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石田三成が何故あそこまで太閤に心酔しているのか解せなかった
他に厳しく、己には一層厳しいあの男が、何を思い太閤の側にいるのかと思っていた

三成は強い
剣の腕もさることながら、何よりも太閤への忠誠心が人一倍で、任された事は何でも完璧にこなそうとした
太閤に声を掛けられ目の端に喜色が浮かぶのを見て合点がいった
いつも険しい顔の三成も好いた惚れたとそんなものに溺れるのかと思っただけだった

われらは戦場でよく共にあった
兵はわれを嫌い、三成を恐れた
そんなことが続く内に何時からか三成は背中を任せる様になった
よもやまぁ、われに背を預けられるものだと思いながらも不思議と悪い気はしなかった

三成は一人で居ることを好んだ
だが、話かければ他愛ない話もした

「刑部、貴様は他の兵の様に群れたりはしないな。なぜだ?」

「ヒヒッ、誰が好き好んでわれに話し掛けようか」

「卑屈だな。私は貴様の妥協しない所は信用に足ると思っている」

「そんなことを言う物好きはぬし位のものよ」

存外扱いやすい男だと思った
他に厳しくしながらも、太閤を誉めあげれば容易く懐に入れてしまう
だが、何の駆け引きもない関係も悪くはないと思う己がいるのも事実だった






次の戦に向けた話をしようと思い、夜更けに太閤の部屋を訪ねた事があった

その頃には軍師竹中半兵衛は病に倒れ、戦場を離れる事を余儀無くされていた
僅かに漏れる灯りにまだ起きていたかと安堵したのも束の間、話し声が聞こえて歩みが止まった

(こんな夜更けに太閤は誰と…)

「秀吉様」

聞こえたのは確かに三成の声だった

(ああ、三成は太閤に懸想しておったな)

また明日にでも出直すかと部屋の前から去ろうとすると中から声を掛けられた

「大谷、入れ」

(聡い男よ…)

促され中に入れば泥酔した三成が見えた

「何用だ?」

「次の戦について話が」

「ああ、それなら明日にでも聞こう。三成を連れて行ってはくれぬか?」

「秀吉様、私は一人で歩けます」

座ったままでもぐらぐらと頭の揺れる三成を見やり小さく溜息を溢す

「御意に」






暗い廊下を三成を支えながら歩く

「飲み過ぎではないか?」

「黙れ、私は酔っていない。一人で歩ける」

真っ赤な顔でふらふらと歩く三成は何時も通り険しい顔で、太閤を見やる時の様な面影は一つも見つけられなかった

「しかし、そのようになるまで呑むのが好きか。ぬしの食の好み等初めて知ったわ」

「別に食うことに興味はない。必要ならば取るだけだ」

ろくに呂律の回らない口でそう言うと三成は深い溜息を吐いた

「…秀吉様が勧めてくださったものを断る筈がない。私にわざわざ酌をしてくださったのだぞ」

「左様か」

酒臭い息を吐く三成に顔をしかめつつゆっくりと歩く

「全く、ぬしはほんに太閤を崇め奉るな」

「当たり前だ!秀吉様は私にとって神にも等しい御方だ」

「そう声を荒げずともそのようなこと等とうに知っておるわ」

三成を布団に押し込み枕元に水を置く

「やれ、さっさと寝やれ」

「刑部、私は酔っているか」

「ああ、酔うておるな」

「…どれ程に酔えば、忘れられる」

何を、とは聞けなかった
目を閉じる三成は己が涙していることにも気付いてはおらず、ただ悲哀の色が浮かぶばかりだった

「秀吉様」

うっすらと目を開き、三成が太閤を呼ぶ
好いた者の名を呼んでいるのに何故こんなにも悲し気なのか解らなかった

「刑部…半兵衛様が戦場に戻られることはないのか?」

「無いであろ。前々からの無理もたたり、もう大層悪いと聞く」

「そうか…」

そのまま眠りに落ちる三成の横顔はやはり悲し気で、色恋に縁の無い己には理解が出来なかった






影口は影で、と言うが軍の中で己の評判が悪いのは解りきっていた

(なに、誰も好き好んで患い者に近付きたくはあるまいに)

