本物の端渓の硯を中国へ行って買ってきた友人から、硯に付いていた中国製「純正の箱」が汚くなったということで塗り直しを頼まれました。樫でしょうか固くて重たい上等な素材ですが、細工も塗りも極めて粗雑でした。木地の研ぎ出しからやり直して梨子地漆の拭き漆を掛けたら、木目も美しい立派な「硯台」になりました。
友人から中国製の硯石の台の塗り直しを修理するように依頼された。
修理依頼を受けた硯石を入れる台と蓋
端渓の硯を作る原石を入れるための一木作りの台と蓋だが、何の木か不明である。非常に重くて肌理があるので、樫か檀の仲間かと思う。
しかし細工も塗りも極めて粗雑で材質に負けているようだ。残っているように見える塗料もウレタン等の人工塗料か漆か判別できない。
蓋の表面には粗いサンドペーパーで削った傷が白っぽく目立っている。
台も蓋も素材の研ぎ出しが粗雑なので、このままで上塗りしても綺麗にはなるまい。
一旦現在の塗装を全部を剥がして、木地を整え、下地塗りからやり直すことになろう。
本堅地にして呂色漆で黒塗りにするか、肌理を活かした梨子地塗りにするかまだ決めかねる。木地を出したところで、依頼主と相談をしよう。
【 修理依頼を受けたときの状態 】
蓋の上の塗装の剥げた部分は「端渓石」と
墨書された文字を依頼主がサンドペーパーで
削り取った跡
蓋の裏側は中央部を彫り下げてある
台の表側には下地が悪いのか
細かい凹凸が沢山ある
台の裏側の4隅には
L字型の脚が付いている
▲TOP▲
台の方だけは全面の塗料を落とした。
塗料を落とした台の表側
塗料を落とした台の裏側
木は何だか判らないが、檀ではなく、樫のようだ。節が無くてよい。文様になるような板目はないが、木目が揃っているので、本堅地で黒く潰してしまうより、拭き漆で肌理を活かす方が和風だろう。
▲TOP▲
台の柾目が綺麗だったので、蓋も研ぎ出した。
木蝋を塗った蓋の表側(上左)と
まだ木蝋を塗っていない台(下右)
サンドペーパー#120で塗料を落としてから#600で磨いた。
蓋は丸みが付いているので磨き易い。
磨いてみると蓋にも柾目が通っていて、とても綺麗だった。
この綺麗な柾目が、漆であまり黒くならないようにと思い、木蝋を塗って目地を留めた。
▲TOP▲
塗料を剥がした内側と
蓋の縁に残した塗料
依頼主が塗りを剥がした素地の板を見てみたいというので、蓋の塗料を縁だけを比較のために残して、内側も全部剥がした。
敢えて木蝋を塗らずに、仕上げについて依頼主と拭き漆にするか本堅地塗りにするか相談することにした。
▲TOP▲
都合により依頼主との相談が出来なかったが、木蝋を塗るととても綺麗になるし、サンドペーパーの目傷も目立って仕上げの研磨が容易になるので、台の方にも木蝋を塗った。
丁度暖房用赤外線ヒーターを使っていたので、木蝋を木綿布に包んで、赤外線ヒーターの前で硯台と木蝋を一緒に暖めながら溶かして塗った。うまく塗ることが出来た。
木蝋が樹に染み込むように暫く台だけを熱して、浮いてきた木蝋を木綿布で拭き取った。
木蝋を塗った蓋の表側と
木蝋を塗る前の台の表側
木蝋を塗った蓋の裏側と
木蝋を塗る前の台の裏側
木蝋を塗った台の表側
木蝋を塗った台の裏側
▲TOP▲
漆を塗る時に保持する木材を、蓋と台の裏側に両面テープで貼り付けておいた。
蓋と台の表側に梨子地漆で拭き漆をした。
木蝋がしみ込んだ木地の上に
梨子地漆の拭き漆を掛けた
梨子地漆の粘度が高く、木目の凹みには漆が十分に入り込んではいない。
木地に木蝋を塗った代わりに生漆は使わなかったので、黒くならずよい調子が出ている。
▲TOP▲
下塗りに梨子地漆で拭き漆を掛けたあと、依頼主に見て頂いた。 大凡のご満足が得られたが、肌理の凹みに入り込んで黒く残っている旧塗料を全部取るようにと言われた。
蓋の素材の肌理の凹みに
古い塗料が黒く残った
台の肌理の凹みに
古い塗料が黒く残った
しかし、これを取っても木の素地には導管の凹みがあるので、漆を塗ればある程度黒くなることを説明し、この状態のままでよいとのご了解を得た。
表面の黒い塗料をサンドペーパーで研磨して剥がしてから、梨子地漆で2回拭き漆を掛けた。
特に台の白い木肌の板目部分が穴になり、目立っている。
拭き漆を2回掛けた台の
稜線(上)と側面(下)
拭き漆を
2回掛けた台の表面
▲TOP▲
このまま拭き漆を繰り返してもよさそうだが、穴がかなり深いので、木粉を使った錆漆を着けることにした。
漆を少なめに木粉と混ぜ、塗り易いようにテレピン油で適当に薄め、ヘラで塗り付けた。
深い穴に錆漆を塗った蓋
