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37-2:藤川


東海道を歩く (37-2:藤川宿:脇本陣跡) 7km



(写真は、藤川宿脇本陣跡)

しばらくは、右手に、名鉄を見ながら並行して進みます。


名鉄の電車が横を走るのを眺めながら、トラックの排気ガスを我慢して、一本道をひたすら
歩きます。





すると何もない山の中に、忽然と名鉄の巨大な車両基地が!


凄い! 感動! 鉄道ファンの私は感激です!


でも、こんな山中にどうやって通勤を・・・?

そうか!自社の名鉄で通勤すれば良いんだ、駅も職場の前だし!

右手に車両基地を見て国道1号を進むと、すぐ左手に、藤川宿への分岐する道の表示が
ありました。

藤川宿の入口には、広重が描いた「東棒鼻」(ひがしぼうばな)が再現されています。





棒鼻とは、宿場の出入口のことで、大名行列の際は、役人がここで出迎えたそうです。

見附と同じ意味です。

町の中ほどに、藤川宿の見学者用の駐車場とトイレがありました。
この時期、トイレの設置はありがたいです。

元商家の銭屋の当時の名残を残す建物があり、また、問屋跡や本陣跡の説明板がありました。







更に進むと、当時のままの門が残る、冒頭の写真の藤川宿脇本陣跡がありました。

脇本陣跡に建つ資料館は、残念ながら閉館していました。

藤川宿の出口に「西棒鼻」、その向いの藤川の十王堂の境内に、芭蕉の句碑 

「ここも三河 むらさき麦の かきつばた」





江戸時代には、紫色の、”むらさき麦”が藤川宿で栽培され、宿の名産です。



そして、明治以降途絶えていたこの”むらさき麦”は、平成6年に復活し、現在も栽培されて
いるそうです。

5月中旬には、紫色に穂が染まる”むらさき麦”が実るそうです。

藤川宿を抜けて、名鉄の踏切を渡ると、1車線の旧東海道沿いに、藤川の松並木があります.





ここも立派な松並木です。

1号線に合流して、トラックの排気ガスに悩まされながら進むと、旧東海道は、やがて1号線
から分岐して、乙川を渡ります。





旧東海道は、乙川を渡った先で、1号線を斜めに横切り、そこに下の写真の大平一里塚が
ありました。



次の岡崎宿を目指して、もう一息の頑張りです。

藤川宿から岡崎宿まで約7キロです。



バスで行く東海道「第7回-4」(藤川宿〜岡崎宿) 2012.10.7


「37:藤川宿」

”ここも三河 むらさき麦の かきつばた” と、芭蕉が詠んだ様に、藤川宿一帯は、むらさき麦の
栽培が盛んだったそうで、5月に訪れれば、今でも見る事が出来るそうです。



浮世絵は、棒鼻と呼ばれる宿場町の端です。大名行列を迎える二人の宿場町の役人と、笠を
脱いでひざまずく旅人です。

藤川宿の出入口には、江戸側に東棒鼻、京側に西棒鼻があります。どちらも写真の様に、
浮世絵をもとに復元されています。


棒鼻の”鼻”は、突端の意味です。

下の写真は、藤川宿の街並みです。





上の写真の藤川宿脇本陣の中に、藤川宿資料館があり、宿場町模型、高札、古図、それに
下のむらさき麦の写真のなどが展示されています。



むらさき麦は大麦の栽培品種で、食用というよりはむしろ鑑賞・染物などに使われていたそうです。

茎や穂が紫色になる美しい麦で、戦後までは細々と作られたきたむらさき麦も、いつの間にか
消えてしまい、幻の麦となってしまいましたが、10年前より再び栽培されるように
なったそうです。

藤川宿の西のはずれに約1キロの藤川の松並木があります。

37-1:本宿
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