新たなる風に吹かれて
風は湖の匂いを含んでいた。
目を細めて心地良い風を頬に受けていたカミューは、階段を上ってくる力強い足音に物思いを中断させられた。
「カミュー……いるのか?」
顔を出したマイクロトフは、彼の姿を認めてほっとしたように笑った。
「探したぞ。レストランにもいないから、どこへ消えたかと心配した」
「……たまには河岸を変えることもあるさ」
同様に笑みを返して再度風を味わう。マイクロトフが横に滑り込むようにして並んだ。
「……何をしている?」
「風を、な」 目を閉じて耳を澄ませるように一息入れる。「……感じていたんだ。ここには、わたしの知らない風が吹いている……」
マイクロトフにはそうした情緒はあまり期待出来ない。案の定、訳がわからないといった顔つきで、それでも同じように息を潜めた。
「…………別に、普通の風だと思うが」
しまいに諦めたように呟いた男に、カミューは薄く笑った。
「……まあ、気にするな。それより、どうした?」
マイクロトフは躊躇するように幾度か瞬き、ぽつりと口を開いた。
「……もう、五日になるな。軍師殿は追い付いただろうか……」
強大なハイランド王国を打ち破り、デュナンに平和をもたらした若き指導者は、引き留める手を振り切って出て行った。去り行く横顔は、すでにあどけない子供のものではなく、固く唇を引き結んだ表情には誰もが口を出し得ない確固たる信念が溢れていた。
城には新時代への胎動が満ちている。
待つばかりではと、各都市の要人たちの指導のもと、個々が旅支度を始めていた。
この城に集った宿星たちは、役目を終えてそれぞれの人生に戻っていく。決して消えない思いを胸に抱いて、その火をデュナンの隅々にまで伝えるために。
少年の消息を気にしていないものはない。だが、新たな国の命の息吹に一同は沸き立っている。それは血塗られた戦いに勝利したものの特権だったかもしれない。
「……どこへ行ったのだと思う? ナナミ殿もあのようなことになってしまった今、彼に行くところなどあるのだろうか……」
沈んだ口調で尋ねた男に、カミューは柔らかく目を向けた。
不思議なものだった。
彼ら二人は生粋の剣士である。確かに実力が物を言う世界では、相手の年齢や性別、出自や過去は一切問われない。それでも共に一軍を率いてきた者として、年端もゆかない少年にこれほど素直に膝を折ることが出来ようとは。
それがあの少年の輝きだったのだとカミューは思う。
彼の光に未来を託した。騎士としてではなく、一人の人間として剣を捧げようと誓った。そんな少年を案じていないわけではない。
けれど。
「……彼はもう、戻らないような気がする……」
静かに呟くと、途端に驚いたマイクロトフが彼の腕を掴んだ。
「な、何故だ?!」
その握力に顔をしかめ、そっと手を重ねると、マイクロトフは慌てて力を抜いた。だが、掴んだ腕を離そうとはしない。
「……そんな気がするだけさ。おまえも……感じているのではないか?」
だが、男は心底怪訝そうな眼差しを漂わせるばかりである。
「……呼ばれているのさ、魂の半身に」
「魂の…………」
カミューは頷いた。
「おまえもわかっているだろう? 彼は望んでこの軍を率いてきたわけではない。望まれたからだ。誰もが彼を必要としていた。礎として、要として。だが、彼が本当に望んでいたのは、求めていたのはどういうことだ?」
マイクロトフは真剣に考えた上で答えた。
「…………この地の平和か」
カミューは軽く肩を竦める。
「まあ、それもあるだろうが……、もっとささやかなものだとわたしは思う。例えば横に、友がいて」 傍らの男を見上げ、ふと目を伏せた。「そして……、義姉がいる。幼い時代を過ごした故郷で、大切な人間と、いつまでも一緒に生きていく……」
「……皇王ジョウイ殿と……ナナミ殿……」
「そうだ」
掴まれていない方の腕を上げ、風に乱された髪を掻き上げる。赤味がかった栗色の髪が夕陽に反射して輝くのを、マイクロトフは息を詰めて見守った。
「彼は……我らの希望だった。だが明るい笑顔の裏で、彼はどれほど苦しんだだろう。大切な相手と剣を交える運命を、どれほど恨んだことだろう」
「それは……」
