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10-1:箱根宿東坂


東海道を歩く (10-1:箱根宿東坂)10km



(写真は江戸時代の石畳)

箱根湯本〜元箱根

箱根湯本の手前の三枚橋を左折して旧東海道に入ると、箱根東坂が始まります。

箱根湯本から芦ノ湖湖畔の箱根宿(元箱根)を経て、箱根峠までの登り坂を箱根東坂、
箱根峠から三島宿までの下り坂を箱根西坂と呼んだそうです。



上の写真の北条早雲の菩提寺の早雲寺を右手に見て、暫く歩くと、写真の箱根最初の
旧街道の石畳道の入口があります。

♪箱根の山は〜♪天下の険

登っても登っても急な坂道です。

石畳というより、大きな石がゴロゴロしている坂道という感じです。



次から次へと、四か所もの急な坂をやっと抜けると、寄木細工の里で有名な畑宿に出ました。

下の写真は、本陣跡です。



ここで一休みして、箱根最大の難所である七曲の急坂(ヘアピンカーブ)に挑みます。

この車のヘアピンカーブを串刺しするかの様に、旧街道は、最短の直線距離で急な石段を
一気に登ります!!

石段の途中に、江戸時代の人が詠んだ歌が・・・



「かしの木の 坂を越ゆれば  苦しくて どんぐり程の 涙こぼる」

ホント!

余りにも急できつい階段の坂に、私も、思わず、どんぐり程の涙がこぼれてしまいました?! 



この急坂を登りきったところに、江戸時代から続く甘酒茶屋がありました。 

三枚橋から約4時間の長丁場です。
力餅と甘酒で、気力を回復します。

気力を振り絞って、更に石畳の旧道を元箱根まで歩きます。





1時間余り歩いて、ようやく元箱根の芦ノ湖の湖畔に着きました。



疲れて、横浜まで戻る気力もなく、湖畔の温泉民宿に一泊します。

湖畔の夕焼けを眺めながら、天ぷらそばを食べ、温泉に入り、石畳道での足の疲れを
癒します。

小田原宿から箱根宿まで約17キロです。

(小田原から箱根湯本までが7キロ、箱根湯本から元箱根までが10キロ)



バスで行く東海道・第3回 (小田原宿〜三島宿) 2012.5.24

「10:箱根宿」

浮世絵は、53次で最大の難所・箱根の山で左側が芦ノ湖です。



石畳の道を少し歩きますが、新緑の緑が気持ち良いです!



石畳の道を進むと、畑宮です。

畑宮は、江戸時代は、小田原宿と箱根宿の間宿(あいのしゅく)として栄えたそうです。

また畑宮は、”寄木細工の里”として有名です。

寄木細工の実演が見られます。

下の写真は畑宮本陣跡です。



七曲の急坂(ヘアピンカーブ)の先に、江戸時代から続く甘酒茶屋があります。



甘酒茶屋の隣は、箱根旧街道資料館です。(無料)



箱根関所に入ります。

一人旅の時は、早朝に出発したため、未だ箱根関所跡が開館していなかったので、
新しくなってからの初めての入館です。

(箱根関所と資料館:400円)





箱根関所の目的は、「出女」(人質として江戸に居住させている大名の妻子が国元へ逃亡)
の取り締まりにありました。



次に、山中城跡を見に行きます。



山中城は、北条氏が小田原城の西の守りとして、箱根峠の西坂の途中に築いた城で、
大規模な城だったらしいです。

でも、天下統一を目指す豊臣秀吉の7万の大軍に半日で落城したそうです。

昨年の一人旅のときは、山中城跡から、上長坂、下長坂、小時雨坂、大時雨坂、
臼転(うすころばし)坂と、延々と下り坂を歩いて、国道バイパスと合流したものです。



一人旅では、更に歩き、写真の錦一里塚があり、初音が原の松並木を、愛宕坂、
今井坂の下り坂を延々と進むと、ようやく三島宿に到着という感じで気の遠くなる様な
歩きでした。


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