嘘つきメランコリー
13
逢瀬を重ね、三成がわれが寝入ったのを確認しどこぞへと出かけていくことに気付いた
はじめの内は厠かと思っていたが、帰って来るのが異様に遅い
湯浴みは二人で入った後だ
事後処理はきちんとわれがしているゆえ、遅くなる理由は特に無い
訝しく思いながらもどこへ行っているのか訊ねることは無かった
どこへ行こうときちんと帰って来ると分かっている
ならば、どこへ行こうとも不安は無かった
三成が離れていくなど、ありえない
そう信じていれば、不安など無かった
「吉継君、ちょっといいかな?」
「…竹中殿がわれに用向きとは珍しい」
襖越しにかけられた声に笑いながら返事を返す
われの言葉に苦笑しながら入ってきた竹中殿がゆるりと腰を下ろす
「して、茶の湯でも飲みに来られたか?ヒヒッ」
「もう頼んできたから問題ないよ
ふふ、茶菓子の用意も万全だ」
穏やかに笑い合い、小姓が運んで来た茶を受け取る
人肌に温まった湯呑みからは良い香りが立ち上っていた
良い香りだね、と一口茶を飲み下してから、竹中殿が視線を上げる
「……ねぇ吉継君、最近兵卒が殺されていることを知っているかな?」
「…いや、存じませんな」
「そう…
最近の三成君はどうだい?」
われの言葉にため息を吐き、気を取り直すようにニコリと笑う
その質問の前後の違和感にざわりと胸が波打った
「……先の件と、三成が関係あると?」
「…いや、どうだろうね?」
「竹中殿がはっきり否定せぬということは、
わずかであれ三成を疑っていると思ってよろしいか?」
曖昧に笑う竹中殿にかすかな怒りを感じながらその顔をじっと見詰める
あんなにも尽くしている三成を疑うことなど、竹中殿にはして欲しくなかった
だがしかし、竹中殿が理由も無く仲間を疑う人ではないとも分かっている
何よりも恐ろしいのは、もしかしたらと思っている己の心かもしれない
「…あまり言いたくは無いんだけれどね」
そう前置きをしてから一切の笑みを消し、竹中殿が声をひそめる
「傷口がとても綺麗に切れていたんだよ
そこから考えるに相当の手練……
しかも、豊臣内部の人間ばかりが狙われていることから、
内部に犯人がいる、と僕は考えている
外部から侵入した忍だったら、少なくとも死体の処理ぐらいしていくだろうからね」
「しかし、刀を使う者は三成ばかりでは…」
「……そうだね
だが、相手を細切れにするような技を使うのは僕か三成君くらいだろう?」
「……しかしっ」
暗い瞳でそう語る竹中殿に反論の言葉を紡ごうにも、
不自然な点を上げようとすればいくらでも疑うことが出来てしまう
夜半に出かけていく三成がどこへ行っているかを知らない
湯浴みをして帰って来る三成が何をしているのかを知らない
「……もし、…もしも三成だとするならば、何ゆえ…?」
「………殺された相手というのは、あまり素行の良くない者ばかりでね
…これはあくまで僕の考えに過ぎない
気分の良いものではないから、聞き流してくれて構わないよ」
そっと湯飲みに手を伸ばし、竹中殿が目を伏せる
その所作を、場違いに美しいと思って眺めた
「もしも犯人が三成君だと仮定するならば、彼は許せなかったんだと思う」
「…許せない?」
「………君の陰口を、ね」
竹中殿の言葉に目の前が真っ暗になったような気がした
陰口など、病にかかってから幾度と無く叩かれてきた
その度に傷付き、抉れる心から目を逸らした
大丈夫だと、これしきと言いながら、心は擦りへっていった
以前に三成が兵を殴ったことがあった
われの陰口を叩いた者を殴り倒し、二度と言うなと激昂していた
それがどれほど心に沁みたか知れない
一人自室に戻り、何年振りかの涙を流した
「……そんな、ことで」
「…僕は、豊臣軍の中で秀吉の陰口を叩く者をきっと殺してしまうよ
心から秀吉を大切に思っているからね
……君の大切な人が、君と同じ立場だったらどうするんだい?」
三成が、陰口を叩かれる
三成ならばきっと意にも介さず鼻で笑うのだろう
三成に太閤と竹中殿以外は眼中に無いのだから
だが、われはそれを許せるのだろうか?
こそこそと三成を嘲笑する者を、そのまま野放しにしておけるだろうか?
「…まだ、犯人が誰かは決まっていない
もし三成君だとしても、しばらく謹慎してもらうだけだ
…彼は豊臣にとって、とても有益な人物だからね」
「…………」
「…少し、三成君を注意して見ていてくれないかい?」
「……あい、分かり申した」
「…よろしく頼むよ」
苦い笑いを浮かべたまま立ち去る竹中殿の背を見送った
三成では無いと思いながら、三成かもしれないと心が訴える
幸せだ、と嬉しそうに笑う三成の顔を思い出し、
より一層の暗闇に目がふさがれる思いだった
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