変な恰好の小隊長さん

 

一章

 

僕はいつも廃墟の近くを歩く。このあたりは、軍事施設があったところで、その周りには人気がなく、少し深い森に包まれている。この森の真ん中にある施設はずっと前に壊されていて、建物は完全に崩れ落ち、あとはただの瓦礫の山になっている。この森で、食べられる物を探すのは僕の仕事。軍事施設だから、危ないものがいっぱいある。小さな近所の子供たちを連れて行って、何かしたら危ないので、この森にはいつも僕だけでいく。

あるとき、大人たちが話していた。森の奥の軍事施設に兵隊さんが来ているらしい。すこし中をのぞいてみたことがあるけど、たぶん武器みたいなのがたくさんあったから、それを取りに来たのだろう。今日もいつもの獣道を通る途中で施設に近づくと、物音が聞こえてきた。ははん、これが大人の言っていた兵隊さんだな。

獣道を少し離れ、施設が覗けるところまで言ってみる。あ、いたいた。何をやっているのかな。外から見るのなら怒られはしないだろう。フェンスにぴったりと顔をつけて、中の様子を見守った。

「図面によると地下室はこのあたりのようですね」

「しかたない。工具を用意しましょう」

「了解です」

何人かの兵隊さんがどこかへ走っていってしまった。残っているのは、少し他の人とは違う変な格好の女の人。でも、変なのは格好だけではなかった。

しばらくあたりを歩いた後で、そのお姉さんは大きなコンクリートの固まりに手をかけた。誰がどう見たって、あんな物が動くはずはない。でも、その固まりは、ばりばりと音を立てて動いた。そんなに大変そうな顔もせず、自分より大きなコンクリートのかたまりを持ち上げて、少し離れたところに転がした。

「わー、すっげえ」

思わず声を出したら、そのお姉さんがにらんだ。怖い顔だったので、思わず逃げようとしたら、大きな声で怒鳴られた。

「こら、そこの少年、動くな」

びしっとした声で言われると、足が動かなくなった。怒られるのは間違いなさそうだ。でも、今逃げても後で家まで追いかけてきそうな気がするから、どうしていいか分からなくなった。お姉さんはフェンス越しに僕の前に来てにらんでいる。

「少年、君は何でここにいるのか」

「え、ち、ちょっと見ていただけ」

「ふむ、君、名前は?」

ああ、後で両親に言いつけられることは確実だ。

「有樹、森川有樹です」

「年齢は?」

11歳です」

「有樹君、11歳。よしっ」

何がよしか分からないけど、お姉さんは名前を聞いてうなずくと、少ししゃがんで、僕の目と同じ高さに顔を近づけてくる。

「有樹君、ここは軍の施設なんだ。ここに何があるのか分かるか?」

「は、はい。ぶ、武器です」

「そうだ、11歳なら、ここに来てはいけないことは分かるだろう?」

「はい」

返事はしたけど、この森には、お父さんに教えてもらった野草が結構育っている。戦争のおかげで、食べ物も少ないので、僕の取ってきた野草が食事に上ることも多い。他の場所をまた探さなくてはならないのかな。できればたまに、ほんとにたまにでいいんだけど、取りに来ちゃいけないのかな。中には入らないんだし。

ちょっと勇気を振り絞って聞いてみる。

「あの」

「ん、なにか?」

お姉さんが僕の目を見つめた。びくん。お姉さんの目の光はまっすぐに僕の目をのぞき込んでいる。何か背中がぞくっとした。

今気づいた。今更だったんだけど、お姉さんは女の人だった。黒く強い光に輝いた目。すらりとした体、体にぴったりとした水着のような服。普通の兵隊さんと同じような色の服だけど、きれいな足の形はそのまま見えていた。だけど足には頑丈そうな長い靴を履いている。戦車のキャタピラみたいだった。

