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 猫かぶり御曹司とニセモノ令嬢  全部好き!

後編

 焦る私にはおかまいなしで啓也は次々とボタンを外し、上着のあわせを開いた。
「え、あの、啓也?」
 彼の腕の中で身じろぎしながら、あたりへ視線を送る。わざわざ確認しなくてもわかっているけど、ここは玄関で、私たちは立ったままで……
 私の問いかけを無視した啓也は、スカートの下に入り込んでいたブラウスを強引に引き出し、襟に手をかけた。
 ……まさか、ここで?
 基本的にえっちでヘンタイっぽい彼は、時々ベッド以外の場所でしたがるけど、こんなところで求められたことはない。いくら家の中とはいえ、すぐ外を他人が通る場所で、なんて嫌だ。
 なんとかして思い止まってもらおうと私が声を出すより早く、啓也の手がブラウスをつかみ、思いきり左右に引いた。
 糸が引き千切れる時の、耳に痛い音と感触。弾け飛んだボタンのいくつかが、床の上でパチパチと跳ねた。
 限界まで瞳を開いて、胸元を見下ろす。無残な光景に唇がわななき、眩暈がした。
 えっちの時に啓也から意地悪をされることはよくあるけれど、ここまで乱暴なのは初めてだった。
「なん……こんなこと、なんで……」
 恐怖や憤りよりも、ひどい仕打ちをされたことが悲しくて涙が浮く。溜まりきった雫がこぼれ落ちたのに合わせて、啓也は短く息を吐いた。
「お仕置きだもん、汐里が嫌がることしなきゃ意味ないでしょ。ああ、でも、傷つけたりはしないから安心して」
 全然、安心できないことを言い、彼は更にブラウスを引く。裾まで完全に開いてしまった服はボタンの縫いつけられていた部分がボロボロになっていて、一目で再起不能だとわかった。
「も、やめて。離して。わかった、からぁっ」
 みっともなく鼻をグズグズ鳴らし懇願する。けれど啓也は腕を離さずに、私のこめかみへ口付けた。
「だーめ。汐里は言うだけじゃ、すぐ忘れるから、少し痛い目みなさい」
 淡々と告げる声が逆に怖い。思いきり身をよじり振り払おうとしたけれど、簡単に手を封じられ、壁へ向き合うように押し付けられた。
 両手をまとめて上にあげた状態で、手首を壁と啓也の手に挟まれている。私は両手で、彼は片手なのに、どれだけ力を込めても外れない。
「うぅ」
 無理矢理引きすぎて、痛む関節と痺れる指先に呻く。私の背に覆いかぶさった啓也は、耳の後ろを舐めながら、くっと低く笑った。
「ほら、逃げられないでしょ。こんな風に襲われてからじゃ遅いんだよ?」
 優しい言葉が胸に痛みをもたらす。啓也が心配している本当の意味が、やっとわかった気がした。
「あ……啓也、ごめんなさい。私……」
 私の様子が変化したことに気づいたのか、啓也はつむじにキスを落とし、顎を乗せた。
「ちゃんと反省した?」
 さっきと同じことを訊かれる。今度こそ理解した私は、大きく首を縦に振った。
 頭の動きに合わせて、ぽろっと涙が落ちる。
「ん、うん。ごめん。ごめんね、啓也」
 ふと手首への圧迫がなくなり、離れた啓也の指が後ろから私の目尻を拭った。
「わかったならいいけど、本当に気をつけて。俺が心配しすぎなのかもしれないけど、汐里に何かあったらと思うと、凄く怖いんだよ」
 普段はほとんど聞くことのない不安げな声。過去の一件で彼が負った心の傷は、まだ完全には癒えていないんだろう。私は啓也が心配しすぎてしまう理由に思い至り、さらに申し訳なくなった。
「啓也……」
 肩から胸元へまわされた彼の腕に、そっと手を這わせる。後ろを見上げると、覗き込むようにしてキスされた。
 少しだけど泣いてしまったから、鼻のとおりが悪くて苦しい。呼吸のために開いた唇へ、啓也の舌が入り込んだ。
「んっ、ふ、ぁ」
