知人を経由して卓袱台の修理依頼が舞い込んで来ました。息子さんの結婚に当たり、そのお宅で昔から使っている大きな卓袱台を新居に持っていきたいという花婿さんご自身の希望なので、傷んでいる部分を修復出来ないかという相談でした。やっと抱えるほどの大きさでなかなか重たく、天板もカドも大分傷が付いていましたが、お目出度いことなので出来るだけやってみましょうとお引き受けしました。
知人を経由して卓袱台の修理依頼が舞い込んで来た。早速行ってみると、天板は中央に木目が出ている根来塗り風に研ぎ出した卓袱台だった。
修理を依頼された卓袱台(940×570mm)
依頼主の近く結婚する息子の意向で、親の代から使っているこの卓袱台を持参したい由、納入期限は不問だが早く欲しいとのことだった。
天板には凹み傷が目立つ
修理を引き受けて自宅に持ち帰りよく見ると、天板には凹み傷が多い。
天板の角もぶつけて随分傷んでいる。
角はぶつけて随分傷んでいる
裏側にも傷が多い
裏側も脚も剥げた部分が目立つ。
組み立ては金釘を使っているが、木を被せた釘と被せていない釘とが混じっている。弛んできた釘を抜いて打ち直したのだろう。いずれにしても、釘はしっかり効いているので、釘を抜いての分解修理は難しい。
そこで、納期の問題もあり、天板と脚囲いの板だけを塗ることにした。天板の凹みや傷跡をどう処理するかはまだ決心が付かない。
とにかくこの大きさでは現在の漆風呂では入らないので、大きな漆風呂を新作すべく、とりあえずベニヤ板を3枚買ってきた。▲TOP▲
天板の四隅には相当ひどい傷が付いている。
四つの角はひどく傷が付いている |
その傷にウッドエポキシを練り込んだ。やってみると四隅だけでなく天板の全面に沢山傷があり、それも全部ウッドエポキシで塗りつぶした。
漆風呂は、天地四方の6枚を切り出し、組み合わせの桟には15×15mmの桐の棒を1本ずつ、木工ボンドで貼っていった。
傷に塗り込んだウッドエポキシが乾いた。大体思い通りに付いたようだ。
傷や凹みに塗り付けたウッドエポキシ |
漆風呂の工作も順調に進んでいる。何しろこれが出来ないと卓袱台に漆が塗れない。
一部地板が顔を出した
凹みや傷を埋めたウッドエポキシを研ぎ出した。
初めは空研ぎをしたが、仕事場の中が汚れるので風呂場に持ち込み水研ぎにした。
天板は表層の朱が落ちてやや黒っぽくなった。また一部地板が顔を出してきた。
腰板の黒色が剥げた
ついで脚をたたみ込む腰板も水研ぎしたが、こちらはまるで墨を塗ってあったかのように、サンドペーパーをちょっと当てるだけで真っ黒な液が流れ、すぐ地肌が出てきた。
水研ぎ後の全容
漆風呂が出来るまで乾燥しておく。▲TOP▲
先日仕入れてきたベニヤ板で、急ピッチで漆風呂を作っている。
不足していた桐の角棒を5本買ってきて、全部半分に切り内側の桟とした。今日中に全部貼り終える予定だ。
ペンキを塗る時間がないので、桟を貼ったら今回はベニヤ板の生地のままで使う。
朝一番に蓋の桟を切り込んで漆風呂が出来た。
漆風呂は丁度よい大きさに出来た
漆風呂に収まった卓袱台
早速卓袱台を入れてみると、丁度よい大きさで、ピッタリと収まった。
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卓袱台が重いので、漆風呂の出し入れが多いと腰が痛くなると思い、なるべく漆風呂に入れたままで作業することにする。
水研ぎした卓の表面はとても艶が無くてみすぼらしい。そして一部木肌まで研ぎ出したところが白くなっている。
この木肌が黒くなるように生漆で全面に拭き漆をした。面積が広いから予想以上に沢山の漆を使った。
しかし漆を塗ると俄然艶が出て輝いてきた。
