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 負け組奇想曲

 2

 忍び寄る嫌な予感に身体を硬くしていると、小林にかかえ上げられた。俗にいう「お姫様抱っこ」てやつ。
 さっき注意されたとおり、飲みすぎな私は結構酔っているらしく、ちょっと揺すられるだけでも眩暈を起こした。
 くらくらする視界の中で不安定な身体を支えるため、慌てて彼の首にしがみつく。耳元にひそやかな笑い声を感じた。
「わ、笑わないでよ」
「いや、すみません。可愛らしいので、つい」
「なっ」
 かあっと頬がほてる。ますます酔いがまわったのか、目が潤んで景色がぶれた。
 すがる私を小林は静かに下ろす。
 背中に触れる柔らかい弾力と、スプリングのきしむ音で、ベッドに寝かされたのだと気づいた。酔っぱらいな私を見かねて運んでくれたらしい。
 一応お礼を言うため顔を上げると、彼は私に覆い被さるように馬乗りになった。
「え……小林?」
「こういう時は名前で呼んでください。苗字だと雰囲気出ないでしょう」
「は?」
 何が「こういう時」で「雰囲気出ない」のか、さっぱりわからない。
 ぽかんとしている私に気づいた彼が、少し嫌そうに眉をしかめた。
「名前で」
「……壮史(そうし)」
 だっけ?
 かなり長い間、使っていなかったから、ちょっと忘れかけてる。
 合っているか不安に思いつつ呼びかけると、小林もとい壮史は、嬉しそうにふわっと笑った。
「はい。遥音(はるね)様」
 うわ……
 またドクッと胸が震える。
 今日の彼はいつもと違って、表情が豊かでやりにくい。変にドキドキしてしまう。上からどくように言いたいのに、恥ずかしくて直視できなくなった。
 思わず顔を背けて目を閉じると、頬にしっとりした何かが触れた。
「えっ」
 頬に当たる感覚に驚き、瞼を上げる。すぐ間近に壮史の吐息を感じて、身体が強張った。
 皮膚の上を這う、柔らかくてひんやりしたものと、湿った音。キスされていると気づいて振り払おうとした私は、真正面に向いたところで口を塞がれた。彼の、唇で。
「ちょ、壮……んんっ!」
 開きかけた口の中に、すかさずぬるりとしたものが挿し込まれる。絡み合う感覚と水音で、それが壮史の舌だとわかった。
「いぁ。は、ふうっ、う」
 嫌だ、離して、と言いたくても、塞がれた口からは呻き声みたいな音しか出ない。口を大きく開くたびに奥まで舌を入れられ、背中が震えた。
 ただ口を合わせているだけなのに、ゾクゾクする。
 突然のことに息をつめていたせいで酸欠に陥った私は、さらにひどくなった眩暈の中でがくんと脱力した。
 顔を離した彼が苦笑いしたのに気づいた。息が苦しくて文句を言うこともできない。
「ちゃんと呼吸しないと。キスも初めてですか?」
 そういうことをいちいち聞かないでほしい。というか、今のがファーストキスだと思い出して泣きたくなった。
 息を吸って吐くだけで精一杯な私は、ぜいぜいと肩を揺らしながら顔をそらす。
 そうっと項に入れられた壮史の指が、髪を掻き上げた。露わになった首に触れる唇。くすぐったいとも違う、おかしな感覚に鳥肌が立ち、勝手に身体がはねた。
「やぁ。な、に……?」
「大丈夫です。全てお任せください」
 私の耳たぶを軽く噛んだ壮史は、息を吹き込むようにしてささやく。
 何が大丈夫なのか、ちっともわからなかったけれど、彼の色っぽい声に反論できなかった。
 耳とそのまわりを舐められる。触れる感覚に、直接響く水音。汚いなんてことも忘れて首をすくめた。
「う、あ……」
「遥音様は耳も感じるんですね。また息が上がってますよ」
 感じるって、なんだろう。
 聞いてみたくても、浅い呼吸を繰り返す口からは、言葉が出せなかった。
 ひとしきり耳を撫でまわした舌が、首筋をたどり下りていく。
 ブラウスの襟にかかる吐息に気を取られていると、胸に違和感を覚えた。下から持ち上げるようにして圧迫される感覚。微妙につけられる強弱が、偶然なわけない。
「ちょ、ど、どこ触って……!」
 逃れたくて身じろぎすると、壮史はきょとんとしながら首をかしげた。
「どこって、遥音様のおっ」
「やめてよ!」
 カッと目を見開いて叫ぶ。わかっていても聞きたくない。
 酸欠なうえ酔っぱらいな私は、無理に大声を出したことでまたくらくらしてベッドに沈んだ。
 続く首への口付けと、膨らみへの刺激。ろくな抵抗もできないままいいようにいじられ、熱くて汗ばんでいるのに寒気がするという、理解できない感覚に翻弄された。