 口の中を撫でられる感触と音に、ビクッと身体が震える。もう閉じようのない襟元から胸へ彼の指が滑り、ブラをずらした。
 そのまま膨らみを刺激される。全体を覆った手のひらが円を描くようにそこをゆらし、指先に力を込めた。
 自然に硬くなった先端が、彼の手の皮膚にこすれ甘い感覚を呼ぶ。下腹部が強張り、足が小刻みに震え出した。
「や、ん……ここじゃ、やだ」
 絡まる舌を引き離し、一生懸命、言葉をつむぐ。顔を離した啓也はカクンと首をかしげた。
「ここは嫌?」
 恥ずかしさに思わず目を伏せ、うなずく。続きをしたいならベッドへ行こうと言いかけた私は、胸の先をキュッと摘まれ唇を噛んだ。
「んんっ! あ……なん、で」
「嫌なら、よかった」
「え?」
 全く意味のわからないことを言う彼に眉を寄せる。啓也は満足そうに、すうっと瞳を細くした。
「お仕置きだって言ったでしょ」
「う、うそ。それはもう反省したよ!?」
「まあね。でも俺、許すとは言ってないし」
 楽しそうに告げられた残酷な言葉で、目の前が暗くなる。呆然としているうちに、胸へあてられていた手が遠慮なく動き出した。
 下から持ち上げるようにしながら、親指と人差し指で両方の頂を同時に転がされる。すがるもののない私は壁に手をつき、仰け反った。
「あっ、いやぁっ」
 いつもと違う状況に恥ずかしさが増す。このままは嫌だと首を振ったものの、啓也は私の意思を無視して膨らみを刺激し続ける。自然に息が上がり、汗が浮いた。
 手の動きは止めずに、彼は後ろから私の耳たぶを軽く噛む。ゾクッとして首をすくめると、耳元に低い笑い声を感じた。
「嫌っていうわりにはココ硬くなってるし、気持ちよさそうに震えてるんだよね。これじゃお仕置きにならないかな」
 啓也はクスクス笑いながら、胸の一番先を指の腹で優しくこする。硬く尖ったそこは少しの刺激でも過敏に反応してしまい、合わせて足の付け根にある窪みがひくついた。
「はぁ、は、あ、やめ……」
 呼吸が激しすぎて声が途切れる。身体の内も外も、吐き出す息さえも熱い。
 私の制止を聞く気がないらしい啓也は、胸から離した片手でタイトスカートを捲り上げ、ストッキングの上から足の間をなぞった。
 ショーツとストッキングにはばまれているせいで、撫でられても快感を覚えるまではいかない。膨らみへの刺激が片方だけになったことで少し余裕を取り戻した私は、薄い布が裂けるような音を聞き、目を見開いた。
 この音は何度か聞いたことがある。たとえば朝、大慌てでストッキングを穿いたせいで足の爪が引っかかり、派手に破れた時とか……
 経験から何をされているのかに思い至り、ゾッとした。
「やだ、啓也、やめて」
 ギュッと目をつぶったせいで、瞳に留まっていた涙が流れ落ちていく。
 今日の啓也は普段と違う。同じように意地悪でも、いつもよりはるかに荒っぽくて怖い。こんな風に服をダメにしたことなんてなかったのに。
 弱々しく首を振り、止めてほしいと言い続ける。私の浅はかさに怒り心頭なのか、呆れているのか、彼は無言のままストッキングを引き裂き、下着のクロッチの脇から指をもぐり込ませた。
 布を横に寄せ、割れ目を開かれる。襞にせき止められていた蜜が溢れ、彼の指を濡らした。
「こんなにビショビショにして……本当に嫌なの?」
 からかうようなささやきと共に、指先が奥へ進んでいく。しっかり潤っているそこは、抵抗もなく指を呑み込んだ。
「はあぁっ」
 一度最奥まで入り、抜けるぎりぎり手前まで戻っては、また挿し込まれる。何度もくり返されているうちに指はいつの間にか二本に増やされ、はっきりと卑猥な水音を立てていた。
 膨らみと秘部への刺激で、瞼の裏に閃光がはしる。ひどいことをされているのにも拘らず、身体は快感を受け入れ上り詰めそうになっていた。
