二人ぼっち
1
名前で呼ばれるようになったのはいつからだろう
他愛無い話に返事を返してくれるようになったのは、
共に茶を飲んでくれるようになったのは、
ごく僅かでも笑ってくれるようになったのは、
一体いつだっただろうか
そんな些細なことが増えていく度に、
毎日楽しくて仕方なかった
切れ長の瞳がこちらを見つめる度に、
張り詰めた硬質な声が名前を呼んでくれる度に、
嬉しさに胸が躍った
少しずつ近づいていく距離に、
知らない顔が減っていくことに、
心から喜びを覚えた
白い肌の滑やかさも、
銀糸の髪の手触りも、
こんなにも手に残っている
「三成…」
瞳を閉じて眠る横顔は何も答えてはくれない
最後に見た時の射殺さんとばかりに鋭さを増した瞳は、
閉じられていればあの頃と何も変わらない
激しく糾弾する声も、
悲痛に響く嘆きの声も、
今ではもう聞こえない
頭を撫でても嬉しそうに目を細めることも、
憎々しげに眉をしかめることもしない
優しい声で名を呼ばれることも、
激情のままに叫ぶことも無い
「…起きてくれ」
風でさらさらとそよぐ髪
開くことの無い瞳
死人のように青白い肌
「…三成」
関ヶ原の戦いは、もう世間では過去のことになってしまったぞ
いつになったら目を覚ましてくれるんだ
初めのうちはそんなことばかりを問いかけて、
返らぬ返事に拳を握り締めた
今日は天気がいいぞ
庭に綺麗な花が咲いていたんだ、いつか一緒に見てみたい
城下にうまい団子屋が出来たらしい
時が経つにつれ、そんなことしか言わなくなった
そんなことしか言えなくなった
本来ならばもう死んでいておかしくない程の時が経ったのだ
それでも静かに呼吸をし、
昏々と眠り続ける三成は生きている
目覚めることも無く、
言葉を発することも無く、
物も食わず、
それでも、生きている
触れれば低い温度があり、
きちんと息をしているのだ
「…三成」
もう何年この寝顔を見続けているのだろうか
あと何年声を聞くことが叶わないのだろうか
答えてくれる者はどこにも居ない
「…目を、覚ましてくれ」
静かな部屋の中で響く自分の声は、
あまりにも空しく空虚に聞こえた
/2→
←三成部屋
←BL
←ばさら
←めいん
←top