2007.11.17.制作着手 2008.05.31.完成
拭き漆工房 翠簾洞 素舟齋
扁平になった奇形の孟宗竹の一節で、卵形の断面を利用して酒器の片口を真似てみようと思い立ちました。実際に鋸でその節を輪切りにするとバラバラの7片のかけらになってしまいました。順序よくたばねて一節にまとめましたが、さて、片口の注ぎ口をどうやって取り付けるかが難問です。実際に使っているときに組合わした注ぎ口に思わぬ強い力が掛かっても外れないようにしなければなりません。
割れた竹を接合した経験があるので、この異形竹の卵形を利用して1合位の冷や酒が入る片口酒器を作ることにした。
割れている異形孟宗竹の素材から一節を切り取る
切り口が卵形の桿
最上部の1節を切って水糸をほどくと7片に割れた。
これを接着剤で仮留めしたあと漆で繋ぎ合わせ、内側は布着せ註)をせず平滑面にして水切れをよくしよう。
註)漆を浸ませた麻布・紗等を貼り木地の厚み調整や補強をする手法。
大きな穴が開いている底板の処理がカギだろう。
割れ口をブラシでよく洗い泥を落として木工糊で接合をしていくが、古い割れ口は反りが出てピッタリとは合致しない部分がある。
寄せるときは小さな欠け部分から先に組み合わせて、木工糊が均等にはみ出るように水糸で強く締め付けながら繋いでいく。
一度に2個ずつを接着し硬化してから更に3個目を接着してまた硬化を待つ。
水糸で締め付けたとき接合面に掛かる力が均等になるように、欠けている竹の丸みに合わせた径の竹を当てて緊縛する。
7片に割れていた竹を4片にまでまとめたが、半円では糸を締められないので、この4片は一度に糊付けしてしまう。水糸を締める要領も大分巧くなった。
この水糸を外さないでこのまま上下の切口を水研ぎ註)することにしよう。
註)水を流しながら砥石や耐水性サンドペーパーで研ぎ出すこと。効率はよいが面がやや荒れる。⇔空研ぎ(からとぎ)
切り口を綺麗に研ぎ出した
水糸を締めたままで、上下端の切り口を綺麗に水研ぎした。
しっかり乾燥させてから、水糸を解き表面まではみ出た木工糊を剥がして、割れた隙間にウッドエポキシを塗り籠めた。
割れている底板の処理方法はまだ決めていない。
表面に付いたウッドエポキシを落とし接着面に盛り上がった部分を削り取った。
← 底の節板の割れ口が汚いが、
どうせ別の節板を貼るのだから、汚い部分を切り取り周囲をざっと丸くしておいた。 → → →
表面に残っているウッドエポキシを取るために、外側を濡れ雑巾で強く拭いた。
雑巾が黒くなるところを見ると胡麻斑の凹凸には埃が着いているようだ。
その胡麻斑は景色として残したいのだが、サンドペーパーで磨くと無くなってしまう。磨かないと表皮の脂で漆が剥げる虞がある。
そこで火に炙って油抜きをやり、サンドペーパーを使わずに漆を掛けてみよう。
内側の罅(ひび)にウッドエポキシを擦り込んだ。
表側のウッドエポキシは昨日の油抜きの火で焼けたのか、繋ぎ目の段差が少し多くなったようなので、ここにも塗り付けておいた。
底板を付ける前に注口部を付けた方が細工がし易いと思い、注口部にする適当な太さの丸竹を選んだ。
これを竹挽き鋸で斜めに切ったが、案ずるより生むは易く、簡単にうまく切れた。
内外をサンドペーパー#120で研いだ。
斜めに切った円筒をピッタリと取り付けるにはどちらをどう削るか、まことに難しい問題だ。
注口部の先は本体に割り込ませ、底の方は本体に溝を掘って嵌め込むようにしたい。兎に角本体に小さめに穴を開け、合わせながら少しずつ拡げていこう。
半日ずつの2日掛かりで注口部を組み付けた。
まず下部の食い込む部分を決めた。
次に注口部の幅に合わせて本体の表皮を削り込み、少しずつ穴の形を修正していった。
一方、注口部の方もあらかじめ節などを板貼りサンドペーパーで磨いておいた。
結果としてとてもうまく組み込むことが出来て、差し込んだ隙間が殆ど空いていない。
ここにウッドエポキシを充填していけば綺麗に繋がるだろう。
注口部は目途がついたので今度は底張りをする。
他の節から取って保管していた2枚の節板を使って、周囲に残っている節のミミを挟み内外両側から二重に底を張る。そして2枚の節板の間には補強を兼ねてウッドエポキシを充填することにする。
