拭き漆工房 翠簾洞 素舟齋
端午の節句で食べた柏餅の葉が綺麗に見えたので、これに漆を塗って菓子皿にしてみようと思いました。藍胎漆器のように葉に漆を塗れば良いだろうという単純な考えでした。しかし柏の葉には裏面に太い葉脈と密生した絨毛があり漆が浮いてしまいます。そのため漆を馴染ませるのに、麻布を貼ったり紙を貼ったり、また仕上げの色漆に黒っぽいムラが出たりして、予想外に苦労しました。結局構想してから僅か3枚の菓子皿を完成させるまでに8年掛かったことになりました。
2004年6月当時の放棄した状態
2004年春、端午の節句に食べた柏餅の葉がとても綺麗だったので、これを使って菓子皿を作れないものかと考えた。
早速5月から仕掛かり始めたが(W35)うまく出来なくて何回もやり直したが、結局2006年4月から放り出したままになっていた。
2011年7月には別途に仕掛かっていたこの「W98」に統合してしまった。
(2011.07.13.の項を参照)▲TOP▲
前回の柏餅の葉を使った菓子皿(W35)は漆塗りが思うようにならず停滞したままなので、今年の柏餅の葉を使ってまた新に菓子皿を作ることにした。
表を2回 裏を3回(最初は瀬〆漆 2回目以降は梨子地漆)塗ったが、表側に反り返ってしまうので、表に麻布を貼ることにした。
ガラス板の上にサランラップを敷き、その上に葉を上向きに置いて麻布を掛け、瀬〆漆を塗っていった。
この3層構造にしたものを5枚重ねて積むつもりだった。しかし瀬〆漆を予想以上に大量に消費するので3枚まで塗ったところで漆が無くなってしまった。3枚を積んだ上にサランラップを掛けガラス板を置いて上に重しを置いた。中まで硬化するのに何日かかるか分からないが結果が楽しみだ。
周囲の5枚が布貼り品
中の5枚は布を貼らないので丸く巻いている
長津田のホビー店で「上生漆」を買ってきた。瀬〆漆を使い切り不足分は生漆を混ぜて残り2枚を塗った。生漆は瀬〆漆に較べて心もち粘性が少ないようだ。
昨日塗った分はまだ半乾きだが、周辺の反り返った分は納まってほぼ期待通りに出来たようだ。
2枚のガラス板の間に挟んで硬化を待つ。▲TOP▲
ガラス板を取ってみると反りはないが5枚とも色むらが激しい。
葉の先を見ると一部麻布と接着していない部分がある。布を少しめくってみるとパリッパリッと音がして葉から綺麗に剥がれてしまう。試しに1枚全部剥がしてみると、殆ど抵抗なく綺麗に剥がれてしまった。これでは完成後の使用中に剥がれてしまう虞がある。
5枚とも布を剥がし残っている漆を手製鑿で丁寧に落とした。薄い皮膜となって剥がれる様子を見ると剥がしてよかったと思った。
改善策として木工ボンドで和紙を接着し、その上から漆を塗れば剥がれないと考えた。ところが 木工ボンドを葉の表面に塗るのは存外と難しい。葉がずれるしボンドが均一にはならない。
そこで今度はガラス板の上にサランラップを敷き更にティッシュを敷いて、その上に葉を置き木工ボンドを指で塗った。その上に和紙を置きティッシュを重ねて上から押さえて和紙を密着させた。
和紙が破れたところもあったがこの上にまた布を貼るつもりなので余り気にしないでもよい。葉の上に付いた木工ボンドは濡らしたティッシュで拭いたが、その際また和紙が破れたりした。
和紙の上に上生漆をたっぷり塗って麻布を置き、間に入った空気を抜くようにしごきながら、しっかり押さえ付けた。
漸く5枚の処理を終わり、重ねてガラス板の間に挟んでおいた。
平に仕上がった。葉の周囲で漆が廻っていないところも少しあるが、和紙を挟んだのは成功した。布は織り目がはっきりと出ている。
葉の周囲に沿って鋏で切ってゆくが、なかなか固くて鋏の手が痛い。切り取ると殆ど反りはなく両面どちらを使ってもよさそうだ。
