2006.06.16. 杖を受注 2007.05.15. 完成 同18.納品
拭き漆工房 翠簾洞 素舟齋
山登りの時に杖が欲しいという声を聞いて、1本で、町なかで使うステッキにもトレッキングストックにもなる多目的な杖を作ろうと思い立ちました。トレッキングストックの部品探しから始まり、構造や工作にいろいろと新工夫を入れました。柄はタモの角材から切り出しました。町なかでステッキとして使うときトレッキングストックのチップを如何に始末するかがポイントでした。
制 作 記 録 目 次 工程説明の都合上 |
5月16日にステッキの注文を受けた。ある日、町田市相原の山を登って杖が欲しいと思ったのだそうだ。それを聞いて直ぐに、ステッキではなく、トレッキングストックの発想を得た。
購入したチップ
いろいろなトレッキングストックが沢山売られているが、その部材だけバラ売りのチップを探しあぐねて、大分時間が経ってしまった。
聞きづてに尋ねて行った好日山荘に希望通りの先端金具「キザキ・ニューフレックスチップ(小)」があったので早速購入した。
依頼主と打ち合わせて、ストックの寸法も決めた。
<一石二鳥を獲るか、二兎を追って一兎をも得ずに終わるか!>
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工法や材料を考えたりしていて暫く日が経ったが、今日漸くトレッキングチップと桿のすげ込みに着手する運びとなった。
チップの頸部は筒状なので芯を入れることが出来る。強度を確保するため芯として4ミリφの鉄棒を入れておく。その鉄芯を細い矢竹に通し、更に太い矢竹を重ねてカバーし、桿の内径に合わせた。
チップ周辺の素材
チップの接続部は桿の竹より太く外部に露出すると思っていたが、桿の内径より細かったので竹の中に隠し込むことが出来た。ところがこれが後の工程をとても難しくしたのだった。△TOP△
これで外観は普通のステッキになるのだが、今まで作ってきたステッキのようなT字型に竹を組んだ柄ではトレッキングの負荷には堪えられないから、ここはトレッキングストックらしいハンドルが欲しいところだ。
先日の好日山荘にはハンドルだけの部品売りがなかった。トレッキングストックを1本買ってハンドルだけ使うのは勿体ない。ここでまた行き詰まってしまった。
タモの角材
先月来、柄にする適当な材料が無くて困っていたが、ホームセンターで、野球のバットにも使われているタモの端材を見つけたので、この角材から削り出すことに決めた。
この角材を眺めていて、次の構想を得た。
角材の削り出し
午後からタモの削り出しに掛かった。鋸で出来るだけ切り込みを入れ、鑿と金槌で叩き割って掘り起こしたが、その固いこと。プロ野球の選手が簡単にバットを折っているが凄い力だと改めて感心した。相当な難工事になりそうだが出来上がれば信頼性も高いだろう。
粗削り
柄の削り出しには、切り出しよりもオルファカッターの方が、刃が新しいうちは良く切れる。但し使い方に依っては刃が折れて飛ぶので危ない。
かなり形が出来てはきたが、全体の幅が広すぎるようだ。鉋を使ってみると、木目が邪魔をしないので、思ったより簡単で、うまく削れた。
研ぎ出し
更にカッターと切り出しで成型し、サンドペーパーでざっと磨いたところ、それらしい形になってきた。
木目が無いに等しく、粘土細工のように自由に削れるので、握ったときの指の位置に合うかどうかが気になるほど、細かく掘り出せる。バードカービング材にするのももっともだと思った。
タモが予想以上に固くて、中を刳り抜いても割れそうもないので、桿との接続部にドリルで穴を掘り、4ミリ鉄芯を通して、矢竹2本を二重にした中子を入れ込むことにした。この中子は桿と通しにする。
矢竹に通した鉄芯
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しっかりと削り込んだ
柄が太すぎて持ちづらいのでしっかりと削り込んだ。
