蜜月
前
澄みきった空を眺め日差しに目を細める
雲ひとつない青空は四国の町によく似合う
民も兵も笑い、皆活発に働いている
朝から姿の見えない長曽我部にまた機巧でも作っているのかと想いを馳せる
後で茶でも持っていってやろうかと考えた
兵たちと笑い合い、怒鳴り合いながら楽しそうに機巧を作る長曽我部を見ているのが好きだ
同じ空間にいるだけで、和やかな気分になる
自分の心が温もるのを感じながら調練をしている兵に目をやる
今では指南役が板についてきた
豪快なのが長曽我部軍の持ち味だとしても、
如何せん隙が多いそれが以前から気にかかっていた
一度口を出してからは頻繁に教えを乞われるようになり、
兵と打ち解けるいい機会だと思い始めた指南役だが、
今ではそれ自体を楽しんでいる自分がいるのも事実だった
「はっ、石田ぁ、三成ぃ!」
息を切らして走って来る長曽我部に何事かあったのかと背筋が冷えた
「っどうした、長曽我部!」
息を切らす長曽我部の肩を掴み問い掛ける
「…っ、触るんじゃねぇ!」
いきなりの大声に肩が震えた
ギラギラとした長曽我部の瞳は刃を向けられた時のようで、自分は何かしただろうかと狼狽えた
昨日顔を会わせた時は笑っていた
もしかしたら、その時からすでに腹の内に怒りはあったのだろうか
一体私は何をしたんだ
必死にここに来てからのことを思い出すがやはり心当たりは無い
険しい表情を浮かべる顔は赤く染まっている
「…あんたに、大事な話がある。ここじゃあ何だ、俺の部屋まで来てくれ」
「あ、ああ…」
回りにいた兵たちも何事かとこちらをうかがっていたが長曽我部の顔を見るなり皆俯いてしまう
前を歩く長曽我部の後ろ姿を見ながら胸の痛みを堪えた
自分は気付かぬ内に、長曽我部を傷付けていたのかと思うとやりきれなかった
部屋に通され戸を締め切られる
「まあ、座れ」
言われた通り腰を下ろせば長曽我部も正面に座り込んだ
「石田、俺はよ…」
真っ直ぐにこちらを見ながら長曽我部が話し出す
何を言われるのか見当も付かず、僅かばかり不安になった
出ていけと言われたら従うし、
死ねと言われても長曽我部に殺されるなら悔いは無いと思った
「あんたの真っ直ぐなとこも、不器用な優しさも知ってる。
花が咲いたみてぇに笑うとこも、物憂げにしてるとこが綺麗なのも知ってる」
なぜ、私は誉められているのだろう
あまり誉められている気はしないが、確かに賛辞だと思う
厳しく叱咤されるものだとばかり思っていたから長曽我部の物言いに呆気にとられる
「いつも見てた。真っ白な髪が風にそよぐとこも、
細ぇ体で前だけを見てしゃんと立ってるとこも、
…その白磁の肌に触れたらどんな顔すんのかと思ってた」
…長曽我部は何が言いたいのだろう?
頬を染め、恥じらうように俯きながら、内緒話でもするように声を潜めて
「俺はもっとあんたを知りたい。一番側であんたを見ていてぇんだ」
拳を握り締め、躊躇いがちに、しかしはっきりとした口調で長曽我部が話す
「つまり、何が言いたいかっつうとよ、その…俺はよ、あの、あれだ、
あんたが……その、すっ、すっ、…好きだ!
……それと、あのよ、これ、あんたに…」
「……………」
「……………………」
理解が追い付かない
くしゃくしゃになった花を手渡され、真っ赤な顔の長曽我部と見つめ合い、沈黙が降りる
長曽我部を嫌いな訳では無い
感謝しても仕切れない程の恩がある
長曽我部自体も小気味いい男だと思う
だがしかし、私も長曽我部も男だ
そんなことは見れば分かるし、長曽我部も理解している筈だ
「…………否定する訳ではないが、貴様は、男色のケがあるのか?」
絞り出した声は静かな部屋にやけに大きく響いた
「ちっ、違ぇ!俺にそっちの趣味なんかあるわけねぇだろうが!」
「……………私は、男だぞ?」
「っ、分かってらぁ!あんたが女じゃないのなんて百も承知だ!
だがよ、気付くとあんたを目で追ってるんだよ!あんたが笑うと俺まで嬉しくなるんだ!
俺は、あんた以上に人を好きだと思ったことがねぇ!
