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28-1:見付


東海道を歩く (28-1:見付宿・旧見付学校) ---[磐田] ---




(写真は、旧見付学校)

旧東海道は、国道1号の左側を並行して走り、やがて国道1号を斜めに横切り、1号線の右側に
変わります。



「東海道五十三次ガイド」によると、この旧東海道と1号線とがクロスする地点が、遠州の
鈴ケ森の処刑場の跡で、打ち首になった白浪五人男のリーダーの日本左衛門が獄門
にかけられた供養塔がある、と書いてあります。

遠州鈴ケ森の看板を見つけて、直角に近い石垣の急な石段を、手すりにつかまりながら登ります。
階段を登った所は、雑草が生い茂り、6畳一間くらいの狭いスペースしか無く、そこに石碑が
二つ建っていましたが、説明板も何も無く、石碑の字も読めないので、日本左衛門の供養塔
なのかどうか、よく分かりませんでした。



遠州鈴ケ森から暫く歩くと、見付の宿場町に入った感じで、街道沿いには、問屋場跡などの
丁寧でわかり易い案内板が続きます。



脇本陣跡の門は、江戸時代のそのままの門が残っていました。



「見付」と言っても、皆さんはピンと来ないと思いますので、あのサッカーのジュビロ磐田の
「磐田市」と言った方が良いかもしれません。

でも、それにしては、町の中には、ジュビロ磐田のポスターがほとんどないし・・・

それに、こんな小じんまりした小さな町で、あんなに強いサッカーチームが何故成り立つ
のでしょうか?

う〜ん?

熱狂的な町の風景を想像していたので意外でした。

街道を更に進むと、冒頭の写真の旧見付学校がありました。

「旧見付学校」は、現存する日本最古の洋風木造建築の校舎だそうです。

洒落たデザインの素敵な建物ですよね。見付宿のメインストリートは、歩道の幅が広くて
歩き易いです。





日没が早いので、見付宿の南の端のJR磐田駅から、JRに乗って宿を予約している浜松駅に
向かいました。

次の日は、浜松から磐田駅まで戻ってスタートする予定です。



バスで行く東海道「第6回-3」(掛川宿〜舞阪宿) 2012.9.16

「28:見付宿」


・一里塚

 見付(磐田)の市街地に入ると、先ず愛宕山の上に愛宕神社があり、その奥に下の写真の
見事な一里塚が残っています。



 見付(磐田)の市街地には、今回は、至る所に、J1のジュビロ磐田のノボリがはためいて
いました。



・姫街道の道標

 東海道は、見付宿の町中の街道を左折しますが、真っ直ぐ行くと「姫街道」です。



 これは、東海道の新居宿の新居関所の「女改め」が厳しかったので、姫様たちがこれを嫌い、
峠のある池田街道(姫街道)を通る様になったそうです。

・国分寺跡

 見付宿は、古代には遠江の中心として国府が置かれました。
 
国分寺の礎石があり、史跡公園として整備されています。



・府八幡宮
 道路を挟んで、国分寺跡の向い側に、遠江の国の国府八幡宮があります。



・天竜川

次の浮世絵は、天竜川の中州で、舟渡しの様子です。

 天竜川は、歩いて渡れないくらい急流で、”暴れ天竜”と呼ばれたそうです。



 このため舟で渡りますが、舟が急流で下流に流されるのを想定して、渡し場は、その分だけ
 街道筋より上流にあったそうです。 

なるほど!舟が流されて、丁度、対岸の街道筋の位置に着く訳ですね。


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