かなり細くなったが、これ以上は手の大きさによるので、他日使う人に実際に握って貰って相談してからの作業とする。
仕上げの研ぎ出し
昨日依頼主に柄を握って貰って、どこを削るか確かめた。
それに基づいて削ったので、これならばピッタリと思う。
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中子を通した
トレッキングチップを支える桿の側に十分な耐力が得られるように、次の節まで中子を通して中子全体で体重を受けられるようにした。
チップを桿にすげ込んだ
トレッキングチップを桿にすげ込み、ウッドエポキシと木工ボンドを併用して接着した。△TOP△
絹糸巻き
この杖はトレッキングストック兼用なのでいろんな方向からの応力が考えられる。
この対応策として、各節毎に絹糸を巻いて強度を上げるようにした。
絹糸に漆塗り
補強の為に巻いた絹糸に瀬〆漆を塗り、硬化後サンドペーパーを掛けずに梨子地漆を掛けた。その硬化後、初めてサンドペーパーで研いだところ、下地がしっかりしているので、絹糸を傷つけずに綺麗な研ぎ出しが出来た。△TOP△
ステッキとして使いながら平地を歩くときは、杖の先端(石突き部)が、チップから外れて抜け飛んだのでは杖にならない。つまり、石突き部は、少しくらいではチップから抜けないくらいにしっかりと食い付いていなければならない。
しかし、チップはU字状の曲線なので、円筒形の竹芯だけではチップを掴みきれない。そこでチップの外形にピッタリと合わせた中子を入れて空洞を潰し、且つ体重が掛かっても沈み込まないように、中子を石突き部の下端まで通すことにした。
一方、トレッキングストックとして使っている間は、石突き部を外して収納しておくことになり、収納中に石突き部の竹が潰れて割れては困る。そこで和竿の口栓のような、差し込みピンを作った。
ここで、石突き部がしっかりと噛むようにするには、中に入るチップと口栓が全く同じ形状・曲線を持たなければならない。 ところが、チップはネジとその下の太い部分で食い込むが、先端部分は細く尖っていて、石突き部との接触は期待出来ない。
しかし、口栓は竹だから円筒形で、先端部だけが石突き部に食い込む。
完成してから振り返ってみても、この作品で一番苦労したのは、このチップ及び口栓と石突き部との食い込みである。
チップと中子
チップをくわえ込む石突き部の形状をチップの曲面に合わせるのが非常に難しかった。 中子の竹にはある程度の厚みが必要だが、1ミリ以下の厚みにするには、中子を桿に入れて固定してからチップの曲面に合わせて削らないと出来ない。しかしそんな微妙な中繰り工法は考えられない。
そこで中子にウッドエポキシを詰め、そこにすぐチップ(や口栓)を入れて、モールド成型の型を取るような方法を考えた。
チップの受け口
チップを受ける石突き部の桿に、ウッドエポキシを口栓に当たる程度まで充填し、上から口栓を押し込んで成型した。
口栓の先端の丸みとチップの先端の太さが違うので少しずつ成型し、どちらにも食い付くようにしたいのだが、今日は2回目のウッドエポキシ充填で、口栓の先端の丸みまで合わせて硬化させることにした。 次回にはチップの太さに合わせてウッドエポキシを詰める予定だ。
余ってはみ出さないように、ウッドエポキシを少量ずつ石突き部の内側に何回も塗り重ねて、漸くこの食い付きを得ることに成功した。
これから漆を掛ければ若干きつくなるが、それでうまく落ち着くかどうかやってみないと判らない。△TOP△
石突き部の桿には口栓を付けたが、その口栓に付けた竹が桿よりも少し細めだった。これでは石突き部の桿の角が欠けるおそれがあることに気付いた。
そこで口栓の周囲を麻布で巻き、桿を喰わえ込んでカバーするように考えた。
漆を染み込ませた麻布を巻く
桿の代わりに別の竹を用意して太さを合わせ、口栓を挿したまま、瀬〆漆を染み込ませた麻布を巻いた。
漆を厚めに塗る
