竹細工店で竹製の徳利を見ましたが、竹の表皮を全部削ぎ落として漆を塗っています。そして蓋無しです。そこで私は表皮を付けたままの竹で蓋付き徳利を作りたいと思いました。問題は注ぎ口の付け方でした。如何に考えても外からは工作が出来ないので、内側から工作をするにはどうしたらよいかを工夫しました。結果は思ったよりずっとうまく出来ました。
先日、或る竹細工点で竹筒の徳利が目に止まりました。底として節を残し、竹の表皮を刃物で完全に削ぎ落として、全体を鈍い朱色に塗ってありました。注口部には鳥の嘴のような三角形のものが外付けされています。
ちょうど竹で酒器を作りたいと思っていたので、これを見て刺激を受けたのですが、自分の美的感覚としては戴けないシロモノでした。
素材
家に帰って手持ちの竹素材を見るとイメージ通りの太さの孟宗竹があり、しかも節が丁度よい間隔で、且つ醤油指しになるように節が斜めになっている物がありました。これを利用しない手はないと、早速仕掛かる気になりました。
素材
素材を切り出しました。まあうまく切れた方だと思います。これで酒を入れる口と注ぐ口との折り合いをどう付けるかが、意匠のポイントになります。
竹の表皮は翠簾洞様式で、真皮まで落として節陰付きにします。△TOP△
作業は暫く放ってあったのですが、工法に見当が付いたので再開します。
取り敢えず、仕掛かり前に表皮をサンドペーパーでざっと水研ぎしておきました。
徳利の工法としては、真ん中で輪切りにして注ぎ口を取り付け、内部の漆塗りを完成させてから、胴の切り口を繋いで、絹糸巻きで覆うことに考えが纏まりました。
繋いだ切り口の内側には、酒を入れる口から筆を入れて漆塗りが出来るだろうと思います。
注ぎ口を竹で作ることにしました。竹の細い部分を切り、本体に開けた穴に差し込んで、ウッドエポキシで接着するという計画です。
注ぎ口を切り出した
注ぎ口を合わせる
注ぎ口用に切り出した竹の径が偶然15mmだったので、丁度15mm径の木工ドリルでピッタリでした。
かくして、案ずるより産むが易く出来ました。△TOP△
注ぎ口が巧く出来たので、この際、一気呵成に充填口の蓋を切り、更に胴も半分に切ることにしました。
斜めに切った蓋
この充填口のように、竹を斜めに切るのはとても難しい仕事です。精密鋸の刃が竹に喰い込んでなかなか進まず、また精密鋸の背に貼ってある被せ板がつかえて、そこから先は切り進めません。止むなく大工用鋸で切り取りました。切り口に古葉書を差し込んではっきり判るようにしておいて、返しの切り込みは精密鋸で切りました。これは角度が浅いので比較的簡単に切れました。
これも存外巧くいったので、勢いに乗って続けて胴も切ってしまいました。切り口を上下に少しずらして段差を付け、上部と下部の合わせ口を明確にしたかったのに、こういう時に限って真っ直ぐに切れてしまいました。しかしこのときも鋸の刃が軋んでうまく進まず難儀しました。精密鋸で切るにはこの竹は太すぎるようです。
蓋と胴の切り分け
これで大工仕事は一応終わり、組み立てに入れる段取りになりました。
注ぎ口の接着
注ぎ口を木工ボンドで接着しました。
ボンドの硬化後に水でテストしてみましたが、液垂れがなくてなかなかよい具合でした。
注ぎ口内部を塗り込める
注ぎ口の内部には凹凸が出来ないように、接着部の周囲にウッドエポキシを慎重に塗りました。
蓋の裏にもウッドエポキシを塗った
また蓋になる節の裏側にも補強の為にウッドエポキシを塗り籠めました。
錘の埋め込み
更に、使う際により安定するように、底部の節の外側には釣りに使う錘を沢山入れてウッドエポキシで固めました。
完成品のイメージ
(錘は鉛なので食品衛生上内部には入れないように配慮したのです。)
他の竹から取った節板を貼付けた
ウッドエポキシが固まりましたが、底に入れた錘がかなり顔を出しています。
そこで、その上に更にウッドエポキシを掛けて、以前に他の竹から抜いておいた節板を貼り付けました。矢張り自然の節を使うと仕上がりが美しくなります。
その他、昨日塗ったウッドエポキシをサンドペーパーで磨いて均しておきました。注口部の周囲は特に丁寧に磨きました。