「いや、離して……なんで、こんな……」
「先ほど全て教えて差し上げますと言ったでしょう。遥音様はご存知ないようですが、普通の夫婦なら必ずすることですよ」
 うそ……!
 ガツンと頭を殴られたようなショックを受ける。結婚している家族や親戚みんなが、こんなことをしていたと考えるだけで、目の前が真っ暗になった。
 呆然としているうちにブラウスのボタンは全部外され、スカートがたくし上げられた。
 太腿の裏を這う手の感触にぎょっとして見れば、彼に組み敷かれ、両方の下着をさらしていた。
「やだぁっ。もう、わかったっ……わかったから、離して」
 壮史の言うとおり何も知らない私は、結婚を簡単に考えていた。面倒くさくなさそうな人と、言われるまま一緒になればいいんだろうと思っていた。
 まさか、こんなに恥ずかしいことをさせられるなんて……
「もう、やめて。お願い」
 羞恥で潤んだ瞳を向け、懇願すると、静かに表情を消した彼が私を見下ろしていた。
 いつものクールなメガネの奥、少しだけ赤く染まった目元。乱れた前髪と、皺の寄ったスーツ。それから、熱っぽい吐息。見慣れた姿のはずなのに、なぜか胸の奥が震えた。
「壮史……」
「もう、とおっしゃいますが、まだほとんど始まってませんよ?」
 呆れを含んだ声で告げられた内容に、耳を疑う。
「え?」
 キュッと眉を寄せたところで、ブラを上にずらされた。揺れながらこぼれ出る膨らみ。目を剥き、慌てて起き上がりかけた私は、壮史の手で押さえつけられた。
「……ああ。想像どおり、お綺麗です」
「やだやだやだっ。見るなっ、見ないでよ……」
 思わず泣き言っぽいことが口をついて出る。瞼をきつく閉じたせいで、溜まっていた涙が流れ落ちた。
 溢れた雫を舐めとるように触れる唇。自分でもよくわからないけれど、そのキスに優しさというか、愛情のようなものを感じて、ゆるゆると目を開けた。
 さっきまで膨らみを苛んでいた手が、また動き始める。肌と彼の手を隔てていた衣服がなくなったことで、さらに強く揺らされた。
「ふ、ぁ。ああ、やぁ」
 はっきりどこかはわからないけれど、身体の奥の方がピリピリする。押し出されるように上ずった声が漏れた。
 私のこめかみに唇をつけた壮史が、ふふっと笑う。
「気持ちいいですか。ここはもっとたまらないでしょう?」
 膨らみの先、赤く染まった尖りを指先がつまむ。そのままひねるように転がされると、ビリッとした鋭い感覚が突き抜けた。
「ああっ!」
 身体を強張らせて、仰け反った。
 初めてもたらされた刺激に驚く間もなく、指先が先端の平らなところをこすりだした。
「やあぁ、あ、んんっ……あぁ」
 優しく撫でたり、強く押し込んでこねたり、ひねりながら引っ張られたり。何をされても身体が震えて、恥ずかしい声が溢れる。
 何故か胸と関係ない足の間が熱くて、思わず膝をすり合わせた。
「良くなってきたみたいですね」
 嬉しそうな彼の声に、内心で眉をひそめる。ドキドキして、訳がわからなくて、息苦しいし、変なビリビリを我慢するのがつらいしで、全然良くない。
 違う、という意味で首を振ったのに、壮史は私の態度を綺麗に無視して、空いている方の手でまた私の太腿を撫で出した。
 酔ってるせいで皮膚の感覚がおかしくなっているのか、触られたところがふつふつと粟立つ。やがて下腹までたどりついた指が、下着の上から足の付け根を優しく押した。
「や、いやっ」
 ぴんと足を突っ張って、目を見開く。お風呂とかトイレ以外、自分でも触ることのない場所を撫でられたショックに、身体がカタカタ震えた。
 私の反応を見た彼が、困ったように微笑む。
「そう嫌がってばかりいないで、前向きに学んだらよろしいのに。食わず嫌いはいけないと何度も申し上げたでしょう。積極的に良くなるのは、恥ずかしいことではないんですよ」
 言い含めるような声に一瞬流されかかったけれど、ハッとして思いきり首を振った。大体、食べ物の好き嫌いとは全然違う。
 息が切れた状態で精一杯、力を込めて睨むと、全く悪びれていない様子の壮史はふっと笑った。
「まあ、こういうムリヤリっぽいのも、悪くはないんですがね」
 顔がヒクヒクと引きつる。
 十年近く傍にいた目の前の男が、想像もできないほど黒かったことに今さら気がついた。

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