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木肌の部分は漆が染み込んでしまうので、艶が出ない。
やはり何回か塗り重ねる必要があるが、色が黒ずむように梨子地漆を使わず生漆だけで進めることにする。
天板はまだ乾ききってはいないが、一番荒れている四隅の縁に生漆を掛けた。漆風呂の中に台を入れ、斜めに立てて塗った。
四隅の縁にも生漆を掛けた
天板の地肌が出ている部分にも筆の残り程度の生漆を塗っておいた。
天板の地肌が出ている部分にも生漆を塗った
天板周囲の荒れた地肌は、このままでサンドペーパーで研ぎ出すか錆漆を掛けるかの分かれ目だ。あまり手抜きをせずに錆漆を掛けることにしようか。▲TOP▲
稍々生漆を多めにして錆漆を作り、主に天板の縁周りに錆漆を掛塗った。
天板は漆が剥げて木地が出ている部分だけに塗るようにしたが、当然周囲にも着いた。
また特にひどい穴になっているとことにも錆漆を入れて置いたが、平らになるほど多くは入れていない。
漆を塗る前の天板裏と腰板の状態
卓袱台を裏返して、天板の裏と腰板に生漆を塗った。
生漆を塗った天板裏と腰板(生漆が吸い込まれるので艶が出ない)
木地が出ているところは特に漆の吸い込みが激しくて艶が出ない。まだ薄く黒い塗料が残って居る部分も漆を吸う。
この卓袱台の裏側に塗ってあった黒い塗料は、艶と水研ぎの時の感触からみて、どうも本当の漆ではないようだ。
とにかく今回は初めて漆を塗っているという実感がするほど、沢山の生漆を使った。
昨日の生漆はみんな染み込んでいる。これにまた生漆を上塗りしても沢山使うことになろう。
ここで呂色漆を塗っても多くは吸い込まれてしまうだろう。そこで、堅下地の手法を思い出し、錆漆を塗ることにした。
粗面は余計に漆を食うので、まず板貼りのサンドペーパーで天板裏と腰板を研いだ。随分粗い面だったが少し良くなった。
錆漆を塗った
錆漆を練るのに従来の竹へらを使わず、プラへらを使った。
プラへらのしなり具合が大変よいので、錆漆を塗るのにもそのままプラへらを使った。
しなやかで漆が着かずとても使いやすい。木へらで塗るのは難しいがプラへらならば簡単に始末ができる。平塗りするときはこれに限る。▲TOP▲
下塗りを終わった天板
裏側の黒塗りは一旦おいて、天板に掛かった。
天板の錆漆は木へらで付けたのでかなりムラがある。
まず、サンドペーパー#800で3分の2ほど研いだが、錆漆が厚くて広い部分には#320を使った。その後は#600で研ぎ上げた。
天板の研ぎ出し
光線の具合で錆漆のところは艶がないので集中して磨くのだが、地の黒が不規則にあり傷も多いので、サンドペーパーが深すぎた部分が2カ所出来てしまった。
研ぎが終わってすぐ梨子地漆で筆塗りした。拭き漆はせずに伸ばして塗り立てにした。
広い面積で筆を酷使したので、毛先が禿びてきた。
研ぎ出し前の天板の縁
研ぎ出し後の天板の縁
今日は天板の縁をサンドペーパー#180で研ぎ出した。
手触りが磨く前後では全然違う。
そこに梨子地漆を筆塗りした。梨子地漆は少し厚めに塗って塗り立てにした。
天板の筆塗り
天板に梨子地漆を塗り立てで筆塗りした。
筆で何回も全面を掃くように丁寧に塗り重ねた。
筆を洗ってみると大分毛先が減っている。
天板はまだ半乾きだが、良くできたようだ。但し、筆の毛先が折れて表面に貼り付いているのが目に付く。
天板裏の研ぎ出し
今日は板貼りサンドペーパーで天板の裏と腰板を研ぎ出した。
天板裏に呂色漆を塗った
研ぎ出した天板裏に呂色漆(黒漆)を筆塗りで塗り立てした。
矢張り漆を沢山吸い込む。しかしこれで硬化したら以前よりもずっと綺麗になるだろう。