結果は大変満足がいく仕上がりになりました。△TOP△
内部に生漆を塗った
まず内部に瀬〆漆を掛けました。
特に注口部がとてもよい感じになっています。
ウッドエポキシの上は漆が乾いた部分とまだ指に付くくらい濡れている部分があり、竹と違って漆が硬化しにくいようです。
外部にも生漆を塗った
内部が乾いて持てるようなったので、外周にも梨子地漆を掛けました。
しかし、乾いてみると物凄く色が濃くて、真っ黒になってしまいました。
これではサンドペーパーで研ぎ出してもかなり斑になるでしょう。
#400で粗研ぎを始めた
サンドペーパー#400で下地漆を落とすように磨きました。当然ムラが出ますが、これも一つの文となるように作ってゆこうと思います。
木地まで研ぎ出し
下地漆を丹念に落とした
大分時間が掛かりましたが、下地漆をサンドペーパーで丹念に落としました。
外皮が縦に凹んだ部分はサンドペーパーが届かないので、針先で擦って少しずつそぎ落としました。
注口部を短く切った
どう見ても注口部が長くて烏天狗のようです。
そこで鋸が入る限度まで切り落としたところ、今度はとても良いバランスになりました。
内部にはもう一回梨子地漆を掛けた後、内部だけを朱漆で仕上げる予定です。
木地まで研ぎ出した外側に、梨子地漆で薄く拭き漆をしておきました。
内側を梨子地漆で中塗りした
内部には、梨子地漆を筆塗りしました。
この時、底に梨子地漆が溜まって縮緬皺にならぬよう、なるべく薄く、しかし、塗り残しがないよう均一に塗るのが、単純ながらとても神経を使う仕事です。
内側の梨子地漆の上に朱漆を重ねた
内側の梨子地漆の上に重ねて、朱漆を筆塗りしました。
この場合は色がはっきり違うので、筆塗りも気楽に出来ます。
朱漆を塗った時は筆の跡がくっきりと出ていたので、2度塗りをしなければなるまいと思っていたのですが、今日見ると筆跡が無いのみならずゴミも見えなくて、まるで職人が塗ったように滑らかでした。
但し、底部の節の真ん中には縮緬皺が少し出ていました。正に油断大敵でした。
ティッシュにテレピン油を付けて拭いてみましたが、皺は取れませんでした。
ここは完成すれば見えない部分ですが、矢張り補修しておきます。△TOP△
蓋の裏に竹串を立てる穴をあけた
3mmドリル刃で蓋の裏に穴を開け、竹串を2本立てて蓋のずり落ちを防ぐことにしました。
穴に立てる2本の竹串が平行でないとうまく閉められません。ところが、蓋の切り口は斜めになっていてしっかり固定出来ないので、ドリル刃が滑ってしまいます。
竹串は蓋側に立てることにして、穴を少し大きめに抉り出し、接着剤で竹串の平行を取るように考えました。
一方、身の方にはこの竹串を受ける穴を開けるのですが、今度は穴径と角度を正確に揃えないといけないのでとても難しい作業です。
まず蓋側の穴に木工ボンドを少量入れて竹串を接着しました。しかし木工ボンドは時間が経っても弾力性があるので、少し大きい穴の余裕部分にウッドエポキシを埋め込んで、2本の竹串の平行を取りながら根元を固定させました。
蓋を本体にかぶせる時の穴を開けるのは、面が斜めなのでとても難しいことでした。初めは切り口面に垂直に竹串を立てるつもりだったのですが、どこかで間違えて底面に垂直に立ててしまったのがそもそもの間違いなのです。
竹串を受ける穴が大きすぎた
ドリル刃を1mm、1.5mm、2mm、2.5mm、3mmと慎重に拡げて行ったので、ほぼ満足がいく穴が開きました。
しかし、差し込む竹串を切るのが短か過ぎたようで穴に入れても本体を傾けると蓋が落ちてしまいました。一方、竹串を受ける穴径も大きすぎたようなので、広がっている穴の口をウッドエポキシで埋めて再度穴を切り直すことにしました。
指塗りの指紋
ここで蓋裏に汚れが見つかったので、朱漆を指先に付けて塗っておきました。
指塗りは初めてですが、朱漆を練ってから時間が経っていたので漆の流動性が弱くて、指紋の跡が波状に出てしまいました。
新たに練り直した朱漆を塗ってしっかり修正しました。
竹串の立て直し
短かかった竹串を長めに切り直しました。
