熊野古道(H23.2.26〜2.27)

熊野古道中辺路の一部を歩いて熊野詣でしてきた。

2/26(土)

I君と名古屋8:08発のワイドビュー南紀1号で出かけた。熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)を巡って熊野古道を歩く旅である。JRの南紀熊野フリー切符は、往復電車とフリー区間のバスが乗り放題で通常料金の半額程度なので、これを利用した。3時間半電車に乗って、那智勝浦へは11:38に到着。すぐに那智大社行のバスがある。まずは、那智大社へ。

那智大社は、命の根源である水が豊富にあふれ落ちる那智大瀧を、古代から「神」としてあがめ、そこに国づくりの神である大国主命をまつり、また、親神さまである夫須美神をおまつりしていた。」そうだ。(那智大社のHP)

お参りの後、「那智の滝」の近くまで行く。落差133mの滝は、水量がやや少ないが、さすがに日本3名瀑だ。その大きさ、高さに圧倒される。

社からは、熊野古道を少し歩いてみた。大門坂という石畳である。杉並木に囲まれた石畳となっていて、昔を偲ばせる。約30分程度で、大門坂のバス停に到着する。ここから、勝浦行のバスに乗って那智駅で新宮行のバスに乗り換える。次の目的地は熊野速玉神社である。速玉神社は新宮市内にあって、新宮駅の手前の権現前バス停で下車。

    
          熊野那智大社                       大門坂

「熊野速玉大社は、熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮。今から約二千年前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と申す。」とある。(速玉大社のHP)

朱色に塗られた社殿は鮮やかである。参拝を済ませたところで、神職の方が大社の説明をしていただけるというので近寄った。新宮である当社と旧宮である神倉神社の話があり、神倉神社に行ってみるよう勧められる。時間があったので、旧宮の神倉神社に向かった。

    
         熊野速玉大社                      旧宮神倉神社

山の中に本宮があり、そこまでの階段がかなり急坂である。我々が山登りするときの岩場とほとんど変わらないといっても過言ではない。しかし、行ってみてなるほど、速玉大社の神職が勧めただけあって、山の中にあるお社は、なんとも言えない尊厳さを醸し出している。大きな一枚岩にたたずむ小さなお社だ。

本日は、二つの大社と旧宮を詣でて、30分の熊野古道を歩いて、終了。早めに就寝。


2/27(日)

まだ寝静まっている日曜日の朝、7:05の本宮行のバスに乗り込んだ。乗客は私1人だ。I君は古道を歩くつもりはないので、お昼に本宮大社で落ち合うことにしている。約40分バスに乗ったところ「志古」で下車。ここから林道を1時間ほど歩いたところに、熊野古道がある。

下車して早速歩き始めた。後にも先にも誰も人がいない。やがて林道から分かれて、熊野古道入口がある。登山道入り口のようなところだ。ところがこれを見逃してしまった。案内ではここまで110分とあったので、相当あると思っていたが、約60分のところだ。案内より早いとは思っていたものの予定より早かったのと、入り口は左側だったが、右側を歩いていた時だったので見逃したようだ。通り過ぎたことを意識して、引き返したが、20分のロスタイム。

ここの古道は、あまり人が来ないのか、道はそれほど整備されていない。まさに古道そのままといった道で、登山道のようである。鳥のさえずりと私の足音以外聞こえない。不気味といえば不気味である。入口から15分程度で万才峠にさしかかる。そこからはほとんど下りとなり、やがて、小雲取越合流点だ。

合流点からは、道も整備されていて、歩きやすかった。ほとんど緩い下り坂だ。「請川」のバス停に出てきたのは、10時40分頃だった。約3時間誰にも合わない、一人山歩きだった。ここからまたバスに乗って本宮大社を目指すことも考えたが、時間があるので、歩くことにした。熊野川沿いに国道を50分ほど歩いた。本宮前にまさに到着したとき、I君がバスから小生を見つけてくれて合流した。

「熊野本宮大社は和歌山県田辺市本宮町にある神社。熊野三山 の一つ。家都美御子大神(けつみみこのおおかみ、熊野坐大神〈くまぬにますおおかみ〉、熊野加武呂乃命〈くまぬかむろのみこと〉とも)を主祭神とする。」とある。(ウィキペディア)

    
         熊野本宮大社                   熊野古道中辺路(小雲取越)


今回歩いてきた熊野へ通じる道=熊野古道は、熊野三山に通じる道であり、信仰の道だ。昔から熊野詣での巡礼者を多く迎え入れてきた。昨年5月同じく世界遺産である吉野から繋がる大峯奥駆道を歩いたが、紀伊の国の自然と信仰の深さを改めて知った旅だった。


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