「……同じものを目指していたんだよ、彼らは」
カミューはゆっくりと目を閉じた。
「ジョウイ殿はハイランドの支配でこの地を纏めようとした……それは結果的に同盟軍が成したことと同じだ」
「だが、ルカ・ブライトは……」
「ジョウイ殿はその先を望んだのだ。同盟とハイランド、どちらが勝利したとしても、いずれこの地は安寧に束ねられたことだろう」
「カミュー! では、おれたちが無駄な戦いをしたというのか?」
今度は両腕を掴んでマイクロトフは友を向き直らせた。信念をもっての戦いを否定されたと感じ、さすがのマイクロトフも承服できなかったのだ。
カミューは優しく笑い掛けた。何よりもマイクロトフの感情を和らげる効果を持った、慕わしい想いを込めた表情で。
「そうではない。この戦いは必要だったのさ。この世が生まれるときに『剣』と『盾』が争った……そういう伝説を聞いたことがあるだろう? 新しい秩序が誕生するには、戦いが必要だったのだ…………どうしても」
彼は手を伸ばして男の頬に触れた。風に吹かれてやや冷えたマイクロトフの頬は、驚くほど心地良くその手を迎える。
「それでも……そのためにあの少年は多くの犠牲を強いられた。我らの心からの忠誠を得る代わりに、愛するものと離された」
「それは……」
「どちらが重いかなどとは聞くなよ、マイクロトフ。おまえにそれがわからないとは思いたくない」
マイクロトフはしばらく沈黙し、最後に真摯な眼差しで頷いた。
「……ああ、わかる。この世のすべてを手に入れられるとしても、失いたくないものはひとつだけだ」
そうして手を解き、カミューの前髪を払った。いとおしむような掌が、そっと頬を包む。
「本当に大切なものは、決して多くはない」
「……彼はジョウイ殿と魂を分けている。ミューズで初めてあの二人と出会ったとき……、並んでいる二人を見て感じたんだ。彼らがひとつの運命を分かち合っていると」
「カミュー…………」
「失ったものを取り戻すために彼は行った。分けられたものをひとつにするために。誰が止められる? 彼はあの歳で、余るほどの苦難を舐めた。裏切り、死、喪失。だが、そのいずれもが彼を歪めることはできなかった。わたしは、彼ならば運命にさえ勝つことができると思う」
「……………………」
「……あの少年の輝きは『許し』の光。その光はすべてを癒して導くだろう。たとえ離れてしまっても、我らを照らさずにはいない」
だから、もういい。
あなたには自分の人生を生きる権利がある。
目前に存在していなくても、我らは常にあなたを感じることが出来るはずだ。
あなたに剣を捧げたこと、大いなる力に導かれて戦った日々を生涯忘れない。
いつかあなたに呼ばれたら、また剣を持って駆けつけよう。
我らにとってあなたは真の主人、永遠の巨星なのだから。
「……カミュー、感謝している……」
唐突にマイクロトフが囁いた。見上げた男の目はいつになく静かに澄んでいた。
「……何だ、いきなり……」
「あの日……ゴルドーの前でエンブレムを外したとき、おれはおまえの立場など考えていなかった。おまえが歩いてくるのを見て……ああ、おまえに捕縛されるのか、と……」
「…………」
「無論、捕まるわけにはいかない。おまえが剣を抜いたら一発殴って、力づくで連れて行くしかないのか、と……頭の中が真っ白になりそうだった」
「……ひどいな、わたしを拉致するつもりだったのか」
苦笑しながら応じると、マイクロトフは真剣に頷いた。
「おまえが『騎士の誓い』を破るとは思わなかったし……何よりおまえをそんな恥辱で汚したくなかった」
マイクロトフは初めて目を逸らした。
「日頃おれがゴルドーに対する不満をぶちまけても、おまえはいつも冷静だった。だからかもしれない……正直、一緒に来てくれるとは────」
カミューは少し考えた。確かにそうだった。あの頃はまだ時が熟していないと無意識に感じていたのだ。少年がロックアックスを訪れて、初めて運命の扉は開かれたのだから。
「……独りで行こう、そうは思わなかったのか?」
問い掛けると、マイクロトフは虚を突かれた表情で彼を見返した。
「それは────思わなかったな。ああ、思わなかった。おまえと離れることは、考えてもみなかった……」
