朝の陽ざしに君がいて








瞼を通して目の奥にまで入り込んでくる光に、半ば強制的に覚醒へと向かわされる。
眠りにつく前にカーテンを閉めたはずなのにと、太乙は眠りの縁で眉をひそめた。
しかし頭上で揺れる布の気配では、窓すら全開であろう。
まだ起きる気など毛頭なかった太乙は、どうしてなのかということを考える気力もないまま掛け布を頭の上まで引き上げると、窓に背を向けて日射しを拒絶するように丸くなった。
「こらッ、いい加減に起きぬか!!」
途端、罵声と共に掛け布を引き剥がされて、太乙は驚きと共に今度こそ確実に目を覚ました。


「え? …え?」
寝台に横になっている体勢は変えぬまま太乙はごろりと寝返りを打つと目を瞬かせながら、目の前で腰に手を当て、自分を睨み付けているといったふうに覗き込んでいる少年を見上げた。
「いつまで寝ておる気だ。とっくに朝食はできておるのだぞ!?」
いかにも迷惑そうな視線を投げ下ろす太公望を見て、寝ぼけたままだった太乙の胸中に昨日の記憶が蘇る。


そうだ。自分達は昨夜。


「…腰は大丈……ぶっ!」
そんな太乙の台詞は、終わるか終わらないかのうちに太公望の枕攻撃によってかき消された。
「おはようのひとつも言わんうちに、最初の台詞がそれか?」
「…ゴメン、おはよう」
顔面にクリーンヒットした枕をどかしながら、太乙は痛む鼻を押さえてそう言う。
「はい。おはよう」
よくできました、とばかりにそう言って、太公望はくるりと踵を返した。


「太公望」


そのまま寝室を出ていこうとした太公望の後ろ姿に、太乙はなんとなく声を掛けてみる。
扉から出ていく寸前で太公望は足を止め、何だとばかりに振り返る。
「一日の最初に呼ぶのが君の名前だって言うの、なんか良いね」
くすりと笑う太乙に、太公望は照れの混ざった表情を複雑に歪ませると、再び扉の方へ向いてしまう。
おこらせたかな? と太乙は太公望の様子をうかがった。
「早く来い。朝食ができておるよ…太乙」
それだけ言い残し、太公望は少し乱暴に扉を閉めて出ていってしまった。
そんな彼を見送って、太乙が小さく笑う。


何気ない、もう何百年と繰り返してきた朝なのに、彼がいると言うだけでこんなにも違う。
仙人になって、あまりにも長く生きすぎて、記憶だとか思い出だとか言う言葉はすっかり縁遠いものになってしまったと思っていたけれど。
太乙は数百年ぶりに、この記憶だけは忘れないでいようと思った。








― 終 ―










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