ここは新同盟軍・本拠地の一室。
            四人の乙女が頭を突き合わせて悩んでいる。
            いずれの表情も暗く、重く沈んだ空気が痛いほどだ。
            「────それにしても……参ったわねえ……」
            切り出したのは最年長、同盟の図書館を与るエミリアであった。
            彼女らの中央に置かれているのは、ダンボールに詰まった書物の束。今朝方刷り上がって届けられたそれは、所謂『同人誌』と呼ばれる怪しげな煩悩に満ちた本である。
            「上手いだろうと予想はしていたけれど……」
            言いながら溜め息をついたのはリィナである。妖艶な美少女であるが、ここ数日の言語を絶する生活のため、肌からツヤが消えていた。
            「これって……あんまりだよな……」
            冊子を手にしていたアイリがぼんやりと呟けば、
            「個人誌を出すように勧めれば良かったわよね〜」
            同様に食い入るように冊子を読み耽っているニナが言う。
            この四人、本拠地内で赤・青両騎士団長をネタに本を発行している邪なユニット、通称マチルダ・サークルのメンバーである。届いたばかりの新刊をチェックしながら、現在衝撃に打ちのめされているところだった。
            「原稿が届いた時点で読んでおけば良かったわ」
            「確かに締め切りまで間がなさ過ぎたわよねえ……」
            「ゲスト原稿取ったって浮かれすぎていたよな」
            「うーん、それにしても何というカラーの違い……」
            乙女たちが出す本の固定客は、八割が騎士団の人間である。数少ない女性愛読者の中に、軍師の補佐である少女を発見したとき、四人は踊り上がって喜んだ。
            物静かな文筆家タイプである彼女なら、さぞや燃え上がる逸品を生み出せるだろうと言葉巧みに唆し、遂に原稿を吸い上げたまでは良かった。
            依頼時期が締め切り間際だったこともあり、完成原稿を読む暇もなく印刷を請け負うマルロ青年に手渡してしまった彼女らは、こうして出来上がったものを前にして途方に暮れる羽目に陥ったのだ。
            「アップルちゃん、凄すぎ……」
            ニナが夢心地でほうっと溜め息をつくのに、残る乙女らは冷たい眼差しを注ぐ。
            「────いいよな、執筆陣でない奴は呑気で」
            アイリがぼそっと厭味を吐く。
            ゲストのアップルが寄せた小説は、文芸小説もかくやとばかりの感動巨編であった。豊富な語彙、的確な感情表現、その上見事な構成の長編小説は涙なしには読めない一大ロマンなのである。
            「これはもう……完全にゲスト負けしてるわ……」
            小説担当エミリアが頭を抱えた。
            「せめてエミリアさんが普通のお話を書いていればねえ……」
            今回のエミリアの作品テーマは『突き抜けて下手な青騎士団長』であった。
            「────だって」
            眼鏡の奥の瞳を潤ませて、エミリアはハンカチを噛み締めた。
            「書いても書いても、わたしのマイクロトフさんは『下手』評価なんですもの。真面目にシリアスに挑戦しても、朝チュンで誤魔化しても、『やっぱり下手なんですよね、くすっv』なんて言われるのよ? グレたくもなるわ〜〜〜」
            「そうだよな、巧いマイクロトフさんに挑戦したらしたで……」
            「────あれはまずかったですよねー、オヤジ攻め!」
            「言わないで!!」
            エミリアはよよと泣き崩れた。
            「分らないのよ、どうしてああなるのか自分でも!」
            お陰様で開き直った彼女は、今回目も当てられないほど情けない青騎士団長を書くことに徹してしまった。身から出たサビとは言え、アップルの超大作に比べてあまりに碌でもない代物である。
            「もう駄目、わたしは隠居するわ〜〜お願いニナちゃん、抜けさせて〜〜」
            「そ、そんな……エミリアさん!」
            はらはらと涙する小説担当の肩を、シリアス漫画担当のリィナが擦り上げた。
            「それを言うならわたしも同じ……今回、わたしったらアイリの懇願に負けて……乳首嬲りなんて描いてしまったんですもの」
            「あ、アネキだって萌えてたくせに!」
            「16ページのうち、半分までがその描写って……やっぱり普通じゃないわ……」
            「あたいだって、とうとう鼻水ネタ描いちゃったよ?」
            「ギャグはいいのよ、ギャグは」
            「うーん、それにしてもメンバー三人の原稿を足してもアップルちゃんの枚数に遠く及ばないのは問題よねえ」
            のんびりと事実を指摘したニナに、一同の更に凍えた視線が向けられる。
            「アップルちゃんにファンがつくのは確実だわ。そうしたら、こんな色物本にゲストさせたことに非難轟々よ〜〜本拠地内を歩けなくなるわ〜〜〜」
            「────そんな大袈裟な」
            「いいえ! 不幸の手紙が届いたり、ベッドにカエルを入れられたりするのよ……これからどうすればいいの〜〜」
            「大丈夫ですよ、八割が騎士だもの! 女性に無礼は働きませんって。それに、新たな同人作家を送り出したと感謝されるかもしれないし。次はアップルちゃんに個人誌を出してもらうよう、わたしが責任持って説得しますから!」
            「それは……まあ……そうね」
            「本が増えるのはいいことだわね」
            「アップルちゃん、結構煩悩溜まってそうだよな」
            常に勢いと迫力でメンバーをリードしてきたニナの宣言に、嘆きばかり先行していた乙女は未来を取り戻し始めた。
            「いいじゃありませんか! 我がマチルダ・サークルは自分たちのペースで行けば! それが同人の本質です!」
            「自分たちの……って、『下手』定説のマイクロトフさん……?」
            またも悲しみに襲われたエミリアが唇を震わせるのに、ニナは巧みによいしょを始めた。
            「次! 次は巧いマイクロトフさんをテーマに一発、どーんと大枚お願いします〜。大丈夫、エミリアさんなら書けますって!」
            「だって……だって……オヤジ攻めが……」
            ふふん、と少女は首を振った。
            「実はハイランドの同人仲間に通販を頼んであるんですよ〜。それを読んで研究をすれば、晴れて巧い攻め書き手と呼ばれるようになります!」
            「────そんな簡単なものかしら……」
            エミリアが技巧にこだわった際の小説の珍妙さを熟知している姉妹は顔を見合わせて首を傾げた。が、やがて『本を注文してある』事実に思考が満たされてくる。
            「た────楽しみね、鬼畜攻め……」
            「今回は何と! 知将と猛将のカップリングにまで手を伸ばしてみました!」
            「そ、それは凄くいいかも……」
            「とにかく、今夜の即売会に向けて準備をしましょう。今回は限定本だってあるし、過ぎちゃったことは及ばずが如し、ですよ。我らマチルダ・サークルは常に前を見据えなきゃ!!」
            ────かくして本の内容の統一性のなさに関する反省は、うやむやのまま終わるのだった。
             
            後編 →