深い穴に錆漆を塗った台
どのくらい黒くなるか結果が気になるところだ。
錆漆を塗った台の隅
錆漆を塗った台の隅
▲TOP▲
うまく木目の凹みを塞いだように見える。研ぎ出してみないとはっきりしないが、漆の混合比は少ないので、剥げやすいかも知れない。
もう固まっているように見えるが、更に2日位硬化時間を取った方がよいだろう。
錆漆をサンドペーパーで研磨した。#100、#240、#400、#600まで使って磨き上げた。
台の部分は矢張り錆漆が黒く残っているが、同じ漆だから塗り重ねるうちに目立たなくなるだろうと思う。
蓋にも台にも梨子地漆で2回拭き漆を掛けた。
台の方は少し拭く力が強すぎて漆が殆ど乗らなかったようだ。手触りが悪い。しかし拭き漆としてはなるべく薄く付けて、気長に回数を重ねていく方がよい艶が出るだろう。
▲TOP▲
3回目の拭き漆を掛けた
昨日、#1500で磨いてから梨子地漆で3回目の拭き漆をした。
もう表面は硬化したが、黒みが目立たず、大分よくなってきた。
3回目の拭き漆後の台の隅
▲TOP▲
4回目の拭き漆
昨日、#1500で磨いてから梨子地漆で4回目の拭き漆をした。
5回目の拭き漆
昨日、#1500で磨いてから木地呂漆で5回目の拭き漆をした。
▲TOP▲
昨日、#1500で磨いてから木地呂漆で6回目の拭き漆をした。
表側の漆塗りを終わり 保持材を外す前
艶も出てきたし、明日は依頼主に見せる機会があるので、これで表側の塗りは終わりとする。
保持のために厚めの両面テープで着けた角材が剥がれなくて困ったが、スクレーパーを差し込んで漸く外すことが出来た。
幸い硯台には無傷で済んだ。
▲TOP▲
磨き上げた台と蓋
漆を塗った蓋と台の表面を、油砥の粉、呂色磨き粉、角粉でしっかりと磨いた。
修理に預かったときとは別物のような、とても良い艶が出てきた。
裏面は木蝋引きのままなので表面の艶が殊更に引き立つ。
内側は磨き上げた蓋と台、外側は木蝋のままの台と蓋
左から 台の裏・蓋の表・台の表・蓋の裏
▲TOP▲
蓋と台の裏を#400と#800で磨いた。
サンドペーパーの目詰まりの具合を見ると、木蝋が大分効いているようだ。
裏側にも生漆に梨子地漆を混ぜて第1回の拭き漆をした。
よい感じである。
▲TOP▲
左は蓋の裏側 右は台の表側
裏側に木地呂漆と生漆を混ぜて第2回の拭き漆をした。
表側は良い艶が出ているが、裏側はまだ2回しか拭き漆をしていないので、歴然とした差が判る。しかし写真ではそのディテールは出せなかった。
裏側の3回目は拭き漆でなくて 塗り立てにした
第3回の梨子地漆を掛けた。今回は梨子地漆をよく延ばして塗り、あえて拭かずに塗り立てにしておいた。このような木地なのでムラも無く綺麗に塗れたように見える。ただゴミが多くてサンドペーパーで磨く必要がある。
蓋裏の凹み傷は錆漆で補修しておく方が良さそうだ。
また硯石に当たる蓋と台の凹み部分には雲龍和紙で根来塗り風の模様を付けようかと思ったが、実物を手に取ってみるとこのままの方がよいような気持ちになってきた。
▲TOP▲
目立っていた蓋の裏の深い傷に錆漆を塗り込めた。
蓋裏の大きな凹みに錆漆を充填した
錆漆が硬化して艶が出てくるに従って、一寸した細かい傷も気になって来て、あちこちに置くようにして錆漆を塗った。
台の裏の細かい凹み傷も錆漆を塗って塞いだ
▲TOP▲
硬化中の錆漆
錆漆はうまく着いた。
一部サンドペーパー#800で研いでみたが、未だしっかりとは硬化していなかった。
蓋の裏側の厚く塗った部分などは、硬化するまでにまだ1週間くらい掛かるだろう。
錆漆の研ぎ出し
錆漆を薄く塗った部分を研ぎ出しているうちに、錆漆が厚く塗られている部分にもサンドペーパーが掛かってしまった。
まだ完全ではなかったが、ほぼ硬化していたようだ。
直ぐ、梨子地漆を筆塗りした。よく延ばして塗り、拭き紙は使わなかった。
錆漆を落として白っぽくなっていた部分が殆ど判らなくなっている。
うまく修復できた。
▲TOP▲
漆が乾くと塗りムラが目立って来た
昨日の漆が一応乾いたが、乾くと木地を研ぎ出した部分のムラがはっきりと目立ってきた。
まだ最初の塗りの段階(下塗り)だから当然の結果である。
その後、梨子地漆で拭き漆を中塗り、上塗りと数回繰り返し、色調の調整に努めた。
仕上げ塗りも乾いたので、3種磨きで磨き込んだ。良い艶が出たので十分評価して貰えると思う。
▲TOP▲
<2009.10.29.作成・2009.12.10.改訂・2010.01.15.三訂・2011.11.11.公開版編集>