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 不純異星交遊のススメ

前編

 現在、航行中の輸送船が、予定していた航路を順調にすすんでいるか確認した私は、ディスプレイから視線を外し、斜め後ろに座る室長を盗み見た。
 ひと目見るだけで苦しいくらいに胸が高鳴る。
 ……ああ、今日もステキ。
 鋭いアイスブルーの瞳、ピンと立った両耳。先に行くほど濃くグラデーションしているグレイの鬣を肩の少し下まで伸ばしているのが、ひどくセクシーだ。
 鬣と尻尾以外の、全身を覆う短い毛も淡いグレイ。室長と同じ種の人たちは母星の出身地域によって様々な色の毛を持つけれど、私はグレイが一番素敵だと思う。
 スレンダーだけど筋肉質な身体に纏う黒のスーツ、ふんわりとした尻尾。もう憎らしいくらい、私のツボというツボを室長は押さえていた。
 ちらちらと見続けていると、気づいた室長に軽く睨まれた。
 シュッとした細面が歪み、鼻と眉間に皺が寄る。口元から少しだけ覗いた犬歯に、またドキッとした。
「ユリ。俺を見ている暇があるなら、仕事をしろ。仕事を」
「ちゃんとしてますよぅ。ケイン室長のケチ」
 憎まれ口を利いて、前へ向き直る。レーダーに表示されている輸送船は、何度見直しても宇宙空間を順調に航行していた。
 当たり前といえば、当たり前。一昔前ならいざ知らず、宇宙航行技術が発達した今では、どれだけ長距離でも輸送船は全て無人の自動航行になっている。人件費がかさまず、安全。些細な問題や軽い事故なら、拠点となっている中間基地からリモートコントロールで解決できてしまう。
 結果、輸送コストも下がり、宇宙のさらなる開発や、人々の生活に貢献している。というのが当運輸会社の謳い文句。
 『あなたの生活と、果てない宇宙のために――――ノイットセレス・カーゴ社』ってね。銀河全域放送でCMもやっているから、社員にすればいい加減、耳タコだ。
 その中間基地の一つで輸送船の航行を管理し、非常事態に対応するのが私の仕事。
 正確には『天の川銀河西部第十三基地局 運航管制室 管理部 危機管理オペレーター』という肩書きらしいけど、長すぎて普段ほとんど使わないし、かしこまった席で自己紹介なんてしようものならカミカミだった。
 で、その運航管制室の責任者が、私の大好きなケイン・ライセプス室長。歳は三十七で、エウプ星の出身。もちろん独身。
 エウプ星は今から二百年くらい前に、銀河連合へ加盟した星で、エウプ人は私みたいな地球種とは違う進化の道をたどってきたらしい。ひと目見ればわかるけど、地球で言うところのワンちゃ……じゃなくて、狼のような生き物が祖で、今も先祖由来の特徴を色濃く残している。
 ぶっちゃけちゃうと、二足歩行する背の高い狼って感じ! もう興奮しちゃう!
 いけない、鼻息が荒くなってしまった……
 実は、なんて勿体つけるほど隠していないけど、私はエウプ種の人が好き。というか、ケイン室長が大好き。
 もう一度だけ、横目で室長を見つめる。真剣な表情で過去の運航データを確認する姿に、眩暈がしそう。カッコイイ。もうホント好き。
 ……でも、受け入れてくれないんだよね。
 何度アプローチしても、告白しても、受け流されるか、断られる。理由はいつも同じ……「種が違う」から。
 宇宙へと生活の場を広げ、様々な星や文化、人々と交流してきた現在、異種間での恋愛や結婚は普通に認められている。種族も性別も関係ない、想い合う人がいれば寄り添うだけ。誰に後ろ指をさされることもないのに、ケイン室長は私の想いを受け入れてくれない。
 デスクに頬づえをついて、溜息をこぼす。
 私個人が好きじゃないっていうなら、諦めるんだけどなー……それはそれで、つらいけど。
 種が違うなんて時代錯誤だし、バカバカしい。そんなもので引き下がると思われているなら、私も舐められたものだ。
 もう、いっそ、襲っちゃう?
 難攻不落な室長を前に手も足も出せない私は、再度ディスプレイへ視線を走らせながら、物騒な考えに取り憑かれていた。

