俺の名はカーマイア。
            生まれ育った遠き故郷で『真紅』を意味する方言のひとつだ。
            この表向きの由来を語ると、大概の仲間は怪訝そうに首を傾げる。
            夜の色の髪と瞳、そして身に纏う青き衣。
            俺には紅を匂わせる一切がないからだろう。
            だが、歳を重ねた男たちの多くは、その名を呼ぶたび切ない表情で遠くに想いを馳せる。彼らは常に、俺の後ろに二人の男の影を追い求めているのだ。
            かつてこの地を鮮やかに駆け抜いた二人の青年騎士団長を───
             
             
             
            俺が生まれたのは西方グラスランドである。何の取り得もない、乾いて荒れた平原だ。ここに生きるものは多分に運と力に支配され、強者となることが生き延びるための不可欠の条件であった。
            物心ついたときから親はなく、あちこちを転々としながら日々の糧を得ていた俺が最初に彼らに出会ったのは、オアシスを中心に開けた村の一つだった。
            その日も腹を空かせていた俺には、宿屋から出てきた見慣れぬ装束をした二人が絶好のカモに見えた。少なくとも村で見掛ける誰よりも金品に不自由していなそうに見えたのだ。
            屈強な大男とほっそりした優男。無論、狙うのは与し易そうな相手の方だ。ちょうど上手い具合に大男が宿屋へ戻っていった。忘れ物でもしたのだろうか、物凄い勢いで、見ていて思わず笑ってしまったほどだった。
            残された片方はたっぷりしたローブで全身を覆うと、ふらふらと路地を歩き始めた。見れば見るほど育ちの良さそうな、呑気そうなカモだった。
            このあたりでは盗人が始終獲物を物色している。そういう知識がないのか、男にはまるで緊張感がなかった。あるいは村の中ならばと安心し切っているのだろうか。だとしたら、あまりにグラスランドに関する知識不足だ───俺は密かにほくそ笑んだ。
            とにかく大男が戻ってくる前に仕事を済ませて次の村に逃げるのが最良だ。俺は男の背後から忍び寄り、懐から得物を抜いた。
            きらきら光る小振りのナイフ。まだ人を殺したことはないが、生きるためなら迷わない。それが十二年間生きてきた俺の教訓であり、決意だった。
            一度大きく息を吸い込み、いつもの言葉を吐き出した。
            『命が惜しければ、金目のものを残らず出せ』
            その台詞に実にゆっくりと振り返った男は見たこともないほど美しい顔と穏やかな目を持っていた。
            彼はまじまじと俺を見詰め、それから口元を緩めた。明らかに年下の子供と認める苦笑いだ。その表情には相変わらず緊張感がなく、むしろ面白がるような気配さえ見て取れた。
            彼は言った。
            『命は惜しいが、まだ旅の途中だし……金目のものも惜しいな』
            ひどく柔らかくて甘い口調だった。追い剥ぎに対する返答と言うよりは、心得違いの子供を宥めるといったふうの。
            頭にきた。
            こいつは何もわかっていない。このグラスランドで敵対したものにのんびり構えていたら、それは死に繋がる危険があるということを。
            『そのまま旅を続けたいなら、尚更さっさと言う通りにしろ』
            吐き捨てた俺に彼はにっこり微笑んだ。それは大きな花が開いていくような笑顔で、これまで他人にそんな顔を向けられたことのなかった俺を仰天させた。
            いったいどういう奴なんだ? ナイフを突き付けている相手にのんびり笑ってみせるとは。
            しかも、あんまり綺麗だから腹が立つ。整った目鼻立ち、透き通るような琥珀の瞳、やや薄めの形良い唇。女々しい感じはしないのに、これまで見たどの女よりも綺麗だ。
            『───相変わらずだな、ここも』
            ふと、そんな呟きが聞こえた。そこには何故か懐かしさを込めた響きが感じられ、一瞬困惑した。どう見ても別世界の人間なのに、何処か同じ匂いがする。この乾いた大地に立ち尽くす姿が、妙にしっくり馴染むのだ。
            だが、改めて思い直した。
            ここで強奪を果たさなければ、今夜も空腹を抱えて眠ることになる。雨に降られ、風に吹かれても身を隠す住処もなく、凍えた身体で一日を終えるのだ。
            相手がどうあろうと同じだ。これは獲物、俺を生かすための材料なのだ。
            殺さなければいい。
            ちょっと傷を負わせて、荷を奪って逃げるだけの時間を稼げれば。腕か足がいい───綺麗な顔に傷をつけるのは気の毒だし。
            ナイフを構え直した俺に、彼は少し目を細めた。どうしようかな、とでも言いたげな眼差しが注がれている。その目に見詰められていると、どうも調子が狂うから、さっさと仕事を終えようとナイフを突き出そうとしたときだった。
            『カミュー!』
            更に背後から鋭く怒鳴る声がした。ぎょっとして思わず振り向くと、さっきの大男が走ってくるのが見えた。血相を変えた男は怒りも露に突進してくる。
            流石にまずいと思った。見るからに腕の立ちそうな男だ、絶対に相手にしたくないタイプ。ならば男が追い付く前にと、もう一度優男に向き直ったが───
            彼はまだ微笑んでいた。迂闊にも俺が見せた隙に逃げ出せばいいものを、小首を傾げたまま楽しそうに俺を凝視している。あまり驚いたので、ナイフを繰り出すことも忘れてしまった。
            そんな俺に、彼は穏やかに切り出したのだ。
            『どうだろう? 金目のものを渡す代わりに食事を一緒にする、というのは?』
            『は?』
            一瞬呆然とした俺の襟首を、大きな手が引っ掴んだ。
            『貴様、カミューに何を……!』
            死神のような手に捕まったことでパニックに陥った。我武者羅にもがいても、万力のように男は怯まない。しっかり俺を捕まえたまま、強い口調で相棒に訊いた。
            『大丈夫か、何もされていないか?』
            ───相当心配性らしい。
            カミューと呼ばれた男は、やっぱり綺麗に大男へ笑い掛けると優雅な仕草で肩を竦めた。
            『……彼と夕食をご一緒する約束をしたんだ。離してやれよ、子供相手に大人気ないぞ』
            すると大男は背後で大きく息を飲み込んだ。
            『こ……、このナイフ小僧と…………食事、だと?』
            ……なかなか素敵なネーミングだ、センスの欠片も感じられない。
            『彼はね』
            優雅な男はにっこりして付け加えた。
            『この地方の本質を教えてくれようとしただけさ。わたしが詳しいのを知らずにね。生憎おまえは知らないから、この際彼に伝授してもらうといい。そろそろ手を離してやれ───マイクロトフ』
            