「汐里、イキそうでしょ。服破かれて、無理矢理されてるのに感じちゃうなんて、やらしいね。実はこういうの好きなんじゃない?」
 違う、そんなはずないという思いを込めて、首を振る。身体の状態から、信憑性がないのはわかっていたけれど、否定せずにはいられない。
 拒否し続けている間も彼の動きは止むことがなく、追い詰められた私の身体は意思に反して、内側を撫でる指を締めつけた。
「ああっ、やめて、だめ、だめぇ……啓也ぁっ」
「嘘ばっかり。指咥えてるとこは、もっとしてって言ってるよ?」
 うごめく指先が、明確な意思で中の一番敏感な場所を突く。強すぎる感覚に軽く達した私は、壁に爪を立て、悲鳴と変わらない喘ぎ声をあげた。
「ああぁっ!!」
 下腹部が勝手に力み、ビクビクと痙攣する。触れ合う場所の動きで私の状態を察したらしい啓也は、勢いよく指を引き抜いた。
「ふ、うぅっ」
 離れていく時の感触さえも気持ちいい。壁に額を押しつけ、荒い呼吸をくり返していると、後ろから伸びた手のひらが私の口元を覆った。
「んっ。ぃおぁ?」
 驚いて彼の名を呼んだけれど、口を塞がれているせいで言葉にならない。何が起きているのかわからず混乱する。
 イッたあとの身体はまだ熱を持ったままで、鼻から吸う空気だけじゃ足りない。酸欠でくらくらしてきた私は、秘部に熱い何かが触れるのを感じた。
 朦朧としていても、それが啓也の興奮の証であることはわかる。当然、この先にある行為も想像がついた。
 嫌だと声に出し首を振ろうとしたけれど、口を押さえられているせいで、かすかな呻き声が漏れるだけ。意思表示まで封じられた私が、新たな涙をこぼすのと同時に、彼のものが襞とその奥を押し広げた。
「んんんーっ!」
 指とは比較にならないほど熱くて太いそれが、内側を隙間なくこすりながら進んでくる。お尻に彼の肌が触れた瞬間、背後から深い溜息が聞こえた。
 服を滅茶苦茶にされて、口まで塞がれて、でも下着は穿いたまま……しかもここは玄関先で……
 状況を振り返るとゾクゾクして堪らない。嫌なのに、怖いのに、全部が快感に繋がっていく。自分でも理解できない反応を肯定するように中が潤いを増し、繋がる場所から雫があふれた。
「凄く濡れてる。ほら……」
 彼が腰をゆすり動かす。中を掻き混ぜる音が、さっきよりも大きく響いた。
 立ったまま後ろからなんて不自然な体勢のせいで、しっかりとは抱き合えないのに、状況にのまれた私はいつも以上に感じてしまっている。浅く動かされるだけでもイキそうになり、首を反らせた。
「ん、んうぅっ」
「気持ちいい? こんなにひどくされても感じて。いやらしくて可愛いよ。でも、もっと良くなるところも見せて」
 これ以上は無理だと思っても、声に出すことも、態度でも表すこともできない。始まる抽送に引き摺られ、身体を震わせるしかなかった。
 ガツガツと突き上げられて全身がゆさぶられる。激しい抜き挿しに掻き出された雫が重力に従い、床にこぼれ落ちた。
 息苦しさと、快感が混じり合い理性を溶かす。何も考えられなくなった私は、ただ身体の感覚を追いかけ、いつの間にか啓也に合わせるように腰を動かしていた。
 今にも限界を超えそうで苦しいのに、気持ちいい。出ない声の代わりに心の中で「もっと」と叫ぶ。まるでその声が聞こえたかのように、空いている方の彼の手が前から私の秘部に触れた。
 繋がっている部分の少し前、敏感な蕾を指先が撫でる。鋭い感覚に身体が跳ねた。
「んくっ!」
「イッて、汐里。もっといっぱい感じて」
 中と外を同時に責められ、閉じた瞼の裏に光がまたたく。一際激しく突き入れられたのに合わせて、蕾をぐっと押し潰され、私は高みへと飛ばされた。
 ゆるんだ彼の手の中で、抑えきれない叫び声をあげる。くぐもった音は外へ向かう代わりに、身の内に響き渡った。