お姉さんの全身を見つめていたら、お姉さんはすこし困ったような顔をした。

「少年、有樹君。なにか言いたいことがあるのではないか」

「あ」

何を言いたいかすっかり忘れていた。なんだったっけ。何か言わなければならないと思い、今考えていることを言ってみる。

「お姉さん、すごくかっこいい...です」

お姉さんの目が点になった。えっと、僕は今、何を言ったんだっけ。

 

 

戦争は僕らの国も相手の国もぶっ壊してしまった。お父さんが苦労して聞いたラジオによると、両方とも政府がダメになって、ほとんど戦争は終わったらしい。でも、終わったと決まったわけではないので、まだ時々攻撃がくる。兵隊さんもまとまって終わらせようとしているみたいだけど、みんなどうなるのか分かっていない。

 

 

野草を取りに来て良いか聞いてみると、お姉さんは困ったような顔をした。入り口の方へ行けと命令されたので、ごつい門のある入り口に行ってみる。トラックが2台止まっていて、2人の兵隊さんが大きな機械を下ろしているところだった。お姉さんは入り口で待っていた。

「中村兵曹、少年がこの周りで野草取りをしたいと言うのだがどう思う」

話しかけられたのは人の良さそうなおじさんだった。無精ひげの顔を僕に向けて、しばらく黙っていた。

僕は、おじさんに頭を下げた。そのとたんおじさんは歯を見せて笑った。

「美浜少尉、よろしいのではないでしょうか。中に入らなければ危険は少ないと思います」

「そうか」

お姉さんはうなずいた。それを見ておじさんは僕の頭をぐりぐりと触った。

「坊主、中は危ないからな、入るんじゃねえぞ。この近くに来るときは俺らの誰かに一言言っとけ。気がつかないと危ないこともあるからな」

「そうだな、我々は、しばらくここにいる。近くに来るときは我々に言うようにしなさい」

「はい、わかりました」

僕は出来るだけはっきりと返事をした。明日からも同じようにして良いんだと思うと、ほっとする。

お姉さんはもう、下ろした機械の方に顔を向けて何かやっている。しばらくお姉さんを見つめているとおじさんが行った。

「もういいぞ、戻ってよし」

「はい、ありがとうございます」

礼を言って、戻ろうとすると、お姉さんが僕を呼び止めた。

「ああ、ちょっとまて」

トラックの運転席から、何かを持ってきて、僕にぽーんと放った。お姉さんはにやりとして言った。

「帰ってから食べなさい」

それはビスケットの袋だった。

 

爆撃を受け廃墟となった軍事施設。そこで兵隊さんが何かをやっている。しばらくの間は、その廃墟を何とかしようとしていたけれど、いつの間にか入り口にテントが立っていた。

来たら教えろと言われていたので、そのテントを覗いて、兵隊さんに来たことを告げた。何度か行くうちに、おじさんはいなくなっていた。お姉さんだけがテントの中にいて、時々あたりを見回っていた。

 

いつものように施設の入り口までやってくると、大きなトラックが止まっていた。テントにはだれもいない。何となくお姉さんの声がトラックからするので、トラックにむけて大きな声で挨拶した。

「こんにちは」

「ああ、坊主か、ご苦労さん、気をつけてな」

おじさんがトラックの荷台から降りてくる。僕の顔を見ると軽くうなずいて、また荷台に入っていった。

おじさんが入っていったところの入り口がめくれて中が見える。中には機械がいっぱい並んでいた。

「あっ!」

そこで、少し不思議な物を見た。そこにはお姉さんが横たわっていた。何か電線をいっぱいに付けて。

 

僕が中を見たことに気づいたのか、おじさんはすぐに入り口のカバーを下ろした。

見た、見てしまった。お姉さんは何か違う人だ。普通の人と違う格好なのもそれが理由に違いない。顔もきれいでかっこいいけど、なにか普通の人とは違う。ちょっとどきどきする。でも、もう少し見ていたかったな。あんなきれいな女の人、僕は見たこと無かったから。

 

 

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