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ライオンズクラブ国際協会334-D2R1Z 高岡アラートライオンズクラブ

上の写真:2016年7月 定塚小学校生徒クマもん


みなさんこんにちは ライオンズを知っていますか? よく、プロ野球の西武ライオンズと間違えられますが、全然違う組織です。私は高岡アラートライオンズクラブに所属している燕昇司信夫といいます。今日は、ライオンズクラブ活動についてお話ししたいと思います画面のロゴマークを一度は目にしたことがあるとおもいます?これはライオンズクラブ国際協会のマークで、世界一の奉仕団体であります。



講師 L.燕昇司信夫  講演前に牧校長先生より訓話

講師:L.苗加康孝

いま、ボランティアという言葉を耳にした時、皆さんはどの様に理解していますか例えば、皆さんのお父さん・お母さんが勤めにでて給料を頂いて働いています。災害が起きて、被災者を助ける時、交通費、食費、泊まる所は自分で確保しなければなりません。被災者にそのような負担をかけてはボランティアにはならないのです。自己負担が原則:そこには時間の奉仕、労力奉仕、金銭的奉仕活動がありまます。NPO非営利活動をするものです・お金をもうけていいの?という疑問が出てくると思います。非営利とは、お金をもらわないで(無償)活動するということではありません。

組織を運営していくには経費を要します。メンバーからの会費収入や寄付金だけでは、本来目的とする事業を遂行するには十分ではないことが多いと考えられます。そこでNPOも事業により収入を得て、安定して社会に存続していくことが求められます。そのためなら、人を雇うことも可能です。

「営利を目的とする団体」との違いはどこにあるのかといいますと、得られた収益を社員や株主で分配するのが営利企業です。非営利で活動するNPOはこのような利益の分配を行わず、利益は今後の事業に充てなければなりません。利益の分配の有無が営利・非営利の分かれ目となるのです。NGONPOと同じ考え方です。NGOは主に海外で活動をしています。だから、会社を経営して時間が自由に使え、お金も少々自由に使えれる人々がボランティア活動で社会に貢献する訳です。

アメリカでは成功者(有名スポーツ選手・会社経営者)は寄付という行為によって社会に還元するシステムが確立しています。犯罪者はボランティア活動を義務づけている場合もあります。また一部の学校でボランティアをする事で単位として認めている場合もあります。



創設者メルビンジョンズについてお話しします。

メルビン・ジョーンズは1879113日、アリゾナ州フォート・トーマスで、騎兵隊を指揮するアメリカ陸軍大尉の息子として生まれました。後に彼の父は転属となり、家族は東部へ引っ越しました。若きメルビン・ジョーンズはイリノイ州シカゴに自らの家を構え、保険会社に勤務したのち1913年に独立して保険代理店を設立しました。

彼は実業家の昼食会グループ「ビジネス・サークル」に加入し、まもなくその幹事に選ばれました。このグループは、会員の職業的利益を高めることを唯一の目的として、当時多数存在したグループのひとつでした。これらのグループは世論に訴えるものが限られていたため、消えていく運命にありました。
◎さきほど、なぜ、「ビジネス・サークル」が必要だったか?信用できる者どうしのグループで商取引が行われた。
当時38歳だったシカゴ実業界のリーダー、メルビン・ジョーンズには別の計画がありました。

メルビン・ジョーンズは自問しました。「意欲、知性、野心によって成功を収めた会員たちが、その能力を地域社会の向上のために活用したらどうなるだろうか?」こうして、彼の招きに応じてビジネス・クラブの代表がシカゴに集まって地域社会を支援する組織を立ち上げ、191767日にライオンズクラブ国際協会が誕生しました。1917年当時マフィアはイタリアで主に労働運動などを扇動し、デモなどを通じて会社や政治への関係を強めた。

また、マフィアの一部はイタリア人アメリカ大陸への移民が増えるにつれて、アメリカ大陸においても同様の犯罪結社を作り定着した。イタリア系アメリカ人は、18世紀から19世紀前半までにアメリカに渡り定着したイングランド人ドイツ人などプロテスタント移民に大きく遅れ、19世紀末から20世紀初頭になってようやくアメリカへ入ってきた後発移民集団であった。彼らはアメリカ社会の底辺に置かれたことから、ギャングへと変貌していった。同郷出身者同士の協力関係を築くようになる。アメリカマフィアは、本来イタリア系移民の中で結ばれたこうした相互扶助の形式から発達したとされる。宗教の違い、人種の違い等で差別的社会であった。その為に商売に成功することは大変な時代でありました。