            それが二人との運命的な出会いだった───
             
             
             
             
            「カーマイア、赤騎士団長がお呼びだぞ!」
            仲間の一人が俺を呼び止めた。少しだけ不安そうな顔をしている。無理もない。赤騎士団の団長が所属の違う、まして騎士に成りたての人間を直々に呼び出すなど、滅多にあることではないのだから。
            「……おまえ、何かやらかしたのか?」
            「さあね」
            俺は肩を竦めた。
             
            ああ、これは『彼』の癖だった───
             
            勇壮なロックアックス城の廊下をゆっくり進む。かつてここを闊歩していた二人の姿を思い描きながら。
            彼はあの大股で、勢い良く歩いていたに違いない。
            彼は優雅にのんびりと、時には窓の外を眺めてみたり。
            ここには俺の知らない二人の思い出が焼き付いている。並んで歩きながら笑顔を交わした日もあったろう。
            「……青騎士カーマイア、入ります」
            扉を開けると、そこには赤騎士団長だけではなく、主だった部隊長、それに事実上マチルダ騎士団を統括する白騎士団長まで居並んでいた。さすがに緊張して、おずおずと扉を閉めて姿勢を正した。
            「……固くなることはない」
            温厚で柔和な白騎士団長が、優しく椅子を勧めて下さった。誰からも崇拝される騎士団長に声を掛けられるなど、騎士の誇りの極みである。
            彼はもう四十も半ばだが、初めて目にしたときから殆ど容貌が変わらない。元々が老け顔で、あまり年齢を感じさせないのだ、などと洩らしていた『彼』の言葉を思い出す。
            物静かで思慮深いランド団長は、すべての騎士に慕われ愛されている。
            「今日は私的に呼び出したのだ」
            ローウェル赤騎士団長が笑いながら言う。周囲の部隊長たちが同時に頷いた。これだけの騎士団の大物が集まり、私的とは───俺は困惑した。
            不思議そうな表情が出たのだろう、一人の騎士隊長が疑問に答えてくれた。
            「昔語りをしたいのだ、我らが忠誠を捧げた絶対無比の存在の……」
            一同の目は俺を通り越して、二つの輝きを見詰めていた。常に俺が背負っている、大きく温かな二人の青年の面影を。
            
            マイクロトフ、そしてカミュー……───我が最愛の二親を。
             
             
             