薄紙を当てて底の内周を拓本のように写し、更にボール紙に写して底板の外形型紙を作った。
この型紙で節板の外形を丸く削りサンドペーパーで研ぎ出した。
先ず内側の底板を付けた。
ウッドエポキシが竹に滑らかに着かないので出来るところで妥協し、乾燥してから削ったり磨いたりして整える他ない。
しかし殆どうまく出来たようだ。
底板は一休みにして、本体の口の方が寂しいのでひび割れ防止の補強効果も考えて絹糸を巻くことにした。
しかし本体と注口部の竹の合わせ目は凹んでいるので糸を巻くと浮いてしまう。この解決には本体と注口部とを分離したままでそれぞれに絹糸を巻き、接着時には双方の糸目を合わせるようにすればよいと考えた。
本体は罫引きで簡単に線を引けるが、注口部の方は斜めで線引きの基準が取れない。
そこでまず本体の方の糸巻き部のキシャギ註)を決めておき、養生テープを注口部の竹に廻してキシャギ線を決め、鋸で切り込み線を付けたところ、うまく出来た。
註)刮ぐ(きさぐ)、 削る そぎ取る こそぐ。
キシャギがうまく決まったので、赤絹糸は何ら問題が無く綺麗に巻くことが出来た。
注口部の片側のキシャギ位置が本体と少しずれていたので切り出し刀でキシャギを修正していたところ、過って巻いた絹糸を1本切ってしまった。弛んでしまった絹糸をはずしてキシャギをしっかりと合わせてから、再度絹糸を巻き直した。
絹糸によく染み込むように生漆を厚めに塗った。
昨日の漆がほぼ硬化した。
漆の硬化によって巻いてある絹糸が引っ張られて一層締め付けが増したようだ。本体や注口部の浮いている絹糸の張り具合が強くなった
内底板
外底板
貼り付けた内底板の周囲にウッドエポキシを塗り付け指先で均したが、ウッドエポキシが指に付くので手間取った。
外底板はウッドエポキシと若干の木工糊で接着した。こちらは手製の丸鑿(のみ)をヘラにしてうまく付けることが出来た。
これで思うと、注口部を付けてしまってからでは内底板の接着はうまく出来なかったろう。工作の手順は大切なことだ。
巻いた絹糸が乾いたのでサンドペーパー#800をキシャギの幅に合わせて約5粍幅に切り、同じ幅に切った板に貼って研ぎ出した。
しかし漆の内部は硬化が不十分でサンドペーパーの目がつまり、絹糸の方もベッタリとした感じがする。
特に今回は厚く塗ったし、気温も低いので、完全に硬化するまでには1週間くらい掛かるだろう。
絹糸はそのままにしておいて、底板の繋ぎ目に錆漆註)を塗り付けた。
註)砥の粉を適量加えて練った生漆。下地塗り用。
周囲のウッドエポキシにはたっぷり目に塗り、中央の節板の部分にも筆塗りした後、拭き紙でよく拭いておいた。
一昨日外側に、絹糸の上も同じ調子で、梨子地漆を塗りよく拭いておいた。
ほぼ期待通りに胡麻斑(地の黒い星)が出ている。
今日は内壁に生漆を塗った。
外側の梨子地漆も
内側の瀬〆漆(=生漆)も
ともにうまく出来た。
組立前に絹糸の上と内側をサンドペーパーで磨いて、次の漆を塗る準備をした。
絹糸の上に塗った梨子地漆が完全に硬化したので張ってある絹糸を切り、注口部を本体に差し込んでみるときっちりと収まった。
切った絹糸の端は差し込み部分に引き込んで弛まないように押さえ付けた。
注口部を固定するのに瞬間接着剤をたらし込んで仮付けした。
次いでウッドエポキシで隙間を埋め込んだ。
相変わらずウッドエポキシはうまく乗らなくて、指先に着いてくるのでやりにくい。
少し盛り上がり気味にして硬化後削り落とすようにした。
ウッドエポキシの表面が乾いたので、はみ出しているウッドエポキシをサンドペーパーで削り落とした。
しかしまだウッドエポキシの深部は乾ききっていないので、先に注口部の節を鋸で落とし、注ぎ口の原形を作った。
注口部の下端は本体に溝を切って差し込んだので外れないが、上端は無理な力が掛かると外れるかもしれない。そこで注口部の竹を本体の竹に固定する楔(くさび)を入れることにした。
楔の臍坑(ほぞあな)を開けるとき竹が割れないように、また臍坑の位置がずれないように、1.5mmφから4mmφまで順次ドリルの刃を替えて慎重に穴を拡げた。
