09 // 「砂塵」(短編)
何せ外の景色が見えるのはただ一ヶ所だけ。あとは完全に外界と
遮断された閉鎖的な都市。外部の者は想像すらしないだろう。
砂漠の地下に、魔道王国ラドラスがいまだ存在することを。
そして、この都市には人々が暮らしていることを。
砂漠の民と呼ばれる人々は、このラドラスにひっそりと暮らしていた。
長老や一部の人間はラドラスから出て、外の世界を旅する。
情報収集、物資調達、交易・・。彼らはある程度自由にラドラスと
外部を行き来しているが、外界に出たことのない人間もかなりいた。
今までは、旅をしてきた者が外の世界の話をすることで満足していたが、
最近はそれだけでは済まなくなってきた。
原因は、砂漠の民を率いる、族長にあった。
「エステル!!その格好はなんなの!?」
生まれてから、まだ一度も外の世界に出たことのない、アデルが叫んでいる。
まだ幼さの残る少女だ。エステルと呼ばれた少女は振り返る。
少年のような格好だ。しかし、発せられた声は完全に少女のものだった。
「ち、ちょっとアデル、大きな声出さないでよ!ボクは今から族長としての
大切な役目を果たすために外に行くんだから。」
しかし、アデルは全くその言葉を信用していないそぶりで、
「そんなこと言ってもあたしはだまされないわよ!だって長老様が、
『エステル様には困ったものじゃ。族長たるもの、外の世界の事情を知る務めが
ある、などと申されて皆が止めるのも聞かず外の世界に出て行っている。』
って言ってたもの。」
アデルは長老のしゃべり方を真似しながら得意そうに言った。
エステルは内心しまった、と思いながらもアデルに聞いた。
「アデル、キミ、そんな話どこで聞いたの?しかも長老様の真似までしてさ。
なんか人聞き悪いよね。皆が止めるのも聞かず、なんてさ。
そんなことないよ。長老様が頭がカタすぎなんだって。」
それに構わずアデルは続けた。
「だめよ、エステル、ごまかそうとしても。こうも聞いたの。
『しかもエステル様は外で、冒険者として活動もしているらしい。
冒険者ギルドに登録し、依頼を請け負ってもいるようじゃ。
信じたくはないが、リベルダムの闘技場に出場もしているという
噂まである。ゆゆしき事態じゃ。』
だめよ、エステル。そんな面白そうなこと、あたしたち仲間に黙って1人で
してるなんて。あたしたちも連れて行ってよお。」
結局はそれが言いたかったのか、と脱力してエステルはアデルを
なだめにかかった。
「わかった、アデル、今日は見逃してよ。ちょっとリベルダムに
行きたいんだよ。長老様たちに黙っててくれたら、今度連れて行って
あげるから。ね?」
アデルは考え込んだが、結局は外に連れて行ってあげる、という言葉を
信じることにした。
「分かった!エステル、今日は内緒にしてあげるから、今度絶対に外に
連れて行ってよ。約束だよ!」
「ありがとう、アデル。じゃあちょっと行って来ま〜す!」
エステルはアデルにうなずいて駆け出して行った。
「エステルったら、あんなに嬉しそうにどこに行くんだろう・・」
アデルは不思議に思ったが、ふと昨日のエステルとの会話を思い出した。
「あっ!エステルったら、もしかして・・・」
これは帰ってきたら質問責めにしなきゃ。アデルはそう思うとくすっと笑った。
エステルは張り切ってラドラスから竜骨の砂漠に向かった。
慣れていない者にはこの砂漠は難所だが、エステルにとってこの辺は庭の
ようなものだ。竜骨の砂漠に入り、目についた場所に古びているが
美しい首飾りを埋めた。
「これでよしっと・・。あとはリベルダムに行って・・。」
砂の付いた手を払いながら、エステルは嬉しそうに言った。
昨日アデルたちと話している時に、面白い話を聞いたのだ。
『竜骨の砂漠に首飾りを埋めて、それを自分の大切な人に探し出してもらう。
そうすればその人との絆が永遠のものになる。』
最近ラドラスの若者の間で流行しているおまじないだ。
アデルや子供たちはラドラスの外に出たこともないし、出ることを禁じられている。
このおまじないができるのは、外に出ることを許されている者の特権なのだ。
なんて素敵な話なんだろう。エステルはそう思い、早速自分もやってみようと
思い立った。しかし、よく話を聞いてみるとそう簡単なことではないのがわかった。
竜骨の砂漠はどこも同じような景色で迷いやすいうえに、砂漠に埋められた
首飾りを見つけるなど、不可能に近いことだ。