前回は卓上面に対して垂直に穴を開けたためドリルの刃が滑って失敗したので、今回は竹串を立てる蓋の截断面に垂直に穴を開けました。竹串を長くした分だけ穴も少し深くなり、一層安定感が増しました。
これで漸く竹串を蓋の穴に木工ボンドで接着しました。
木工ボンドが固まって2本のほぞ(竹串)はうまく立っているのですが、蓋を合わせて見ると蓋の外縁ぎりぎりになっているので、蓋に開ける「ほぞ穴」の位置に慎重を要します。
ここで逡巡していても仕方がないので、竹串を受けるほぞ穴を開けました。2mmドリルでガイド穴を開け、3mmで掘り込みました。しかし竹串が3mmなので3mm穴ではきつくて、蓋としての開閉が出来ません。
立てた竹串とその受け穴
ほぞ(竹串)の先と蓋のほぞ穴の縁がどちらにどうずれているか確認しながら、刃をきつい方に寄せるつもりでドリルを廻しました。慎重に何回も繰り返しているうちにピッタリと嵌りました。
これでウッドエポキシを使わずにほぞ穴が出来たから、実用上ウッドエポキシが欠けたりして穴が崩れる心配が無くなりました。竹串を卓上面に垂直にせずに裁断面に垂直にしたのが成功に繋がったのだと思います。これから塗る漆の厚みだけ、ほぞ穴の内径にゆとりを考慮してやればよいでしょう。
何回か蓋を開閉しているうちに、ほぞ(竹串)が抜けてしまいました。木工ボンドが体収縮したためと思われるので、今度はウッドエポキシで接着しました。
ウッドエポキシで立てた竹串
硬化時間中はずっと軽く蓋をして、硬化後竹串がスムーズに入るようにしました。
ところが、これの硬化後今度は反対側も抜けたので、同様の処置で付け直しました。
木工ボンドは時間が経っても弾力性がありますが、ウッドエポキシは完全に硬化するので、結局怪我の功名になり蓋が真っ直ぐスムーズに入るようになりました。
次に胴体の上下をつなぐ竹串を差しました。今度は新しいドリル刃を使ったので竹を差す穴が太くならずに済みました。矢張り道具は大事だと感じたことでした。
他の作品に朱漆を使う機会があり、ついでに蓋のほぞ(竹串)や内側になる部分全部に朱漆を塗りました。
蓋を抜き差しする時に、どうも蓋がつまみにくくて、指先が滑ります。そこで蓋に取っ手を付けることにしました。
竹を削った取っ手用部品
竹の取っ手を作ってみましたが、こんな大げさなものを蓋に載せるのはどうにも格好が良くありません。
蓋のほぞを受けるほぞ穴をドリルで慎重に拡げて、何回も蓋の開閉を試してみると、こんな大層な取っ手を付けるよりも、ちょっと指が掛かる程度のツノを付けた方が持ちやすいようなので、取っ手は止めました。
蓋を掴めるようにツノを付けた
蓋の両側にツノを付けました。ちょっと指が掛かればよいので高さは3mm程度にしてみます。
ツノは3mmでも長すぎるので2mmくらいに削りました。
蓋の開閉はとても具合がよくなりました。大袈裟な取っ手を付けないでよかったと思いました。△TOP△
注ぎ口の取り付け処理が終わったので、上下に切った本体のつなぎ込みに掛かかりました。
胴をつなぐ3本のツノ
上部にツノを3本植え付け下部にその受け穴をドリルで掘りました。3本のツノをウッドエポキシで固めてから、ガラスに貼ったサンドペーパーで3本が1平面になるように研ぎ出し、平面になった切り口に鉛筆を黒く塗り付け、本体下部に押し付けて位置を決めました。
1、1.5、2、3mmとドリルの刃を替えて慎重に穴を開けました。
ツノを植えた向きは3本が微妙に捻れてしまいましたが、3mm刃で穴を拡げる際に修正しました。更に捻れの向きを考慮してツノを鑢で僅かに細く削っておきました。
上下を合わせてみると切り口は予想以上にうまく繋がりました。
内側に朱漆の仕上げ塗り
これで内部の工作は完了したので、予定通り朱漆で仕上げ塗りをしました。
朱漆を練るのに、ガラス板上で木地呂漆と王冠朱を混ぜ、木玉で粘りが出るまでよくこねました。
ところが、多くもない朱漆がガラス板全面に薄く広がってしまい、一回に筆に付く漆が少なくなってしまいました。
上下をウッドエポキシで貼付ける
昨日塗った朱漆が乾いたので胴の上下をウッドエポキシで繋ぎました。
ウッドエポキシが竹に馴染むように接続面を水で湿らせてから、なるべく薄く均等にウッドエポキシを塗り付けました。