 数日後。規定の業務を終え、別のオペレーターと交代した私は、職員用住居エリアの最上階へとやってきた。
 私が勤めている第十三基地局というところは、宇宙空間に浮かぶ貨物輸送専門のステーションで、主要なコロニーや惑星からかなり離れている。ゆえにここで働く職員は全員、会社が用意した局内の住居エリアで生活をしていた。
 もちろん……ケイン室長も。
 無機質なドアの脇に表示されているライセプスという名を確認し、にやりと口の端を上げる。預かってきた大きめの封筒を抱え直し、私は呼び出しボタンを押した。
 今日、仕事が休みの室長は自分の部屋にいる可能性が高い。仕事が生きがいと言っても過言じゃない彼は、他に入れ込む趣味を持たないらしく、休みの日をゴロゴロして過ごすことが多いと前に話していた。
「……はい」
 少しして、眠そうな声が応答する。私は防犯カメラに映らない位置で小さく拳を握った。
「あ、ケイン室長ですか? 管理オペレーターのユリ・エパージです」
「どうした、何かあったのか!?」
 訪ねてきたのが部下である私と知るや否や、室長の声が仕事モードになる。
 厳しい声もステキ……痺れちゃう……
 一瞬うっとりとしかけた私は、ここへ来た目的を思い出し、カメラへ向けて神妙な表情をつくった。
「ええ、ちょっと。お耳に入れたいことがありまして」
「わかった。今行く」
 間髪容れずに返ってきた声に、慌てて首を振る。
「ち、違うんです。実は、えと、そのぉ……極秘の案件で。少しだけ中で話をさせてもらいたいんですが、ダメですか? 他の人に聞かれるのはちょっと……」
 わずかな間、沈黙した室長は諦めたように溜息をついた。
「……本当に少しだけだぞ」
「はい」
 危ない、危ない。室長に出てこられたら、計画が全てパーになってしまう。今のは良い切り返しだったと、我ながら自分を褒めたくなった。
 カチッと音を立てて、ドアのロックが外れる。扉開閉用のセンサーへ手をかざした私はうつむき、もう一度ほくそ笑んだ。