あんた以上に綺麗だと思ったやつはいねぇ!あんただけに触れてぇと思う!
それは、本気で好きだってことだろうがよぉ!」
大きな声で捲し立てる長曽我部を見れば、真剣そのものといった瞳で不安そうに私を見つめてくる
「…俺はあんたに触れてぇ。そういう意味であんたが好きなんだ」
側にいたいと思った
ここにいたいと思った
私は、自分でも気付かぬ内に長曽我部に惚れていたのかと理解した
男に想いを告げられて嫌ではないと思うのは、きっとそういうことなのだろう
長曽我部だから、嫌ではないのだ
男も女も関係無く、長曽我部が好きだと思った
長曽我部もそう思ってくれたのだろうか
葛藤や躊躇いもあっただろう
それでも、こうして私に想いを伝えてくれた
それがどうしようもなく嬉しく感じた
長曽我部の笑顔はいつも私を照らしてくれた
暗い闇の底から、私を救い出してくれた
溢れんばかりの優しさを、温もりをくれた
「…返事は今すぐじゃなくていい、ゆっくり考えてくれ。
断ってもいい。出てけなんて言わねぇから安心しとけ」
なぜこんなにも優しい者がいるのだろう
なぜ長曽我部は私なのだろう
明るく、豪快だが優しさがある長曽我部なら、寄ってくる女も多いだろうに
「長曽我部、この花の花言葉を知っているか?」
「いや、俺ぁそういうのには疎くてよぉ…。
それも、俺とあんたにぴったりだからって持たされたんだ」
困った顔で頭を掻く長曽我部を見つめる
長曽我部の想いも、私の想いも、兵たちには見透かされていたのかと思ったら笑える気分だった
自分でも自覚していなかった感情も、他の者から見れば一目瞭然ということだろうか
「……長曽我部、私は男色の趣味はない」
「…ああ」
「だが、貴様には触れたいと思うのだ」
「…石田、それじゃあ」
「………私も、貴様を好いている」
「………三成ぃっ!」
「っ、離れろ!長曽我部!」
「嫌だ!」
抱き付いてきた長曽我部に抵抗しながらも嫌悪感は無い
「ようやくだ。やっと、やっとあんたに触れられる。
…あんたは俺に触れてぇと思わねぇのか?」
「っ、早すぎるだろう!」
擦り寄ってくる姿はまるで大きな犬のようだ
だが、その端正な顔で真っ直ぐに見つめられるのは気恥ずかしい
「なぁ、いいだろ三成。…ずっとこうしたいと思ってたんだ」
震える手でそっと髪を触られる
大胆なことを言っておきながらも緊張しているのが伝わって胸が疼いた
早急にことに及ぼうとするくせに、その手は震え汗ばんでいる
好きだと思った
どうしようもなく可愛いと感じた
無性に長曽我部を抱き締めたくなった
「…優しくしろ」
「…当たり前だろぉが」
潤んだ瞳が絡み合い口付けが落とされる
触れるだけの唇もやはり震えていて、長曽我部への愛しさが募った
もどかしそうに互いの帯をほどく長曽我部に、これから起こるであろうことを思い身震いした
荒々しくもどこか優しい手付きに熱が上がった
どこまでも私を気遣いながら触れるのだ
壊れ物でも扱うように、丁寧に、ことさらに優しく
「んっ、長曽我部…」
全身に口付けを落とす長曽我部の頭を押さえる
「三成のここ、もうこんなことになってんぞ」
そう言ってニヤリと笑う姿は色っぽく、
そんな長曽我部に誰にも見られたことの無い部分まで暴かれ、
晒されているのだと思うと羞恥で涙が出そうだった
「…言う、なっ」
「隠すな、もっと見てぇ。俺の知らねぇ顔全部を見てぇんだ」
腕を取られ真正面から見据えられる
欲情した瞳に射抜かれる
整った顔立ち
程よく筋肉のついた体
深い海のような瞳
長曽我部の全てが美しかった
「ふっ、んんっ」
ついばむような口付けが次第に深くなる
絡み合う舌
まさぐられる体
頭がおかしくなりそうだった
「っ三成…」
長曽我部が私を見る
彫刻のように美しい長曽我部が、私を見つめ欲情している
そのことが私を更に興奮させた
いつも人に囲まれている長曽我部が、今この瞬間は私だけを見つめているのだ