強く押して接合しましたが、ウッドエポキシの付け方が成功して、均等にしかも少量だけしかはみ出さない理想的な接着が出来ました。
硬化後に、内外面にはみ出したウッドエポキシを削ぎ落とします。
また外側には輪切りの跡を隠すのと、実際に徳利として使ったとき指が滑らないようにするためとを兼ねて、麻布を貼ることを考えています。
本体内側の朱塗りよりも先に、外側に麻布を巻きました。
始めは直線の帯に菱形を載せるデザインを考えていました。しかし布を切って実際に当ててみると却って落ち着きがなくて好ましくありません。
胴のつなぎ目に麻布を貼った
結局菱形をやめて、一番単純な1センチ幅の帯だけにしました。
幅約1センチで長さを胴回りの寸法を合わせた麻布をガラス板の上に置き、瀬〆漆を十分に塗り込んで麻布に染み込ませてから、胴に貼り付けました。
つなぎ目に出来た僅かな隙間
帯の巻き初めと巻き終わりの重ね合わせの部分が厚くなるので、切って重ならないように継ぎ合わせました。
ところがぴったりと合わせても、硬化につれて漆が縮むので麻布に隙間が出てしまいました。
そこでこの帯を剥がし、残った漆もテレピン油で拭き取りサンドペーパー#800で磨いて綺麗にしてから、絹糸を巻いてみました。しかし矢張り竹の切り口に絹糸が食い込み、漆を塗っても平滑になりそうにありません。
絹糸が食い込まないように下地を養生することも考えました。しかし絹糸巻きでは仕上がりがビニールテープのようで、もっぱら傷隠しのようになります。
幅を広くして貼り直す
結局初めの通り麻布を巻くことにしました。麻布巻きなら表面がざらつくので、徳利を持った時の指の滑り止めらしく見えるでしょう。
滑り止め効果を狙って帯の幅を稍拡げ、1.5センチ程度にしました。
重なり部分はなるべく少なくし、上になる方は縦糸を抜いて横糸を5mmくらい延ばし、滑らかになるようにしました。
今度はうまく貼れた
やり直した甲斐があって今度は満足できる状態になりました。
この上に朱漆を塗って朱の研ぎ出しにし、内側の朱との調和を図ろうと思います。
朱漆を作って内外側に指塗りをしました。
内側に指塗りした朱漆
内側を塗るには上下の繋ぎ目は設計通り中指が届く限界で、目視が出来ないので指先の感覚だけて塗りました。
今回の漆は前回より色が濃い目ですが、漆が硬化すると共に差がなくなるはずです。
朱漆を麻布の目に擦り込んだ
外側は養生テープを巻いてから朱塗りをしました。
布の目に入るように指で強くこすりつけながら塗りました。これは筆では出来ないことです。
内外側共に、また全体としても良い出来あがりだと思います。
今度はうまく貼れた
麻布に掛けた朱漆はとても良い感じに上がりました。
どうやら朱色の帯のままでもよいくらいです。
内側に新しく塗った朱漆は矢張り少し濃い目ですが、そのつもりで見なければ気が付かない程度で、全く問題ありません。
全面に梨子地漆を掛けた
麻布の上下の端がやや不揃いに高くなっているので、カッターで立っている糸を削ぎ落としました。
その上で、昨日に続いて、朱漆部分を除く全体にまた梨子地漆を掛けました。
朱漆の養生はしないでも、梨子地漆を塗ってから朱の縁を拭き取る程度で、十分目的を果たすことが出来ました。△TOP△
節陰を付けた
もうこれで完成としてもよいくらいですが、ちょっと単調なので胴を同じ調子ではなく、矢張り節影を付けることにしました。
しかし、この竹は根の方が下なので節影を逆に付け下部を濃くしました。
昨日、梨子地漆を若干濃い目に塗りましたが、丁度良い具合に濃度がついたようです。
胴の赤帯から下は十分に黒くし、赤帯から上で節影を付けました。
程よいぼかしが出るまで、節陰を何回も繰り返して塗りました。
重ねて何回も節陰を拭き漆した
拭き漆を調色して完成とする
節影が下から付いたので、酒器としては却って落ち着きが出ました。なお稍単調なので注ぎ口の下の広い空間にも節影の続きを上の方まで上げて変化を付けてみました。
砥の粉 呂色磨粉 角粉で十分に磨いたところ、申し分なくよい艶が出たので、これで完成とします。△TOP△