「それでいい」
カミューは微笑んだ。やはりマイクロトフの本能は信じられる。
「『騎士である前に人間だ』…………おまえの言った言葉はわたしの意志でもある」
遠い日に、そう教えてくれた男がいた。
人として生まれた意味を考えろと、理性に縛られる彼を諭して逝った男が。
その教えは今もカミューに生き続けている。
目の前の男にも。
「おれは……嬉しかった。おまえが躊躇なくエンブレムを捨てたこと。騎士の誇りの象徴を、十数年もの間、胸を飾ってきたものを……」
「あんなものは形に過ぎないさ。誇りとは目に見えないものだろう?」
「……それでも……嬉しかった。おまえがおれと同じ道を選んでくれたことが。それを確かめられて、涙が出そうになるくらいに」
カミューはにっこりした。
「……見てみたかったな、号泣するおまえというのも」
「茶化すな」
マイクロトフはぐいと彼を抱き寄せた。太い両腕に包まれて風を感じられなくなった。幾度抱き締められても、そのたびにカミューは胸を貫く衝動を感じる。その熱に酔い痴れた。
「もし、おまえと離されたなら……やはりおれは探すだろう。すべてを捨てても、取り戻さずにはいられない。わかるぞ、カミュー。彼が戻らなくても、同盟の火は消えない」
「マイクロトフ……」
「……おれたちはどうする?」
腕の中で顔を上げると、マイクロトフの笑顔が待っていた。
「おまえは何処へ行きたい? グラスランドへ行こうか? おれは覚えているぞ、あの遠い約束を……」
「マイクロトフ…………」
いつか二人で行こうと誓った、捨てた故郷。それでも懐かしくカミューの血を呼ぶ乾いた平原。その大地に横たわり、互いを見詰める静かな時間───。
その一瞬にどれほど焦がれているか。カミューは静かに目を伏せた。
おそらく、おまえが考える以上にわたしはおまえを必要としている。おまえの心のすべてを占め、なにものにも踏み込まれない永遠を求めているのはむしろわたしの方だ。
けれど、それを口には出来ない。おまえもまた、必要とされている男なのだから。騎士として運命に選ばれた男、マチルダ騎士団に欠けてはならない存在。
そして、おまえ自身がそれを望んでいることを、わたしは誰より知っている。
「……わたしの望みは、おまえの望みだ」
やや伸び上がってくちづけた。驚いて強張る男の首に両腕を回す。これまで、自室以外ではこうした接触を許さなかった。だが戦いは終わったのだ。心に正直になって何が悪いだろう?
「偽る必要などない、マイクロトフ。おまえの気持ちはわかっているよ」
「偽ってなど──」
「いないか? 本当に?」
探るように凝視すると、マイクロトフは困惑した表情で頷いた。
「いない、…………と思うが……」
どうやら今度も自身の気持ちに疎いらしい。あるいはカミューを第一に想うあまりの盲目なのかもしれないが。
「ならば代わりに答えてやろう。我らはマチルダへ戻る」
「マチルダへ……?」
「騎士団を再興するんだ」
マイクロトフははっとしたように息を飲んだ。
「エンブレムなどは形に過ぎない。だが、おまえの中に流れる血は、騎士であることをやめられはしない。そんなおまえが、失われた騎士団をそのままに、同盟を去ることができるのか?」
「カミュー……」
「失ったものは取り戻せばいい。壊れたものは直せばいい。命あれば、人はいくらでもやり直せる。ロックアックスに残った騎士を導いてやるのは我らのつとめだ」
そうしてするりと腕を外し、カミューは背を向けた。
やはりこの方角が一番風が強い。これはマチルダから吹いてきた風だろうか。
ゴルドーに従ってロックアックスに残った騎士を責めることはできない。彼らも己の誇りを貫いただけなのだ。道を見失い、どれほど苦悩していることだろう。彼らを救うまで、戦いは終わらないのだ。
「カミュー……」
マイクロトフが躊躇いながら口を開いた。
「いいのか? 一度は王国に支配された騎士団領だ。立て直すのは容易ではないだろう。おれたちを敵と見なす者も少なくはないに違いない。危険が伴うし、どれくらいの時間が掛かるかさえ──」
「だが、それがおまえの望みだろう?」