暴かれた私の肌に興奮し、触れてもいない雄を立たせているのだと思うと嬉しさが込み上げた
「三成の、可愛いなぁ」
私の雄を愛しげに包み口付けを落とす
もうどうにでもなれと思いながら長曽我部の雄に手を伸ばした
熱く脈打ち、硬く天を仰ぐそれをやわやわとしごけば、先走りを漏らし震える
触れる度にピクピクと反応する姿を愛しいと思った
「三成、一緒に気持ちよくなろうぜ」
長曽我部の大きな手が二本の雄を纏めて包みしごいていく
混じり合う吐息と先走りにひどく興奮した
「んっ、あぁっ」
疼く腰を淫らに長曽我部に擦り付ける
熱に浮かされた頭で、ただただ長曽我部を求めた
「くっ、三成、その顔はエロすぎだろぉが」
深い口付けと激しくなる手の動きに我慢が出来なかった
「んんっ!」
長曽我部の手に熱い欲をぶちまける
「っ俺も、そろそろだ」
「あっ、ふっ」
達したばかりの雄への強すぎる刺激に声が漏れる
「……くぅっっ」
長曽我部も熱を放ったのを感じ顔を上げれば優しく口付けられた
「んっ…」
「好きだ、三成…」
もたれかかる長曽我部に強く抱き締められ幸福を感じた
その背に手を回せば首筋から微かに汗の匂いに混じった長曽我部の匂いして、目を閉じて深く吸い込んだ
「長曽我部…」
「元親だ」
そっと耳元で囁かれ肌が粟立った
「…もとちか」
「いい子だ」
頬に口付けを落とされそのまま押し倒される
扇情的に笑う長曽我部に目が奪われた
「…元親、好きだ」
「煽んな三成、抑えが効かねぇ…」
額と額を重ねられ、苦し気にそう言われた
我慢などして欲しくなかった
優しくしろと言ったのは私なのに、強引に全てを奪って欲しいと思う自分がいた
強く強く長曽我部に触れたいと、触れて欲しいと思った
「元親、私に触れろ…」
「〜〜っ、加減出来なくても知らねぇぞ!」
噛み付くような口付けに息が詰まる
互いの唾液を混じり合わせ、ねっとりと歯列を舐められれば腰の奥にまた熱が生まれた
深く舌を絡ませ合えば熱は高まるばかりだ
「ふっ、んんっ」
長曽我部の荒い息遣いに欲情する
飽きることなく口内を蹂躙する舌を甘噛みしてやれば強く舌を吸われた
頭に添えられた手はどこまでも優しいのに、私の中で暴れる舌は激しかった
「はっ、三成、触っていいか?」
「野暮なことを、聞くな」
互いに呼吸を荒げ見つめ合えば、その瞳に高ぶる熱が見えた
「ははっ、軽口叩く余裕なんざ今に消してやるさ」
挑発的に笑うと私の足を大きく広げまじまじと秘部を眺める
羞恥に頬が熱を持つのが分かる
「あんたぁどこもかしこも綺麗だなぁ。汚してみたくなる…」
一人言のように呟くと、何の迷いもなく穴を舐めあげられ体が震えた
「元親っ、駄目だ!汚い!」
「汚くねぇよ。それに、解さねぇと後が辛いぜ?」
「……っ」
硬く閉じた穴を舌先で刺激される
羞恥と戸惑い、そして僅かな恐怖があった
先程見た長曽我部の雄が、これから私の中に入るのかと思うと冷や汗が出た
私のものよりも大きなそれが中に入る
どれ程の痛みなのだろう
女のように血が出るかもしれない
今更になって不安が込み上げた
「力抜け三成、怖いならすぐに止める。
心配すんな。時間なんざこれから先、幾らでもあるんだ」
私の緊張が伝わったのか労るように長曽我部が笑う
その笑みが、言葉が、胸の中にあった冷たい塊を溶かしてくれたように体がほぐれた
本当に、どこまでも優しい男だと思った
「…元親となら、平気だ。恐れは無い」
「無理すんじゃねぇぞ、嫌だったらすぐに言えよ」
「ああ」
私が交わろうとしているのは長曽我部だ
明るく、豪快で、仲間思いの、どこまでも優しい男だ
眩しい程の笑顔の似合う、私の好いた者だ
恐れも不安も消え去った
長曽我部となら、大丈夫だと思った
体も心も、全て委ねられる相手だ
ただ目を閉じ、長曽我部を感じた
蜜月 後→
←三成部屋
←BL
←ばさら
←めいん
←top