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 羊と狼一族の新年会

 後編

 祖母の計画通りに二人であの場を辞した俺たちは、タクシーを使い麻乃の家まで戻ってきた。当然のように家へ上がり込む俺を、麻乃が物言いたげな表情で見ていたが、気付かないふりをした。
 ヒーターをつけ、部屋が暖まるまでリビングのソファに座り待つ。着物姿の麻乃は帯が邪魔だからとラグの上に座っていた。
 静かな部屋の中に、温風の吹き出す音だけが響く。祖母との会話の後から、麻乃はずっと浮かない顔をしていた。
「……ねぇ、馨介」
「ん?」
「お婆ちゃん、どこか悪い訳じゃないわよね?」
 眉を寄せた麻乃が不安そうにこちらを見上げている。祖母の性格を知らない彼女は、さっきの話を真に受けているらしい。
「ああ。死ぬまでに、ってやつ?」
「うん。急にあんな事言うから、何かあるのかと思って」
 演技と話にすっかり騙され、本気で祖母を心配する麻乃が可愛らしく愛おしい。俺は彼女が不審に思わないよう自然に振舞い、話を繋げた。
「まさか。もしそうだとしたら、伯父さんと伯母さんが言わないはず無いよ」
「それなら、どうして……」
「不安なんじゃない? 二人とも年だから、今元気でも急な病気や怪我が絶対に無いとは言えないし。俺と麻乃が付き合ってても、すぐ子供が生まれる訳じゃないし」
「……」
 畳み掛けるような俺の意見に、麻乃は口を引き結び、床へと視線を落としている。
 麻乃はできるだけ多く子供が欲しい。俺は麻乃を愛している。高齢な祖父母は曾孫を望んでいる。全員の利害が一致した今、導き出される答えは簡単だった。
 俺はソファから降りると、座ったままの麻乃を後ろから緩く抱き締めた。
「愛してるよ。いつか俺の子供、産んで欲しい」
 「すぐに」ではなく「いつか」と言ったのは計算のうち。大雑把な割に仕事に対して誠実な彼女は、結婚より先に子供ができる事を望まないだろうし、内定を貰っただけの俺が「今すぐ子供を」なんて言える訳が無い。
 この数年、就職の為に関連企業でのアルバイトを続けたおかげで、職種も社風も判っているから、入社後ついていけずにすぐ退職という事にはならないと言い切れるが、それでも年下の俺は頼りなく見えるだろう。無計画だと怒鳴られるのがオチだ。
 だが祖母の演技を信じ、高齢の二人に残された時間を深刻に受け止めている麻乃に改めて想いを伝える事は、彼女の常識をぐらつかせるに違いない。
 腕の中の麻乃は一度ぴくんと震え俯くと、前に回した俺の手に自分の掌を重ねた。
「馨介は、本当に私と結婚しても良いと思ってるの?」
「うん。麻乃がいい。麻乃じゃなきゃ嫌だ」
 触れ合い、立ち上る麻乃の香り。ずっと我慢し続けていた項に、唇を落とした。
「あっ、馨介」
 咎めるような声を無視して舌を這わせ、襟の合わせから強引に手を差し入れる。驚いた麻乃が身を捩り、声を上げた。
「だ、ダメだってば。お父さんたち、帰ってくるし……!」
「大丈夫。どうせ、まだ来ないよ」
 あの祖母が確約したのだから、伯父と伯母の帰宅は早くても明日の朝になるだろう。
 ついつい上がってしまった口元を見られないように、俺は彼女の首に顔を埋めた。

