再会








乾いた風に前髪を揺らして、太公望は完成も間近い要塞の窓から、遙か彼方まで続く広野を眺める。
これほど頑強な作りの要塞を、こんなにも短期間で作りえたのは、まさに彼の采配あってのことだろうと、太公望は蒼い髪の天才道士を思い出して、その口元にわずかに笑みを浮かべた。




国境に建設を急がせていた要塞の進捗状況を視察し、詰めの打ち合わせをするため、太公望はこの要塞を訪れていた。
しかし建設途中とはいうものの、こうして周囲を見る限りほとんど出来上がっているのではないかと思えるほど、完成度は高い。
ふと、見知った気配を感じて、太公望は背後へと意識を向ける。


「気に入っていただけましたか?」


太公望の背中にやわらかな声がかけられ、ついでその肩に繊細さと力強さの両方を兼ね揃えた長い指が置かれた。
それはそのまま、するりと前に伸ばされ、交差し、太公望の肩を包み込む形をとる。
その腕にわずかに体重を預けて、太公望は窓から見える景色から視線を外さないまま、目を眇めた。


「うむ。天才の名に恥じぬ出来だ。さすがだのう、楊ゼン」
「ありがとうございます。…とはいっても、まだ完成はしていないんですけどね」
背後で微笑む気配がして、抱きしめる楊ゼンの腕に、ほんの少し力が込められる。


「…お久しぶりです、太公望師叔。お会いしたかった」


そう言って囁く声があまりにも真面目で、太公望は思わず吹き出してしまい、そうすると背後の気配がまた少し変わる。
少し不機嫌そうにその神経質そうな眉が寄せられたのだろうことを思い、太公望はさらに口端を上げた。


「たかだか数ヶ月会わんかっただけだろうが」
「これがたとえ数日だったとしても、僕は同じことを言いましたよ」


そう言って、今度はまた笑う気配。
「…ふうん」
太公望は気のない相づちを打つと、楊ゼンの腕に身を任せたまま目を閉じた。









「ところで師叔、いい加減こっち向きませんか?」
少し焦れたような声がして、太公望の瞼の裏にも少し焦れたような表情の楊ゼンが映る。


「…いやだ」
少し考えてそう言うと、瞼に映る楊ゼンが今度は不服そうな顔をした。


「師叔?」
耳に聞こえる声もやはり不服そうで、太公望はまた小さく笑う。
「久しぶりに会えたっていうのに、何でそんなこというんですか」
そして今度は困ったような表情と、困ったような声。



ふう、と太公望の耳元で小さな溜め息が聞こえた。
「まぁ、別にいいですけどね」
楊ゼンの腕にまた緩く力がこもり、太公望の肩が引き寄せられる。
その力に抗うことなく身を任せた太公望は、引き寄せられる寸前に、ちらりと上目遣いで背後の人物を伺った。
視界の端で、髪と同じ色をした長い睫がふるえる。



太公望は再び窓の外の景色へと視線を移す。


広野に続くのは、彼の髪の色のような蒼い空。








― 終 ―










小説部屋へ   トップページへ