 室長の家はなんていうか、モデルルームのようだった。淡いクリーム色の壁と床、クリアブラウンのテーブルセット、左手にはこぢんまりしたカウンターキッチン。そして右側には大きめのベッド。
 雑貨や、趣味の物が一つも見当たらない。ベッドの上が乱れている以外、人間味のない部屋だった。
 入口にいる私からかなり離れた位置で、室長は腕を組み、視線を床へ向けている。目元にかかっている鬣が超セクシーで、危うく鼻血を吹きそうになった。
 私服というだけでもポイントが高いのに、憂えた瞳に艶やかな毛の組み合わせは凶悪すぎる。今すぐ抱きついて、なでなでして、もふもふして、わしゃわしゃしたい!
 はやる気持ちを抑え、私はゆっくりと室長に近づき、持ってきた封筒を差し出した。
「室長宛てにイティコル部長から、お預かりしてきました」
「え?」
 怪訝そうに顔をしかめる室長に、うなずいてみせる。
 同じ基地内の倉庫管理部で働いているイティコル部長は、ケイン室長と同期入社で仲の良い友人だ。部長も私と同じ地球種だから室長と種の違いはあるけれど、同年代の同性で気安いからか、局内のバーでよく一緒に呑んでいる姿を見かけていた。
 そんな頻繁に会う友人が、どうして私に届け物を頼んだのか不思議に思っているんだろう。室長はわけがわからないという表情を浮かべ、受け取った封筒を開いて中を覗き込んだ。
 あからさまにビクッと震えた室長は、鋭い目を見開き、封筒の内側を凝視する。物凄く驚いているのは、彼の尻尾が膨らんでいることからもわかった。
 気づかれないようにそうっと近づいて、下から顔を覗き込む。少し首をかたむけ、背中を反らすのも忘れずに。
「室長?」
 吐息にのせて出した、甘い声。
 ハッとした室長の視線は、まず私の顔に向けられ、次に狙い通り胸元へ……
「なっ!? ふ、不用意に近づくな、ユリ!」
 室長は慌てて後ずさったものの、二歩下がったところで背後の壁に阻まれてしまった。
 背中がぶつかった拍子に、彼の手から封筒が離れる。床へ滑り落ちた封筒は、口のところから中身が半分飛び出していた。
 何世紀も前に地球で流通していた雑誌のレプリカ。タイトルは『爆脱ぎ22連発! 巨乳・美尻・ヘアヌード、全部見せますSP 豪華オールカラー版』
 雑誌と室長を交互に見つめる。両耳をぺったりと伏せた室長は、ぶるぶると首を振った。
「ち、違うんだ、これはっ……イティコルの、嫌がらせで!」
 えっちな雑誌が後ろめたいらしい室長は、焦りまくって次々と言い訳をしている。普段、大人の男然としている彼の可愛い姿に、胸の奥がきゅうっと甘く痛んだ。
 ぐっと近づき胸を触れ合わせる。しなだれかかるようにして首のふわふわしたところへ頬をつけると、室長の喉がごくりと鳴った。
「は、離れ」
「知ってます。室長、ほんとは地球種の女の子が大好きなんでしょう? それ、イティコル部長にだけは相談してたんですよね」
 少し前、私はイティコル部長に呼び出され、本当にケイン室長が好きなら彼を助けてやってほしいと頼まれた。地球種の女性が好きなくせに、絶対に手は出さないと決めている彼が痛々しくて見ていられない、と。
 室長が地球種の女性を遠ざけるのは、嫌いだからじゃない。逆に好きすぎるから。
 異種間結婚は銀河連合法でも認められているけれど、子供ができにくいという問題がある。染色体の数や、細胞の仕組みが似ている種同士であれば、絶対ないとは言えない。しかし奇跡に近い可能性であることは否めなかった。
 普段のそっけない態度とは裏腹に誠実で優しい室長は、エウプ種の自分と付き合うことで相手の将来を奪いかねないと考え、独り身を貫いてきたらしい。
 話してくれたイティコル部長もつらそうだったけど、聞いた時ちょっと泣いてしまった。種が違うから無理だと、私の告白を断っていた室長を思い出して。
「なんで、それを……」
 仰け反り、苦しそうに息を吐く室長の手を取り、強引に私の胸へ導く。嫌がってるんじゃなくて、性的に興奮してつらいのだろうということは、私の臍に触れる塊が証明していた。
「触って。私なら平気です」
「平気なわけがな」
 反発しようとする室長の口を、もう一方の手で塞ぐ。顔を上げ、間近から彼を睨みつけた。
「かまわないって言ってるんです! 先のことなんて、その時に考えればいい。私は今、室長と一緒にいたいんです。それとも……私のことはお嫌いですか?」
 勢いで言いきるつもりだったのに、最後の方がささやくようになってしまった。イティコル部長からは「異種であることだけが問題なのであって、室長は私個人を避けているわけじゃない」と言われたけれど、実際に確かめるのはやっぱり怖い。
 塞がれた口の奥で、ぐうっと低く唸った室長は、いきなり私の腰をつかんで持ち上げた。
 足が浮いたことに驚く間もなく、ベッドへ押し倒される。慌てて見上げると、私に圧しかかった室長の目がギラギラと光っていた。
 肉食獣さながらの獰猛な輝き。ドキドキして、身体の奥が疼く。
 綺麗……
 無意識に触ろうとすると、手をつかまれシーツに押しつけられた。
「俺がどれだけ我慢していたと思ってる! お前に好きだと言われるたびに心がぐらついて、同じフロアにいることさえ苦しいのに……!」
 室長の口から漏れる、剥き出しの本音。激しい鼓動で胸が苦しい。嬉しくて、嬉しくて、涙が浮いた。
「好き。好きです、室長……」
 もう一度、想いを告げる。言い終わらないうちに、息が詰まるほどきつく抱き締められた。
「……好きだ、ユリ」
 耳元に彼の熱い吐息としなやかな毛が触れる。感極まってつぶった私の瞳から、一筋、涙が伝い落ちた。

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