「早く、一刻も早く入れ替えてください、ビッキー殿!!! おれは……おれは、こんなごついカミューは耐えられません……!!」
それは愛の足りなさなどではなく、生理的・正直且つ、やむを得ない主張だっただろう。しかし、即座にビクトールの姿をした『カミュー』が反応した。
「マイクロトフ……『いつ、どこで、どんなふうに出会おうとも、おまえはおれのただ一人の相手だ』と言った言葉は偽りだったのか?」
「一言一句正確に復唱しなくとも、おれの気持ちに変わりなどない!!」
「じゃあ、どういうことだ。その言葉がまこと本心からのものであるなら、たとえわたしがごつくて象が踏んでも壊れなさそうな体格であろうと、同じことが言えるんじゃないのか?」
「そ、それは確かに……でも、慣れるのには時間が掛かる!」
「想いなどとは虚しいものだな……容姿が変わっただけで、かくも揺らぐとは」
「誤解するな、カミュー! おれの想いは一片とて変わりない!!! だが……だが、考えてもみてくれ。ハイ・ヨー殿の作ったプリンだと思って口に入れたら、実はナナミ殿の作だったようなものではないか! おれは危うくビクトール殿を抱き締めてしまうところだったのだぞ!!!」
「…………………………」
途中、かなり動揺した事例などを用いての必死の説得。痴情のもつれで流血沙汰になどなったらたまらないとフリックは思った。
自分を例にとってみて考えても、もしカミューと諍いになった場合、いつもの彼には出来ないかもしれないが、今のビクトールの身体に入った彼になら思う存分蹴りを入れることが出来そうだ、などと思えたのだ。
「落ち着けよ、二人とも。カミュー……おまえが混乱している気持ちは分かるが、早くその身体から出た方がいいという点では意見が一致してる筈だぜ?」
「は、はい……それはもう」
「な? マイクロトフも……気持ちは痛いほど分かったから、そう興奮するな」
「はい……」
「ちょーっとおれは傷ついたぞ」
そこでぶっきらぼうに口を挟んだのは優美な青年騎士団長である。
「黙って聞いてりゃ、おれの身体は化け物か?」
端正なカミューが、今は何処かの無頼漢のように見えるのが不思議である。両手を腰にあてて二人に詰め寄り、少し低い目線を上向けて睨み付ける様子は、強請り・たかりの光景を見るようだった。
「あ? 言ってみろ、コラ。おれの身体はそんなに気持ち悪いのかよ?」
「い、いえ……そのようなことは……」
「とんでもありません! 綺麗です!」
きりりと背を伸ばして詰問に応じた二人だが、マイクロトフの方は途端にぺしりと『ビクトール』に胸元を叩かれた。
「てめーが言ってるのは、こっちの身体だろうが! おれはな、自分の身体が結構気に入ってるんだよ。そりゃあ最近少し太ったような気もするが、日々鍛え上げた結果、頑丈で長持ちする身体が出来上がったんだぜ。カミュー、おめーの鍛え方も悪かねえが、何つーか……作りが違うんだな。それに何だか服も恥ずかしいしよ。困ってるのはお互い様だ、痴話喧嘩してる場合か、ってんだよ」
口調は悪いが、愛する青年の顔に怒られたマイクロトフはしょんぼりと項垂れて詫びた。
「仰る通りです、ビクトール殿……お言葉、胸に染みます」
「わたしもつまらないことで興奮して……お許しください」
『カミュー』もまた丁重に謝辞を述べる。ようやく納まった場に、ウィンが気を引き立てるように言った。
「ほ、ほら……これも全部、愛の所為ですよね。早いところ元の鞘に納まれば解決ですよ!」
「アイスの胃……?? サヤエンドウ……???」
ビッキーがまた、とぼけた合の手を入れる。脱力しつつ、一同はほっと息をついた。
「それじゃ、もう一度だ。今度は巻き込まれないように、全員どこかに消えててよね」
ルックの雄々しい命令に、いそいそと仲間たちは従う。ウィンが忘れずに未だ飛び回っているむささびにも声を掛けた。
最後まで心配そうに振り返り振り返りしていたマイクロトフが視界から消えると、残されたのは入れ替わったビクトールとカミューである。二人は改めて溜め息をつき、術に備えた。
「おい、カミューよ」