これで中塗りを終わり、漆風呂に入れて漆を十分に硬化させる。
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朱漆を塗る前
朱漆を塗った縁
天板の縁に朱漆を塗り立てた。朱は赤口を使った。
これで新品と見まごうばかりになった。
縁に塗った朱漆
朱漆は綺麗に塗れた
朱は綺麗に塗れていた。
しかし上朱合漆を使ったので少し艶が良すぎた。
天板にはかなり沢山のゴミ(切れた筆の毛先)が着いている。
水糸を束ねた束子で磨いたが、取れない毛先は小型カッターでこそぎ取った。
あとサンドペーパー#1000で研ぎ出してから、砥の粉で軽く磨いた。
深い穴の部分に砥の粉が白く残った
残っている砥の粉を濡れ雑巾で拭くと、深い穴の部分に詰まっている砥の粉だけが白く浮き出してきた。
この深い穴を錆漆で補修してから梨子地漆を掛けるか、このままで上から塗るか迷ったが、多少工期が延びても穴埋めした方がよい結果が得られるだろうと判断した。▲TOP▲
白い穴を錆漆で埋めた
錆漆を作り、面相筆で白く凹んだところを一つひとつ丹念に埋めていった。
縮緬皺が出来ると面倒なので、一度で埋め切らなくても良いとして、塗った後軽く拭いておいた。
天板の木目で凹んだ部分もあり、埋める場所を探すだけでも気を遣う。
サンドペーパーで磨くと凹みが白くなった
凹みに埋めた錆漆のはみ出しをサンドペーパー#1000で磨いた。
当然艶が消え白っぽくなったので、木地呂漆を使って拭き漆した。
ところが木地呂漆なので速乾するにつれて色が黒くなってしまった。周囲の赤地と比べて凹みばかりが黒く目立つ。
慌てて拭き紙に植物油を含ませ漆を拭いた。
前回の錆漆がほぼ乾いたので、凹みに2回目の錆漆を塗った。
爪楊枝の先に錆漆を付けて凹みに置くようにし、先細の竹へらの先でそれを均し余分な錆漆を刮ぎ取った。
竹へらの刃をうまく使うと錆漆を平らに付けることが出来た。▲TOP▲
サンドペーパー#600で硬化した錆漆を部分的に研ぎ出した。
天板全面を研ぎ出した
そのあと板貼りしたサンドペーパー#320で天板全面を軽く空研ぎした。
梨子地漆を少し溶いて全面を筆で塗り立てた。拭き紙を使わないように梨子地漆を良く伸ばして使った。
錆漆を刮いだ後の色むらは殆ど判らなくなった。傷の凹凸も目立たなくなったと思う。
2回目の錆漆はうまくできた。ゆっくり時間を取って硬化させた。
まず錆漆を磨き
次いで全面を研いだ
まず錆漆の上をサンドペーパー#240で磨き、
次いで全面を#1000で研いだ。
梨子地漆を少し薄めて多少厚めに塗り、しっかりと拭き漆をした。
これ以上は錆漆の必要はないと思う。うまくいけば傷の処理はこれで終わりとする。
暑い日だった。天板の調子がよいのでこれで仕上げに掛かる。
全面にとてもよい艶が出た
油砥の粉・呂色漆磨粉・角粉で時間を惜しまずしっかりと磨いた。
ムラもなく、全面にとてもよい艶が出た。
一部の盛り上がった箇所を砥の粉で磨きすぎて艶が無くなったところがあったが、サラダ油を染み込ませた布で拭き込んだあと、角粉で軽く磨いたら艶が戻った。▲TOP▲
一部に天板と縁の角がざらついている所があった。これは仕上げ塗りの時に反対側だったので目が届かなかったようだ。
サンドペーパーで研いだ後梨子地漆を薄く塗って拭き漆にした。2度目で成功した。
明日この部分だけ磨いて納品とする。
知人宅に持参し、納品した。
彼は綺麗に出来たと言っているが、天板の艶のムラが稍気になったようだ。
結果は、依頼主が新品同様になったととても喜んでいるとのことだった。
(940w×570d)
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