顔だけを向けたカミューに、マイクロトフの固い表情が見えた。それはやがて強い意志の色を浮かべ出す。
「……ああ。おれは騎士団を再興したい。長い間おれの一部だったマチルダ騎士団を、このままにしておきたくない」
「──デュナンは統一されても、北にはハルモニア神聖国が控えている。まだまだ安寧には程遠い。新たな国にあっても、マチルダ騎士団は守りの要として剣を取る、誇りある集団であるべきだ」
引き継ぐように語った言葉に、マイクロトフはしっかり頷いて目を細めた。
「おれたちが出会った街を、共に過ごした騎士団を……元通りにする」
「あの地での我らの役目はまだ終わっていない。おまえの望みを果たせ、マイクロトフ。わたしはおまえを支えよう」
すぐに逞しい腕に抱き込まれた。感情が昂ぶっているのだろう、マイクロトフはきついばかりの抱擁でカミューを喘がせた。
「──おまえはおれの半身、なんだな……」
「そうだ。突っ走る男には、少しばかり慎重な歯止めが必要だろう?」
「……それでも止まらなかったら?」
揶揄する口調に、カミューは朗らかに即答した。
「そのときは共に玉砕するまでさ。もう覚悟は出来ている、おまえを選んだ日からずっと」
水滸の伝説は終わった。
星の運命の輪に繋がれた日々は過去に消える。
だがそれでも、二人の手は互いを離すことはない。
ひとつの運命が通り過ぎても、また次の波が二人を巻き込んでいくだろう。
そうして命の終わる日まで、互いを守り続けるのだ──。
マイクロトフはしばらく無言だった。荒い息遣いから、己を御そうと努めているのがわかる。さて、どんな感情に揺れているのか。カミューは興味深く待った。
「……おれの望みがおまえの望み、か?」
「ああ」
「おれのしたいことが、おまえのしたいこと……?」
「そうだ」
「ならば、カミュー」
身体を解放したマイクロトフは悪戯を思いついた子供のような笑顔を見せた。
「今ここで……おまえを抱きたい」
「────何だって?」
「おれは今すぐ、おまえが欲しい。そう言ったら──どうする?」
言葉に出すのは本気でないからだ。
カミューの想いを受け止めて感動し、彼なりにあれこれ考えた。言いたいことはあるのだが、気の利いた言葉が出せなくて、結局照れ隠しに吐かれた言葉なのだ。カミューには手にとるように男の心の動きがわかった。
マイクロトフが本気なら、言葉など必要ない。
圧倒的な情熱をもって理屈など捩じ伏せる男なのだから。
からかうような視線が向けられている。幾つになっても隠し事のひとつも出来ない男。自分の言葉が相手を動揺させられたかどうか、面白がりながら探っている。
──マイクロトフは望み通り騎士団の再興を果たすだろう。そしてその絶大な人望のもと、騎士団長となればいい。彼を頂点に戴く騎士団は二度と道を失うことはないだろう。
おまえが光となるなら、わたしは影となろう。一本気で疑うことを知らぬおまえのために、わたしは目となり耳となろう。
おまえは汚れなき王道を行くがいい。わたしは生涯おまえを支えよう。それが唯一の我が望み。
「……ここは足場が悪そうだ」
ちらりと足元を見やってから、カミューは真っ直ぐにマイクロトフを見詰めた。ゆっくりと肩当てのベルトを外し、相手が仰天しているのを感じながら鮮やかに微笑んだ。
「しっかり支えていてくれ。幾らなんでも、裸で屋上から落下するのは情けなさ過ぎる」
「カミュー…………」
思惑を外してうろたえ、やや後退りしているマイクロトフの腕を捕らえて挑発的に唇を上げた。
「言っただろう? おまえの望みがわたしの望みだ。さあ、わたしの望みを叶えてもらおうか?」
「う…………」
紅潮したマイクロトフは幾度も息を飲み込んで、やがて唇を真一文字に引いた。
「……しっかり掴まっていろよ」
「ああ、死んでも離さないさ」
ひっそりと唇が重なる。いつもに比べれば驚くほど密やかなくちづけ。少しして離れた唇が、明らかな動揺を滲ませた声を紡ぐ。
「…………誰かに見られないか?」
「視線を感じるのは集中していない証拠だ」
一旦は何とか決意したが、どうやら激しく揺れ始めたマイクロトフが、上擦った声で再度囁く。
「…………寒くないか?」