ふてぶてしいけれど甘い声が呼ぶ。
「何でしょう?」
野太いが穏やかな声が答える。
「────これですっかり元通りになるといいな」
「同感です」
「これで最後だよ!」
ルックの声に続き、少女も叫んだ。
「いくよ〜〜そぉぉぉぉぉぉれっ!!!!」
自室にて、久々の我が身を感慨深げに撫でながらカミューは言った。
「しばらくプリンは見たくないよ……」
そんな彼に、おずおずとしたマイクロトフが口を開く。
「カミュー……さっきの続きだが……」
「何だい?」
柔らかく投げ掛けられる視線に、必死に告げる。
「おれは、本当に……たとえおまえがどんな姿になっても変わらず好きだ。ただ、さっきはあまり驚いて……その……」
ああ、と相槌を打ってからカミューはにっこりした。
「わかっているよ。わたしも悪かった……どうもビクトール殿の身体に入ったら、感情を巧く制することが出来なくてね。大人げないことを言った」
「おれは……おまえの容姿や振る舞いに惹かれたわけじゃない。だが、やはり今の姿が一番好きだ。だから……」
「今ならば、その気になる……かい?」
挑発するように窺う瞳に、一昼夜に及ぶ焦りと不安が溶けていくようだった。マイクロトフは緩やかに歩み寄り、恋人を腕に迎え入れた。やっと触れることが出来た細身の身体は、しっくりと腕に馴染む。
「カミュー……」
「ム」
陶然と洩らしながら唇を寄せたマイクロトフは、不意に返った響きにぎくりとして慌てて身を離した。思わず凝視すると、間近の青年は可笑しそうに微笑んでいた。
「────何て、ね」
「趣味が悪いぞ、カミュー」
苦笑した青騎士団長は、今度こそ声も洩れぬほどきつく赤騎士団長の唇を塞いだ。
「ああ、疲れたぜ、まったく……」
「おれたち、戦闘でもないのに何でこんなに疲れなきゃならないんだ?」
城の中庭に並んで腰を下ろしたくされ縁はポツリと呟く。
「昨日、ウィンにくっついて行くんじゃなかったぜ」
「何でもすぐに首を突っ込もうとするからだ」
「だがよ、付いて行かなくても呼ばれただろうな。おれたち、頼られてるし」
「あまり役に立ったとは思えないな。むしろ、おまえの場合は足を引っ張ったような……」
「やっぱりよ……何て言うんだ? 頼られると悪い気はしねえよなあ」
「おれは今後のウィンの行動が心配だ」
────今ひとつ噛み合っていない会話を続けながら太陽を浴びる二人。陽光は傭兵たちの疲れを癒した……かもしれない。
一日ぶりに空を飛ぶ楽しさを堪能しているムクムクは、ついでにひょいと思い立って赤騎士団長の部屋の窓を横切ってみた。
ちらりと見えた室内では、青い男と赤騎士団長がひしと抱き合っている。旋廻して再度覗くと、青い男が赤騎士団長をベッドに押し倒していた。これから何が起こるのだろうとちょっぴり興味があったムクムクだが、そこで仲間たちが合流してきた。
「ムムッ、ムム〜〜(何処へ行ってたんだ、探したよ)」
「ムムムーーーッ、ムム!(やっぱり皆が揃わないとつまんないよ)」
「ムムムム……ムム?(どうしたのムクムク、遊ぼうよ)」
「ムームム、ムムム〜!!!(天気が良くて気持ちいいよ〜)」
親しげに掛けられる声。
ムクムクはもう一度窓を見遣り、部屋の床に次々と投げられていく赤い衣服にふと気付く。自らを覆ったままの赤騎士団長のマント、返すのを忘れてしまっていた。
でもまあ、取り込んでいるみたいだし、今夜あたり返せばいいか────そんなふうに考えて、彼は改めて樹木を足場にジャンプした。
目指すは大切な仲間たちである。
ウィンは燃えていた。
図書館に足を踏み入れ、デュナン、更には周辺諸国の婚姻の法に関する書物を片っ端から読み漁る。
「ううん……やっぱり同性同士の結婚を認めてる国はないなあ……そうなると色々決めることが多くて面倒くさそうだな。でも、僕は同盟軍を率いて、この地をより良い平和に導く使命があるんだもの、頑張るぞ。そういえば、ジョウイに会いたいなあ……」
思考の流れが少々間違っているようではあるが、熱心で真面目で誠意のある指導者であった。
────こうして、ごく一部の者にだけ与えられた災難は終わりをつげた。
終劇