布面は如何にも裏という感じがするが、朱漆と金漆で研ぎ出せば豪華ににもなるだろう。葉の面は若干の色むらがあり、葉脈が浮き出ているのが漆を塗って艶が出れば表にしても面白そうだ。
布面を表にすると葉の質感が薄れるから、葉を表にする方が素材を活かせるようにも思う。いずれにするかは未定だ。▲TOP▲
時間と共に布側が反って葉側にゆるく丸まってきた。
この調子だと布を裏にすることになるが、反り方が丸い筒状になっているので矯正しなくてはならない。しかし矯正する方法が分からない。
1晩漆風呂に入れておいたら反りが若干弱くなった。と云うことは湿度で外形が変化すると云うことだ。菓子皿としては何等かの対策が必要だろうが、もっと漆を塗り重ねた時点で様子を見よう。
葉が布から剥がれている箇所があるので木工ボンドで接着した。
葉の面にはいろいろなムラが目立っていたので、昨日生漆を掛けた。特に表裏が密着していない部分には筆で押し込むようにして漆を入れた。
今朝硬化したところを見ると幸いなことに離れていた部分がしっかりくっついていた。またムラも綺麗になっているし貼り合わせの端面もうまく漆が乗った。
葉脈がはっきりと出ているのでこの上にはあまり厚塗りしない方がよさそうだ。
裏の本朱も硬化したがどうも麻布の質感が菓子皿とマッチしないような気がする。また周囲のざらつきや密着の悪い部分があるなど、完成度は低いと言わざるを得ない。
更に時間と共に湿度の加減か表面に反ったり裏面に反ったりするのが困りものだ。或いは麻布を貼った時の張り具合が影響するのか裏に反ったり表に反ったり一律になっていない。こうなると強制的に整形したいのだが方法を思い付かない。▲TOP▲
2004年4月に仕掛かり始めたが途中なかなかうまく進まず、2006年4月から丸5年の間放り出したままになっていた同じ「柏葉の菓子皿」(W35)がある。
いつまでも仕掛かり中にしておくわけにもいかないので、今これら2つのロットを合わせて何とか形にし、一通りの完成を目指すことにした。
しかし3枚と5枚で8枚あると思っていたが、現在は6枚しか残っておらず、そのうち3枚は裏に布貼りして赤漆が塗ってある。
それを残っている記録写真と照合すると葉の細部は随分実物と違って丸くなっていて、仕掛かり時のどれに相当するのか判定がとても困難だった。これは布を切り離す時に葉の縁を十分に確認出来なかったためである。
また、布貼りをしていない3枚の中の1枚は葉先が1個所折れていた。▲TOP▲
若草色に塗る前の赤い布貼り面
時間ばかり経つので、布貼りをした3枚だけを若竹色に塗ることにした。
若竹色漆と木地呂漆を半々に合わせ、筆塗りした。布地の凹みに入るように筆の穂先を立てて塗った。但し漆の量が不足気味だ。
1日後の若草色漆は真っ黒だ
昨日の緑漆塗りから約24時間が経過したが、若竹色どころかまだ黒としか云い様がない。
若竹色漆を塗ってから5日目だが依然真っ黒だ。強いてその気で見ると海苔のような緑っぽい黒だとも言える。
表には梨子地漆を筆塗りした
表には梨子地漆を筆塗りした。
表面の凹凸が深いので意外に多くの漆を使った。しかし葉脈は際立っている。
そして随分頑丈そうな手触りになってきた。
仕上げは呂色漆(黒漆)で締めたいと思っている。
漆風呂に入れた塗った直後の若竹色漆
前回の若竹塗りは木地呂漆と半々に合わせて結果は真っ黒だったので、今回は上朱合漆1に若竹漆2にして合わせてみた。塗ってすぐは鮮やかな色だが、数分もすると矢張り真っ黒になってしまう。果たして1ヶ月後はどうなっているだろう。▲TOP▲
いつの間にか丸1年が過ぎていた。依然として若竹色と云うには程遠いが海苔のような暗緑色になった。
未だに裏表も決めかねているが、ここで水糸を漆で固めて皿の糸底を作ることにした。裏を暗緑色とし表は黄と朱を混ぜて明るい色にして、載せる菓子が引き立つようにしてみようと思う。