             
            俺の本能は、すぐに二人の力関係を見抜いた。
            すぐに頭に血が昇る猪突猛進男のマイクロトフだが、呑気そうなカミューにはまるで頭が上がらない。
            決定権はすべてカミューにあるようで、結局彼は渋々と俺を離した。それでもナイフをしまうまで、ぎらぎら光る眼で睨み続け、如何にも不満そうにちらちらカミューを窺っていたけれど。
            カミューは約束──などした覚えはなかったのだが──を守ってくれた。出てきたばかりの宿屋に戻り、豪勢な料理を俺のために用意してくれたのだ。
            テーブルに着いて、きちんと手を洗って飯を食った最後の記憶はいつだったか。所狭しと並べられた皿を片っ端から空にしていく俺を、カミューは可笑しそうに、マイクロトフは呆れたように見守っていた。
            名前は、と尋ねられたが答えられなかった。俺には名を呼んでくれる人間などいなかったからだ。呼び掛けなら『おい』だの『おまえ』だので事足りた。だから忘れてしまったのだ。
            そう答えると、マイクロトフは驚いたように目を見開き、カミューは困惑したように考え込んだ。それから静かに口を開いた。
            『では、考えるとしよう。名前がないのは不便だからね』
            マイクロトフが怪訝そうな顔をした。多分、行きずりの盗人の子供の名を考えるという意見に賛成しかねたのだろう。
            やがて空腹が満たされた頃、二人の出自を知った。あの有名なマチルダ騎士団にいたというのだ。
            確かあそこはデュナン大戦で大量の反逆騎士を出したり、ハイランドに降伏したりと忙しかったが、大戦に勝利した後には同盟軍に加担した反逆騎士たちが騎士団を立て直したと聞いている。
            はたして二人は反逆騎士だった。新たに再興された騎士団を抜けて、この地にやって来たのだった。
            そこで今度はカミューがグラスランド出身であることを知った。これには心底驚いた。この上品な男が、幼少のみぎりには俺と大差ない暮らしをしていたというのだから。
            彼の呑気そうな物言いや、緊張感のない振舞いは上辺だけのものであり、本当に襲い掛かっていたら返り討ちにあっていたぞ、とマイクロトフが得意げに断言した。
            二人はこの村に住処を求めていた。
            確かにここはゼクセンへの交易路に面しているし、近隣では最も拓けた村である。カミューは俺に、この村に詳しいかと尋ねてきた。
            ここを根城にして数ヶ月が過ぎる。静かな村だが、余所者にさほど奇異の目を向けない住人たち、ちょっとした畑から野菜をくすねることも難しくはなし──
            あれこれ考えて一応同意すると、今度は立て続けに質問してきた。
            どの食料店がお勧めか、武具を扱う店はあるか、馬を養うくらいの広い庭を持った空家に心当たりはないか、等々。
            どれも答え難い質問ばかりだった訳だが、適当に出任せを口にしたら、カミューはすっかり満足したように俺を案内人に決めてしまった。
            後でマイクロトフにこっそり聞いたら、それはカミューなりの配慮であり、俺に負担なく食事と宿を与えるための口実だったのだが。
            『だとしたら、尚更名前が要るだろう』
            そう言ったマイクロトフに、カミューは笑って首を振る。
            『犬猫の名をつけるのではないのだから、そう簡単にはいかないさ。わたしに任せてくれないか、そのうちに良い名を考える』
            マイクロトフはやはり逆らえなかった。憮然とした表情で、それでも頷いた。
            『……ならば、当分はナイフ小僧と呼ぶことにしよう』
            『センスがないな、おまえ』
            カミューはまったく的確に、俺の意見を代弁してくれたのだった。
            そういう訳で、俺は宿屋の二人の部屋の隣に一室を与えられ、家探しの手伝いをさせられることになったのである。
