氷解する未来











刑部、刑部、と親を慕う子のようにいつもいつも側に居た
何が愉しいわけでも無かろうに、奇特な者だと思っていた

病が移るかも知れぬと言っても、
ぬしの評価が下がると言っても、
かまわないと、怒りも顕に吐き捨てて側に居続けた

不快に思ったことは一度も無い
ただただ、心が温まるばかりだった

それが何故なのか、考えたことは一度も無かった

そのようなことを考える暇など無い程に、いつもいつも側に居た

きちんと休め、庭に花が咲いたぞ、体調はどうだ、星が美しい、
そんな他愛も無い言葉をかけられ、軽口を叩き合い、これからもずっと側に居るのだと思っていた

だが、三成の側にはいつからか徳川が居るようになった

自由に動くことの出来る体
人を惹きつけて止まない人柄

われから見れば全てを持っているに等しい男が、
いつもいつも三成に屈託無く笑いかけ、それに応えるように三成も笑う
他愛無い言葉を交わし、笑い合い、共に鍛錬をし、遠乗りに出かけたりしていた

その度に、三成の口からは徳川の名が紡がれる

やれ家康と出かけた、家康は強い、家康は、家康が…

何度も何度も徳川の名を呼び、嬉しそうに笑い、また徳川の名を呼ぶ

今までは太閤と軍師殿とわれしか居なかった三成の中に、
徳川が根付くことが嫌で嫌で堪らなかった

われの名を呼ぶことなど無いくせに、徳川の名を呼ぶ三成が腹立たしかった

今までわれが居た場所が、徳川の場所に塗り替えられていくようで、
あまりにも大きな怒りと絶望に目の前が暗く澱んでいくようだった




「刑部っ」

わけが分からないというような顔で、身じろぎする三成を眺めた

後ろ手に縛り付けた腕は身じろぐたびにぎちぎちと鳴り、
不安か不快からか、しかめられた眉に浅ましい優越感を感じた

「…なぜ、こんなっ」

唇を震わせ、切羽詰った顔をする三成の着流しを強引に開く

「っ、刑部っ!」

自由の利かない体でもがき、頬を染め、涙を堪える
徳川はこの顔を知っているのだろうかとぼんやりと思った

「やめろっ」

三成の白い肌に舌を這わせ、その肌理細やかな美しさに息を飲んだ
乙女のような雪肌は触れる度に小さく跳ね、
現実を直視しないようにか固く閉ざされた瞳はぴくぴくと震えている

「やめて、くれっ…」

薄っすらと開かれた瞳は堪えた涙で輝きまるで水晶のようだ
噛み締められた薄い唇からは血が滲み、紅をひいたように美しい

その血を指先で拭おうと手を伸ばせば、怯えたように身を竦ませる
その動作の全てが当たり前よなァと思う反面、腹立たしく、悲しい


久しぶりに飲みに誘い、三成の酒に眠り薬を混ぜた

三成の全てを壊してしまいたいと、奪ってしまいたいと、
ただそれだけの為だけに今日への準備を整えた

人の近寄らぬわれの部屋へわざわざ人払いまでして、
気取られぬように何時もどうりに笑って三成を迎え入れた

何も知らずはにかむように笑った三成に罪悪感を覚えた

考えていたことは取り止めて、また以前のように普通に酒を飲むのも悪くないと思った

太閤と軍師殿を褒め上げる三成に相槌を打ちながら、
やはり傷付けることは止めようと、そう思ったのだ

だが、酒が進むにつれ三成の言葉には家康という単語が増えていった

われと視線が合う度に焦ったように顔を背け、
ひたすらに徳川への愚痴や不満を零し続けた

三成の話しに笑いながら、心が引き千切られるような痛みを感じた

他人に興味を示さない三成が不平や不満を漏らすほどに、
それほどまでに深く徳川が三成の心を占めているのが許せなかった


「…徳川ならば、良かったか?」

「…何を言っている、刑部?」

怯えの中に困惑を滲ませる三成に苛立つ
徳川が相手ならば、三成はきっとわれの部屋に来たときのようにはにかんだ笑みさえ見せるのだろう

笑い合い、抱き合う徳川と三成はあまりにも幸せそうで、
己の想像の中でさえ、深い絶望に突き落とされたような気がした

「ぬしはこうして触れるのが徳川ならば良かったのであろ?」

「ちがっ!私はっ…!」

自嘲気味に笑ってそう言ってやれば、三成は驚いた顔で何かを言おうとした

だが、その先を聞くことを恐れて三成の口を塞いだ
薄い唇に舌をねじ込み、三成の言葉を塞き止めた

「……徳川でなく残念よなァ、さぞ悲しかろ」

呆然とする三成は、とても悲しい顔をしていた










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