変な恰好の小隊長さん
三章
周りが真っ白になって。目が開けられないほどまぶしかった。飛行機の音は耳が痛くなるほど大きくなった後、また小さくなる。
「再追跡、精密測定、自動追尾開始」
トラックのエンジン音が大きくなる。何か機械のきしむ音が聞こえる。たぶん、さっきのミサイルだ。ミサイルは上空を飛ぶ飛行機に対してずっと、先を向け続けている。
ばさっと僕の背中に何かが覆い被さった。この感じはお姉さんだ。顔を土につけたままなので、口に砂が入る。でも、お姉さんは僕をもっと土に押しつけた。そして、ぎゅううっと抱きしめる。
「お姉さん?」
お姉さんと密着すると安心する。お姉さんは、そのまま僕にささやいた。
「大丈夫、がんばれ」
そして、敵の飛行機に目を向けて、今度は何の感情もこもらない言葉を吐き出した。
「発射」
その声とともに、地面が揺れて、電柱ほどもあるミサイルが打ち上がった。ズドーッという音と一緒に爆風がお姉さんの体を揺らす。お姉さんの体が前へ前へと動いていくので、そのまま吹き飛ばされるんじゃないかと不安になる。
その時間はすぐに終わった。。お姉さんは、がばっと立ち上がると、僕の前に仁王立ちになる。
「チッ、ウィーン」
お姉さんが静かに両手を前に伸ばす。ミサイルの煙の中、お姉さんは正確に飛行機の方に腕を向け続ける。その腕が開いて、中から黒い筒のような物が出てきた。その筒が不思議な光を漏らす。
「あ、」
僕はびっくりした。お姉さんの腕は機械で出来ていることがわかった。でも、ほんとにびっくりしたのはそんなことじゃない。手を伸ばしたあと、お姉さんの背中が開き、ふわあっと、何か白い物が広がっていったんだ。
「天使の羽根?」
柔らかそうなたくさんの羽根が、ふわっと広がった後、ぴんと張る。お姉さんは一瞬僕の方をちらりと見て、また飛行機に目を向けた。
「どきん!」
僕を見たときのお姉さんの顔には何の表情もなかった。人形のように整った、僕たちとは違う何かだった。無表情な目つきは本当にお姉さんなんだろうか。お姉さんの冷たいほどの美しさに、僕は視線を外せない。僕だけでなく敵の飛行機でさえも、無表情に見つめ続ける。それは戦うためにプログラムされた、ただの機械。
「予想位置修正、諸元入力、励起状態良し」
感情のこもらない声で、淡々とつぶやいていく。ちょっとの間が空いて、その直後、どおん、どおんとお姉さんの前が、3回真っ白く光って、そのたびに空気が揺れた。やがてバリバリと言う音が頭の上を通過して、焼ける風が襲ってくる。服がない首筋や手が、我慢できないほどに熱くなって、火傷しそうだ。あまりの熱さに手をできるだけ引っ込める。縮こまったまま、いつまでやっていればいいのかなと考えたとき、離れたところで、何かが爆発した。ちょっと遅れて砂と風が降ってきた。
「......?」
飛行機の爆音が消えて、耳が痛いほど静かになった。恐る恐る顔を上げると、変な機械音が近づいてくる。
「コク、コク、チュイーン」
「ウオン、ウオン、ギシッ」
その機械音はお姉さん。一歩一歩足を動かすたびに何かが聞こえる。
「大丈夫か」
その声はお姉さんの声だった。よかった。いつものお姉さんの声だ。でも、お姉さんを見て、ちょっと声が出なくなる。
重い足音と機械音を出して、ゆっくりと歩いてくるお姉さん。その手からは白い煙が上がっているし、背中には大きく広がった羽根がだらりと下がっている。
僕の方を向いて、こちらに歩いてくるお姉さんは、なんだか怖い別の人のようだった。
「......」
僕が息を呑んだまま、お姉さんを見つめていると、その怖い顔が、ふっと緩んだ。それと同時に、手に開いた機械が閉じ、羽根がゆっくりと背中の中に納まってゆく。
「はーっ」
息をするのを忘れていた。緊張で息をするのを忘れていた。腕の機械も背中の羽根もなくなったお姉さんは、いつものお姉さんのようだった。