何時もの事だと受け流しその場を去ろうとすれば強い殴打の音がして足を止めた

「二度目はない。次は斬る」

何時も以上に険しい顔の三成が、影口を叩いた者を殴り飛ばしていた

「悪かった、もう言わねぇよ」

「貴様等も、二度と刑部を悪く言うな!」

誰かが己の為に動くなど、今まで一度たりとも無かったことだった

(間抜けな男よ。わざわざ自らの評価を落とすとは)

胸の内に滲む温かさに目を瞑り、浅慮な男だと嘯く
何故三成があれ程激昂したのか分からなかった






闇も深まった頃に、奥まった場所にある三成の自室を訪ねた
開け放たれた襖から中を伺えば不審な顔をされたが、手にした酒瓶を見ると合点がいったようで部屋に招かれた

「三成よ、いくら夏とて襖くらい閉めて寝やれ」

「別に誰が外を通るでも、訪ねて来るでもない。いつも開けたままだ」

「無用心な奴よ、物が無うなっても知らぬぞ」

「私に盗られて困る私物等無い」

確かに殺風景な部屋だった
必要最低限の物しかない部屋の中は誰が住んでいるのか解らない程に人の色がなかった
次の日に違う者が入っても何の違和感も無いほどに

「ぬしの部屋は随分と物が少ないな」

「物を増やすことに興味はない」

「太閤の左腕だろうに、それなりの報碌はあろ」

「金も地位も名誉も興味がない。ただ秀吉様のお役に立てればそれでいい」

己の無い男だと思った
生きる意味を太閤に見出だし、欲も無く、ただ太閤の御為にとあろうとする姿は生き物としての全てを投げうっているかに思えた
部屋の隅に丁寧に置かれた刀だけが、三成の意思を示している様だった

涼んだ風が柔らかく吹く中縁側に腰を下ろし盃を交わす
日中の暑さが嘘の様に過ごしやすい

「なァ三成よ、影口位叩かせておけばよいのだ。なに、面と向かって言うことの出来ぬ軟弱者よ、捨て置けばよいものを」

酒を煽り三成を見やると不機嫌な顔で睨み返された

「貴様の為にした訳ではない」

「礼など言わぬぞ」

「必要ない。私が不愉快だから殴ったまでだ」

そう言うと三成は一息に酒を煽り、空を見上げ静かに息を吐いた

「今夜は月が大きいな」

凛とした横顔を美しいと思った
一振りの刃の様に真っ直ぐで鋭い眼差しだった

「じきに月も満ちよう。いやしかし、ぬしもそのようなことを言うのだな。知らなんだわ」

男を美しい等と思った己に困惑し、酒のせいだと頭を振った
虫の声を聞き、月を見上げながら二人で黙々と杯を重ねた

「刑部」

一瞥すると三成が静かにわれを見やった

「私は貴様を信用している」

「世辞を言っても何も出ぬぞ」

三成の目の端に僅かな安堵が見て取れ落ち着かなくなる

「私が世辞等言うか。本心だ」

薄く笑う三成に目を奪われる
大きな月の灯りさえも、三成が闇に映える為にあるかの様に思えた

「あいわかった。精々心しておこう」

目を閉じ笑う
何故こんなにも胸が苦しいのか分からなかった

「どれ、酔いも回ったわ。これにて終いだ」

「ああ、良い酒だった」

立ち上がり三成に背を向ける
去りがたいと思う己に困惑する

その夜は目を閉じる度に三成の笑みが浮かび中々寝付けなかった
己の心が何故こんなにも掻き乱されるのか理解出来なかった






暫く経った晩にまた酒瓶を持ち三成の部屋に向かう
今宵は綺麗な満月だ、さぞ明るく照らしてくれることだろう


「秀吉様っ」

衣擦れの音と三成の上擦った声が聞こえた

「…三成」

開いたままの襖の奥に獣の目をした二人がいた

太閤が三成の衣に指をかけるのをぼんやりとしながら見やっていた
気付かれる前に去らねばと思いながらも目が離せなかった

月光の元に晒された三成の肌は白く滑らかで、戦場でおった傷さえも三成を魅せる一部でしかなかった

「…秀吉様」

躊躇いがちに伸ばされた手に太閤が口付けを落とせば感極まった様に目を潤ませ、震える指で太閤の衣を剥いでいく
太閤の首に、胸板に、腹にと口付けを落としながら徐々に三成の頭が下がっていき、おぞましく怒張した太閤のものを愛し気に啄み、少しの躊躇もなく口に含めば、太閤からは静かな吐息が洩れた
丁寧に舐め上げ喉奥までくわえこめば太閤のものは更に大きくなり、くわえきれない根元を三成の細い指がなぞる
もう片方の手は労る様に玉を包み込みことさらに優しく揉みしだく