5客分を揃えたいが残念ながら3枚しか出来ない。
水糸を丸く置いた
裏表に瀬〆漆を付けた
厚いガラス板に水糸を丸く置き瀬〆漆を筆で置くように垂らし、糸を引っ繰り返して裏にも瀬〆漆をたっぷり付けた。
硬化後剥がして皿の裏に貼るつもりだ。
ガラス板から外した糸底
1晩でガラスから剥がせるくらい乾いた。水糸自体は硬化していないが両端は接着していて予想通りの出来だ。
水糸に瀬〆漆を塗りガラス板ではさんだ
ガラス板の上に重石を置いた
半乾きでガラスを透してみると、重石が軽かったためもあろうが、水糸では力が無くて柏葉の凹凸に逆らえずに水平にはなっていない。
しかし多少の凹凸があっても菓子皿としては実用上大きな問題にはなるまい。
瀬〆漆がほぼ乾いたのでカッター大でガラスから剥がした。
まだ十分に硬化したいないが漆が多く余った部分には顕著な縮緬皺が出来ていた。この辺は菓子皿の糸底として仕上げるのに錆漆などを使って糸を覆うように加工してみたい。
糸底にした水糸は瀬〆漆が良く乾かない上に縮緬皺がひどくて表面が汚い。
縮緬皺を剥がそうとして手製の平刀で削ったら、水糸も剥がれてくる。漆としてしっかり固まっていない。
この高温多湿の中で未硬化では接着力も疑われるし、そもそも糸底の高さとしては水糸では不十分でガラスの上に置いても水平にならない。
結局糸底作りは失敗として、水糸など付いている瀬〆漆を全部剥ぎ取った。
あまり削った痕のキズもないのでこの上にさらに緑漆を塗り重ねていくことにした。
昨日平刀で削ったあと、一部にあった縮緬皺も取るためにサンドペーパー#180で軽く空研ぎした。
更に若竹色漆に上朱合漆を半々に混ぜ筆塗りした。若竹色漆単体はかなり明るい緑色だが、上朱合漆と混ぜて塗ると随分黒っぽくなってしまう。仕上げは若竹色漆単体で塗ってみよう。▲TOP▲
若竹色漆が十分に乾くまでの間に表側に朱漆を塗ることにして、上朱合漆と朱漆黄口と黄漆とを等量ずつ混ぜ漉して筆塗りした。
左下の1枚が表裏逆
期待以上によい色が出たが、何と3枚中の1枚を表裏逆に塗ってしまった。暗緑色と梨子地漆とが同じくらい黒っぽくて気が付かず表裏を確認することなく塗ってしまったのだ。
このまま進めようかとも思ったが矢張り葉脈の浮き具合が表裏では違うので、塗り直すことにした。凹凸が強いので砂研紙で削るわけにもいかず、混合した漆の色を合わせるためには、再度若竹漆と黄朱漆を3枚の表裏それぞれに塗るほかない。
上朱合漆:若竹色漆:黄色漆を2:2:1程度に混ぜて漉し筆塗りした。
漆が沢山残ったので半乾きしたらすぐ上塗りしようと考え、11時頃に塗り残りの漆の皿にサランラップして冷凍庫にしまっておいた。
漆風呂と冷蔵庫との色変化の差
午後3時頃取り出して漆風呂で半乾きになった柏葉と比較してみると随分黒みが違う。冷凍庫では殆ど黒くならなかった。
しかし最初の1枚の菓子皿に2度目の漆を塗っている間に漆皿の色漆は表面の薄皮膜だけが真っ黒になっていた。
それでも3枚の菓子皿を塗った後での色の差は出なかった。
今度は葉脈側の朱漆を塗った。
上朱合漆:黄色漆:朱漆黄口を2:4:1程度に合わせ漉し紙で漉してから前回の倍位の時間をかけてよく練り合わせた。
前回の朱色はちょっと枯葉のようなので今回は黄色が勝った朱にした。いわば黄金色だ。
かなり厚く塗ったので縮緬皺が出ないように祈っている。
前回のように重ね塗りをする残り漆を冷凍庫で保管してある。
縁が揃っていないのでサンドペーパー#240で極く軽く研ぎ出した。
1枚だけ布を貼っていない赤色の側が2箇所裂けて剥がれが出た。2本毛の筆で梨子地漆を剥がれた隙間に押し込み蝶クリップで留めて硬化させた。大体接着したようだ。
縁は荒れていた
両面に更に色漆を塗り重ねる予定だが、塗り重ねた漆でかなり厚みを増した柏葉の縁をどう処理するか考慮中である。