「大丈夫か、少年、見せてみろ」
ほっとして、ちょっと周りを見回してみる。手足は擦り傷だらけ、膝から血が一筋流れていた。顔の半分がずきずきして砂だらけ。口の周りが熱いから拭ってみたら、どろっと血がついた。
「うわあ」
真っ赤な血に驚いて声を上げたら、お姉さんは僕の前にひざをつき、布で顔を押さえてくれた。おっかなびっくり顔を拭いていく。どこか大怪我していると思ったら、鼻血だった。
ぽたぽたとおちていく鼻血で、なにかを鼻に突っ込まれた。とりあえず鼻栓して血を止める。お姉さんは、ぴりっとビニール袋を破って、濡れた脱脂綿を取り出し、怪我をしたところを拭いてくれた。
お姉さんもの服もぼろぼろだった。焦げているところがいくつかある。破れたジャケットは僕の目の前にぶら下がっていたものだった。少し状況が分かってほっとする。安心して、手当してもらっていると、さっきの飛行機を思い出す。
「さっきの飛行機はどうなったの」
「撃墜した」
お姉さんは、顔を少し動かして後ろを示す。ずっと遠くで、煙が上がっている。
「あれは...」
「ん、なにか」
お姉さんは僕の手当てをしながら答える。
「お姉さんが...やったの?」
「ああ」
「あの飛行機に人は乗っていたの?」
お姉さんはしばらく黙っていた。ぼくも、聞き返してはいけないような気がして黙っていた。
お姉さんは、顔、手、足についた砂と血をゆっくりと拭っていく。ひざの怪我に絆創膏を貼ってから、お姉さんはつぶやくように言った。
「少年」
「はい」
「人は乗っていた。軍人は敵を倒すのが仕事だ」
「......」
飛行機の人が死んだのかどうか、聞くのが怖かった。何度も聞くかどうか考えた。でも聞けなかった。
手当てが終わっても僕が黙って立っているので、お姉さんが、僕の背中をぽんとたたく。
「すまなかった」
「え」
何を謝っているのかわからなかった。
何もできずにいるところへ、どこからか誰か走ってくる音が聞こえた。
「有樹―っ!!」
おとうさんだった。お父さんは、僕がお姉さんと一緒のところをみて、ぎょっとしたようだった。
お父さんは大人の顔になって、お姉さんを厳しい顔で見つめた。
お姉さんは何も言わない。
少し離れたところで、お父さんは小さく頭を下げた。
「有樹、来なさい」
僕はお姉さんを振り返ったけど、お姉さんは、お父さんをじっと見ている。僕はお父さんのところにゆっくりと歩いた。
お姉さんは、ちらりと、僕を見ると、お父さんに頭を下げた。
「お子さんを怪我させてしまって申し訳ない。わたしのミスです」
「いえ」
硬い表情のまま、お父さんは僕の怪我を見ている。見終わると、お父さんは無言のまま、また頭を下げた。
「有樹、帰ろう」
お姉さんはずっと頭を下げたままだった。お姉さんは見えなくなるまで、ずっと頭を下げていた。
お父さんは厳しい顔のまま、僕と手をつないでいる。怒られそうだけど、何で起こっているのかわからないので何もいえない。
「お父さん」
「......」
「あのお姉さんは悪くないんだよ」
「......」
黙って、手を引くお父さん。僕は、お姉さんのことを話そうと、何を言うか考えて、でもなんといっていいかよくわからなくて、うまく話せない。
「あのね、お父さん、あのね...」
お父さんは突然口を開いた。
「あのお姉さんにお礼を言ったか?」
しまった、言ってなかった。
お父さんは僕に笑いかけた。
「今度会ったときはお礼を言っておくんだぞ」
「また行ってもいいの?」
「軍人さんに邪魔にならないようにな、もう大きいんだからそれくらいわかるだろ」
「うん」
お父さんは怒った顔をしていなかった。もう夕暮れが近い。野草のかごを忘れたけれど、それはまた明日取りに行こう。
3章おしまい まだ続きます。