 ぐったりと寄り掛かる麻乃を支えながら、俺は壁際のキャビネットをちらりと見た。閉じられたガラス扉に、着物の肌蹴た彼女の姿がぼんやりと映り込んでいる。
 緩められてはいるものの、まだ巻きついている帯。襟は左右に大きく開かれ、同じように開けられた襦袢の間から、上にずらされた下着とこぼれた膨らみが覗いていた。乱れた下身は着物の裾で隠れていたが、触れた感触でどうなっているのかは容易に判った。
 床に座った状態で後ろから弄られ、麻乃は荒く息を吐き、小刻みに震える。漏れる声と強張る身体から、限界が近い事が判った。
「は、ぁ……けい、すけ……」
 本人は意図していないのだろうが、ねだるように腰が揺れる。俺は一度強く抱き締めてから、麻乃の耳に口をつけた。
「も、いく? 俺もいきたいから、少し待ってて」
 暗に避妊の用意をすると告げて腕を緩めると、いつもなら大人しく待っている麻乃が振り返り、胸に抱きついた。
「……いい。そのまま、で」
「え、でも、子供できたら……」
「いいよ。馨介がいいなら」
 胸元に顔を埋めているせいで表情は判らないが、見えている耳朶が赤く染まっていた。
「それって……俺で良いって事?」
「え?」
「俺、麻乃の気持ち、ちゃんと聞いてない」
 クリスマスイブに、ほとんど無理矢理関係を持ってからというもの、はっきりと拒絶されないのを良い事に恋人を自任していた。
 始まりが一方的だったとはいえ、嫌がってはいないようだし、こうしてセックスにも応じてくれる。だが、麻乃は今まで一度も気持ちを言葉にしてくれなかった。
 じっと見下ろすとゆっくり顔を上げた麻乃は、恥ずかしそうにしながらも見つめ返してくれた。
「私も馨介じゃないと嫌……馨介が、好き」
 耳に届いた瞬間、身体中の血液が逆流したのかと思うほどの衝撃を受けた。もう何年も……そう、麻乃を初めて意識した幼い時からずっと、この言葉を欲していたのだと思い知った。
「麻乃……!」
 強く引き寄せ、両手で頬を掴んで唇を合わせる。乱暴な口付けに驚いたようだが、麻乃は受け止めてくれた。
 解け掛かっている帯の結び目を一気に引き抜いて外し、そのまま彼女をラグの上に押し倒した。帯の下にも簡素な紐が巻かれていたが、外す手間が惜しい。厚地の振袖を除け、襦袢の合わせから麻乃の足を晒した。
「あ、ちょっと。着物脱がせて」
「ダメ。待てない」
 慌てて起き上がろうとする麻乃を押さえつけ、自分のベルトとウエストを緩める。
 金具の音に気付いたらしい彼女が目を剥いた。
「え、嘘。このまま? あ、やだ……あ、ぁっ!」
 服を下げただけの状態で、強引に麻乃の中に割り込む。いつもなら彼女の様子を見ながら進めるのだが、余裕の無い俺は自分本位に身体を打ちつけた。そのまま夢中で腰を揺らすと、いつもとは違う直接的な感覚に、意識が呑まれていくのを感じた。
「麻乃、麻乃……好きだ……っ」
「んっ……あ、あぁっ、馨介ぇ」
 麻乃も同じ状態らしく、うわ言のように俺の名を呼びながら震えている。潤いを増し抵抗無く受け入れているくせに、きつく甘く締め付けてくる麻乃の身体に酔い、本能のままに攻め立てた。
 やがて、口から漏れる声が一際高くなったと感じた刹那、伸びた彼女の腕が俺の首に回された。
「や、あぁっ! あ、だめっ……いく……ぅ」
 まるで最後の時を促すように、中が一気に収縮する。抗いがたい反応を歯を食い縛ってやり過ごすと、麻乃の片足を抱え上げ更に強く抉った。
 この先があるとは思っていなかったのか、びくっと大きく震えた麻乃は仰け反り、苦しそうに眉を寄せた。
「いっ、あ! やだぁっ! あ、いや、やめっ、あ、ああぁー……!!」
「っ!」
 麻乃は家中に響くような甲高い叫び声を上げ、果てた。それに合わせ、彼女の一番奥で自身を解放する。隔てるものが無いせいか、訪れた圧倒的な快感に眩暈がした。
 涙と汗で濡れた彼女の頬を拭い、荒い息を吸い込むように口付ける。
「愛してるよ、麻乃」
 乱れて脱げかけた着物を纏いつかせ、半ば気を失っている彼女を見下ろした。
 互いに上り詰めてもまだ繋がってまま……。次に気がついたときに、麻乃がこの痴態にどれだけ慌てるかを考えると何だか楽しい。節操無くまた反応しはじめた自分の身体に気付いて、このまま続けるのも良いかな、と思ったりも、した。