麻布1枚では強度が不足するだろうが、漆を厚めに塗って硬度を上げることにした。
この麻布には緑漆を塗り柄の繋ぎ部分と同じ景色にして、部品性を強調する。
桿の鯉口に目釘を入れる
チップと石突き桿が固く締まるように、また杖として使うときに石突き桿がチップの周りで回転しないように、鯉口の目釘として竹串を入れることにした。
本体の桿に竹串を差し込む穴を開け、チップのゴムも少し削り込み、串の先端が芯の方に傾くようにした。
多少差し込がきついくらいに納まったので、梨子地漆で塗り固めた。△TOP△
中芯のすげ込み
<中芯と桿のつなぎ> 鉄棒を入れた芯は桿の径よりも大分細いので、間に竹芯をもう1本入れて隙間を無くし、木工ボンドで接着した。
<中芯と柄のつなぎ> 柄の穴径は細いので追加の竹芯を入れられない。柄と芯の隙間を埋めるため、ウッドエポキシを指先で押し込んで桿まで溢れるようにして決めた。
接合部の固定
ウッドエポキシで柄と桿との接合部とを固めた。
ウッドエポキシは最初は地の竹などに付着しにくいので、指で塗り付け大分厚めに盛っておいた。完全に硬化したあとでサンドペーパーで十分に磨くことにする。
ウッドエポキシを均す
かなり盛りつけた層が厚かったのでカッターナイフで削ってからサンドペーパーを掛けた。これで布を巻けば表面の荒れは無くなるだろう。
昨日、柄全体と、柄と桿との繋ぎ目に瀬〆漆で下地塗りをした。
再度ウッドエポキシを塗る
柄の繋ぎ目に一部ウッドエポキシを削りすぎた部分があり、再度ウッドエポキシを塗り付けた。このような微妙な凹凸は漆を掛けてみないと気が付かないものだ。
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桿と柄の繋ぎ込みが一段落
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暫く放りっぱなしになっていたが漸く今日麻布を着せた。
当初は柄全体に掛けるつもりだったがタモが折れることもなかろうし、布の分でも太くなるとそれだけ握りが大きくなり実物で合わせた甲斐が無くなるので、布を着せるのは竹との接続部だけとした。
布着せ
糊漆(瀬〆漆に少量の木工ボンドを加えて練り合わせた接着剤)を作り、硝子板の上で麻布に練り込んだ。それをピンセットでつまみ、鯨の髭で作ったナイフでしごいて空気を抜きながら桿に巻き付けた。案外簡単で巧くできた。
布の端の重なり
布の縁の縦糸と横糸をそれぞれ適当に抜いて、布の端が段状にならないようにした。この狙いはとてもよい結果を出したので、とりわけサンドペーパーで研ぎ出さなくても済みそうだ。
麻布は一晩で乾いた。中に気泡が入っているか否かが心配だが確かめる方法はない。
房状の布の端を切り落とす
暫く放置している間に金粉や金泥を扱う他の作業が入り、色付けに興味が湧いてきた。この布を巻いた部分は布目の織り目模様が出ているから、ここに緑色の漆を入れて格子模様を作ろうと考えた。しかし布の端が房状になっているのでこれを切り落として、格子模様の邪魔にならないようにした。その一方でこのために段差が付いたのでサンドペーパーで研ぐか否か迷っている。
緑漆を塗る
段差があるままで市販のチューブ入り緑漆で指塗りした。この緑漆は本漆なのか一時間ほど後にはかなり黒くなった。
この上に梨子地漆を掛けて研ぎ出してみようと考えている。△TOP△
緑は明るい良い色になった。
ところが、ここで下げ緒の金具を付け忘れていることに気付いた。
金具を付ける位置をいろいろ検討してみたが、どうしても麻布の部分に当たってしまう。
絹糸巻きの生漆よりも麻布の糊漆の方が格段に強力に接着している。しかし麻布に2センチ幅くらい切り込みを入れて強く引き剥がすと、絹糸層の下地を残して、麻布だけそっくり剥がすことが出来た。
寸法を合わせて金具を作る
ここで麻布の境目に金具の足が来るように寸法を合わせて金具を作った。
金具を埋め込む
