『三成、大丈夫?』
「……大事ない」
唇を青く染め、寒さに震える三成に湯を差し出す。
受け取る手も震えていたが、一口飲んだ後に吐きだした息はほころんでいた。
『落ち着いた?』
「ああ。小太郎は寒くないのか?」
『分からない。
俺は忍だから、そういうの鈍いんだ』
「関係ないだろう」
その言葉が終わらないうちに手を伸ばされ、咄嗟に後ずさる。
そんな俺を見たまま三成は不機嫌そうに眉をしかめた。
「……刑部は、患っている己に触れられたくないと言う。
小太郎もどこかに不調があるのか?
だからずっと、私と触れ合うことを………」
『……俺はどこも悪くないよ』
真っ直ぐに俺を見る瞳から逃げられない。
薄い唇がゆっくりと開くのを遮るように、目を逸らして言葉を紡いだ。
『三成、もう寝よう』
「………分かった」
ため息混じりに得た了承の言葉はひどく苦しい響きだった。
互いに背を向けて横になり、気配をうかがう。
三成が起きていることも、逆に俺が起きていることも分かっているのだろう。
何かを言わなければいけないような、
でも何を言ったらいいのか分からない気分になる。
三成は今何を想っているのだろう。
俺の気配をうかがいながら、何を考えているのだろう。
そんなことばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「小太郎……」
三成の呼ぶ声に体ごと振り向けば、三成も同じようにこちらを向いたところだった。
乾ききらない髪が額に張り付いているのが見えた。
「寒い」
三成はそう言って俺に向かってその真白い手を差し伸べる。
その瞳は不安そうに揺らめき、月の光を返して輝いていた。
「……体が温まるまで私と共に寝ろ。拒否は認めない」
泣き出しそうな顔で、震える声で言われた言葉を処理しきれない。
どうしていいのか分からずに固まっていると、三成の瞳の端から涙がこぼれた。
「……………小太郎」
かすれた声で名前を呼ぶ三成を泣き止ませたいと思うのに、
きっと今三成が涙しているのは俺のせいだと思うとどうしていいのか分からない。
頭を撫でて、手を握って、抱きしめて、大丈夫だと言ってやれたなら。
(……三成、三成、俺はきたないんだよ)
大丈夫だと言ってやる声すらもない、汚い俺に、何が出来るというのだろう。
抱きしめて笑ってやれば、その涙は止まるのだろうか?
綺麗な綺麗な三成に、俺の汚いを移してしまうのか?
「………っ」
拳を握りしめ、眉を寄せ、唇を震わせて声も無く涙を流す三成は綺麗だった。
どうしようもなく、美しかった。
(…………三成は、綺麗だ)
「…………こたろう」
祈りのように伸ばされた指が震えている。
細く真っ白なのに、刀を握り続けたせいでごつごつとした手だ。
『……三成』
「ッ、嫌だっ!………これは、命令だっ!」
俺の表情や手の動きだけで拒絶を感じ取った三成が、
嫌だ嫌だとかぶりを振り、ぐずぐずと泣きじゃくる姿に胸が詰まる。
いつだって凛とした三成がこんな子供のように泣くなんて、知らなかった。
真っ直ぐに前を向き、振り返ることなどしない三成しか知らなかった。
強さを求め、強くある三成しか見たことがなかった。
涙も弱音も、こぼすことなど一度もなかった。
(三成がこんな風に泣くことを、俺以外知らなければいいのに……)
俺以外の前で涙なんて見せて欲しくない。
俺以外の前で笑顔なんて見せて欲しくない。
(俺はきっと、ひどい奴だ)
三成が誰とも会えないように閉じ込めてしまいたいなんて、
もっと笑って欲しいと思いながらそんなことを考えるなんて、
(それじゃあ、友人ですらいられない)
そう思ってから気付く。
俺はなんて救いのない馬鹿なんだろうか。
三成と友人だなんてそんなことを思っていたなんて。
そもそも俺は人ですらないのに!
嗚咽を堪えながら涙する三成を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
禅問答にもならない、答えなんて見つからないそんなこと。
(……俺は忍だ。心がない生き物なんだ。答えなんてあるわけがないのに)
目の端も鼻の頭も赤く染まった三成が俺を見る。
三成の目が真っ直ぐに俺を見つめて、端から端から涙がこぼれていく。
「……っ、こっ、小太郎は、私が嫌いか?」
震え、ひっくり返った声が投げた問いが、苦しくて苦しくて息が出来ない。
不安そうに眉根を寄せ、涙に潤んだ瞳が痛くて痛くて仕方がない。
(嫌いなんて、あるわけがないのに)
『……俺は、三成が誰よりも何よりも大事だよ』
それは何の嘘もない、俺のたった一つの真実。
誰の命令にも覆されることのない、俺だけの意思。
「……っ、………ッ!」
涙を流したままの三成が勢いよく跳ね起きる。
そしてそのままの勢いで俺の腕を掴んだ。
その力の強さも、素早さも驚いたけれど、
三成が俺の体に触れたことに何よりも一番驚いた。
(駄目だ、だめだ……。三成がよごれてしまう……)
腕を掴まれているせいで言葉を紡ぐことが出来ない。
せめてもの抵抗に首を横に振っても、三成の力が弱まることはなかった。
嫌ならば強引に振り払えばいいと分かっている。
でももし、それで三成に傷がついてしまったら?
大切な三成に怪我なんて負わせられない。
そんな行動のせいで、三成は俺に拒絶されたのだと泣いてしまうのか?
そんなのは、ダメだ。
「小太郎、っ、……私は、小太郎が好きだ」
まるで懺悔でもするように歯を食いしばって、顔を歪ませたまま三成が言葉を口にする。
それはどう聞いても愛の言葉で、だというのに俺たちはどうしてこんなに苦しいんだろう。
「………すまない、小太郎」
悲しそうな、苦しそうな顔で三成が俺の腹の上にのしかかってくる。
三成の裾が開き、白い脚が月下にさらされる。
着流しごしに感じる肌の冷たさに身震いした。
思わずその三成の白い足に手を伸ばし、恐る恐る触れてみる。
すべすべとした手触りと冷たさに泣きたいほどに高揚した。
(三成は、綺麗だ)
(どうして俺はこんなに汚いんだろう)
(三成と同じ生き物になれたらよかったのに………)
鼻の奥がつんと痛む。
喉の奥が焼けるように熱い。
目の奥がジリジリと痛み、視界が揺らぐ。
俺の顔を覗き込む三成の涙が頬に当たる。
「好きだ……。泣くな、小太郎…っ……」
三成の手が俺の髪をかき分け、そして無防備な俺の額に口付けが落とされた。
初めて触れる三成の肌も、唇も、冷たくて、滑らかで、嬉しくて悲しい。
(泣く……?俺は、泣いているのか?三成、三成、俺には分からないよ)
ずっとずっと触れたかった三成が俺に触れてくれる。
ずっとずっと触れてはいけないと思っていた三成に触れている。
三成の手が俺に触れる度に、焼けつくように熱く凍えるような冷たさを感じる。
嬉しくて嬉しくて堪らないのに、悲しくて苦しくてやりきれない。
「小太郎、小太郎、好きだ……」
(三成、俺も三成が好きだよ。心から、三成を大切に想っているよ……)
それなのに、どうして俺たちは泣いているんだろう。
どうしてこんなに苦しくて、悲しくて、痛いんだろう。
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