 夜よりも、朝に近い時間。麻乃の部屋のベッドでうとうとしながら彼女を抱き締めていると、何かを感じたらしく唐突にびくんと震えた。
「麻乃?」
「あ……」
 夢でも見たのかと覗き込めば、バツが悪そうに目を逸らす。
「どうしたの?」
「ん、ちょっと……トイレ」
 回していた腕から逃れた彼女は、腹痛の時のようにそろそろと起き上がった。
「お腹痛い?」
「大丈夫。そういうんじゃないから」
 大丈夫と言う割には、挙動がおかしい。かと言って、見た目に体調が悪そうでも無い。
「……漏らした?」
 冗談混じりに聞くと、顔を真っ赤にした麻乃にぎりっと睨まれた。
「違うわよ! 馨介のが垂れて……あっ」
 慌てて口をつぐむも、時既に遅し。理解した俺が口の端を上げると、気付いた麻乃に肩を小突かれた。
「もう! 判ったなら、あっち向いててよ」
「はいはい」
 あれから、リビングでの事を宥めて再度きちんと抱き合った後、疲れ切った彼女を手伝う名目で一緒に風呂に入り、また手を出してしまった。結局、一度も避妊をしていないのだから当然の状況だ。
 素直に壁の方を向いて待つ。静かな室内で麻乃が動くのに合わせた衣擦れと、ティッシュを引き抜く音が聞こえた。
 処置を終えたらしい彼女がベッドの反対側に滑り込む。壁へ向かっている俺の背中に、ぴたりと温もりが触れた。
「……ねぇ、馨介」
 いつもより覇気の無い、小さな囁き。相談事があると急にしおらしくなるのは、昔からの麻乃の癖だった。
「ん?」
「私ね、お婆ちゃんとお爺ちゃんの為にも子供早く欲しいなって思ったんだけど、やっぱりちょっと無計画だったかなって、思ったりもしてるの」
「職場の事とか?」
「んー、それもそうだけど、私たちまだ何も決めてないじゃない。馨介の事は、その……好きだし、すぐ籍入れるとかでも私は良いけど、馨介の就職もあるし、結婚したらどこに住むかとか、式とか、そういうの色々と」
 祖母と俺に乗せられ、その気になったものの、根が真面目な麻乃は少し不安になっているらしい。ただ、細かい事を気にしない彼女らしく、今更気付くところが実に微笑ましかった。
「大丈夫だよ。考えてるから」
「え?」
 寝返りを打ち、きょとんとしている麻乃を抱き締めた。
 クリスマスの一件で俺がどういう性格か少しは理解したようだが、それでもまだまだ彼女は判っていない。
 祖母のお膳立てが無くとも、麻乃の為に早く子供が欲しいと思っていたし、就職したらすぐに籍を入れるつもりだ。仰々しい事が苦手な麻乃に合わせて、式場ではなく、披露パーティができるガーデンレストランにコネも作ってある。すぐ子供ができれば先延ばしにしてもいいし、したくないなら、それでもいい。
 就職しても俺が新社会人で収入が心許ない事と、伯父と伯母の気持ち、それに今後、子沢山になるかも知れない事から、同居は確実。既に伯父とは、親子ローンでこの家の増築とリフォームを行う話がついていた。
「麻乃と子供をちゃんと支えて、守るよ。約束する」
「馨介……」
 一瞬ぽかんとした麻乃は、困ったように微笑んでから俺の胸に頬をすり寄せる。細めた目尻が少しだけ濡れていた。
「なんか、プロポーズみたい」
「プロポーズだよ。指輪はまだだけどね」
 冗談めかして告げると、麻乃は顔を埋めたまま、短く笑った。
「……もう」
 詰るような甘い囁き。
 もう一度しっかりと麻乃を抱き締め、目を瞑った。
「愛してる」
 やっと手に入れた……もう、逃がさない。逃げたいなんて思えないくらい、雁字がらめに愛してあげる。
 愛と言うには行き過ぎな想いを悟られないように、ただ静かに微笑んだ。

 何も知らない幸せな羊は、ずっと狼の腕の中……。
                                          End

   

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