All Hallows Eve








「Trick or Treat!」


いつものように突然現れて、しかしいつもは言わない意味の解らない呪文(?)を唱え、さらにやっぱりいつものように抱きついてきた眼前の麗人に、綱吉は呆気に取られて大きな瞳を何度も瞬かせた。


先程学校から帰宅し、母親にただいまと言った時に、ディーノが来ているなんて言っていただろうか。
いやいや言ってない。聞いてない。
そんな重要な事を自分が聞き逃すものか。
聞いていたのなら、自室へと向かう階段をもっと早く駆け上がったし、部屋のドアを開けるいつものこの行動も、きっともっと嬉しかったはずだ。
抱き込まれた耳の後ろで、ママンに協力してもらった甲斐があったぜ、とはしゃいだ声が聞こえる。
本当に何をやってるんだ、この人は。と、綱吉は口許に笑みを浮かべつつ、驚きで硬直していた体の力を抜くと、諦めにも似た嘆息を漏らした。
「びっくりしましたよ、急に来るなんて」
とりあえず、と背に回されたディーノの腕をやんわり解くと鞄を置き、改めて彼を見上げて一体どうしたのかと問えば、ディーノはにこりと鮮やかに笑って、またもや聞いたことの無かったあの呪文を繰り返す。
「? なんですか? ソレ」
その笑顔に頬を熱くしながらも、綱吉は肩を竦めるようにして更に問う。
「あれ? ツナはハロウィン知らねーの?」
ことり、と首を傾げる仕草に、年上なのに可愛い人だなぁなんて思いつつ、綱吉は知りませんと首を振る。
「ハロウィンって単語くらいは聞いたことくらいありますけど」
でもそんなのは知らないのと大差ない。
「んー。日本じゃあんまりメジャーなイベントじゃねーのか?」
そう言ったディーノは、しかし、まぁいいかと呟くと、今度は綱吉の腰に手を回して引き寄せた。
そうすると体が密着して、ただでさえ見上げなくてはならない身長差だというのに、これではほとんど真上を見なければ目を合わせることも出来ない。
綱吉が首を上向ける息苦しさに顔をしかめると、僅かに笑いを含んだディーノの声が降って来る。
「お菓子をちょうだい?」
「?」
呪文は日本語になったようだが、だからと言って理解不能な事には変わりなかった。


お菓子が欲しい?
彼はそう言ったのか?


「母さんに言って、何か貰ってきましょうか?」
そんな事なら、と綱吉はそう口にしてみたものの、しかし何で今お菓子? と、どうにも腑に落ちない。
頭の上に?マークを飛ばし続ける綱吉に、ディーノはくすくすと笑う。
その笑顔は何だか子供の表情で。
「『Trick or Treat』ってーのは、な」
ディーノは笑いながら、それが子供達が近所の家々を回り、悪戯をしない代わりに大人たちからお菓子を貰うハロウィンの決まり文句なんだという事を教えてくれたが、それでは今の状況は大人と子供が逆ではないかとも思う。しかし、あえて突っ込むのはやめた。
「だからツナ、悪戯されたくなかったらお菓子をくれよ?」
ディーノの声とその身を包む甘い香水の香りは、もうそれだけで背中が粟立つ感覚を自分に与えるのに、更に吹き込むように耳元で囁かれて、綱吉は腰を震わせる。
「…ッ、わ、わかりました…! なら母さんに、なに、か…」
「オレが言ってるお菓子ってのは、お前の事なんだけど?」
「……ぇ?」
沈黙は約3秒。ディーノの発した言葉の意味を上手く取り込めずに、綱吉は気の抜けたような声を漏らす。
「お前をくれなきゃ、オレはお前に悪戯する」
「………え、えぇぇ!!???」
何だかやけに自信満々の上目線で続けられたディーノの言葉に、綱吉は素っ頓狂な叫びで応える。
「ちょ、ソレ! なんかどっかおかしくないですか!?」
それはもう。どっちも同義語だ。
「なんでだ? おかしくなんかねーよ。こんなどこもかしこも甘いのに」
不意に耳の中へと滑り込んできたディーノの舌に、綱吉がびくりと全身を震わせる。
「あ、ダ…メッ…!」
今は家にふたりきりと言うわけではないのだ。
さすがに困ると身を捩り、半泣きで訴えれば、ディーノは仕方ないというように綱吉の耳朶を甘噛みしていた唇を離した。
しかし、綱吉がホッとしたのも束の間。
「なら悪戯しちまお」
「人の話、聞いてますか!?」
綱吉は慌てて逃げ出そうとするが、体格差のあるディーノにすっぽりと抱き込まれた状態ではそれもままならない。
熱い息が首筋にかかって、綱吉はぎゅっと目を閉じると、縋るようにディーノのシャツを掴んだ。
項に唇が押し当てられ、そこにチクリとした痛みを感じて、綱吉は顔をしかめる。
痕を付けられたのだと思い当たった途端、綱吉の身体から力が抜ける。
もうそれは諦めというほかない。


「…だから何なんですか、ホントにもう」
溜め息と共に言葉を吐き出せば、耳元でディーノが悪戯っぽく笑い、綱吉はそのくすぐったさに肩をすくめた。
「ま、ここならギリギリ見えねーだろ」
そんな台詞に、そういう事じゃないだろうと思いはするものの、それならまぁいいか、なんて同時に思ってしまうあたり、自分だって大概どうしようもない。
綱吉は自嘲めいた笑みを浮かべると、目の前で揺れる髑髏の刺青に、ちゅ、と口付けた。
「なぁ、ツナも痕付けてくれよ」
そう甘やかに囁かれ、旋毛に口付けられる。


ああ本当にどうしようもない。


綱吉は導かれるまま、めいっぱい身体を伸ばすとディーノの首筋に唇を寄せた。


      ***


結局ディーノの付けた痕は、本当に見えるか見えないかギリギリの位置で。綱吉はしばらく背後に立たれることを極端に避けていたという。
そんな綱吉に彼のヒットマンは、後ろを取られないようにするのはいい事だからいつもソレ付けとけ、なんてニヤリ笑っていたとかいなかったとか。








― 終 ―










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