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 インフィニティ ・ エリア

 1
 まだまだ暑さ冷めやらぬ9月の午後、教室のパソコンにかじりついて課題と取っ組み合っていた一花は、自分を呼ぶ声を聞き視線を廊下へ向けた。
(……誰?)
 開け放ったままのドアから覗く顔は全くの初対面。軽く会釈した彼に合わせて自分も頭を下げると、しぶしぶ廊下へと出た。
「……夏目一花(なつめ いちか)さん?」
「そうだけど」
 男の質問に答えると、一花は尋ねてきた男をじろじろと眺めた。
 背は結構高い。160センチジャストの一花が見上げるくらいだから180センチは余裕でありそうだ。ちょっと細めの小奇麗な顔にシルバーのイマドキな眼鏡をかけている。色を落としてない真っ黒な長めの髪がオタクっぽいというか、売れてないバンドマン風というか……。
(まぁ格好いいと言えば、いいけど)
 何の用か知らないが、一花は男に首を傾げて見せた。
「俺は情報処理科3年の小野里成(おのさと なり)。突然なんだけど頼みがあって」
「頼み?」
 一花はあからさまに怪訝な顔をした。
 IT系の専門学校に通う一花は、現在マルチメディア科でwebデザインを専攻している。対してこの小野里という男は情報処理科に在籍しているらしい。
 県内の専門学校の中でも割と大きい部類に入るここは校舎が2棟あり、別棟の科の生徒に会うことは珍しかった。
 そんな畑違いの彼が一花に頼みとは。
「卒業制作に協力して貰えねーかなぁと思って」
「……はぁ」
 やはり納得いかず、首を捻る。
 この学校では卒業時に一つ作品を提出する事になっていた。学んだ事の集大成というやつだ。それはもちろん分け隔てなく全校生徒に課せられているのだが、制作は基本的に皆一人でこなすものだと思っているし、これまで共同制作したという話も聞いたことが無い。
「今日の夕方にちょっとした説明会するから、良かったら来て欲しいんだけど」
「説明会って、そんな大掛かりな事なの?」
「まぁ……規模はでかい、かも」
 小野里はまるで関心の無い他人事でも話すように、淡々と表情一つ変えもしないで話す。そんな彼に、一花ははっきりと違和感を覚えた。
(自分が作る卒業制作よね?)
 こっそり、変な人だと思いつつも、多種多様あくの強い人物もごまんといる学校では、おかしくないのかも知れないと思い直した。
「とりあえず、話聞くだけならいいよ」
「じゃ、4時にこの棟のミーティング室で」
「りょーかい」
 来た時と同じように会釈だけして去っていく小野里を見ながら、もう一度、変な人だと思った。
 一体何だったのか首を捻りつつ使っていたパソコンまで戻ると、隣で作業していた女子生徒が一花をつっつく。
 同じ専攻で仲良くしている諸山志織(もろやま しおり)だ。
「ちょっと一花、なになに愛の告白ぅ? さっきの彼なかなかイケてるじゃない」
「全然そんなんじゃ無さそうだよ。なんか卒業制作手伝って欲しいんだって」
 途中のまま放置していた課題を続ける為に、マウスを動かしながら一花は答えた。
「手伝うって何を?」
「知らなーい。夕方また教えてくれるって言ってたよ」
 視線を画面に合わせたまま答えると、志織は意味ありげにふうんと鼻を鳴らす。
「変なの。彼、ウチの科じゃないんでしょ」
「情報処理みたいよ」
 聞いた途端、志織が「ゲゲッ」と声を上げた。
 自称、感性と勢いで生きている彼女は情報処理科のような理数系の人間とは合わないと思っているらしい。
 足繁く通っている合コンでも、理系の男には近づかないと豪語していたのを思い出して、一花は苦笑した。
「情報処理科の卒業制作で、webデザが必要な事なんてあるのかしら」
「だよねぇ」
 相槌を打ちながら、一花はまた新たな疑問を持った。
 彼は今日の4時にこの棟のミーティング室で説明会をすると言った。ということはマルチメディア科のミーティング室を使うという事だ。  情報処理科の卒業制作に、なぜここの部屋を使うのだろう?
(……ま、考えても仕方ないか。どうせ4時には判ることだし)
 一花は次々沸いてくる疑問にとりあえず蓋をして、目の前の課題に取り組んだ。