楔は竹を削って作り、木工糊で接着した。
臍坑の深さをドリル刃の感覚だけで決めたので一寸不安があったが、突き抜けたりせずにうまく出来た。
竹釘(楔)の根元にはみ出している木工糊が透明になったので、
楔の頭を削った。
注口部の角を切り出しで落とし、注ぎ口のスロープを少し削ると
どうやら片口らしくなってきた。
ここから後は主としてサンドペーパーで成型しよう。
切り出しで荒削りした後、サンドペーパー#100で注口部を研ぎ出した。
指では溝が細くならないので、細い竹にサンドペーパーを貼り付けて研いだ。
水を入れて実験してみると注口部が広いので出る量が多いのと、特に沢山の水が入っている時に、口から下に伝って流れるのが多い。
内側には3回ほど梨子地漆で拭き漆を掛けた。
前回塗った梨子地漆が濃過ぎたので外側は黒くなり過ぎた。サンドペーパーで漆が濃い部分を重点的に落とすようにして磨いた。
割れた桿の継ぎ目に金蒔きしたときの効果を狙って、注口部の左右を濃くして下ほど薄くするつもりだ。縄文土器に見られる素朴な力強さが感じられるような気がする。
水を入れて実験すると、漆が水を弾く所為もあって余り下に垂れてこないようだ。
濃くなってしまった部分をサンドペーパーで削ったので色ムラがひどくなっていたが、拭き漆を2回掛けて大分落ち着いてきた。
片口としてはこのような注口部の取り付けは異形だった。しかしこれは一見樽のようで自分が好きなように作れるのが面白い。
絹糸を巻いた部分に塗った梨子地漆が厚すぎて少し縮み皺が出ている。サンドペーパーで磨いて修正したので、地の一部も剥げてしまった。
また裏底に貼った竹節の周囲に塗った錆漆が厚くて量も多く、
塗り跡が見えるので余分なところを削り落とした。
裏底と絹糸とその周りに梨子地漆を塗りしっかりと拭いておいた。
内側にもサンドペーパー#1000で研いでから、梨子地漆を塗った。
内側の仕上げは黒か朱か迷うところだ。
側面の濃淡に何回か梨子地漆で拭き漆を掛け漸く狙い通りの景色が出来たので、竹の割れ目に金蒔きする下地として呂色漆(黒漆)を塗った。
細い線は引けないので余り気にせずに呂色漆を置くような気持ちで塗った。
内側は朱塗りよりもこのまま竹らしい濃淡を活かしておくことにする。
まだ完成した訳ではないが
底裏に落款【翆】を入れた。
先日竹の割れ目に塗った呂色漆の上に、
朱漆を塗り金泥を蒔いた。
金蒔き効果がどうなるか楽しみだ。
金蒔きは成功だった。
しかし慣れない面相筆で手書きしたので朱漆の線が真っ直ぐでないし太すぎる感じがする。カッターなどでどこまで修正出来るか試してみよう。
金筋がしっかりした直線でないので、上からもう一度朱漆で書いて金泥を蒔き直した。
二度蒔きは初めてなので結果が待たれる。
不満足な二度目の結果
金蒔きの結果は二度目も期待したほどではなかった。
これまでの金蒔きは薬包紙に金泥を載せて蒔いていたが、片手で本体を保持しながら片手で薬包紙を振るって均等に蒔くのは難しかった。
そのまま暫く放置していたが、
今日三度目の金蒔きをするにあたり、粉筒(ふんづつ)註)を作ることにした。
註)金蒔きの際、金泥が均等に掛かるようにふるい落とす治具。
粉筒は写真で見ただけだが、細い真竹を切って自作してみた。
保持用の竹を付けた粉筒
蒔き口に張る紗が無いので金網で代用した。
この粉筒が長いと材料が沢山要るし短いと持ちにくい。
そこで鉛筆ホルダーのように、別な竹で差し継ぎのホルダーを作ったところ、軸が太くなって一層持ちやすくなり、大変使い勝手がよかった。やはり道具があると仕事がやりやすい。
金蒔きの下地の朱漆は王冠朱の黄口註)で作った。 註)朱漆には本朱、黄口、赤口の三種がある。
朱漆を竹の割れ目に塗るのに今回は平筆を使ってみたがちょっと力が入るとぐっと太くなる。うまくないので前回も使った面相筆に替えたところ、大凡うまくできた。
乾燥後余計な金泥を拭き取ってみると満足すべき状態だった。
金泥はこすっても指に着かないほど十分固定されてはいるが、洗ったり拭いたりしても落ちないように朱合漆を二倍くらいに薄めて塗っておいた。
これで完成とする。
外寸約 8×9×10h cm
2014.06.28.作成