「そう思うなら、早く暖めてくれ」
「なあ……石造りだから、横になると身体が痛むのではないか……?」
「ならばおまえの上着を敷いてくれ」
「────カミュー」
進退窮まった感のマイクロトフは、必死の面持ちでカミューを抱き締めた。
「望みを変えてもいいか? 暖かいベッドで、朝までかけてゆっくりとおまえが欲しい……そう変更を希望する」
沸き起こる笑いをこらえつつ、カミューは神妙に答えた。
「──男が一度決めたことを違えるのは感心しないが……まあ、いいだろう」
はっきりと安堵の息を吐いたマイクロトフは、ここにきてやっとカミューの笑顔の意味に気づいた。
「おまえ…………、本気ではなかったな?」
「当たり前だ。こんなところで事に及ぼうものなら、張り倒してやるさ」
「…………くそっ」
束の間悔しげに彼を睨んでいたマイクロトフだったが、それは苦笑へ変わった。結局自分が恋人に何一つ逆らえないのを認めたように、大きな溜め息をつく。
「…………おれは生涯おまえには敵わない。一挙一動に振り回される」
「──振り回されているのはわたしの方だ」
「違う、おれだ。おまえが笑うと嬉しくて、おまえが怒るとどうしていいかわからない」
「……………………」
「……戦いの影にそれぞれの人生がある──今度ほどそれを実感したことはなかった。それでも、おれは幸せだった。常におまえが横にいてくれたこと、おまえと隣り合って戦えたことが」
彼は再びきつくカミューを抱き締めた。
「生きて──こうしておまえの体温を確かめられる今日に、おれは感謝するぞ」
「マイクロトフ…………」
「忘れないでくれ。おまえの望みがおれの望みでもあるということを」
カミューにはわからなかった。
切々と語るマイクロトフの目が、遠くグラスランドへと向けられていること。
騎士団を再興したあかつきには、何一つ思い残すことなくマチルダを去る決意を固めていることも。
遠い日に肌を寄せ合って交わした約束を果たすため、何を捨てることも躊躇わないマイクロトフの誠実を。
「──部屋へ行こう。もう我慢できない」
囁かれるままにカミューは歩き出した。見上げる横顔はいつものように真っ直ぐ前を見詰めている。その表情はどこまでも強く温かく、カミューを魅了してやまない。
「……今夜は眠らせないぞ」
そっぽを向いたまま睦言らしきものを呟いた男に、答えるカミューの口調も軽い。
「おまえはさっさと寝るかもしれないがな」
「夜戦と思えば徹夜の一つや二つ、どうということもない」
「…………どうだろうな」
「もし寝たら、殴って起こしてくれ」
「起きなかったら?」
「────上に乗ってくれれば飛び起きる」
吹き出したカミューは男の脇腹に軽い肘鉄を見舞った。
「──よし。もし先に眠ったら、騎士団が再興されるまでわたしに触れることは許さない」
「えっ?!」
ぎょっとしたようにマイクロトフが顔を歪めた。
「それは……っ」
「おまえが言い出したことだ、責任を持て」
「カミュー…………」
マイクロトフは深刻な顔でカミューを見詰めていたが、相手の意志の固さを悟り、深く深呼吸して頷いた。
「──わかった。最善を尽くす」
彼らを見送る風は優しい。
風は遥かグラスランドまでも二人の笑い声を伝えるだろう。
そしていつの日か彼の地を訪れる二人を、懐かしさをもって迎えることだろう。さらば、水滸の伝説。
集い合った居城、そして宿星で結ばれた仲間たち。
剣と誇りが導いた、永遠なる遥か遠き日々────。
行くのですね、レディ(笑) END
随分前に書いたものが突然出てきました(笑)
これは奥江の生涯唯一の同人誌の続編・完結
バージョンとして書いたものです。
本編よりも少し年を食ったので、口調を堅くするなどつまらん努力をした形跡があります(苦笑)何故急にアップを決めたかというと、実はこの頃からすでにお笑い芸人の片鱗があったから〜。
そう、ぢつは続きがあるのです……(苦笑)
シリアス(……だよな、これは??)で終わりたい方のため、隠しました(爆笑)
あんまり意味のない隠し方ですが。
行こうか、という方だけ読んでみてください。
隠蔽の間のお得意様は、できれば進んで下さい。理由は……後でわかります。