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昭和18年7月下旬の軽巡阿武隈について
その5:設定時期以外の事柄

設定時期以外の事柄

・開戦時に於ける爆雷兵装の有無
 阿武隈は開戦時には爆雷兵装は無かったとする資料が多いのですが、私は装備されていたのではないかと考えます。まず、大和ミュージアム所蔵の舷外側面及上部平面図は製図日付こそ昭和17年4月20日ですが、改訂履歴の項には昭和17年1月末日現在と書かれています(同じく学研本収録の艦内側面上部平面図もミュージアムの所蔵図では昭和17年1月末日現在となっています)。この図面には爆雷投下装置が描かれています。

 また、第1水雷戦隊の戦時日誌(アジア歴史センターRef.C08030079500「昭和17年1月1日〜昭和17年2月28日 第1水雷戦隊戦時日誌(1)」)の令達報告の項にこのような記述があります。

発[昭和17年1月]7日0915 警戒隊指揮官
受 警戒隊

二.明日一二〇〇迄に爆雷十二個(阿武隈六個)装備ヲ完成シ置ケ

 このことから、少なくとも昭和17年1月7日の時点で阿武隈に爆雷兵装があったことがわかります。

 次に、世界の艦船増刊No.42「新版連合艦隊華やかかりし頃」のp90に大戦前に撮影された艦尾甲板が写っている写真が掲載されています。これを見る限りでは確かに爆雷は見えませんが、該当部分のリノリウムと甲板の縁との境目の形状が図面と同じように見える点が気になります。洗い場ならばもっとスペースが大きくなるはずで、この部分は撮影時から爆雷投下装置用として有ったものではないかと見るからです。

艦尾甲板の比較
写真で赤矢印の縁の形状が図面の爆雷格納部と同じように見える点に注意
(学研本「球磨・長良・川内型」収録の上甲板平面図も同様に描かれています)

 真珠湾攻撃の際の有名な写真からは該当部は箱のようなものに覆われていて何があるのか判りませんし、手動投下タイプのものであれば攻撃帰投後の昭和16年12月24日から17年1月7日までの間に、元々別用途で使われていたスペースに艦内工作で設置できる可能性も充分に考えられます。ただ、前述のように17年1月7日の時点で装備が成されていたものですから、真珠湾前からあった可能性も否定はできないと個人的には考えています。


・昭和18年7月以降の状態に関する事柄
 兵装変遷に関しては田村俊夫氏の調査レポートがありますが、写真や現在公開されている公式図から実際の姿を追えるのはキスカ島撤退の昭和18年夏頃までで、それ以降は不確定要素が多くなります。特に木曽や多摩の公式図の際に述べた、艦橋前部マストの探照灯の後部移設や機銃射撃指揮装置の増設が実施されたのかどうかが全く不明で、この件に答えが出ない限り昭和18年冬〜19年の阿武隈は想像の域を出ません。探照灯の移設に関しては昭和18年7月の時点で既に工事が行われていたのではないかという疑念もありますが、仮説以前の事柄なので詳しくは触れないことにします。

 阿武隈が昭和18年秋の改装で搭載した12.7cm連装高角砲は広く一般の艦艇に用いられたシールド無しのタイプではなく、妙高・最上・利根型重巡洋艦に搭載されたシールド付きのタイプだった可能性があります。福井静夫氏作成の昭和19年8月10日時点での現状調査表(光人社「世界巡洋艦物語」掲載)に他と区別して描かれているためで、写真証言が皆無で真偽はわかりません。ただ、昭和18年10月現在の鬼怒の公式図(艦艇模型スペシャルNo.29 5500トン軽巡収録折込図の原図)にも同様にシールド有りのタイプが描かれており、この図面は「現状調査ノ上調製ス」と注釈のあるもので内容の信憑性は高いのではないかと考えられることから、阿武隈にも同様の工事が行われた可能性は否定できません。

まとめ

 5500トン軽巡は先の大戦では多くが最前線に立って活動し、戦争の推移に従って特殊用途に改造された艦もあり、知名度も貢献度も決して低くはありません。しかしながら、それら諸艦の実像に関しては模型製作上必要最低限の外形のディテールですら情報が曖昧で、判っていることより判っていない事のほうがはるかに多いのではないかという印象があります。特に大戦末期の5500トン軽巡には知られていない/判っていない要素があるようで、模型製作には今だ高いハードルが横たわっている気がします。

最後に主要参考資料を列記しておきます。

大和ミュージアム公開資料(主なもののみ)
軽巡阿武隈
 昭和17年1月末現在 舷外側面及上部平面、艦内側面及上甲板諸艦橋平面
 昭和18年5月末現在 艦内側面及上甲板諸艦橋平面
 昭和19年3月12日製図 入渠用図 附船底諸孔位置図
軽巡五十鈴
 大正13年製図 線図(阿武隈も共通)
 昭和19年9月完成 一般艤装図
軽巡川内
 昭和1?[原図判読不可]年5月製図 電波探信儀装備要領
 昭和10年10月5日製図 前部艦橋構造
軽巡鬼怒
 昭和18年11月12日製図
 舷外側面及上部平面図、諸艦橋船首楼甲板及上甲板平面、艦内側面及諸要部切断
軽巡多摩
 昭和17年1月現在 一般艤装図
 昭和19年3月現在 一般艤装図
軽巡木曽
 昭和19年2月現在
 船外側面及上部平面、船内側面及船首楼甲板平面、上甲板及下甲板平面
軽巡矢矧
 昭和19年2月5日製図 入渠用図

防衛省防衛研究所 (アジア歴史センター)公開資料
・第一水雷戦隊戦時日誌戦闘詳報
・軍艦阿武隈フィリピン沖海戦戦闘詳報、同昭和19年10月戦時日誌
・舞鶴鎮守府戦時日誌
・佐世保鎮守府戦時日誌

一般書籍
・学習研究社 歴史群像太平洋戦記シリーズ
No.32 軽巡球磨・長良・川内型、No.32内容正誤表(No.33零式艦上戦闘機2同封)
No.51 真実の艦艇史2

・潮書房 丸スペシャル
No.27 軽巡川内型
No.30 軽巡長良型T
No.33 軽巡長良型U
No.40 軽巡球磨型T(球磨・多摩・木曽)
No.46 日本の軽巡(北上・大井+夕張+天龍型)
No.55 日本の巡洋艦(既刊未掲載写真集)
No.98 北方作戦
・潮書房 丸エキストラ
戦史と旅11 戦史特集 特攻の記憶(第五艦隊写真集)
・潮書房 丸別冊
太平洋戦争証言シリーズ14 北海の戦い

・光人社 福井静夫著作集
第八巻 世界巡洋艦物語

・海人社 世界の艦船
No.489 増刊第42集 新版・連合艦隊華やかなりし頃

・モデルアート 艦船模型スペシャル
No.29 5500トン型軽巡 球磨型 長良型 川内型

・グランプリ出版 軍艦メカニズム図鑑
日本の巡洋艦
日本の駆逐艦
日本の航空母艦
日本の戦艦上下巻

・KKベストセラーズ 海軍艦艇史
第2巻 巡洋艦コルベットスループ
・KKベストセラーズ 写真日本海軍全艦艇史

・コンパニオン出版 キスカ 日本海軍の栄光 市川浩之助著

その他
・艦艇模型工廠・ヴァンガード工場
艦艇考証三昧 「阿武隈」の開戦時仕様に関する考察