ヘレン・ケラーを知っています。厳しいサイバン先生の指導で傷害を克服した人です。それでは、世界のライオンズクラブはどの様な活動をしてきたか、幾つかご紹介します。1925年ライオンズクラブの世界大会でライオンズ会員の前で演説しました。ライオンズのみなさん、これが私があなた方に持ってきたチャンスです。米国盲人連盟を助成し、支援してください。予防可能な失明が根絶され、耳や目の不自由な子供がすべて教育を受けることができ、男性であれ女性であれすべての盲人が支援される日が早くやってくるよう、手を貸していただけませんか?ライオンズのみなさん、見える目を持ち、聞こえる耳を持ち、力強く勇敢で親切なあなた方にお願いします。ぜひ盲人のために暗闇と闘う騎士になってください。ありがとうございました。盲人と当時は表現していたが今は差別用語で視覚障がい者といいますヘレン・エラーは数度来日しました。右:富山県アイバンクに献眼登録したライオンズクラブ会員数です。アイバンクの登録カードを見せる角膜移植について 



戦後の貧しい時代:給食費を収めることのできない僻地の子どもたちを助けました「全国のみなさんありがとう」菊池イソ 中学2「私達は海抜680メートルの高冷地帯に住んでいます。春は非常に遅く、桜は6月にならなければ咲きません。冬はまたたいへん早いのです。1年の内半分は、雪の中で過ごさなければならない、寒い所です。5月からお母さんは胸を悪くして盛岡に入院しています。家にはお父さんと弟の3人暮らしています。とても淋しいのですけれども、私がお母さんに代わってご飯炊きなどを一切やらなければならないので、淋しいなどとは言っておられません。週5日間の学校給食があります。お母さんはベッドの中で、「ありがたいことだ、ありがたいことだ」と涙を流して喜んでくささいました。」全国の皆さんありがとう、あらん限りの声をだして、お礼をいいたいと思っています。

【1964年ライシャワー事件駐日アメリカ大使が暴漢に襲われ、輸血の必要性がいっきに深まりライオンズクラブは日本赤十字に協力と支援をするようになった。日本のライオンズクラブは人の集まる場所で献血の呼びかけと啓蒙活動をおこなっています。献血することのメリット 血液が新鮮になる。 健康状態が分かる。



ライオン会員たちの働きかけでマスコミが動き、毎日新聞、NHKがインド救ライ・キャンペーンを展開、62年にアジアを救ライ協会が発足。63年にインド政府と協会の間でライ対策のための日本・インド協定書が交わされた。「乞食、レプラ、果てしなきレプラ!」と言われているインドへ、救ライのために献身せんとする宮崎博士を我がライオンズ3,000名が拍手をもって援助せんことを誓ったのである。

偏見と人種差別:ハンセン病最近迄ハンセン病は偏見に満ちた社会でした。今年、最高裁判所は非を認めた声明がだされた。私が中学生の頃の映画ゴジラの場面でレプラの描写があり、差別的であったことを思いだします。




 
写真左:「障害児教育・交流」を柱としております。
@きずな子ども発達支援センタープール遊びの集い(継続
41年)
A
こまどり支援学校の生徒さんとの交流活動(継続41年)
B富山県立高岡聴覚総合支援学校スキー教室開催(継続
41年)
障害を持つ生徒さんが必要としている教材を寄贈し、不足を補う。
又、生徒さんとの交流を通して、支援の在り方を探ることが目的である。
写真右:高岡市内で30年以上前から行われている万葉かるた大会

左:高岡南部青少年武道大会  右:医療型児童発達支援センター「きずな子ども発達支援センター」にて
毎年12月にクリスマスの集い行います。

左:高岡古城公園清掃活動 右:高岡古城公園濠側に植樹、春には花見で楽しめます

シリア難民支援「世界を驚かせた写真」 支援物資と現地の子ども達

講師:L.苗加康孝

定塚小学校6年生87名

課外授業は10時40分〜12時迄長時間にわたりました。「ライオンズ活動とは」を子どもたちに説明するか
大変難しい。熱心に聞いてくれたことに「ありがとう」熊本地震で御船小学校との関わりができ、これからの
絆を大切にしていただきたい。
最後にL.苗加康孝より大鍋の贈呈がありました。災害時、またイベント用に有効利用ができれば。
        

高岡アラートライオンズクラブ事務局















講師:L.苗加康孝 スライド




 東日本大震災

 福島県郡山聾学校生徒

 常総市水害ボランティア

 熊本地震現状

 5月連休に焚きだしについて

 行列

 定塚小学校募金活動

 年次大会募金活動

 牧校長より募金を預かりました

 御船町長・御船教育委員会

 御船小学校生徒に作文と絵の贈呈

 御船小学校児童の感謝

 御船小学校長に募金贈呈

 横断幕の補強

 焚きだし用の大鍋

生徒から大変難しい質問が10件位ありました。
最後には「生き方」についての質問には講師も大変驚きました。哲学的の問題を、優しい言葉で説明するこのとの
難しさは講師自身、大変良い勉強になりました。
子どもたちが進んで奉仕について学ぶ機会はあまりないと
思います。このようなライオンズクラブの活動をPRすることは今後とも必要なことでしょう。