            カミューは俺に昔の自分を重ねていたらしい。
            怯えながら相手に凶器を向けて金品をねだる姿を痛ましくも思ったようだ。マイクロトフの言う通り、相手が俺を超える武力を持っていたら、その場で叩きのめされるか、悪くすれば命も落とす。そうした暮らしが当たり前になっていた十二の子供に、別の糧の得方を学ばせようとしてくれたのだ。
            家探しに関して、俺はまったく役立たずだった。
            まともな家に暮らしたことのない人間が、どうして他人の住む家を選ぶことなど出来るだろう?
            結局いつも二人の後をくっついて、時折意見を求めるカミューに一生懸命自分の考えを伝えるだけで精一杯だった。
            カミューはとても話術が巧かった。柔らかな口調で問われると、どうでもいいことまで答えてしまう。俺は随分色々なことを語った。これまでの人生や考え方、ひょっとしたら軽蔑されるようなことまで真面目に口にしていた。それが対等に相手をしてくれる者への誠意ではないかと思ったからだ。
            あれこれくだらない話を暴露するたび、マイクロトフは目を白黒させていた。彼はカミューよりもはるかに生真面目で、育ちの良い男だったらしい。
            俺の武勇伝に顔をしかめているのを見ていると、無性に可笑しくなったものだ。憮然としているくせに、カミューが会話を切らないものだから仕方なく付き合っているという姿勢が見え見えで。
            二人の関係は実に複雑だった。
            兄弟みたいに仲がいい。かと思うと、何処か不思議な甘い雰囲気を漂わせることもある。親友とはこういうものかと納得しかけた頃に、事実は発覚した。
            ある夜、隣り合った部屋から密やかな物音が聞こえてきた。最初は夢かと思ったが、俺はこれまで必然に駆られて自衛本能が強かったので、周囲の物音には殊更敏感なのだ。次第に気になって壁に耳を当ててみたが、途端に真っ白になった。
            俺もそれほど初心ではない。聞こえてくる響きがどういうものであるか、くらいは理解出来た。
            ───二人は愛を確かめ合っていたのである。
            微かに聞こえる甘い喘ぎ、柔らかな調子で男を呼ぶカミューの声。それに答えて強く呼び返すマイクロトフの情熱的な低いバリトン。紛れもなく、恋人たちの交わりだった。
            世の中に、そういう人間がいるのは知っていた。だが、カミューはいつも村の女の子ににこにこしているし、ましてマイクロトフときたら色恋なんてまったく無縁の堅物にしか見えなかった。
            翌朝まともに二人が見れず、それでも必死に何気なさを装ったのだが、確実に不自然さが現れていたのだろう。朝食のテーブルからマイクロトフが席を外した隙に、カミューが笑いながら指摘してきた。
            『バレたかい?』
            ついでに『随分我慢させたんだけれどね』と肩を竦められては、言い返す言葉もなかった。
            恋人なのかと尋ねると、『生涯の伴侶だよ』と答えてきた。その言い方があまりにあっさりしていて、かえって納得出来てしまった。
            何よりも俺は、二人が同性同士で愛し合っていても、すでに嫌悪や非難を感じることが出来ないくらいに彼らを好きになっていたのである。
            それから見る目を改めてみると、二人は実に見事な一対だった。阿吽の呼吸とでもいうのだろうか、長年連れ添った夫婦であってもこうはいくまいというくらいに信じ合い、認め合っていた。
            どちらかというと会話などではカミューにリードされっ放しのマイクロトフだが、その目はいつも慈愛に溢れていて、カミューのすべてを許しているのがわかる。その絶妙なバランスは、見ていて幸せになるほどだ。
            性別はともあれ、ここまで想い合える相手を見つけられたのは、どんなに素晴らしいことだろう。彼らがどういう経緯で騎士団を離れ、この地に安住の住処を求めようとしたのかは分からなかったが、きっと穏やかで優しい時間を持ちたかったのだろうと考えた。
