未だ私たちが言葉を持たなかった頃、感動のあまり胸を割っていでた声が、捉えた世界をたった一音にしてしまったことから、音が世界を内包し、抑えきれぬ感動を響き返す心の化身であることを知った。この感動の一音こそ、発声した瞬間の心そのもの、意識の物質化に他ならなかった。
言葉はその感動と感動の連続体、心の絆なのだから、本来ならどんな辺境で発せられた痛みも、すぐに我がものとして捉え、癒そうと働くに違いない。
感動の音を求めて聖地を訪ね歩いた。出迎えてくれたのは、澄んだ空気とお日様を受けとめて輝く透明な水たちであった。
こうして水鏡の写真を修め、そこから汲んできた水に音をともしていった。あからわをんまでの四十八音を得た。
言葉が融けている水にはどんな力が秘められるのだろう?幾つかを選んで言葉の融けた聖水を創ってみた。
わそよみひ
ちあかみひほみ
さかひおりあわ
うすはわか
んくあわよに
たまちとく
かうるなみき
うすいかあわた
あもみことやは
かみふねたみか
かさつかるたね
さかしにしつき