
 指の入り込む場所のすぐ前へ口を付けた啓也は、探り当てた蕾を上下の前歯で挟み、舌先で突きだした。
「いっ、あぁ! 啓也、それダメっ」
 強すぎる刺激に目の前がチカチカする。私の意思とは関係なく、彼を欲しがる下半身が大きくゆれた。
 手は休めずに、啓也がクスクス笑う。
「汐里は嫌なこととか、ダメなことをされてる時の方が、感じて締まるんだよね。知ってた?」
 そんなの知らないし、知りたくもない。
 ビクビク震える身体と騒がしい鼓動。酸欠か過呼吸かわからないけれど、息苦しくて意識が混濁してくる。
 最後を悟った私が彼の腕を握ると、啓也は優しく微笑んで、触れていた場所から離れた。
 一瞬で全ての刺激を失い、呆然とする。膨張した熱を抱えたままの私は焦り、彼を見つめた。
 細められた瞳の奥に見える、不穏な光……
「イキたい?」
 お腹の一番奥、彼を求める場所が続きをせがむようにキュッと強張った。
「あ……んん」
 恥ずかしさを堪えてうなずいた。内側で荒れ狂う熱を静めてもらわなければ、おかしくなりそう。
 啓也は満足そうに口の端を上げ、一度立ち上がると私の隣に座った。振り向くより早く、指の背で頬を撫でられる。
「もっとちゃんとおねだりして?」
 一瞬、何を言われたのかわからずに、ぽかんとした。
「……え?」
「イキたいんでしょ。それならちゃんと口で言ってくれなきゃ」
 彼の言わんとしていることを理解し、一気に顔がほてる。羞恥にさいなまれた私は、頬の熱と浮かぶ涙に気づいてうつむいた。
 今までも何度か同じようなことを言わされたけれど、恥ずかしいと思う気持ちはなくならない。逆に回数を重ねるほど、自分の欲望を認識させられ、つらくなっていく。
 恥ずかしくて嫌なはずなのに、ドキドキがひどくなる。中から湧き上がる熱さに喘いだ。
「う……イカせ、て」
 状況に合わない清々しい笑顔を浮かべた啓也は、素早く服を脱ぎ捨て、私に向かって手招きをする。訳がわからず隣から見上げると、腋の下に手を入れられ、彼と向かい合わせになるよう誘導された。
 さっきまでとは反対にソファへ腰掛けた啓也と、上へ乗るように彼を跨ぐ私。お互い生まれたままの姿で。扇情的な光景に、一瞬、眩暈がした。
「ひろ……あぁ!」
 慣れない体勢にうろたえ、彼の名を呼びかけた声は、すかさず足の間にあてられた手で嬌声へと変わる。すっかり潤っているそこは、簡単に指を受け入れた。
「ココ震えてるね。凄く濡れてるし、勝手に指が引き込まれてくよ。ほら」
 抜けるぎりぎりまで出た彼の指を、逃がさないとばかりに内側が締めつける。奥へ導くようにうごめいていることにも、気づいていた。
「や、あっ」
 彼の肩をつかんで背を反らす。気持ち良くて足に力が入らない。堪えきれず啓也へしな垂れかかると、両手で腰を支えてくれた。
「汐里、このまま入れて」
「えっ。む、無理」
 ぎょっとして目を剥く。こんな風に私が上にされたのは過去にも経験があるけれど、自分から動いてしたことはない。
 拒否する私に、啓也はいやらしい笑みをみせた。
「じゃあ、こっちでも可愛がってあげようかな……」
 腰からお尻へ彼の手が滑り下りていく。
「やだやだやだ!!」
 ぞっとして震える。非難するつもりで睨みつけると、瞼にキスされた。
「イキたいんでしょ?」
「うー、ひどい」
 瞳がますます潤む。意地悪をされてつらいのと同じだけ、内側の熱が増した。
 片手を取られ、さっきまで啓也の手があてられていたところへ導かれる。
「こうやって自分で広げて、合わせてね。もう中とろとろだから痛くないよ、大丈夫」
 優しげな声に顔を背けた。全然、大丈夫じゃない。
 恥ずかしい、嫌だ、したくないと理性は否定するのに、彼の言うなりに身体が動く。私は自ら互いの敏感な部分を触れ合わせた。
「あ、あ、見ないで」
「こんなにえっちで綺麗な汐里を見ないで我慢するなんて、できないでしょ」
 目を伏せていても肌に視線を感じる。
 彼の両手に促されるまま、ゆっくりと腰を下ろしていく。性急でも強引でもない分、入ってくる彼の身体を強く感じた。
 わずかに彼が息をのむ。私の行為で感じてくれていることに少し心が軽くなった。
「ふ、うぅ……啓也ぁ」
 触れている場所がビリビリ痺れて、今にも達してしまいそう。勝手に走り出そうとする身体を必死で抑えていると、腰から離れた啓也の手が胸の尖りを摘んで引っ張った。
「ああっ、ダメ! イッちゃうからっ」
「いいよ。その格好でイクところ見せて?」
 くくっと笑った彼が、舌先を耳に挿し入れる。湿った舌が立てる水音と感覚に肌が粟立った。
 耳と胸の先、繋がり合う場所、三ヶ所に刺激を受け、私はあえなく達した。
「う、あぁ、啓也イク……あ、ああぁっ!!」
 中途半端に貫かれた内側が、ヒクヒクと痙攣する。激しい鼓動に合わせて体が硬直し、次の瞬間には一気に力が抜けた。
 ガクンとかたむく身体。倒れないように啓也が支えてくれたけれど、その場に座り込んだせいで入り口にあった楔が最奥にぶつかった。
「ひあぁっ!」
 熱くて痛いような、イッたばかりの敏感な身体には強すぎる感覚。堪らず背を反らすと、下から容赦なく突き上げられた。
「やぁっ。啓也、まだ、待っ」
「無理。待てない」
 余裕の消えたかすれ声に、胸の奥が跳ねた。
 持ち上げては落とすをくり返され、ソファの上で身体が弾む。いつの間にかこぼれていた涙が、反動で散った。
 間をおかない抽送に中は痺れ、もうどうなっているのか自分でもわからない。ただ全部が苦しいくらい気持ち良くて、彼の身体にすがり声を上げるしかできなかった。
 すぐそこに二度目の限界が迫っている。
 逃れようもなく絶頂にのみ込まれた私は、まだ続く律動にガクガクと身体を震わせた。