            やがて二人が選んだのは、村の一番外れにある小振りの家だった。
            まだ新しいが、住人が移住してしまったために空家になっていたものを即金で買い上げた。取り持った商人に支払われた、目にしたこともない大金に圧倒されつつ、俺は深い寂しさを感じていた。
            こんな感情は初めてだった。
            他人に親しく声を掛けられたのも、まして対等に扱われて同じテーブルを囲んだのも。しかし目的を果たした今、すでに俺は用無しで、夢のような時間は終わりを告げる。
            他人に心を開いてしまったことを悔いた。
            彼らにとって、俺はひとときを共に過ごした部外者でしかない。二人はこれからもずっと肩を寄せ合って生きていくのだろう。そのうちに俺のことなど忘れ果て、甘い蜜月を育みながら。
            俺には忘れられない。
            やっと個人と認められた数日間、人と温かく交わった喜びを。
            時折聞こえた秘めやかな吐息に、頬を染めて布団に潜った照れ臭い夜のことも。
            泣くまい、そう決意した。そんなのはガラじゃない。
            住処を持たない流れ草のように、笑って手を振り別れるのだ。短くも楽しかった日をくれた二人に感謝して、束の間の出会いの偶然を噛み締めて───
            カミューがふと呟いた。
            『そうだ、君の名前を考えたのだけれど……』
            切ない響きだった。
            この先、誰がその名を呼んでくれるというのだろう? こちらから名乗れるだけ、喜ばしいことだろうか。それとも、二人の思い出の欠片として……?
            ───それも悪くないかもしれない。
            『……カーマイア、というのはどうだろう?』
            この地方の方言で、真紅を意味する言葉だった。
            俺は何処をどう見ても赤くない。髪はカラスみたいに黒かったし、目の色だって日に透けると少し青味がかるけれど、殆ど黒だ。不思議だったが、とても綺麗な響きに思えた。何といってもカミューの考えてくれた名だったからだ。
            するとマイクロトフが横から可笑しそうに言った。
            『少しばかり女性的に聞こえるとも思ったが……おれは気に入っている。ここらで赤を意味するそうだな』
            彼も同意しているなら、否はない。
            『……ナイフ小僧よりは数段いいね』
            彼はむっつりした。どうやらこの辺は散々カミューにからかわれていたようである。出会いの印象は最悪だったが、次第に彼が俺に気を許していくのを、どれほど嬉しく思っただろう───
            耐えていた涙が零れそうになったとき、カミューがにっこりした。
            『それでは決まりだ。カーマイア、これが案内料だよ』
            手に落とされたかなりの額の金。思い出の対価をぼんやり見遣る俺に、彼は更に続けたのだ。
            『身の回りのものを買っておいで。大きなものはわたしたちが用意するけれど、着替えや洗面の道具くらいは自分で選ぶと良い』
            呆然としていると、マイクロトフが付け足した。
            『いいか、盗んでくるのではないぞ。家に盗品などあるのは、我が誇りが許さない』
            カミューは初めて出会ったときよりも、いっそう鮮やかな美貌で微笑んだ。
            『……一緒に暮らすんだ、三人で。君が嫌でなかったら……、だけれどね───』
             
             
            俺は泣きながらカミューの胸に飛び込んだ。
            勿論、やきもちを妬いた大男に即座に引き剥がされたけれど。
            代わりにしがみついたマイクロトフの胸は、広くて厚くて逞しかった。
             
             
            →  続