現に、今まで何人かが挑戦したが、誰も首飾りを見つけられずに終わったという。
困難だからこそ効力があるということだが、エステルは何としてもこのおまじないを
成功させたかった。
そこで思案した上に、エステルは少々ルール違反をすることにした。
「いいよね、だってもともとこれが絶対!なんて決まりはないんだし・・。」
誰に言うでもなく、エステルは一人言い訳をした。代々の族長である自分の家に
伝わる水晶を引っ張り出し、これを使うことにした。
この水晶は、これまたエステルの家に伝わる古い首飾りと対になっていて、
お互いが引き合うように出来ているのだ。その仕組みはよくわからなかったが、
これも魔道王国ラドラスの技術の一つと思われた。この首飾りを埋めて
水晶をあの人に持たせれば、首飾りが光って場所を知らせるはず。
これなら、不可能ってことはないよね。きっとあの人なら探しだしてくれる。
もしかしたらこのおまじないって、この首飾りと水晶から来てるのかも
しれないなあ・・。
エステルはふとそんなことを考えた。お互いに引き合う二つの宝物。
ロマンティックだよね。エステルの言う「あの人」とは、最近急に名を上げてきた
冒険者のことである。名前はアルディス。テラネという、小さな田舎町の
出身の少年である。茶褐色の髪で、やや鋭いまなざしが印象的だった。
エステルはつい最近この少年とリベルダムで会ったのだ。
彼の話では、まだ駆け出しの冒険者とのことだったが、エステルはアルディスに
不思議な魅力を感じたのだ。一体なんだろう。
言葉にするのは難しいが、無限の可能性を感じさせた。これから大きく
羽ばたこうとするその姿が、エステルにはまぶしく見えた。
自分の立場と比較して、エステルは少し切ない気持ちになった。
ラドラスの族長という立場。その重さはわかっているつもりではいたが、
実際族長になってみて、それが自分の想像以上だったことがわかった。
ラドラスの魔法文明はまだ滅びてはいない。
水も空気も食料も供給し、砂漠の中でも全く不自由なく暮らしていける。
しかし、自分たち砂漠の民に許されているのはそこまでだ。
もっと高度な技術が眠っていることは族長の家に伝わっていたが、それが
どんなものなのかはわからなかった。ただ、ラドラスの技術を守ること。
族長は定期的に行われるチェックに立ち会うのが義務である。
もしチェック時に族長の存在が確認されなければ、ラドラスは自動的に
滅びるのだ。技術を守るために。
自分が守るべきものが何かも知らされないまま、ただラドラスを守れ、
技術を守れ、そのために族長の務めをまっとうしろ、と言われつづけるのは
辛いことだった。何より、族長生存のチェックがあるから、完全に自由な旅は
できないのだ。いくら冒険者として活躍していても、定期的にラドラスに
戻らねばならない。
いつも束縛されているのだ。いや、ラドラスが存続する限り永久では
ないか・・・。恐ろしい考えが頭をよぎり、エステルは頭を振った。
代々の族長はみんなその定めを受け入れ、一生を過ごしてきた。
だけど、自分はそんな生き方は嫌だ。何を守るのかも、なんのために
守るかも知らされず、ただ古代の人間の思惑のままに生かされている。
エステルはその想いから離れられずにいた。
自分がその役目を終えることが出来るのは、自らの死か、ラドラスの死
しかない。誰か、この重荷から解放してほしい。
そんな時に現われたのが、アルディスだったのだ。ごく普通の駆け出し
冒険者風のいでたちだが、エステルは、アルディスが自分の運命を変えて
くれるような予感がしたのだ。だから一目で気に入って、その後もリベルダムに
行っては話をし、少しずつ親しくなっていったのだ。
アルディスが自分をどう思っているか、エステルにはよくわからない。
嫌ってはないだろう。最初は強引な自分にやや戸惑っているようにも
見えたが、近頃はよく話をする。これが恋とか愛とか呼べるものかは
わからないが、とにかくエステルはアルディスに首飾り探しを頼むことにした。
アルディスならきっと見つけてくれる。そして、出来れば一緒に冒険をしたい。
仲間に入れてもらいたい。そんな気持ちで、エステルは首飾りを埋めた。
さあ、リベルダムに行って、首飾り探しを依頼しなきゃ。
引き受けてくれますように・・。
エステルはもう一度、首飾りを埋めた場所を振り返って、それからリベルダムに
向かって歩き出した。
エステルの背後では、折からの風に巻き上げられた砂塵が舞っていた。