 ソファの上で丸まりガーゼケットをかぶった私は、顔だけ出して、隣の啓也を睨んだ。
「もう、ひどいよ。こんなとこで、あんな……」
「でも気持ち良かったでしょ。汐里だって興奮してたくせに」
 ぐっと言葉に詰まる。口ではダメだと言いながら、何度も登りつめた。久々に気を失いそうになったくらい。
 恥ずかしさに縮こまって見つめれば、腰から下が震えて動けない私とは対照的に、すっきりした笑顔を返された。
「嫌がりながらイッちゃう汐里、もー凄く可愛かった」
「や、やめてよ!」
 かあっと赤面する。拗ねたふりでそっぽを向くと、伸びた手に頭を撫でられた。
「チョコレートの香りさせながら、頑張ってお菓子作ったなんて言われたら、嬉しすぎて我慢できなかった。ごめん」
「啓也」
 触れる手に誘われ、振り返る。すかさず近づいた唇が重なった。
 存在を確かめるための軽いキス。間近から私を見下ろした彼が、ふと微笑んだ。
「ホワイトデーに何を返そう。欲しいものとかある?」
「え、ううん。何も」
 とっさに首を振った。啓也からは色んなものを貰いすぎて、これ以上は何もいらない。
「うーん、悩むなあ。クッキーとか焼いてもいいけど、それだけじゃ物足りないし……あっ、さっきのお返しに俺を襲う権利とかどう?」
「は?」
 何を言っているのか理解できずに、眉を寄せる。啓也は超嬉しそうに、でれでれと目尻を下げた。
「もちろん三倍返しでいいよー。汐里に襲われるなんてドキドキする」
「しないしっ! それ啓也が楽しいだけじゃないの」
「えー。汐里も楽しいって、絶対」
 ぶちぶち言い募る彼を冷ややかに見つめる。
 私がちょっとMっぽいのは自覚してるけど、啓也は完全にヘンタイの域に足を突っ込んでると思う。
 向けた視線の温度に気づいたらしい彼が、しゅんとうなだれた。
「……別の考えるよ」
 しょげる啓也に思わず笑いが込み上げる。腕を伸ばして、彼の頭を包むように抱き締めた。
「いらない。もう貰ってるから」
「え?」
 訊き返された声には答えずに、また首を振る。
 本当に欲しいものは常に与えられ続けているから。だから他に望むものなんてない。
 不思議そうな彼を無視して、こめかみにキスをした。
「大好きよ」
 驚いてきょとんとした啓也に、声を立てて笑った。

                                             END

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