 きっかけは母親の仕事だった。
 一花の家は共働きで、キャリアウーマンだった母は数年前までIT関係の仕事に就いていた。
 具体的な仕事内容は知らないが、なんとなくいいなと思ったのが始まり。高校で進路を決めなければならなくなった時に、IT系の仕事の中からwebデザインに興味を持ち、今の専門への進学を決めた。
 それから1年半。
 この学校は科や専攻ごとに修学年数が違うのだが、webデザインは2年で終了する為、一花はあと半年で卒業する事になっていた。
(……て言っても、就職先が決まらないんだよね……)
 やっていた課題が煮詰まったので、一花は一旦、中止する事にして4時までサボリ部屋こと談話室でぼーっとしていた。
 無駄に大きい窓から入ってくる夕日の中で、ぬるくなったパックジュースをすする。残り少ないジュースが、ズズッと格好悪い音を立てた。
 夏休み中に何とか内定を取ると意気込んで、やっていたバイトも辞め、就職活動に専念したは良いものの、あっさりと断られまくってしまった。
 おかげで9月に入った今は、バイトもせずにただ課題と単位をこなす日々。
 学校から紹介される企業に行ってみたりはするものの、夏休みに比べ回数は激減しているし、一般の就職情報誌を見ても、どこも急募でどうしようも無い。
 正直ヒマだった。ヒマすぎて焦るくらいヒマ。
 だから、昼過ぎに来た小野里の話を聞く気になった。
 沢山いるwebデザイン専攻の生徒の中で自分を選んで声を掛けてくれたというのも、少し嬉しかったのかも知れない。
(それにしても、なんで私の協力が必要なのかなぁ……)
 横目に時計をチェックし時間が迫っているのを確認すると、一花は空パックをゴミ箱に放り投げてサボリ部屋を後にした。

 一応ノックして入ると、ミーティング室にはすでに4人の男子生徒が集まっていた。2人は知っている顔、もう1人は知らない。後は小野里だった。
 窓をふさぐように立ててあるホワイトボードの前に、各自勝手にパイプ椅子を置いて座っている。
 けして広くないスペースに男ばかり集まっていたので、一花は来た事を後悔しながら恐る恐る中へと入った。
「し、しつれいしまーす……」
 小声で言いながら入ると、中でも一番身体の大きな男が勢いよく片手を上げた。
「よっ! 夏目っ!」
「どうも……」
 相変わらず暑苦しい。
 身長190センチはあろうかという体格に、毎日何時間トレーニングしてるのか聞きたくなるほどマッチョな身体。髪も体育会系特有の五分刈りと角刈りの間みたいな男は、名前を西村大輝(にしむら だいき)という。同じマルチメディア科のネットプログラム専攻だったはずだ。
 もう一人、西村とは逆に、ひょろひょろでいつも青白い顔をして、お坊ちゃんカットに度のきつい眼鏡をしている男が池田光弘(いけだ みつひろ)。池田はマルチメディア科ネットセキュリティ専攻だ。
 この2人だけは、一花もよく知っている。というか見るからに異質なのでマルチメディア科でも、有名だと言った方が良いかも知れない。
 一花はドアの脇から自分用にパイプ椅子を1脚持ってくると、一番後ろに座った。
 すぐ前には見た事の無い男子生徒。
 身長は多分175センチくらい、池田よりは高い気がする。細身の身体にあっさりした日本人ぽい顔……なのに、髪が真っ赤だった。しかも縮毛矯正しているとしか思えないほど真っ直ぐなストレートを腰まで伸ばしている。服も、色は地味だがデザインが奇抜な物を着ていた。
(なんだろう、この珍獣大集合みたいな会は)
 困った事になったかも知れない。
 一番後ろで呆然としている一花に、赤髪の男が振り返ってにっこり笑った。
「初めましてぇ。デザイン科CGクリエイト専攻の平野謙太(ひらの けんた)でーす。よろしくねぇ」
 語尾にハートマークがつきそうな調子に、ドン引きする。
「あ……マルチメディア科webデザイン専攻の夏目一花です。よ、よろしく」
 ぎくしゃくしながらも挨拶すると、西村が立ち上がってホワイトボードの横へと移動した。
「じゃあ、全員集まったから説明会を開きますっ! よろしくっ!」
 西村の声に各々、会釈をする。
 てっきり小野里が説明するものと思っていたので、一花は少し驚いた。
 それから西村はその大きな身体を揺らしながら、ホワイトボードにでかでかと文字を書いた。

[ インフィニティ・エリア 計画 ]

 ただぼうっとホワイトボードを見つめながら、口の中でその名前を呟く。
「インフィニティ・エリア……」
 一癖も二癖もありそうな面々に囲まれながら小さくなっていた一花は、この計画が今後の人生を大きく変える事になるなど知る由も無かった。

   

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