太閤のものにむしゃぶりつき懸命に奉仕しながら三成自身も欲情した息を吐き、その雄は触れられてもいないのに立派に立ち上がっていた
太閤が堪えた吐息を吐けばより激しく頭を動かし確実に雄を高めていく

「もうよい、三成。横になれ」

「…はい」

その言葉に名残惜し気に雄から口を離し、素直に寝転がった三成の上に太閤がのし掛かる
熱を持った視線が絡み合い、二人の唇が重なった
触れるだけのそれは段々と深くなり、太閤の指が三成の薄い胸に触れれば甘い吐息を吐き、唇を離せば物足りないとでも言う様な顔をした
首筋を舐めあげられれば涙を流して頬を染め、確と太閤にしがみつく

「うぁっ……秀吉、様っ…」

太閤に触れられる度に徐々に染まっていく体

「はっ、あぁっ…」

噛み締められた口から漏れる嬌声

「…んっ」

三成の雄はダラダラと先走りを溢し太閤を求める
目映い程の月明かりが二人の痴態を照らし出す

満月はいけない
普段よりも明るいそれは、容易く闇の中を晒してしまう
月は人を狂わせるとはよく言ったものだと、痺れた頭で思っていた

大きく足を開かれ三成の秘所が露になる
太閤が舐め上げ指をやればそこは容易く解れ、二人が今までに重ねた逢瀬を思った
しとどに濡れそぼった穴にゆっくりと太閤のものが押し込まれる
苦しげに眉をしかめ、汗の浮かぶ額を晒し、すがる様な眼差しを太閤へと向ける
必死に声を押し殺し眉をしかめる三成はひどく扇情的でいつもの険しい顔からは想像も出来ない程に劣情を煽った

「…あぁっ、ひっ、秀吉、様っ」

太閤が三成の白磁の肌に触れる度に、怒張した太閤のものが三成の中をかき混ぜる度に、体を震わせあられもない声を上げる
普段の苛烈で禁欲的な三成を知っているだけに、いやいやと頭を振りながらも全身で太閤を求める姿はとても淫らで、そしてどこまでも美しかった
すがる様な眼差しも、桜色に紅潮する体も、淫靡に誘う腰付きも、全ては太閤の為だけにあるのだ

「あぁっ、はぁ…んんっ」

きつく布団の端を握り締め、自らも厭らしく腰を振り涙を浮かべながら太閤を求める三成は、熱に浮かされた表情でうわ言の様に太閤を呼び、裂けそうなまでに押し広げられた穴はヒクヒクと蠢き太閤を離すまいとする
太閤の律動に合わせ揺れる華奢な腰はひどく官能的なのに、どこかいじましく、それがまた太閤を煽っているかの様だった

食い入る様に二人の交わいを見続けた
握り締めた掌に爪が食い込み血が流れたが気にならなかった

「…くっ、半兵衛」

微かに聞こえた太閤の声が呼んだのは三成ではなかった
それでも諦めた様な顔で笑い太閤を受け入れる三成は美しかった

あられもなく悶え、浅ましく雄を受け入れて尚、桜色に染まる肌も、しかめられた眉も、溢れる吐息さえも、どこまでも清らかで目を反らした

一刻も早くこの場所から離れたかった
胸が苦しくて上手く息が出来なかった
いやに視界がぼやけて前がよく見えなかった






ふらふらと自室に戻り、漸く己が泣いているのだと解った
三成が太閤を見やることも、太閤が三成を見ないことも、悲しくて仕様がなかった

「三成っ…」

三成が太閤に触れられる度に、乱れ、熱を上げるさまに心が揺れた
三成があの様に熱を持った視線を向けるのが己ではないことに絶望した
苦しくて、悲しくて、悔しくて、畳の上をのたうち回った
そうして、ようやく気が付いた

「ああ、われは三成を好いておったのか…」

涙混じりの掠れた声で呟くと、より一層の空しさに襲われた

「三成…」

太閤を憎んだ
天下も力も三成の全てをも持ちながら、三成を受け入れない太閤を誰よりも憎んだ
太閤に愛されない三成も、三成に愛されない己も、ただただ悲しかった






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