 結局あのまま、私は立て続けに三回イッたものの、啓也はイかなかった。思いきり動けない体勢が気に入らなかったらしい。
 で、床に押し倒されて、向かい合う格好でまた挑まれた。
 嫌だと言っても、無理だと言っても、聞いてもらえず、何度上り詰めたかわからない。私の中からあふれたもので玄関マットがひどい状態になった頃、やっと解放された。

 遠くから名前を呼ばれた気がして、瞳を開く。きょろきょろとまわりを見渡せば、ソファで横になっていた私を覗き込む啓也の姿があった。
「あ……私、寝ちゃってた?」
 目をこすり顔を上げる。中腰でこちらを見下ろす彼は、ふんわりと微笑んで、うなずいた。
「うん。そのまま朝まで寝るならベッドに運ぼうと思って、一応、声かけてみた」
 玄関でああいうことになったあと、啓也に手伝われながら、なんとかお風呂とご飯を済ませた。彼が夕飯の後片付けをしてくれている間ソファで休んでいたのだけど、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 気遣ってくれる啓也に向かって首を振り、起き上がる。普通に座り直したところで、彼が隣に腰かけた。
 横から伸びた指先が、そっと頬を撫でる。くすぐったさに目をつぶると、触れるだけのキスをされた。
「ごめん、汐里。また無理させた」
 こつんと額同士がぶつかる。
 まるで人が変わったみたいな荒っぽい行動には驚いたし、怖さも悲しさも感じた。いつもみたいに「いいよ」とは言えなくて、静かに顔を離す。
「……啓也は、その、あんなことするくらい怒ってたの?」
「え?」
「わ、私が無防備だっていう……」
 下手に思い出させて、また機嫌が悪くなったらと思うと少し怖い。変に緊張しながら問いかけると、啓也は遠い昔のことでも思い出したように「ああ」とつぶやいた。
「まあ最初はムカついてたし、お仕置きのつもりだったけど、途中からは悪乗りしたのもあるかなぁ。無理矢理プレイっていうか?」
 唖然として目を剥く。彼は明るい笑顔で軽く首をかたむけていた。
「なっ。そんな理由で服破いたの!?」
 あまりのことに蒼ざめる。常々ドSでヘンタイっぽいとは思っていたけれど、ここまでひどかったなんて……!
 呆れ返る私に気づいたらしい啓也は、ピッと眉を跳ね上げ、顔の前で手を振った。
「ああ、それは違うよ。破いたのはほら、壊れでもしないかぎり捨てられないと思って」
「は?」
 何を言っているのか、さっぱりわからない。眉間に皺を寄せる私とは対照的に、啓也はくったくのない笑みを浮かべた。
「だって、他の男が触った服なんて見たくもないもん。でも捨てるって言ったら汐里は怒るだろ。だから着られなくしちゃおうとね」
 名案だろう、と言わんばかりに胸を張る彼を、冷ややかに見つめる。愛が根深すぎるというか、嫉妬の方向性がおかしいというか……とりあえずバカなのは確かだと思うけど。
 思いきり空気を吸い込んで、全部吐き出す。大きな溜息をついた私を、啓也が心配そうに覗き込んだ。
「汐里?」
 上目遣いで睨みつけ、彼の顔を両手で挟む。ちょっと勢いをつけたから、ペチッと軽い音がした。
「好きよ、啓也」
 ドSな彼も、バカなところも、ヘンタイっぽいのも、全部……
 格好良さにドキドキするのと同じくらい、バカじゃないのかと呆れるけれど、結局、啓也の全てが好き。どうしようもないくらい、彼を愛してる。
 態度と言葉が噛み合っていない私を見つめ、ぽかんとしている啓也へ顔を寄せた。
 触れ合う唇を感じながら、私は代わりにうーんと高い服を買わせてやると心に決めた。

 壊されたブラウスとストッキングばかりか、無傷のスーツまで捨てられたと私が気づくのは、翌日のこと。
 勿体ないと言う私と、嫉妬の鬼な啓也がもう一戦交えたのは言うまでもない。

                                             END

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