本文へジャンプ
多摩川を歩く (その29) (玉川東陸閘(りっこう):東京側)  2022.9.16




(写真は、玉川東 陸閘(りっこう))


 



等々力渓谷の散策を終え、多摩川の堤防に上がって、上の写真の玉堤通りを横切り、多摩川の河川敷に下りて歩いて行きます。









写真は「下野毛排水樋管(ひかん)」で、浄化された下水をここから多摩川に流しています。







自動車専用道路の「第三京浜(多摩川橋)」の下をくぐります。





















お腹が空いてきたので、多摩川沿いのフランス料理「ルナティック」に入ります。 







先ず上の写真の販売機で食券を買ってから席に着きます。

テラス席で多摩川の風景を眺めながら食事します。







(エスカルゴ:980円)



(牛フィレステーキ:1,860円)



(トッピング用のキャビアとトリュフ:490+490円)



(牛肉たたきカルパッチョ:960円)



(デザート)

 



フランス料理店・ルナティックを出て、田園都市線の「二子玉川駅」を目指して、多摩川の旧堤防の上を歩いて行きます。







旧堤防は、多摩川の堤防から100メートルくらい離れた陸側に、写真の様に、土塁の形で築かれています。





写真は、二子玉川駅の手前の「玉川東 陸閘(りっこう)」です。



「陸閘(りっこう)」とは、土手の一部を切断しておいて、緊急時には、その土手の一部を開閉する堤防のことです。

この場所に「陸閘」が設けられたのは、以前に、ブラタモリの 「二子玉川・玉川 やなぎや」でもやっていましたが、以下の理由によるものです。

明治から昭和の初期までは、この陸閘の辺りの多摩川に面した場所は有名な行楽地でした。 

料亭などが建ち並び、川の景色を楽しみながら食事をしたり、屋形船での川遊びもしていました。



大正3年、二度の大洪水が多摩川を襲ったのを契機に、多摩川の河口からここ二子橋の間の改修工事が始まりました。

しかし、この辺りの多摩川沿いに建ち並ぶ料亭が、「眺めが悪くなる」として猛反対しました。

そこで、洪水時には立ち退くことを条件に、現在の多摩堤通り沿いに築堤されて、料亭は築堤の外に残ることが許されました。

つまり、料亭街を除いた形で堤防が築かれ、いざという時の脱出経路として、陸閘(りっこう)と呼ばれる、手動で開閉が出来る堤防になりました。

しかし、その後、築堤の外に残った料亭は次第にさびれて宅地になっていきました。



写真は、現在の堤防と旧堤防(陸閘)の間にある「二子の渡し」跡跡です。 



旧堤防の上を歩いて行くと、上の写真の二子玉川駅のホームの手前に、私が住んでいたマンションがあります。



そう、この写真がそのマンションです。



え・・・?

ウソ〜!!・・・?

我が家だったマンションが無い!

去年来たときには、ここに私が住んでいたマンションが確かにあったのに?!!

慌てて旧堤防を駆け下りると、建て替え工事中の表示が・・・



(建て替え工事後の完成予想写真)

東急田園都市線の下をくぐって、二子玉川駅の東口に出ます。



こちら側の旧堤防は、「玉川西 陸閘」です。



田園都市線の「二子玉川駅」から乗車して、あざみ野駅経由で新横浜に帰宅しました。