裂けて剥がれた箇所は接着したようだ。しかし縁の剥がれが2枚にわたり何ヶ所かあるし、使用中に裂けてもいけないので、この面に拭き紙を貼ってみようと考えた。
漆は朱漆黄口1・黄漆3・木地呂漆3・瀬〆漆1の割合で混ぜ漉し紙で漉した。菓子皿の朱面にこの混合漆を塗り拭き紙を貼った。
しかし拭き紙の下に入った空気が気泡になっている。端から剥がして空気が入らないように押しながら貼り付けていったが、拭き紙の腰が硬くて葉脈の両側で浮いてしまう。
結局、紙貼りを諦めて今回練り合わせたカーキー色漆を筆塗りして終わった。或いは漉し紙を使えばうまく出来たかも知れないと思った。
黒ずんだムラ
緑色の表面には3枚ともに黒ずんだムラが見られる。多分木地呂漆の混じりムラだと思う。
これが次第に気になるようになり、また黄緑色を塗ることにした。今回は上朱合漆:若竹色漆:黄色漆を等量程度に混ぜて漉した。
藤沢漆商店で教えられたとおり漆チューブは倒立して保管しているが、黄漆はどうも顔料が重くてチューブの出口に沈んでいるようだ。チューブから初めに出る時に固そうで、最初が出るとあとは柔らかい。このため等量に絞り出すと黄顔料の量が多くて黄色が勝ってしまう。その結果前回同様の比率で混合しようと思ったが、今回は黄色が強く前回より一層明るい色になった。
しかし、1時間も経つと矢張り随分黒っぽい色で、緑色とはとても言えない色になった。前回、緑色が発色するまでに3週間掛かっているから今回も気長に待ってみよう。
塗り直しても乾くと矢張り黒ずんだシミが出ている。
細かく見るとシミは表面の凹みに出ていて凸部には見られない。これは塗った漆が厚すぎて顔料が漆層の下に沈み込み表面には上朱合漆が浮いてきて黒くなるのだと考えた。だから経時的にシミは薄くなるだろうが、濃度差は残るだろう。
対策としては漆を混合するだけではなく十分に練ることと、漆を広く伸ばしてなるべく薄く均一に塗ることだ。漆筆は繰り返し塗る程塗った面が綺麗になるようだ。
昨日朱色を少し赤くして同時に表面の細かい縮緬皺を消そうと思い、朱漆黄口に少し黄漆を混ぜほぼ等量の上朱合漆を加えて漉しよく攪拌してから、なるべく漆を伸ばすようにして筆塗りした。
まだ僅かに縮緬皺の出た部分もあるが、概ね綺麗になった。朱色のムラは出ていない。
緑漆にだけ黒っぽいムラが出るのは、成分不明だが大分重たい顔料で漆の中で沈みやすいのかも知れない。
今回は殆ど黒っぽいムラは出なかったが、1箇所だけちょっと縮緬庭が出て、その部分は矢張り黒ムラが出ている。随分練り合わせた漆を伸ばして塗ったつもりだが、表面に葉の反りによる凹凸が多いので板のように平滑に塗ることは難しい。
漸く緑面を塗り直した。若竹・黄・上朱合を4・1・2程度の割合に混ぜた。前より大分明るい調子になったようだ。
赤も緑も黄色などを合わせると塗る度に調子が変わってしまうので、赤・緑それぞれの単色に上朱合漆を混ぜて、ムラや汚れや縮緬皺がなくなるように失敗の原因を考えながら、更に何回も塗り直した。
これで皿の裏表の塗りは終了とする
かねてより皿の縁に何かクッキリとした色を付けたいと考えていた。
しかし縁の色塗り幅を均等にすることは難しいし、赤と緑に対する色としても黄色か金色くらいしか思いつかない。
縁塗りを諦めようかとも思ったが、今回思い付きで呂色漆(黒漆)を綿棒に付けて塗ってみた。葉の厚さだけなのでほとんど目に付かないが、緑と赤の間に黒が入ると、矢張り縁塗りしただけのことはあって、重厚な感じがするのは独りよがりか。▲TOP▲
一応満足するところまで来たので、随分長く掛かったがここで完成とする。
そしてこの柏葉の菓子皿には竹製のナイフ楊枝(W161)がセットになる。
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