ウルトラライトハイキング』という本について(金子みすゞ風総括)
 11年2月『ウルトラライトハイキング』(以下ULH)という本が発売され、著者から送られてきました。『長期縦走原論』(以下、原論)で述べたように、米国原産ウルトラライトハイキングは長期縦走とその思想に類似性はあるものの、日本の山岳にあの軽量装備と生活方法は殆ど適用出来ないものです。逆にウルトラライトハイキングには原論で扱う長期縦走のシビアな話はほぼ不要です。

 しかしULHでは、本来のウルトラライトハイキングには蛇足である、長期縦走における過酷事象に対する蘊蓄や知見がたっぷり書いてあり驚きました。彼が拙著を熟読されたのは、同封されていた献本挨拶に「今まで何度読み返したか、不明なことがあったとき、何度、ページを開いたか」と書かれていたことで知りました。また、「長期の方法論としては日本で限界のあるウルトラライト」と書いてみえるのは、米流ウルトラライトグッズのみ紹介されているのと矛盾しているのではとも思いました。日帰り、森林限界内、地形と気象が厳しくないところ、つまり日本語のハイキングであれば、あれほど大量の凝ったものを揃える必要はありません。一種のファッションでしたらそれも有りですが。最後に、「見ならっているつもり」とまで持ち上げて下さったのは、お世辞でも嬉しいものでした。

 「蛇足」っていうと「お世辞」っていう?

 ULHはせいぜい数日くらいまでを対象とした表面的軽量化だけ、おまけにその思想に関する説明は、単に縦走登山との類似と相違を示すために極簡単に述べただけの拙著に比べても全く無きが如しの状態です。深層心理に、ウルトラライトグッズを売るための啓発本という意向があったかもしれませんが、内容までウルトラライトな感じで残念に思いました。本来のウルトラライトハイキングとULHの根本的相違の一例として、軽量化が大切と力説しつつ、教祖Rayさん推薦の軽いランニングシューズには全く言及せず、山道具店で売っている重いトレールランニングシューズを強く薦める不可思議さがあります。どんな軽量化より靴の軽量化が効果的なのは論を待ちません。原論でもマラソンシューズを推薦しているくらいです。

 「軽い」っていうと「ウルトラライト」っていう。

 『参考文献』の一つに原論が記されてますが、各項に付ききちんと引用元を明記されてないのは少々気になりました。これで一切金儲けをするつもりがない私にもいささかの矜持があります。そこで、時間の無駄と思いつつ簡単ではありますが、
ULHと原論の相当部分を比較した対照表を作ってコメントを加えてみました。本来のウルトラライトハイキングと似て非なるULHの内容ですが、長期縦走的立場からのULHの論評です。本の内容全体に対する書評ではなく、蛇足箇所中心、ある一面からの変則的、部分的なものであることを予めお断りしておきます。

 ご承知のように、本来のウルトラライトハイキングは、ULHで扱っているような軽薄短小のブランドグッズ収集趣味、裏庭ハイキングではなく、軽量化を図ることにより、より長距離、より長時間、自然の中で過ごすためのハイキング法です。軽量化は手段に過ぎません。そうすることにより、生活が、人生がより豊かになるという考え方です。ULHで扱っている軽量道具群を買わなくても、10日程度までの3000m夏山テント山行なら、ちょっと知恵を絞れば十分軽く、はるかに安く、より楽しめます。ウルトラライトグッズに偏執して安全性がおろそかになることもありません。学校の集団登山を思い出して下さい。夏山の2、3日くらい、運動着だけの身軽さで、本格的道具は全然必要ありません。
 でも、山岳ジャーナリズムや業界が喧伝するような格好良さに欠け、アウトドアに出たいという強い気持ちの高ぶりが起きにくいことも事実です。しかし、人間誰でも持っている俗物根性を克服することから真のアウトドアの楽しみが始まるというのが、ウルトラライトハイキングの基本的立場ではなかったのでしょうか。Rayさんはブランドのタグさえ切り取ったり、隠したりしているくらいです。

 「見ならっているつもり」っていうと「見ならってない」という。

 「ウルトラライトハイキング」じゃないっていうと「ULH」っていう。

 そうして、あとでさみしくなって、「勘違い」っていうと「勘違い」っていう。

 ULHという本が発売されたおかげで、改めて原論で述べたような長期縦走の道具立てと生活ノウハウこそ、日本の山岳を全季節、全天候的かつ安全確実に歩くために必要十分な、本来のウルトラライトハイキングとの意を強くしました。たとえ日帰りハイキングの方でも、原論で詳説したような道具や装備等についての科学的知識を持っていれば、つまらない神話や商業主義から自由になってよりアウトドアを楽しめるはずです。

 「こだまでしょうか、いいえ、だれでも。」

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