金具の竹との平行部分は盛り上がらないように竹を削って、金具を埋め込んだ。
麻布の厚みの段差
麻布と絹糸巻きでは段差が出来るが、覆輪を付ければ気にならなくなると思う。
絹糸巻き
布巻きの下端が綺麗に直線になり、金具の上に巻いた絹糸がしっかりと決まったので、意図して作ったようにうまくできた。
生漆塗り
金具の上に巻いた絹糸に、生漆を塗った。
このあと、後日研ぎ出すように、緑漆の上に梨子地漆を塗っておいた。△TOP△
柄は木目を出した方がよいか隠すか迷ったが、「木に竹を接いだ」のが目立たぬように木目を隠すことにした。
和紙を貼る
梨子地漆を柄の両端に塗り、和紙を貼った。
和紙は極薄手の雲龍紙なので、糊漆を使う必要はない。
当然和紙の皺が出るが硬化後にサンドペーパーで削り取ればよかろう。
和紙の重なりを整理
柄の両端に貼った和紙の余りをカッターで削ぎ落とし、サンドペーパーで重なりを削り取った。
柄の中心部にも、同様にして和紙を貼っていく。
緑漆を研ぎ出す
麻布を巻いた部分の梨子地漆をサンドペーパーで研ぎ出し、下の緑漆を出していった。なかなか良い風合いになったと思う。
梨子地漆を塗る
和紙を貼った部分をサンドペーパーで磨き、襞になった余分な紙を取り除いた。
桿と柄の全面を#1000で研ぎ出し、梨子地漆を掛けた。
寒いからか梨子地漆がとても固くて余り伸びない。殊に和紙の上は全然伸びないので、漆を沢山使って厚くなった。これで硬化すれば相当に固くなるだろう。
乾いた梨子地漆
梨子地漆が厚くなっていたにも拘わらず、硬化時間は拭き漆と同じくらいだった。
厚く塗った和紙の部分もとりわけ厚いと云うこともなく、まだ少し漆としての艶が足りないくらいだが、次回の漆は普通の量で足りるだろう。
緑漆を和紙に指塗り
和紙の部分に緑漆を指塗りした。
余った漆を麻布部分にも再度塗り付けておいた。
緑漆の研ぎ出し
緑漆が硬化した。今度は研がずにその上に梨子地漆を塗り、緑漆を研ぎ出すつもりである。
梨子地漆を塗ったので、緑が見えなくて黒一色になっていたが、#800で磨くと緑がすぐ出て来て、青のりを振り掛けたようだ。
山登りに緑色の柄も良いかと思ったのだが、サンドペーパーでよく磨いてみると、柄全部が緑色になり一寸異様で不気味だ。ここはやはり黒いままにしておくことにする。
梨子地漆の研磨
梨子地漆を塗り拭き紙を使わずに硬化させた。
まだ少し凹凸があるが、更に研磨して滑らかな梨子地漆一色にする。
蟹穴のような凹み
後は覆輪だけと思っていたが、麻布を巻いた部分は砂浜の蟹穴のような小さな凹みみが沢山出来ている。
これは布目の凹凸だが、傷にも見えると思い、すっかり平滑にすることにして、#400でほぼ全面に下地の緑が出るまで水研ぎした。
布の織り目まで浮き出してきた
布の合わせ目も平になるまで研いだので、布地そのものも線状に浮き出て来た。
すると桿に巻いた絹糸の部分も、まだ完全な平坦が出ていないのが気になってきた。
残っている糸目
そこで、この際これも#800ですっかり水研ぎした。
半ば仕切り直しだ。△TOP△
今日は金覆輪を描くことにした。
覆輪に金蒔き
暫く振りの覆輪なのでうまく行かず何回も拭いては描き直した。
どうにか覆輪を描き終わったところで、ボカシ筆で金泥を蒔いた。
覆輪を研ぎ出す
金覆輪は成功。見事に映える。この上に留め漆を塗って桿の塗りは終了としよう。
金覆輪がうまく描けた
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仕上げ
金覆輪を付けたので、砥の粉を使わず、呂色磨粉と角粉で磨いた。全体によい艶が出た。
これで完成として納品した。
完成品のセット
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2008.11.17.作成 2009.08.23.改訂 2010.11.26.再訂 2015.10.01.三訂